まだ、アルティアスと休戦協定が結ばれる前の話。
黒髪、黒い瞳、褐色の肌の民は、イリスリードにもまったくいないわけではない。
肌の色や髪の色の差別がさほどない地域であるイリスリードでも、「黒髪、黒い瞳、褐色の肌の民」への差別は…やはりある。
イリスリードへの一方的な敵対…としか思えない、話し合いにもならない攻撃姿勢。
民間人だろうとお構いなしの攻撃、殺戮。
戦線付近の村が襲われ、皆殺しに焼き討ちに遭ったことは少なくない。
アルティアス、かれらは、自分たち以外の民族を「人間」と認めていない。
かつて、
アルシスと、騎士で同期だった青年がいた。
名前は、「ファクト・トラルキーアス」。下級貴族の四男、騎士学校で何年も学んだエリート。
真面目でまっすぐで、「この剣は王のために」と笑って言う、穏やかな人柄だった。
ファクト、というのは、どこかの言葉で「真実」を意味するのだという。
彼がまっすぐな性格なのは、名は体を表すと言うことだろうか。
ファクトは、騎士としての礼節を重んじ、美しい礼儀作法ができる者だった。
貴族生まれだ、当然ではある。
アルシスは彼に聞いたことがある。なぜ、自らの剣を王に捧げられるのかと。
アルシスはその時、忠義のありかを見つけてはいなかったからだ。
ファクトは言った。
「だって、フォートレンはこんなにも平和だろう?
それは、王が守ってくれているからだよ。
僕は、家族を愛し、友達を愛し、この町を愛し、この国を愛している」
「今も、いくさが続く中、国王陛下はこの国の平和と笑顔を守ってくれている。
それだけでも、恩義を感じずにはいられない。
この一生をかけても仕えるよ」
ファクトは嘘が下手な男だった。
だから、はにかんだその笑顔と言葉は、きっと真実だったに違いない。
そして。アルシスとファクトに、「ロルー…最前線の町への出兵命令」が下った。
本来、初陣の場ではない。しかし、当時二人を率いていた騎士隊の長は歴戦の武人であり、その部下も巻き添えで出向くことになったのだ。
馬をかけて、隊列を組み、長き旅をした。
ロルーは遠かった。そして、そこへ近づくにつれて、周辺はひどい有様だった。
そこかしこに黒煙が上がっている。焼き討ちか。戦の名残か。
今まさに、殺し合いが行われている。
騎士然とした隊を組む列は、少人数奇襲を得意とするアルティアスにとって美味しい餌だった。
隊列の真横に飛び込んできた戦士が、一瞬で数名の命を奪った。小柄な体躯をさらに折り曲げて戦う戦士。
アルシスは、地に伏した仲間だったものを見て、一瞬で世界が凍りついた。
ファクト:敵襲!敵襲!
くそ、アルシス!訓練なんか通用しない、戦わないとやられる!!
アルシスは、近くで叫ぶファクトの声が、どこかとても遠くに思えていた。
現実感がない…。
敵は、たった1人。たった1人…!
最初から、生還を考えていない特攻。
イリスリードの、生きてこそという精神とは真反対だ!
ファクト:アルシス!!剣をとれ、た、たたかわなきゃ…!
そう言うファクトも、両手が震えている。足もすくんで動けていない。
戦士:………!
戦士が走り込んでくる。
また一人、倒れた。
鎧の隙間をぬって打ち込まれる短剣。ひとをころすためだけの技。
隊長:くっ!たった一人に…!
隊列直れ!前方と後方に分かれよ!
円陣を組め、背を向けるな!!
単騎で挑むな、同時にかかれ!!
ファクト:アルシス!!(アルシスの腕を引いて隊列に押し込む)
アルシス:!!(我に返る)
戦士は、頭に黒い布を巻いていて、表情はわからない。
ただ淡々と殺し続ける。
アルシス:(思考の中:こいつら...普通じゃない!!)
しかし、隊が素早く2つに分かれて、大盾をかまえ防御をとったため、単騎の戦士は一瞬、戸惑った。
どちらか迷った。どちらがわを殺そうかと。
そして、アルシス、ファクトがいる側に走り込んできた。
ファクト:…!!き、た!!
戦士:…………
ファクト:始原の神よ、守り賜え、この戦いに勝利を…!(剣を構える)
ファクトは、自ら飛びだした。
隊列を抜けるのは自殺行為だった。
しかし、彼は祈りの言葉を叫び、単独で戦士の前に出た。
アルシス:ファクト!!!退けぇぇ!!!
ファクト:(一瞬振り返って微笑んだ)
アルシス:...ファク、ト?
ファクトは、戦士の剣の餌食となった。
…しかし、即死ではなかった。自ら受けに入った分、傷の位置をずらしたのだ。
ファクト:(戦士に抱きついて倒れ込む)
隊長:前方部隊、総員、かかれ!!
あっという間の出来事だった。
アルティアスの戦士は、ファクトが身を挺してその動きを止めたことで、それ以上の被害をふりまくことなく、騎士の手によって絶命した。
死者、7名。
隊の、およそ4分の1だった。
隊長:まだ息がある…!回復の使い手!ファクトを!!
アルシス:ファクト!!ファクト!!しっかりしろ!!
ファクトは、どうにか息をしていた。
ファクト:(隊長に向かって首を横に振る)
魔法は…必要ありません…。僕は、ここに、すておいて、ください…。
アルシス:なにふざけてるんだよ!!(近くの人を退かして彼を抱えます)
ファクト:まだ、最前線にいくまえに…まりょく、つかっちゃ、だめだ…。
アルシス:ッ!!
自分を使い捨ての道具みたいに言うなよ!!
ファクト:アルシス…アル…。お前はさ…。
まえに、進め。
ファクト:ロルーまで、ついて、ないんだよ…?
騎士が、たたかわなくちゃ…。
だれが、くにを、かぞくを、いとしい…ひとを、まもるの…?
ファクト:ぼくたちは、国…の、盾だから…。
隊長:馬鹿を言え。
私が、部下を見捨てて行く男と思うのか。
アルシス、ファクトを抱えろ!
至急キャンプを張る、死者の簡易埋葬と怪我人の治療だ!
アルシス:おい!回復班!!
早く治してやれよ!!
ファクト:ぼくはね…アルシス…。いえでは、みそっかす、だった…。
あにきは、みんな…すぐれてて、僕は、なにも、できなかった…。
ファクト:でもね…。
今、僕は、隊の被害を、さいしょうげんに、とどめ…ごほっ!
…そのために、今日まで、生きて…。
アルシス:もう!頼む、しゃべるなよ!頼むから…。
ファクト:剣の腕、けっきょく…おまえに、かてなかった、な…。
ファクト:アル…。
とうさんと、かあさんに…。
ぼくは、さいごまで、きし、だったって…伝えて… ……
アルシス:伝えない!
そんなこと、まだここを最後なんかにさせてなんてやらない!!!
治療のテントに運ぶ最中に、ファクトの命は消えた。
死者は8名となった。
まだ、戦場に行き着いてさえないのに。
ファクトが命懸けで捕らえた「アルティアスの戦士」は、布をはいでみると、なんと、年端もいかない子どもだったことが判明した。12~13歳だろう。
アルティアスにとって、捨て駒でしかなかったのだ。この戦力で。
隊長:………(ファクトをはじめ、死者一人一人に黙祷)
簡易埋葬を終えたら、進軍する。彼らの死を決して無駄にはしない。我らは記憶した。今から戦うは、もはや同じ血が流れる者にあらず!
化け物を相手取ると思って挑め!!
隊長:(アルシスに)…盟友の髪を一房切って、この小袋に入れろ。
我々が出来るのは、生きて、遺髪を家族に届けてやることだ。
アルシス:...(ファクトの剣を握りしめる)
隊長:持って行くのか?
アルシス:俺のは...折られちゃったんで
隊長:そうか。
ならば、その剣は、お前が形見としろ。彼が騎士であった証だ。
そして…残った騎士は戦場に着いた。
隊列を組み、孤軍奮闘を許さない訓練されたイリスリードの騎士は、強かった。
全員が呼吸を合わせ、疲弊したものと交代で前に出、下がり、戦い、引く。
それは、個人の戦いではなく、「軍」の戦いだった。その点においては、イリスリードは圧倒的にアルティアスに勝っていた。
アルシス:(戦いながら)(なんでだろう...戦場のまっただ中にいるのに...音が無い)
そして、まだ若い騎士が、道中の奇襲のさなか、戦力が減るのを最低限にとどめ置いたからでもあった。
彼らは援軍であると同時に、補給物資を前線の騎士に運ぶ役割を担っていた。
彼らが全滅していたら、もしかしたらイリスリードの軍は撃ち破られていたかも知れない。
アルシスは、戦場で、決して浅くはない傷を負った。
しかし、死に至るものではなかった。
騎士の幾人かが、怪我人を連れて首都に引き返す中に、アルシスも混ざっていた。
アルシス:(痛みが、無い...。違うか。分からない)
首都に戻り、アルシスは昏々と眠り続けた。そして、目が覚めた。
朝日は、まぶしかった。
平和な町が、そこにあった。
戦場とは比べられない、あたりまえという奇跡が、そこにあった。
笑顔があった。平和があった。
かつての彼の言葉が、聞こえた気がした。
「だって、フォートレンはこんなにも平和だろう?
それは、王が守ってくれているからだよ。
僕は、家族を愛し、友達を愛し、この町を愛し、この国を愛している」
「今も、いくさが続く中、国王陛下はこの国の平和と笑顔を守ってくれている。
それだけでも、恩義を感じずにはいられない。
この一生をかけても仕えるよ」
………アルシスとともにロルーに向かった隊の中で、生還したのは、アルシスただ一人だった………
アルシス:ファクト...ちゃんと伝えるよ。
そして、お前の守ったものは俺も守るからなぁっ!!!
最終更新:2017年01月15日 15:23