ファンレター


「……じゅうはち、じゅうく、にじゅう、ええと。」
都築藩国の国境地帯には急ごしらえの集積所が設営され、乱雑に積まれた支援物資の山が築き上げられている。それを目の前にして、ひとりのバトルメードが、手元の資料との照らし合わせに苦労してしきりと首をひねっていた。これだけの量になると、内容と数を確認するだけでも一苦労なのだ。ナショナルネットで少しずつ共有が進んでいる情報を元に、必要とされている物資の把握と、その送り先、輸送状況を確認してゆく。

それでも、きちんと公平に物資が行き渡らせるためには、こんな風に地道な現場での作業でも手を抜くことが出来ない。その点サイボーグであり、体力的にも情報管理にも有利で、また人に接する職種でもあるバトルメードには、支援物資の管理などは打ってつけの仕事ということも出来るだろう。

藩国民の思いと共に取り急ぎかき集められた第一陣の物資は、辛うじて新領民全体に配布出来そうな量を揃えられてはいたものの、何しろ緊急事態のことである。一刻も早くひとりひとりの手元に物資を届けるために、具体的な配布計画組むよりも、現場の頑張りに支えられた対応が続いていた。

「…あのう…。」
その時背後から、ためらいがちな小さな声がかけられた。彼女が驚いて振り返ると、新領民らしい二人の少女が、身を寄せ合うようにして背後に佇んでいた。
「はい、何でしょうか。」
「あの、都築藩国の方、ですか?」
「ええ、そですよ。」

バトルメードの返事を聞いて、少女たちは顔を見合わせてうなづき合った。もじもじと言葉を進められないひとりの少女を、後ろからもうひとりの少女が励ましている。ふたりの様子を見比べながら辛抱強く待っていると、やがて意を決したように、引っ込み思案らしい片方の少女が話し始めた。
「お、お願いがあるんですけど…。」
「あっ、あのですね、援助の品物は、順番が」
「いえっ、違うんです。あの…。」
「ほら、はっきり言わないから。誤解されちゃうでしょ。」
「ご、ごめんなさい、早とちりしちゃいましたか。他に何か御用ですか?」

無意識に後ずさりしているところを、ぐいと押し出されるように勢いをつけられて、やっとのことで少女は一歩を前に踏み出し話し始めた。
「これ、これを藩王さまに渡して頂きたいんです!」
なけなしの勇気を振り絞ったという様子で、ぎゅっと眼をつむったまま、少女は勢いよくほっそりした腕を突き出した。ふるふると小刻みに震えているその手には、小さく折り畳んだ紙が握り締められている。
「これは?」
「……」
「都築藩王さまに、お礼のお手紙を書いたんです。この間のラジオを聞いてから、この子、凄いファンなの。」
まるで勇気を使い果たしたとでもいうように、次の言葉を言い出せないでいるのを見かねたように、後ろの少女が助け舟を出した。とはいえ、その言葉はさらに恥ずかしさに拍車をかけることになったらしく、少女は口をぱくぱくさせながら、さらに真っ赤になった。

「うわあ、藩王様にふぁんれたー…。」
だが手を伸ばしてそれを受け取ろうとすると、彼女は反射的に手を引っ込めた。それから少女は、自分の手の中のただの白い紙と、バトルメードの顔とを見比べながら、小さな声で言い訳を始めた。
「す、すいません、ほんとはもっと可愛い便箋とかに書きたかったんです。でもここへ来るのに、家からはほとんど何も、持ってこれなくて…」
既に涙目になっている少女を、後ろからもう一人が慰めている。自分の気持ちを伝えるために、それを少しでも可愛らしく表したいという心理は、痛いほどよく分かった。たぶん自宅には、そんな女の子らしい文房具や小物などを集めたりしていたのだろう。そんなささやかな宝物を手放して、彼女たちはここまで逃げてこざるを得なかったのだ。

バトルメードははっと気が付くと、思わず仕事の書類を放り出し、私物を積み込んだサイドカーへと駆け寄った。
「あ、待って、待って下さいね。封筒ぐらいは、確かこの辺に…。」
かばんを引っ繰り返して捜し回ると、その間に挟まった白い封筒が眼に入る。バトルメードは大急ぎで、書類の束の中からそれを引っ張り出した。
「やった、ありました! これでいいかしら。」
小さな黄色い花模様の封筒を少女に見せると、緊張に硬くなっていたその表情がほっと緩んだ。もうひとりの少女が良かったねと声を掛けながら、まるで自分のことのように喜んでいる。互いの手を握り締め、喜びを分かち合っているふたりの少女を見守りながら、バトルメードははたと閃いて、大慌てで彼女たちに話しかけた。
「あ、あの、ふたりとも良かったら、少しだけインタビューとか、させてもらってもいいでしょうか。もしかすると、藩王様にも会えるかもですよ!」


作者:えるむ


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最終更新:2008年06月18日 22:41