男と霊の奇妙な生活の続き。
昨日初めて姿を見せた霊と男は自己紹介を済まし、身の上話をしている。
男の名前は吉野裕也。21歳の大学生で、アパートに一人(+幽霊一人)暮しをしている。
霊の名前は床次綾。享年17歳。江戸時代に神官の家系に生まれた巫女だったが
町民の男と恋仲になった。しかし周囲にその仲は許されず、結局何処かへ消えてしまった
男を恨んで自害。それからは怨霊となり、男に取り憑いてはその死を見て来たそうだ。
『……そりゃゾッとしないなー…』
裕也は背中に冷たい汗を感じながら言った。
『私は怨霊だと言ったハズだ。お前が死ぬまで憑くともな』
当然のように言い、ズズっと少々ぬるくなりかけた茶をすする綾。
『ふーん…でも、俺に物理的な実害は与えないんだろ?』
『あァ。しかし、大体の者は気が触れて自殺しているな。憑いている事は度々本人に伝える』
『まァ見えない所で声がするっつーのは恐いわな。謎だとか未知だとか、正体不明な
モンに人間は弱いだろうから。あ、新しいお茶いるか?茶請けもあるけど』
裕也は空になった自分と綾の湯飲みを盆に乗せ、台所に移動する。
『あのな……私にはお前のその態度が不可解だ。なぜ私を恐れない?』
綾はゆったりとした白装束の袖をガバッと逆立たせ、いらだった様子で床を叩いた!
『あ、バカ!下の部屋の人うるせーんだから床叩くなよ!』
『あ…う……す、すまん』
いきなり強い口調で怒られ、しょんぼりとする綾。その周囲はずーんと暗くなり、
どこから出したのか人魂まで浮いている。
(ったく…しょーがねー幽霊だな)
落ち込む綾の様子を見て裕也は苦笑した。ヤカンに火をかけ、茶請けを出そうと棚を開ける。
『あ、クッキーしかねーや。綾は江戸時代生まれって言ってたけど…食うのかな?』
そんな疑問を浮かべて裕也は台所のカーテンから顔だけを出す。
『おーい……ってまだ落ち込んでんのかよ』
先ほどよりも一層暗さを増した雰囲気の綾にため息をつく裕也。
『放って置いてくれ……所詮は低級霊。人に恐れられないだけでなく、よもや叱られようとは…』
そう言って後ろ向きの体育座りをする綾。気づけば人魂も増えている。
(あっちゃー…落ち込む幽霊に憑かれてる俺って…)
浮かびかけた若干の情けなさを無視し、裕也はクッキーの箱を取り出した。
『もー怒ってねーから。な?それよりも綾、お前クッキー食べられるか?こんなモンしか
なかったんだけど、食えなかったら何だからよ…あれ?うわあっ!』
裕也が言い終わるか終わらないかの内に綾の姿が消え、突然裕也の目の前に姿を現した!
『く、くっきぃか!?わ、私も食べて良いのだな?裕也、男に二言は無いな?』
『お、おう!』
ガラリと態度を変えて興奮気味にまくし立てる綾に圧され、裕也は裏返った声で返事をした、。
『嗚呼…早く茶が沸かないだろうか。裕也、何か手伝う事は無いか?』
長く
生きている中で、綾は当然現代の食事や菓子に興味を持っていた。
しかしそこは幽霊、想いを馳せるだけで口にした事は無かった。
『あーっと…とにかく静かに待っててくれ。用意すっから』
『大人しく待てばよいのだな?わかったぞ♪』
そう言ってニコニコ顔でチョコンと正座をする綾。
先ほどまでの暗さや人魂は消え、ほのかに輝いているように見える。
裕也は簡単なことに気づき、湯気を立てるヤカンに近づき小さく笑った。
綾は幽霊ではあるが、17歳の女の子に変わりは無いのだという事に。