言えなかった事

「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」

 あれから一週間。赤れいむ二匹と赤まりさ一匹が女の家族に加わった。元気いっぱいの赤ゆたちは外敵の存在し ない女の部屋で一日中ゆっくり過ごし、すくすくと成長していった。

「ゆっくち!ゆっくち!」

 縦横無尽に部屋の隅々まで飛び跳ねて遊ぶ赤まりさ。

「ゆー…ゆ、ゆゆぅ……」

 れいむの指導のもと、おうたの練習をする赤れいむ。

「おしょらをとんでりゅみちゃい!!!」

 まりさの帽子のつばの上に乗って高い高いをしてもらい、歓声をあげる赤れいむ。

 女がトイレから出てくると、部屋中を飛び跳ねていた赤まりさと鉢合わせた。

「おにぇーしゃん!まりしゃたちとゆっくちあしょんでにぇっ!!!」

「そうねぇ…何をして遊ぼうか?」

 口元をタオルで拭きながら、女が一家の元へと歩み寄る。

「おにぇーしゃん!ゆっくち~~~!!!」

 赤まりさを手の平の上に載せているのを見た二匹の赤れいむが、

「れーみゅも!れーみゅもやっちぇ~~!!!」

「………っ!」

 女が無言で赤まりさを床に下ろす。そして、再びトイレへと駆けこんだ。

「ゆゆぅ…!れーみゅもやっちぇほしかっちゃのにぃ…ぷきゅぅ…」

 赤れいむはご機嫌斜めだ。しかし、れいむとまりさは女が一瞬見せた苦しそうな表情を見逃さなかった。最近、 女はよく突然トイレに向かう。一度、れいむ、まりさ、赤れいむ二匹と順番にゆっくりフードを餌皿に入れていた とき、その途中でその場からいなくなり、餌を貰えないと勘違いした赤まりさが大泣きする事件があった。

 女は、赤まりさに何度も何度も謝っていた。ようやく、赤まりさの機嫌が治りかけた頃、女は再びトイレへと駆 けこんだ。

 今までにこんなことはなかった。

 れいむやまりさと一緒に過ごしている時、その場を離れることがあれば、必ず一言声をかけてくれた。

「れいむ…おねえさんのことだけど…」

「うん……さいきん…ゆっくりできていないみたいだよ…」

 すぐに二匹の脳裏に浮かんだのは、自分たちの家族が増えたことで、それが女の負担になっているのはないか… ということだった。

 女がトイレから出てくる。れいむとまりさが見ても、女の顔色は決していいとは言えない。れいむがぴょんぴょ んと女の傍へと駆け寄る。

「あ…れいむ、お昼ごはん…ちょっと待っててくれない?ごめんね…?」

「おねえさ…」

 そう言うと、女はベッドに潜り込んでしまった。右の掌を顔にのせ、深いため息を吐く。

 れいむは、まりさの隣にあんよを這わせると小さな声で、

「どうしよう…おねえさん…くるしそうだよ…」

「ゆぅ…」

 困惑する二匹をよそに、三匹の赤ゆたちは空腹で騒ぎ始めた。れいむとまりさが必死になだめる。先ほど、女は “ちょっと待って”と言っていた。れいむとまりさは、それができる。しかし、赤ゆたちにはそれができない。

 お腹が空いているのにいつまで経ってもご飯をもらえないことで、赤ゆたちが大声で泣き喚いた。

「ゆんやあああああ!!!おにゃかすいちゃよ~~~!!!!」

「ごはんしゃん…ごはんしゃん、たべちゃいよ~~~!!!!」

「ゆっくちできにゃいぃぃぃ!!!ゆっくちさしぇちぇ~~~!!!!」

 これまで、決まった時間に餌をもらっていた赤ゆたちは、遊び疲れたことからくる空腹に耐える力など皆無であ った。ご飯を貰えるのが当たり前だと思い込んでいるからだ。

 れいむとまりさが、赤ゆたちをたしなめる。

「ゆ!ちびちゃん!ゆっくりがまんしてねっ!」

「そうだよ!おねえさん…ゆっくりできてないからやすませてあげようね!」

「やじゃやじゃやじゃやじゃあああ!!!ごはんしゃんたべちゃいよぉぉぉぉ!!!」

 赤ゆたちの我がままは一向に収まる気配がない。れいむとまりさはおろおろしていた。頼ってはいけないとわか っていても、赤ゆの泣き声を聞きつけた女がなんとかこの場を収めてくれないかと期待していたが、女はベッドか ら出てこない。

「ゆびゃああああああああん!!!」

 泣き叫ぶ赤ゆたち。れいむが意を決して、

「まりさ!おねえさんがいつもよういしてくれるごはんさんのあるばしょはわかるよ!」

「ゆゆっ!まりさとれいむでちびちゃんたちにごはんさん、むーしゃむーしゃさせてあげようねっ!!!」

 そう言って、れいむが三匹の赤ゆをなだめ始めると、まりさは台所へとぴょんぴょん跳ねていった。ゆっくりフ ードの入った袋は、流し台の横に置いてある。

 まりさは、まず椅子を経由してテーブルの上に飛び乗ると、ジャンプ一番流し台へと着地した。

「れいむーー!こっちにきてねー!!」

 まりさからの呼びかけにれいむと三匹の赤ゆたちがずりずりとあんよを這わせてやってくる。

「れいむ!いまからごはんさんをしたにおとすよっ!」

「ゆっくりりかいしたよっ!!」

 そう言って、まりさがゆっくりフードの袋を口に加えるとそれを床に落とした。

「「「ゆゆーん!!!」」」

 赤ゆたちが歓声を上げるのもつかの間、床に落ちた袋は衝撃で破れ、中身のフードが床一面に散らばってしまっ た。

「ゆ゛…っ!!」

 まりさの顔が青ざめていく。れいむも、呆然とした様子で床に敷かれたゆっくりフードの絨毯を見渡している。

(*1)

 二の句を継げない二匹をよそに、赤ゆたちは床に落ちたゆっくりフードをぱくぱくと食べ始めた。

「おいちぃよぅ!!!」

「むーちゃ、むーちゃ…しあわちぇぇぇぇぇ!!!」

 赤ゆたちは、次々にフードを口に入れて行く。

「ゆゆ…っ、そんなにたくさんたべたらおなかがいたくなっちゃうよ!!!」

 れいむが叫ぶが赤ゆたちの耳には入らない。まりさも心配そうだ。

「そんなにたべたら…っ」

「ゆゆっ!れーみゅ、おにゃかいっぱいになっちゃから、うんうんしたくなってきちゃったよっ!!」

 赤れいむの言葉に呼応するかのように、三匹の赤ゆたちが横一列に並ぶ。

「ゆゆ!!!まってねっ!そこでうんうんしたら…」

「「「うんうんしゅるにぇっ!!!ちゅっきり~~~!!!」

 仰向けになった三匹の口とあんよの間にある穴…あにゃるからうんうんが排出される。ゆっくりのうんうんは、 人間のそれとは異なる。ゆっくりは食べたものを餡子に変換して、体内に蓄積させる。中身の餡子はゆっくりが運 動エネルギーを生みだすのに必要なものだ。

 しかし当然、餡子の最大許容量には限界がある。成体になって体が大きくなれば、それだけ餡子を充填できる量 が増えるが、体の小さな赤ゆはすぐに餡子が限界まで溜まってしまう。

 それにも関らず、ゆっくりが活動するのに必要なエネルギーを生み出す餡子の量は成体でも子供でも変わらない ため、赤ゆはすぐにお腹が減る。

 やんちゃ盛りで遊び回ってばかりいる赤ゆたちの餡子の消耗は激しい。赤ゆは餌を与えてくれる親ゆがいること で初めて存在が成り立つのだ。

 赤ゆが“動く死亡フラグ”と呼ばれる所以のひとつが実はここにある。

 つまり、個体によっては一度もうんうんをすることなく生涯を終えるゆっくりもいるのだ。ちなみに水分を過剰 摂取してしまうと、しーしー穴と呼ばれる場所からしーしーを排出する。

 ゆっくりは無意識に体内の餡子と水分の量を調節して生きているのだ。

「ん…れいむ…お昼ごはんを用意するから……って、え?」

 相変わらず苦しそうな表情で台所に現れる女が見たのは、床中に散乱したゆっくりフードと三匹の赤ゆが捻り出 したうんうん。…とは言っても、古くなった餡子もしくは余分な餡子というだけで汚いわけではない。…食べよう と思えば食べられる。ゆっくりはうんうんをなぜか毛嫌いするが、そのあたりの感覚だけは人間と同じなのだろう。

「ご…ごめんなさいっ!れいむたち…ちびちゃんにごはんさんをむーしゃむーしゃさせてあげようと…」

「ゆ…ゆっくりかたづけるからゆるしてねっ!!ごめんなさい!ごめんなさい!!!」

 女はゆっくりフードを拾い集めながら、

「ううん…。私も謝らないと…。みんなお腹すいてたのにね…ごめんね」

「そ…そんなことないよっ!!おねえさん…つかれているんだったらゆっくりしないでやすんでねっ!!!」

 れいむの言葉に、女が一瞬目を見開く。

「ちびちゃんたちのせわはまりさたちがやるよ!おねえさん、ゆっくりしてねっ!!!」

 女が無言で立ちつくす。満腹になったことで余裕が出てきたのか、ようやく赤ゆたちも女の様子がいつもと違う ことに気がついた。

「ありがとう…。でも、大丈夫。苦しいことは苦しいんだけど…病気っていうわけじゃないから」

「ゆゆっ?」

「でも、あんなにくるしそうに……」

 女は、少しだけ口元を緩めると、左手を自分の腹部に当てて、

「私ね…。お腹の中に赤ちゃんがいるのよ」

 今度はれいむとまりさが、動きを止めた。そして、

「おねえさんの…ちびちゃん…?」

「ゆっくり…うまれるの…?」

「うん、そうだよ。“私のかわいい赤ちゃん、れいむたちには特別に見せてあげるね”」

 れいむの言葉を真似して女が言葉を紡ぐ。れいむとまりさの顔が輝く。赤ゆたちもなんだか嬉しそうだ。

「ゆゆぅん!れーみゅ、おねーしゃんになるんだにぇっ!!!!」

 赤れいむの言葉に女がにっこりと笑う。

「そうだよ。ちゃんとお姉ちゃんらしく、しっかりしないと…これから生まれてくる赤ちゃんに笑われちゃうよ?」

 その言葉に、三匹の赤ゆがキリッとした表情で横一列に並び、

「「「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!!」」」

 叫んだ。

「というわけで、れいむ?まりさ?私、ちょっと体の調子が悪いから、ご飯だけでも自分たちで用意してくれないか  しら…?今度はご飯を取りやすい場所に置いておくから」

「ゆゆっ!とうぜんだよっ!!!おねえさん、ゆっくりしていってね!!!」

「ありがとう」

 そう言って、女はれいむ一家と一緒に昼食を取った。



五、

 休日。

 れいむとまりさは、三匹の赤ゆたちとゆっくりしていた。女は部屋の中にいるが、今日は遊び相手として催促は しない。ここ最近、女の体調も良く、昨日の夜は久しぶりに豪勢な夕食を振舞ってもらった。

 女は、今日は用事があって出かけるらしい。

 鏡台の前に座り、化粧をしている。れいむ一家には告げていないが、女は付き合っている男と会う約束をしてい たのだ。

 慣れた手つきで薄い化粧を施して行く。まだまだ若い女に厚化粧など必要ない。

 口紅を丁寧に唇に塗っていく。

 れいむはその様子をずっと見ていた。不意に、

「れいむもお化粧したいの?」

 女から質問されると、れいむは顔を横に振った。

「ちがうよ…。おねえさん…たのしそうだな、っておもってただけだよ」

 れいむにそう言われて、鏡に映った自分の顔を見る。なるほど。少しだけ口元が緩んでいる。女はクスリと笑う と、誤魔化すようにれいむをそっと抱き上げた。

 れいむがこの家に来て一年半が経つ。れいむの頭を撫でながら、女は昔のことを思い出していた。れいむにバッ ジは付いていない。女は、れいむを拾ってきたのだ。

「あ…時間だわ。ごめんね、れいむ。帰ってきてからゆっくり遊ぼうね」

 そう言うと、女はれいむをそっと床に置いて玄関へと小走りで移動した。れいむもまりさも、久しぶりに嬉しそ うな女の表情を見て穏やかな気持ちになっていた。遊び疲れた三匹の赤ゆたちも、ゆぅゆぅ寝息を立てている。

「じゃあね」

 玄関のドアを閉め、鍵をかける。

 部屋の中は、れいむ一家だけとなった。

「まりさ…おねえさんのちびちゃんがうまれたら…れいむたちもなにかおねえさんにあげたいよ」

「ゆゆっ!そうだね!!なにをあげるかいっしょにかんがえようよっ!」

 あーでもない、こーでもないと二匹で論議を繰り返すうちに、いつのまにか眠ってしまった。静まりかえった部 屋に時計の針が動く音だけが聞こえる。

 穏やかな時間がゆっくり、ゆっくり、過ぎて行く。

 昼のご飯もちゃんと赤ゆたちに与えることができた。それから一家で遊んだ後、またそのまま眠ってしまった。

 幸せな時間がゆっくり、ゆっくり、過ぎて行く。 


 ドアの鍵を回す音が聞こえ、五匹のゆっくりたちは玄関に集まった。ドアが開かれ、女が部屋に入ってくる。五 匹は、待ちわびたと言わんばかりに、

「「「「「ゆっくりおかえりなさい!!!」」」」」

 また、一列に並んで叫んだ。

「………………」

 しかし、女は何も言わなかった。れいむとまりさが不思議そうに女の顔を覗こうとするが、俯いた女の前髪に邪 魔されて表情を確認することができない。

 女は無言で、靴を脱ぐと部屋の中へと入って行った。

 れいむ一家も、そんな女の後姿を見送るだけで、どれ一匹声を掛けることができなかった。

 女は、何も言わずにベッドの中に潜り込んだ。布団を顔まで覆っている。

 五匹のゆっくりがそれぞれあんよを這わせて、女の元へと集まってくる。布団の中の女は微動だにしない。

「…おねえさん…?」

 れいむが声をかける。反応は返ってこない。赤ゆたちも不安そうに互いの顔を見合っている。

「…ゆっくり…どうしたの?」

 まりさも声をかける。やはり、反応はない。

 女と“帰ってきてからゆっくり遊ぼう”と約束していたれいむは、不安そうに女のベッドの下をうろうろしてい た。

 日が傾いて行く。開けっぱなしのカーテンから夕陽が差し込み、部屋を茜色に染める。

 女はベッドの中から動かなかった。やがて、完全に日が沈むと、電灯の点いていない女の部屋は真っ暗になった。 街灯の明かりがかろうじて窓から入り、そのあたりだけはうっすらと互いの顔を確認できる。

 そろそろお腹も空いてきた。

 れいむとまりさがあんよを這わせて台所へと向かう。

「ゆぅ…くらくてよくみえないよ…」

「だいじょうぶだよ!まりさのうしろをついてきてねっ!ずーりずーり…」

 まりさが先頭を歩くのは、れいむが壁やテーブルの脚にぶつからないようにするためだ。細心の注意を払って二 匹がようやくゆっくりフードのある場所へとたどり着く。まりさがフードの袋を、れいむが餌皿をそれぞれ咥える と、今度は窓辺の明かりを目指してあんよを進めた。

 そのとき、突然部屋の中が明るくなった。

 れいむとまりさが思わずあんよを止める。赤ゆたちもびっくりして震えている。

 電灯のスイッチがある壁際に女が立っていた。女がベッドから出てきたことに、れいむたちはまったく気付かな かった。そして、部屋の明かりに照らされた女の表情を見て、れいむは思わず硬直してしまった。

 視点の定まらぬ瞳。ずっと泣き続けていたのか化粧の一部が落ち、目は真っ赤に充血している。女はその場に座 り込んだ。

 れいむとまりさがぴょんぴょんと女の元に駆け寄る。

「おねえさん!ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってね!!!」

 れいむが声をかける。声をかけなければ、そのまま女が消えてなくなりそうな気がしたからだ。

「おねえさん…どうしたの?」

 まりさも不安そうに声をかける。女はふらふらと立ちあがりながら、

「ん…何でもない…何でもないのよ…」

 そう言って台所へと向かった。

「おねえさん!」

「すぐにご飯の準備をしてあげる…少しだけ待っててね…」

「おねえさん!なんだかゆっくりできてないよ!!ちゃんとやすんで――――」

「何でもない、って言ってるでしょ!!!!!!!」

 女はれいむたちの方に向き直らずに大声を上げた。れいむもまりさも怯えて、互いの頬をくっつけている。赤ゆ はぷるぷる震えて、目に涙を浮かべていた。

 部屋の中を静寂が包む。

 一呼吸置いて、

「ごめん…。でも、本当に…大丈夫だから…」

 れいむたちの返答を遮るかのように、流し台の蛇口を捻る。水の流れ出す音が、部屋に響いた。れいむたちは家 族で寄り添って台所に集まった。赤ゆたちはれいむとまりさの頬にぴったりと顔をくっつけている。

 そのまま、待つこと三十分弱。空腹であったことさえ忘れていた五匹のゆっくりの前に、ゆっくりフードとオム ライスが出された。

「おねえさん…」

「どうしたの…?美味しそうでしょ?今日は一日かまってあげられなかったから、せめてものお詫びのつもりよ?」

 そう言って、女が微笑む。三匹の赤ゆは、

「「「ゆっくち~~~~~!!!!」」」

 叫んで、それぞれの餌皿に顔を突っ込んだ。まりさも、女の笑顔に安心したのか、食べ散らかす赤ゆたちをたし なめながら、餌に口をつけた。

「……………」

「……………」

 れいむは、女を見つめたまま動かない。不安そうな表情を見せるれいむとは対照的に、女は空虚な視線をれいむ に向けていた。まるで、れいむの向こう側にある何かを見ているようだ。

「食べないの?」

 女が口を開く。れいむは、ぴょんぴょんとテーブルの上に飛び乗った。

「おねえさん…ほんとうに…ほんとうにだいじょうぶなんだよねっ?」

 女が微笑みを浮かべ、

「大丈夫よ」

「しんぱいしなくても…いいんだよねっ?」

「大丈夫」

「……しんじても、いいの…?」

「大丈夫」

「ゆっ!れいむはおねえさんをしんじるよっ!ゆっくりしていってね!!!」

「大丈夫」

 れいむは、それだけ言うと、床に下りて行きまりさや三匹の赤ゆたちと一緒にご飯を食べ始めた。女の作ったご 飯は今日も美味しい。きっと、大丈夫なんだ…れいむも、そう思っていた。

 思い込んでいた。


「大丈夫…大丈夫大丈夫大丈夫…だいじょうぶ…だいじょうぶ…ダイジョウブダイジョウブダイジョウフダイジョウブ……………」


 微笑みを浮かべたまま、うわ言のように“大丈夫”と繰り返す女の声は、

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせえええええ!!!!」

 れいむたちの耳には届かなかった。


 食事を終えたれいむたちはリビングでテレビを見ていた。シャワーを浴びて部屋に現れた女の表情は少しだけ晴 れているようにも見える。鏡台の前に座る。

(…我ながら、ひどい顔ね…)

 鏡の前で溜め息をつく。

(…あれ…?)

 女の化粧道具の入ったポーチが鏡台の上に置かれている。いつもなら、鏡台の引き出しの中に入れてあるはずな のだが。女は几帳面だ。道具を出しっぱなしになどしたりはしない。なんとなくそれに手をかけ、中身を取り出す。 口紅が入っていない。

(…おかしいな…)

 部屋には鍵をかけている以上、ポーチに触れるのはれいむたち以外にはいない。そういえば朝、化粧をしている 女の横にはれいむがいた。疑いたくはなかったが、れいむに声をかける。れいむがぴょんぴょん飛び跳ねて女の元 にやってきた。

「ゆゆ!おねえさん、どうしたの?」

「あのね…知ってたら教えてほしいんだけど…私の口紅を知らないかしら…?ああ、こうやって口に塗るヤツなん  だけど…」

 女が口紅を塗る仕草をしてみせる。れいむの表情が一瞬変わったのを女は見逃さなかった。

(…もしかして本当にお化粧したい、って思ったのかしら…?)

「ゆっくり…ごめんなさい…れいむが…つかっていたよ…」

 そう言うと、ぴょんぴょんと飛び跳ねて寝床に向かったかと思うと、口に口紅を咥えて女の元へと帰ってきた。

「何に使っていたの…?お化粧、してみたかった?」

「ゆ…ゆぅ…。そ、そうだよっ!おねえさんのまねをしたくて…ごめんなさい!」

 一瞬、言葉に淀みがあったような気がしたが、女は気づかなかったフリをした。女はれいむの頭を優しく撫でる と微笑んだ。

「いいのよ、別に」

 れいむが女の腕に頬をすり寄せた。

「おねえさんのちびちゃんは…あとどれくらいでうまれるの…?」

「……………ッ!!!」

 女が目を見開く。いつのまにか、れいむは女の膝の上に乗っていた。

「おねえさんのちびちゃんがうまれたら…れいむがおうたをうたってゆっくりさせてあげるね…」

 女の右手が小刻みに震える。れいむは、まるで我が子を見るかのように愛おしそうな視線を女の腹部に向けてい た。

「おねえさんがいそがしいときは…れいむがちびちゃんのめんどうみてあげるよ…っ!」

 それはれいむにとって、女への恩返しのつもりだった。食べ物を取ってきてあげることはできなくても、生まれ てくる赤ん坊の遊び相手くらいにはなってあげられる。自慢の子守唄で赤ん坊を寝かしつけることだってできるだ ろう。

 母親としては先輩に当たるれいむは、子守をすることで女の手助けをしようと考えていた。

 自分たちのちびちゃんにも負けないくらいの愛情を注いで接するつもりだった。

 女が唇を震わせながら、何かつぶやいた。

 何を言ったのかは聞き取れない。れいむが、女に尋ねる。

「ゆ?きこえなかったよ…?どうしたの、おねえさん…?」

「…ごめ…ごめんね…私……私、ね…。多分、赤ちゃん…産めなくなっちゃった…」

 女の涙が雫となってぽたり、ぽたりとれいむの顔に落ちる。れいむも、女が冗談を言っているのではないと理解 していた。

「どう…して…?」

 女は何も答えない。ただ、ただ、泣き続けるだけだ。

 戸惑うれいむ。赤ちゃんができたのに、生まれない。

 れいむは一生懸命考えた。女にかける言葉を。

 女は、子供が生まれることを喜んでいた。自分たちに特別に見せてあげる、という約束までしてくれた。と、言 うことは女は子供を産みたいと願っているのだろう。

 でも、子供は産めなくなった、と言った。れいむにはそのことの意味がわからない。だが一つだけ、思い当たる 節があった。ゆっくりの頭の上に生えた茎に実った赤ゆが、生まれる前に死んでしまうことがある。赤ゆが茎に実 っている間は、茎を通して親ゆの栄養分を赤ゆに送ることになる。人間で言えば、へその緒の役目に相当するのが 茎である。

 しかし、親ゆの栄養分が十分でなく実った赤ゆに満足に行き渡らなくなると、親ゆから最も離れた茎の先端に実 った赤ゆから順番に、栄養不足で朽ちて死んでいく。

 れいむは、最近の女の体調不良を思い出していた。それで、れいむはれいむなりの答えを出した。

 “お姉さんの赤ちゃんは、生まれてくる前にずっとゆっくりしてしまったのだろう”…と。

 れいむが、女に質問をした。

「おねえさん…おねえさんは…ちびちゃんをうみたいんだよね…?」

 女は、ゆっくりを相手に泣きじゃくりながら、何度も何度も頷いた。

 れいむは、そんな女の姿を見てかける言葉を決めた。女に元気を出してほしかった。

「ゆゆっ!」

 れいむが女を見上げる。そして、女に“慰めの言葉”をかけた。


「 お ち び ち ゃ ん は ま た つ く れ ば い い よ ! ! ! 」


 女の震えがぴたりと止まった。涙も、嗚咽も、呼吸さえも止まってしまったのではないかと思うほど、女はぴく りとも動かなかった。

 膝の上で、れいむが誇らしげに女の顔を見上げている。

「………、……て……………たの………?」

 途切れ途切れに女が言葉を紡ぐ。

「ゆ?」

 れいむには聞き取れない。

「今、なんて言ったの…ッ?!」

「おちびちゃんはまたつくれば―――――――」

 女の中の、“何か”が音を立てて壊れた。



六、

 女はれいむの右の揉み上げを掴むとそのまま宙釣りにして、腰を捻りすぐ傍の固い壁に投げつけた。

「ゆ゛ぶる゛っ゛??!!!!」

 壁に顔面から激突したれいむが跳ね返り、今度は床に叩きつけられる。女は肩で呼吸をしている。息が急激に荒 くなっていく。

「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!れ゛い゛む゛のがわ゛い゛い゛おがお゛があ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 絶叫するれいむの声を聞いてようやく異変に気付いたのか、リビングにいたまりさと三匹の赤ゆが女とれいむの いる部屋にやってきた。

「どうした…の………ッ!?」

 まりさの視界に入ったのは、額の皮が破れ中身が漏れ出し、半分飛び出かけた目玉と、バラバラに砕けた歯。そ して痛みにそこら中をのたうちまわっている最愛のれいむの姿だった。

「れ…れいむうぅぅぅぅぅぅぅ??!!!!」

 まりさが声を上げる。れいむに駆け寄り、慰めるために頬や額を舐める。

「れいむ!!!れいむ!!!ゆっくりしないでなおってね!!!ぺーろぺーろ…っ!!!」

 女はまりさの後頭部につま先をめり込ませた。

「ぎゅっ!!!」

 蹴りあげられて、鏡台の大きな鏡にまりさがぶつかると、鏡が激しい音を立てて割れた。割れたガラスの破片が まりさの顔中に突き刺さっている。

「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!」

 今度はまりさが悲鳴を上げた。

 自分たちの目の前で転げまわる両親を目の当たりにした三匹の赤ゆは、がたがた震えながらしーしーを漏らして いた。

 れいむも、まりさも、痛がってはいるがこの程度で死ぬほどヤワではない。優しいお姉さんはおかしくなってし まった。それを理解するだけの意識はまだ保っている。怯えてあんよを一歩も動かせない赤ゆに向かって、れいむ が叫ぶ。

「ちびぢゃあ゛あ゛あ゛ん゛!!ゆ゛っぐりじな゛いで…にげでね゛っ!!!!」

 それでもその場を動くことができない赤ゆに、女がゆっくりと近づいて行く。れいむが泣き叫ぶ。

「おね゛え゛ざあ゛あ゛ん!!どう゛じちゃっだの゛お゛お゛!!???」

「ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛よ゛お゛お゛お゛!!!!!」

 女が、赤れいむのリボンをつまむ。つまみ上げられた赤れいむは、

「ゆ?ゆっくち……ゆっくち!!!」

 あんよを動かして逃れようと、床を探して宙を蹴る。リボンをつかまれているため、抵抗らしい抵抗はできない。 小さな口で噛みつくことも、のーびのーびして抜け出すこともできない。

「や…やめちぇ…はなしちぇ…きょわいよ…きょわいよおおお!!!おきゃーーしゃあああああん!!!!」

 ようやく事の重大さに気付いたのか、赤れいむは顔をぐしゃぐしゃにして大泣きを始めた。まりさがずりずりと あんよを這わせて女の足元にやってくる。割れたガラスの破片が動くたびに、体内の餡子をこすりつけるのだろう。 歯を食いしばり、涙を滝のように流しながら女に懇願する。

「お゛でがい゛じばずぅ゛ぅ゛!!!ちびぢゃんに゛ぃ…びどいごどじな゛い゛でぇぇぇ!!!」

「おでーざぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!!ちびちゃんがごわがっでる゛がら…やべであげでね゛ぇっ?!!」

 女の氷のような表情は変わることはない。そして、冷ややかな口調でこうつぶやいた。

「何を言ってるの…?れいむ…あなたが言ったのよ…?」

 れいむとまりさの動きが止まる。

「ゆ?ゆゆっ??」

 一瞬、痛みを忘れてれいむが困惑の表情を浮かべる。

「オチビチャンハ…マタ、ツクレバイインデショ?」

 女が何を言ってるのか理解したれいむが、激痛に耐え女の元へと向かおうとする。赤れいむをつまんだまま、女 は鏡台の引き出しに入っていた、裁縫道具を取りだした。その中から針を一本取り出し、赤れいむのリボンに突き 刺して針刺しに固定した。

 あんよを使って逃げようとするが思うように床を蹴ることができない。赤れいむは仰向けの状態にされていた。 だから、女の動きだけは嫌でも視界に入る。

 女は一番太い針を取り出すと、それに黒い糸を通し始めた。針の先端を見た赤れいむが怯えている。

「や…やめちぇにぇっ!なにしようとしちぇるにょぉ?!!ゆっくちできにゃいよっ!!!」

 まりさがずりずりと女の元へとやってくる。女はそのまりさの目の前に見せつけるように赤れいむを持ってくる と、ひと思いにその針を赤れいむのもちもちした顔に突き刺した。

「ゆ゛びゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」

 赤れいむが大粒の涙を流し、張り裂けんばかりの勢いで口を開き絶叫した。

「ゆ゛あ゛あ゛あ゛…っ!!!やべでぐだざい゛ぃ゛ぃ゛!!おでがいじばずう゛ぅ゛ぅ゛!!!!」

 最愛の我が子の悲痛な叫び声を聞いたまりさが、割れたガラスを顔の奥に突き刺しながら土下座をした。床に 頭を叩きつけるたびに、ガラス片は体内深くに突き刺さっていく。

「い゛ぢゃい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」

 女が針をずぶずぶと赤れいむの体の奥に刺して行く。柔らかい肌と餡子の抵抗を針が問答無用に貫いていく。人 間でいえば、脇腹あたりから鉄パイプを突き刺され、反対側の脇腹へと貫通させられようとしているのだ。赤ゆが 泣き叫ばないわけがない。

「ゆ゛ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…っ!!!!!!」

 歯を食いしばる。それでも、体内に侵入してくる針と糸の蹂躙は終わらない。刺された箇所と突き通っている最 中の部分が熱くてたまらない。

「あ゛…ゆ゛…ゆ゛…びゅえ゛………いぢゃい゛…い゛ちゃい゛…い゛ちゃい…!!!」

 涙もしーしーも止まらない。痛みに必死の形相で耐えているためか、顔は真っ赤だ。揉み上げもピンと張ってい る。やがて、反対側の皮を突き破って針の先端が顔を出した。もう一度皮を貫かれる痛みが赤れいむを襲い、目を 見開き体をびくつかせる。

 我が子がもがき苦しむ一部始終を見せつけられているまりさは、それでも涙を流し続けるだけで女に攻撃を加え ようとはしなかった。

「たちゅ…けちぇ…おきゃ……しゃん……」

 赤れいむの揉み上げも力なく垂れる。

 れいむは、もう一匹の赤れいむと赤まりさの前に立ちはだかり、がたがた震えながら泣いている。

「や゛め゛ぢぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!!」

 女は赤れいむに針を貫通させた。貫通させても、赤れいむの体内にはまだ細い糸が残っている。体内に異物が混 入している違和感に、赤れいむは気持ち悪さで中身の餡子を吐き出す。女は赤れいむの顔を自分のほうに向けるよ う左手に持ち帰ると、ようやく貫通した針を右手に持った。

 赤れいむは、涙と冷や汗と涎としーしーをだらだら垂れ流して、目で助けを求めていた。

「……だぢゅ…げちぇ…」

 女は無言で、右手に持った針を一気に手前に引いた。

「い゛っぢゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」

 赤れいむを襲ったのは、糸による摩擦である。突き破られた二カ所の皮と体内を、糸が勢いよく駆け抜ける。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぢゅい゛い゛い゛い゛!!!!!!!」

 摩擦熱で糸に触れていた部分が瞬間的に火傷を引き起こす。女は赤れいむの体内を通っている糸を持って一気に 引っ張り続けた。時にゆっくり、時に素早く。体内を糸が動いて行くおぞましい恐怖と、体内を瞬間的に焼き焦が される痛みが生まれて間もない赤れいむを長い時間、苦しませた。

 痛くてたまらない。それなのに、中身の餡子が減るわけではないから苦しみは終わらない。結局、女は巻かれて いた糸が全てなくなるまで、赤ゆの中の糸を引き続けた。ようやく体内の異物を引き抜かれた赤れいむは既に虫の 息だった。

「ゆ゛…………………ゆ゛っ…………………」

 皮の張りも柔らかさもそのままに、二点だけ開けられた小さな針穴の周りだけは黒ずんでいる。中身の餡子も糸 が触れた部分だけは同じような状態になっているだろう。

 これまで味わったことのない痛みと苦しみに、赤れいむは痙攣を起こしている。

「ちびちゃん…ちびちゃん…っ!!!」

 痛みのピークを通り越したのか、それでも体内にガラス片が残っているはずのまりさが、泣きながら赤れいむの 傷を舐めている。

 女はそのまりさから赤れいむを取り上げた。赤れいむはもう特に何の反応も示さない。女は、赤れいむの二つの 揉み上げの根元を右手と左手でそれぞれつまんだ。

「おねえざん…おでがいだよ゛ぉ゛…やべでよぉ…あんな゛に゛やざじぐじでぐれだのに゛ぃぃ…!!」

 女が無言のまま、指に力をかける。揉み上げの根元をつまんでいるため、揉み上げだけが引きちぎれることはな い。

「んぎぃぃっ??!!!」

 ぶち…ぶち…ぶつっ…

 嫌な音が赤れいむの顔から聞こえてくる。頭頂部から皮が裂けようとしているのだ。遠のきかけていた意識が激 痛により無理矢理引き戻される。もう、体内に残っている水分などほとんどないだろうに、それでも反射で目から 涙が溢れ出す。水分もほとんど残っていないのか、餡子混じりの液体がとろとろと流れ出してきた。

「お゛ぎゃ…じゃ…い゛ぢゃ………だじゅ…げ………い゛ぃ゛っ!!!い゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」

 引き裂かれた皮は、すでに目と目の間にまで到達している。顔の中央部分から中身がどろりとこぼれ出す。これ が致命傷となった。中身の餡子が三分の一以下になった瞬間、赤れいむはようやくこの永遠とも言える苦しみから 解放された。自身の死をもって。

 まりさが、歯を食いしばり、女を下から睨みつけていた。小刻みに震えている。絶え間なく溢れだす涙。それは 我が子をむごたらしく殺された恨みと、大好きな優しいお姉さんに裏切られた深い悲しみとが入り混じったものだ。

 すでに息絶えた赤れいむの顔を半分に引き裂いて、ようやく赤れいむは女の指から離れた。

 ぺしゃり… ぽとり…

 二つになった赤れいむの皮が床に落ちる。目は見開かれたままだった。

「ゆ゛う゛う゛…ゆぐぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ!!!!!」

 変わり果てた我が子の姿を見たまりさが、うめき声を上げた。女を睨みつける視線には、明確な殺意が込められ ていた。それでも、ここまでされても、まりさは女に攻撃を仕掛けようとはしなかった。ただ、ひたすらに大きな 声で、

「どぼじでごん゛な゛ごどずる゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛!!!!!!!!!!」

 怒鳴りつけた。

 女はまりさを無視して歩き出す。向かう先にはれいむがいた。れいむが泣きながら威嚇する。大好きなお姉さん に向かって。

 しかし、その滑稽な姿は女の視界には入らない。女はれいむの後ろにいる赤れいむと赤まりさだけを見据えてい た。

「ぷくぅぅぅぅ!!!ゆっぐりやべてねっ!!!!れいむ…ほんどうに…おごっでるんだよ!!!!」

 女は歩みを止めない。無言で近づいてくる。

「やめてねっ!!こないでね゛っ!!!いくら゛おねえ゛ざんでも…ゆるさない゛よっ!!!」

 女がれいむのリボンを持って自分の顔の高さまで持ち上げた。れいむは威嚇をやめない。

「ぷくううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」

 顔を真っ赤にして頬を膨らませる。女はそんなれいむの唇に、自分の唇が触れるか触れないかくらいのところに まで顔を近づけて、

「邪魔」

 一言。ただその一言が、れいむにとっては重い衝撃だった。膨らませた頬が収縮していく。悲しくて寂しくて怖 くて…そして、自分が女には絶対に勝てないということを悟り、絶望した。

 女はれいむを床に放り投げた。着地をすることができずにまた顔面から床に叩きつけられたが、痛みよりも渦巻 く暗い感情のほうが心を支配し、その場を動けなくなった。

 赤れいむと赤まりさ。二匹は頬をぴったりとくっつけたまま、その場を動かない。

 女は赤まりさの小さなお帽子を取り上げた。恐怖よりも、飾りを取られることのほうが感情的に勝るのか、金縛 りから解けたように赤まりさがぴょんぴょんジャンプして、

「ゆあああああ!!!まりしゃのおぼうち…かえしちぇ…かえしちぇぇぇぇぇ!!!!」

 泣き叫ぶ。ジャンプしたところで、女のくるぶし辺りまでしか届かないというのに、どこまでも無駄な行動を取 る赤まりさ。

 女が再び裁縫道具のある場所へと向かう。まりさが睨みつけてくるが、女の視界には入らない。それどころか、 半分に引きちぎられた赤れいむの顔を踏みつぶしたことにさえ気づかなかった。女の足の裏にべったりと餡子が貼 りついている。

 赤まりさは必死にぴょんぴょん飛び跳ねて、女の後を追っていく。

 女はハサミを取り出すと、赤まりさのお下げを切り落とした。

「ゆ…?」

 赤まりさが、足下に転がったお下げを見下ろす。血の気が引いて行く赤まりさ。小刻みに震え始めた。頭を左右 に揺らしてみる。いつもはゆらゆら揺れていたはずのお下げがそこにない。

「ゆ…ぁ…あ…ぁぁ…まりしゃの……まりしゃのおしゃげしゃんがあああああああああああああああああ!!!!!」

 顔面蒼白の赤まりさの眼前に先ほど奪い取った帽子をちらつかせる。

「ゆっくちぃ!!!ゆっ!!!かえしちぇ!!!かえしちぇにぇっ!!!」

 ぴょんぴょんとジャンプするが、愚鈍な赤まりさの動きで女の手から帽子を奪い返すことなどできない。

 女が無言で帽子にハサミを入れる。つばの部分に大きな切れ込みが入った。それを見るだけで、赤まりさは混乱 状態に陥っている。

「ゆあああああああ!!!!ゆっくちやめちぇえええ!!!ゆっくちできにゃくなっちゃうよぉぉぉぉぉ!!!!!」

 二度、三度、赤まりさの帽子をハサミで切り裂く。そのたびに、大声を上げる赤まりさ。どうにもできないとわ かっていながら、それでも絶叫を繰り返すしかない。小さな白いリボンもバラバラに切り裂かれた。ハラハラと落 ちてくる布切れを眺めて、全身を震わせている。

「どうしちぇ…こんにゃこちょ…すりゅの……?」

 ついに、赤まりさの黒い帽子はただの布クズになってしまった。赤まりさが無言で泣きながら黒い布切れをぺろ ぺろ舐めている。

「ゆゆっ?!」

 肉体的なダメージはまだ無傷の赤まりさの長い金髪をつかむと、風呂場へと足を進めた。赤まりさは、餡子の重 みで垂れ下がったあんよを左右に振って抵抗しながら、

「おきゃあああああしゃああああああん!!!!たちゅけちぇええええ!!!!!」

 れいむとまりさに助けを求める。しかし、れいむとまりさは動かない。ただ、泣きながら悠然と歩みを進める女 の後姿を見ているだけだった。

「おねえざん………どう…じで…」

 女はいつも、れいむとまりさの髪を洗ってあげていたタライの中に熱湯を注ぎ始めた。沸き立つ湯気の熱気から お湯に触れればどうなるのかということが、餡子脳の赤まりさにも理解できた。

 タライの中の熱湯の深さはそれほどない。赤まりさの体が半分浸かるくらいのものだ。

 女は無言でその中に赤まりさを放り込んだ。

「ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 ばしゃばしゃと水しぶきを上げながら、赤まりさが熱湯の海の中でのた打ち回る。ジャンプしてタライの外に脱 出しようとしても、あんよが水中にあるため上手く跳ねることができない。できたとしても、赤まりさに越えられ る高さではないのだが。

「あ゛ぢゅい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!まり゛じゃ…な゛んにも゛わりゅいごどじでにゃい゛の゛に゛ぃぃぃぃ゛!!」

 女が赤まりさの髪をつかんで、熱湯から引き出した頃には、茹で饅頭と化していた。あんよの皮がふやけている。

「ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…」

 そのとき、赤まりさの表情が一瞬だけ明るくなった。女が後ろを振り返る。そこにはまりさがいた。

「おぎゃあ゛じゃあ゛あ゛ん゛!!!だちゅげでぇぇぇ゛!!あ゛ぢゅい゛のや゛じゃあ゛あ゛あ゛!!!!」

 まりさは唇を噛み締めて、涙を流すだけで赤まりさを助けにはやってこない。

 れいむも、まりさも、どうして自分を助けに来てくれないのか…。赤まりさはどうしてもそのことについて納得 がいかなかった。

「どうしちぇ…?どうしちぇ、まりしゃを…たしゅけちぇくれにゃいにょ……?」

 まりさは俯いたまま、何も答えない。

「まりしゃのこちょ…きりゃいになっちゃったにょ…?」

 まりさが俯いたまま、顔を横に激しく振る。

「じゃあ…っ!どうしちぇ―――――」

 女は再びタライの中に赤まりさを投げ入れると、今度は熱湯のシャワーを浴びせ始めた。

「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!おにぇぎゃ…あ゛…ぎぃ゛…っ!!!あ゛ぢゅい゛!!やべちぇ!!!」

 まりさに助けを求めようにも、上から絶え間なく降り続く熱湯が、目に、口に直接入り込み、赤まりさの全身を まんべんなく火傷させていく。

「…っ!!!……………っ!!!!」

 口の周りが溶け始めた。あんよはすでに崩れていて動かすことができない。もう、逃げられない。熱湯の水位は 赤まりさを完全に飲み込んだ。赤まりさは溺れていた。大量の熱湯を飲み込み、体の外も中も火傷を負っていた。 目を見開くと、目玉が焼けるように熱い。もがけばもがくほど、新たな苦しみが襲ってくる。それにも関らず、じ っとしていることはできない。

 やがて、顔中の皮がふやけて破れ、中の餡子が漏れ出してきた。タライの水面が餡子で覆われ、赤まりさの姿を 見ることはもうなかった。女がタライをひっくり返すと、どろりと餡子が流れ出した。排水溝には赤まりさの金髪 が絡みついて行く。小さな目玉がころころと飲み込まれていった。

 女は熱湯のシャワーを入念に床のタイルに浴びせ、赤まりさの存在した痕跡の全てを洗い流した。

 まりさは、その様子を泣きながら見つめていた。歯を食いしばり、我が子の最期を見届けた。女はまりさを無視 して、最後の赤ゆである赤れいむの元へと向かっていた。

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最終更新:2013年10月09日 15:13
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