都築藩国王宮。
 連日仕事に追われる藩王と臣下と、掃除や井戸端会議に精を出すメイドさんたちと、のんびりと欠伸をする王犬コロが過ごす、白にして秩序の自慢の砦。
 そんな王宮内にある政庁の一角に、その変わった彫像は置かれています。

都築藩国におけるAの魔方陣 ゲーム3 MVPボーナス


「彫像コンクール 白熊の藩王像」


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(絵:津軽さん)
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 それは何とも奇妙な構図でした。
 服の間から覗くふさふさの白い毛。突き出した鼻に鋭い目つき。そして、人よりも頭一つ以上高い背を丸めて、どう見ても白熊な男が少々手狭な工房の中で彼の背の丈ほどある白磁の長方形と一対一で向き合っているのです。
 縦長の大理石の片隅には小さく「都築藩国彫像コンクール」と彫られていました。また、周囲を見渡せば彫刻具と仕上げ用のヤスリがいくつも転がっています。
 これらは都築藩国主催の彫像コンクールの参加者に貸し与えられたものであり、つまりこの白熊な“真夕”という名の彼はそのコンクールの参加者なのでした。
 なぜ、他国からの客人であり、芸術家を職としているわけではない彼が彫像コンクールなどに参加しているのか。それには、一つの邂逅が影響していました。
 それは数日前、彼が都築藩国の政庁に足を踏み入れたときのことでした。
 その日、新興国の様子を知ろうと政庁内を見学していた彼は、何かに違和感を覚えました。何かが欠けているような、そんな感覚です。
 歩兵だったときの癖でこうした違和感が見逃せない彼は、政庁を歩きながらその原因を探し、そして気付きました。在るべきものが、都築藩国の藩王をかたどった像がない、ということに。
「どうかしましたか?」
 そのとき、彼に声を掛けた人物がいました。この人物こそが、都築藩王“都築つらね”でした。
 どうして藩王の像がないのか、という疑問を口にした彼に、都築つらねは答えました。
「他国では、藩王に忠するために像を造るのでしょう。しかし、私は、常々己にこそ忠すべき、と思っております。」
 『己にこそ忠すべき』
 よい言葉だ、と彼は思いました。このときふと街中で目にした彫像コンクールの張り紙を彼は思い出したのです。
「では、よい言葉を聞けたお礼に……そうですね、藩王の言葉を像にして送りましょう」
 ――そんなわけで、彼は彫像コンクールに挑むこととなったのでした。

 物言わぬただの白い大理石をじっと見つめながら、彼は黙々と彫り続けます。都築藩王の言葉を聞いた時点で像の形は決まっていました。
 彫刻具を両手に持ちながら、都築藩王の言葉に対して抱いた思いを、浮かび上がってくるイメージを彼は反芻します。
(――夜明けの瞬間にその像を見上げれば自分の影が映る。見るものの影が一人一人異なるように、藩王を思う姿も人それぞれである。かの藩王はそれを許し、他人の影が自分と違うことを許せと言う)
 彼が作ろうとしているのは、何も描かれていないまっさらな円柱でした。余計な飾りは無く、台座すら存在しない。ただ見たものの姿をそのまま映すだけの、そんな代物です。
 送る品としてはあまりにも味気の無いと言えるでしょう。けれど、何の変哲もないそれこそが、かの藩王の言葉に最も相応しい、と彼は思いました。なぜなら――
(なぜなら、そこに映る自身の姿こそが、かの藩王であるからだ)
そう心の中で呟くと、彼はもう一度白磁の石に切っ先を突き入れました。
 実際のところ、彼は彫刻などしたことがありません。手先はそれなりに器用でしたが、どうやったらうまく削れるのか、きれいに仕上げられるのかといったことに関する知識はほとんど皆無です。
 しかし、それでも彼には“何とかなる”という確信がありました。彼にはこの国で出来たちょっぴり変わった、でも心強い仲間がいたからです。
 仲間達はきっと駆けつけてくれる。そう信じて、彼は無骨な円柱を彫り続けました。
 彫り続けて、彫り続けて、彫り続けて、そして、
 ――見事に完成させてしまいました。何故か、一人だけで。
 もしその場に誰かがいたら、きれいな円柱の像の前でポカーンとした顔で首を傾げながら「あれー?」と呟く白熊という非常に珍しいものを見ることが出来たでしょう。
 と、まあ、なんだかオチが付いたような出来上がりとなった彼の彫像でしたが、その他に類を見ないコンセプトは高く評価され、顔が非対称だったり関節の数が多かったりする前衛的な作品や、なぜか日本酒の瓶を模している作品などを押し退け、見事に特別賞を獲得。政庁内に置かれることと相成ったのでした。

 こうして、都築藩国の政庁にこの変わった『藩王像』が飾られることになったのです。
 今では、このエピソードは政庁内の誰もが知るところとなっています。作者こそ伏せられていますが、由来自体は王宮のパンフレットにも記されているほどです。
 しかし、台座すら無いこの像の片隅に、文字が刻まれていることを知る者は殆どいないでしょう。そこには小さく不恰好な字でこう書かれています。
 『己に忠し、他に恕せよ。その心に忠恕があれば、世界に夜明けをこそ呼ばん』
 この言葉が、とある男から都築藩王へ送られた返礼であるということを知る者は果たしてどれだけいるのか。それは誰にも分かりません。
(文:らうーる)














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最終更新:2008年06月08日 00:26