此処は、海岸と山に囲まれた中規模の地方都市“創尾市”
かつて貿易港として栄えた歴史から外国との縁が深く、住民の外国人比率は高い。西側には覇知留(はちる)山地があり、市街地は東側の創尾湾沿岸に殆ど集中している。
その湾岸部に目立つ程に存在しているのが、大手電子機器メーカー―――
マザーズダイニング社である。
この電子機器メーカーはあるメーカー内で進行中の計画もあって、今でも大活躍が続いているのが現状である。
それ以外は自警団もこの都市を拠点としていると言う噂も少なからず存在している。
そんな中規模の地方都市の山沿いに建築され、多少別荘にも見える小規模な探偵事務所“ハドソン事務所”は今日も平和だった。
その隣にある大きめなガレージの中にある高価な白銀の普通自動車の洗車に取り掛かっている女性が居た。
20代後半で、輝かしい空色のロングヘアーが特徴的な長身の女性である。肌も雪女にほぼ近い程白く、その空髪に似合いそうだ。
そんな彼女こそ、この事務所の長的な存在である人物“ソフィー=ハドソン”である。
彼女は、イギリス製のパイプを咥えながらも、車の隣にあるドラム缶の上に置いてある小型の液晶テレビを見ながら、自分の愛車を洗車している。
「ん~、この清々しい日曜日はこのコの洗車に限りますわねぇ~♪ ンフフフ………。」
ソフィーは軽いノリをかまし、水をかけたり洗車用のブラシを使ったりで洗車を続ける。
そんな中、車の下から一匹の雄猫がボンネットの下から寝起きの顔を出した。どうやら彼女が飼っている猫だろう。
毛並みはキジトラで年齢は3歳前後、人間で言うと約28歳と言えよう。
その猫は、上から降り注ぐ洗剤の泡混じり水を顔に浴びた為に大混乱を起こす挙句、慌てて車の下から飛び出し、水を弾くべく、身を震わせた。
その後継を目の当たりにするソフィーは、まだ上半身がまだ濡れている猫の様子を伺う。
「―――あら、
ホーク……まだそんな所に居ましたの?」
ホークと呼ばれる猫は、ただ不機嫌な表情浮かべてソフィーを見上げるだけであった。
後にやがて事務所からアーチャーが、欠伸をしながらも事務所から顔を出した。黒髪のショートヘアーで白い上着とジーパンが特徴的と言った所の、普通の少年だ。
彼はソフィーの助手で、彼女にとっては秘書的な存在である。
アーチャーは非常に眠たそうな表情を浮かべながらも、洗車中のソフィーに近づく。
「――――おはよう御座います、ボス……。」
「おはよう、アーチャー。その様子ですと、また徹夜でゲームとか致しましたわね……?」
ソフィーは彼の表情見て、彼が深夜に何をしたのかを見抜く。焦りを見せる様子だと、どうやら図星のようだ。
「うぅ………。」
「……言わなくても、ちゃんと顔に書いておりましてよ? 如何して徹夜でゲームなんか…」
「―――い、良いじゃないですか! 僕ぐらいの歳でも徹夜でゲームする人だって居ます! それに今日は日曜日ですし………。」
ソフィーの台詞にアーチャーは反発する。
「日曜日でも気を緩くしてはいけなくてよ? それに他のコ達はもうとっくに起きてますし、一昨日解決した事件についてのレポート作成、まだやってませんでしょ! ほらッ、歯を磨いて顔を洗って、朝食の支度をする。分かったら、早くなさいッ!」
「は、はい………ボス」
アーチャーはもう少し休みたいと言いたそうな表情で溜息をし、事務所の方にとぼとぼと戻る。後に朝食の調理に取り掛かるのであった。そんなこんなで事務所の僅かな朝が続くのである。
しかし、その最中である。
一台の黒いリムジンが事務所の近くに駐車。それを運転していた運転手がリムジンから降り………
「参謀、着きました………。」
そう言いながらも後ろの座席側の扉を開け、其処からスーツ姿の40代前半の男性がリムジンから降りる。後に彼は、ソフィーの愛車の真近くまで歩き、彼女はその男の存在に気付く。
「あら、ゴメンなさいね。其処に立たれますと水や洗剤が服にかかりますわ?」
「――――至急、御相談したい事があって我々は此処に伺った。直にでも御願いしたいのだが………。」
「あら、御客様でしたの。ゴメンなさいね、こんな格好で………」
ソフィーはそう言いながらも、水を止めるなりして洗車を一旦止め、参謀と呼ばれた男を事務所内へと案内させる。
後、彼女をソファーへと座らせ、コーヒー、砂糖、ミルクを用意する。
「―――有り難う。」
「あ―――、ミスターは御砂糖を如何?」
ソフィーは営業スマイルでそう質問をするが、男は否定するかのように首を振る。
「あら、要りませんの……。 御体にいけません事よ?」
ソフィーはそう言いつつも、向かい側のソファーに座る。彼女は表情を多少変形させ、本題に移ろうとする。
「―――さて、至急に相談したい事があるとか仰ってましたけど、一体そんな内容でして?」
彼女が質問をした後、男は自分の紹介をする。
「失礼、自己紹介が遅れて申し訳ない。私は“仁王 突貴”、特殊自衛隊にて参謀を務めているものだ……。」
「特殊自衛隊………あぁ、空自や陸自では手に負えない事件の調査や解決を目的としたとかって言う最近出来たばかりの………それで、その特殊自衛隊の参謀様がわたくし達に一体何の相談がありまして? 一兵を殺害した犯人のお探し? それとも盗聴器探索?」
ソフィーがそう言う中、仁王参謀はこんな事を言い出す。
「―――ヨーロッパに住んでいる私の友人から聞かせて貰ったが……元トレジャーハンター“ソフィー=ハドソン” 貴女は今でもヨーロッパ、南米に北米、それにアフリカでは有名人だそうだな……。
“炎翼の白鳥”と言う異名を持ち、政府の依頼で危険度が高い数々の遺跡から秘宝を回収。それだけではなく、数々の未踏査地区調査をこなした挙句、その成功報酬の半額を各国の博物館や教会に寄付した人物としてな………。」
参謀の説明を聞きながらも、ソフィーは自分のコーヒーを口にする。
「――――あらあら、良く知ってますのね。わたくしの経歴を………。」
後、ソフィーはコーヒーカップを一旦テーブルに置き、態度を変えた。
「―――仁王 突貴参謀と仰いましたわよね? そんな昔のわたくしを知って、貴方はわたくしに何を御頼みでいらっしゃいまして? 御宝捜し? 埋蔵金回収?」
ソフィーがそう言った後、闇裡もコーヒーカップをテーブルの上に置く。
「―――御宝捜しか……。 残念ながら、そんな生易しい物ではない。兎に角、御婦人には之を見て頂きたい……。」
仁王参謀はそう言った後、持参して来たハンドバックに手を入れ、其処から液晶画面付属のコンパクトDVDプレーヤーと、何も書いていない透明のCDケースに入っているディスクを取り出す。
プレーヤーに電源を入れた後、ディスクをセット。付属の液晶画面から何かが映し出される。
それは、一昨年に撮影された物である。その映像の中、緑色の光と灰色の光がまるで闘うかのように動いている。
「………これは何ですの?」
ソフィーはプレイヤーの映像を見ながらもそう質問をする。
「これは一昨日、地球衛星ステーション“コウノトリ2号”が付近で撮影した映像だ。」
参謀はそう言うが、ソフィーはDVDの映像を見続ける。後に、緑色の光が地球の引力圏に入った直後で映像は終る。
「この後、コウノトリ2号がこの件で米軍に連絡したらしく、自衛隊は米軍の支援要請を受け、我々特自―――特殊自衛隊が合同調査を行った。その結果、この二つの光とほぼ一致する振動派が鹿児島県の薩摩半島南東部にある池田湖付近から検出されたと言う訳だ。」
「―――成る程、合同調査も大変でいらっしゃいますわね。……それで、その検出された振動波に対してわたくし達に何しろと仰いまして? 仁王参謀……」
「その凄腕を見込んで、貴女に頼みたい事は一つ。 明日、我々特自の調査隊は池田湖付近に対し、徹底的な調査を開始する。貴女もその調査に加わって欲しいのだ……。」
今の頼み言を目の当たりにしたソフィーは如何にも面倒臭そうな態度を取りながらも、溜息をする。
「―――ふぅ。流石は特殊自衛隊、スケールがホント大きいです事………。」
「……高額の報酬は勿論出す。やってくれるな?」
仁王参謀はソフィーにそう問うが、彼女は手持ちのパイプを再び口に咥えつつ、黙り込む。そして、彼の視線を気にしながらも口からパイプを放し、綺麗な輪状の煙を吐く。
そして………
「―――まぁ、良いでしょ。引き受けますわ。参謀のその未知なる調査とやらに………。」
そう言いながらも、パイプの口を付けた部分を参謀に向ける。どうやら彼女は、もしこの場で断れば、形相を変えた参謀の怒鳴り台詞染みた発言、或いは“何故断る!?”等の発言が返ってくるに違いないと予想したのだろう。
「有り難う、そう言って頂けると私も助かる………。」
しかし、彼がそう言って溜息をした瞬間である。
「―――ですけど、わたくしは池田湖には行きません事よ?」
そんなソフィーの発言を聞いた彼は、多少の驚きを見せつつも顔を上げる。
「ォイ、それは何故だね? こっちは真剣に頼んでいるんだが……」
「………クス、特自の参謀もやっぱり真面目でいらっしゃいますのね。話は最後まで聞くものですわよ?」
目の前の女性に言われた参謀は、無言のまま彼女を見つめ続ける。
「まぁ、わたくしは今やこんな事務所を持っている探偵ですから、本来はこう言う件に関しての仕事はウチの弟子共に任せているんですのよ……。」
「弟子―――か?」
「えぇ。参謀様もわたくしの事を御友達に御聞きになられましたのなら、弟子が居る事も聞いている筈ですわ。まさか、聞いていらっしゃらないとは言わせませんわよ……?」
仁王参謀は頷きつつも黙り込む。
やがて、ソフィーは目の前の男性の表情を目線だけで確認し、自分が今言った項目は聞いていないと言う事を見抜く。
「まぁ、良いでしょう。兎に角、その件に関しましてはウチの弟子達に任せますのでそのつもりで……。」
「………了解はしたが、本当に大丈夫なのかね?」
「―――えぇ、大丈夫ですわ。勿論、多様な任務を出来る限り完遂出来る為に、わたくしが御丹誠を籠めまして鍛えましたので、腕の方も折り紙付でしてよ?」
「……君が其処まで言うのだったら私も信じてみる事にしよう。池田湖付近に午前6時集合だ。忘れないでくれ?」
仁王参謀はそう言った後、自分の荷物を纏めて事務所を出ようとする。
しかし……。
「あ、一つ言い忘れましたけど、ウチの弟子達が泊まる宿泊先を予約して下さいますと助かりますわ。ウチの弟子達……昨日仕事から帰ってきたばっかりですので、そうして頂けないとホントにもぅ~………」
ソフィーがそう頼み込んだ後、参謀は如何にも“なんだ、そんな事か”と言わんばかりの表情を浮かべ……。
「―――分かった。その件に関しては君の頼み通りに此方で手配しよう………」
彼はそう言い残し、事務所を出て行く。
後にソフィーは「御機嫌よう~♪」の台詞を吐き出しつつもハンカチを手に取り、参謀に向かってその手を振る。
後、彼女のリムジンが事務所付近から去ったのを窓から確認。そして、自分の机に向い、付属のマイクに電源を入れ、それに口を近づける。
「―――ゼスト、リニアを連れてブリーフィングルームに来なさい。わたくしも直に行きますわ。」
最終更新:2008年04月26日 18:45