完全に迷ったようだ。
山に入ってから既に16時間以上経過しているが、未だ街の方向さえつかめない。 
山を舐めてピクニック気分だったので食料も持っていない。
(このまま、誰にも知られずこの山中で朽ち果てるのか…)
そう思わざるを得ない程状況は絶望的だった。
精神的なストレスに加え、疲労と空腹でもう思うように足も動かない。

ふらつきながら茂みを掻き分けて進むとおかしなモノを発見した。

大福餅が三個、ちょこんと岩の上に置かれている。

幻覚まで見えるなんていよいよ末期的だ。
しかし触ってみると弾力を感じる、どうにも本物っぽい。
なんでこんな山奥に?
他に人がいるのだろうか?
などと思いながら大福餅を平らげた。
しばらくそこで休んでいるとそばの茂みががさがさと揺れる。
(やはり人がいる?)

同時に辺りに凄まじい悪臭が沸き起こった。

魚と果物と排泄物を腐らせて混ぜ合わせ、そこに科学薬品を注ぎ込んだような刺激を伴う…腐敗臭

そして姿を現わしたのは

一言で言えば巫女服を着た、ゾンビだった。

鼻と下顎は腐り落ちたのだろう。鼻孔からは真っ白の蛆虫がひしめきあっているのが見え
暗紫色に爛れた舌がだらりと喉元まで垂れ下がり呼吸に合わせて揺れ動いてる。

皮膚は腐敗し、所々ピンクの筋肉組織や血管束が脈動しているのが露呈していた。
全身に飴色の膿が浮き出て粘度の高い脂肪膜が粉吹きながらそれを縁取っている。

目視しただけで発狂しかねない名状しがたい程の醜悪さに
思わずその場にしゃがみこみ嘔吐した。

だがゾンビはこぼれ出た腸をずるずる引きずりながら近づいてくる。
悠長に戻している場合じゃない、俺は即座にヤツから逃げ出した。

道なき道を必死に走る。
ヤツはその緩慢な速度にかかわらず、時折先回りしては俺を待ち伏せし
その都度俺は道を変えて走った。

どれだけ走っただろう、突如視界が開けて平地に出た。
何やら地祖神を祭ったらしきホコラの境内だった。
ふもとの方には煌びやかな街の明かりが見えた。

俺は助かったのだ!
文明の象徴たる街の光に向けて俺は走りだした。

きっとこのホコラの神様が俺をあの悪魔から守ってくれたのかも知れない。
今度、お参りに行こう。
不神論者の俺だったが、この時ばかりは名も知らぬ神様に感謝していた。




どうやら何とか誘導できたようだ。
彼は崖や谷の危険な方にばかりに走るのでそのたびに先回りして骨が折れたが。

―ともあれ無事に街まで帰す事が出来て良かった。

彼女は安堵の溜息をつきながら住みかのホコラに向かう。
お供え物の大福も持っていって良かった、あれがなければ衰弱した彼は街まで辿り着けなかっただろう。

―しかし、何も人の顔を見るなり吐くことは無いじゃないか、失礼極まりない!

彼の反応は彼女の繊細な乙女心に少なくないダメージを与えていたが。

―あいつ、きっと山で化け物に追い掛けられたなんて吹聴するんだろうな…

これでまた人が寄り付かなくなるかも知れない。

―ふん、別に…淋しくなんかないわよ…

彼女の名は祟り神様。
孤高のツンデレ神。
最終更新:2008年10月02日 17:55