壁が気になる。
視線を感じる
壁は壁だから、視線を放つはずがない。
だが、視線を感じる。

壁が気になる。
声が聞こえる。
壁は壁だから、言葉を放つはずがない。
だが、声が聞こえる。


建築士の俺がこの事務所を開いたのは先週のことだ。
知人のつてでこの格安の物件を知った。
「安い物件は何かある」
それは定説だが、事務所を開きたい俺はわらにもすがる思いで飛びついたのだ。
俺は設計士だが、施工もできる。だから、多少の不便は自分で直す腹積もりだったのだ。

駆出しの俺は事務所を構えた時点で金がそこをついた。
外に家を借りるほど余裕はない。
当然寝泊りはこの事務所だ。それにどうせ、仕事は徹夜で寝る暇もないんだから。

深夜、零時。大体この時間からだろう。
壁から、視線を感じ始める。はじめは疲れてるからだと思った。
壁から、声が聞こえ始めて、おれは仕事のせいで気が狂ったのかと思った。

だが、仕事を放るわけにもいかない。おれは視線と声に耐えて仕事に没頭した。


壁が気になる。
視線を感じる。
壁は壁だから、視線を放つはずがない。
だが、視線を感じる。

壁が気になる。
声が聞こえる。
壁は壁だから、言葉を放つはずがない。
だが、声が聞こえる。


壁に振り向くと当然そこには何もない。壁も念入りに調べたが、異常はない。
声はごにょごにょと聞こえるだけで、意味は聞き取れない。
だから、余計に気に障る。

だから、俺はまず壁との間に仕切りを立てた。
視線は少し薄らいだ。
声はどうしようか。
いい事を思いついた。


俺は右耳に鉛筆を突き刺した。激痛が走った。

痛い、痛い、イタイ…

もう片方にも我慢して鉛筆を突き刺した。

…ああ、幸せだ。これで仕事に没頭できる。 
狂ってる? いや、正常だ。俺は正しい。


壁が気になる。
視線を感じる。
仕切りをしたから、視線を感じるはずがない。
だが、視線を感じる。

壁が気になる。
声が聞こえる。
耳は潰れたから、言葉が聞こえるはずがない。
だが、声が聞こえる。

ああああ、だめだ、仕事にならない。
だめだ、だめだ、仕事がすすまない。
壁だ、壁が悪いんだ。
俺はつるはしで壁を壊す。どんどん、壊す。
ほら、もう、みれないだろ、もう、しゃべれないだろ。
壁が壊れていく、壁が壊れていく。邪魔者はいなくなった。

はっと気がついた。俺が壊したこの壁は事務所を支える重要な壁だった。
事務所は音を立てて崩れた。壁が、壁が、あああああああ…






どこだ。ここは。
「壁のなか」
そうか、壁の中か。
「正確には壁の瓦礫のした」
そうか、壁の瓦礫のしたか。
じゃぁ、もう仕事できないんだな。
「う、じゃ、邪魔したんじゃないのよ、仕事のし過ぎで体壊すんじゃないかってわざわざ心配して声かけてたんだから」
そうだったのか、じゃあ、ありがとう。
「あ、あなたの為じゃないのよ、ほら、一人だと寂しいから働く姿を眺めていたかっ…げふんげふん、いや、退屈だったから、あのその」
いいんだ。俺も少し疲れた。
眠いよ。
ありがとう


………
「おい、しってるか? あの話」
「ああ、あれだろ、ささやく家が崩れたって話だろ」
「おお、そうなんだが、それだけじゃなくてよ」
「ほう?」
「あの跡地にさ、女の霊がでてずっと土下座してるんだって」
「はぁ? なんじゃそりゃ」
「それで、その家で死んだ男の霊がさ、困った顔してつったってんだって」
「なんかそれ、かわいくね?」
「だべ?」
………

―ENど―
最終更新:2008年05月26日 00:10