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妹が寝ている。白いベッドの上で。無味乾燥なこの部屋の中で。
絶えず聞こえる電子音が耳に痛い。
僕は妹を見て胸が締め付けられる。
妹は引きこもりがちな僕をいつも情けなさそうに見ていた。
あの日もそうだ。僕がトイレにたち、廊下で妹に会った。
妹はあの冷たい目で僕に一言。
「弱虫」
そういって家を出た。
その日以来、妹と話していない。
なぜなら、妹はこうしてベッドの上で寝てばかりだからだ。

「僕、最近、引きこもりやめたんだ」そう一人ごちた。
生命維持装置の音が、ピーッ、ピーっと定期的に耳障りな音を立てる。
神経が苛立つ。妹がそこですやすや眠っているのも腑におちない。
妹はきれいな白い肌と、整った顔立ちで静かに目を閉じている。
あの冷ややかな目が見たい。冷たい声でもう一度「弱虫」といってほしい。

僕はそれが叶わないことを知っている。
だから。

だから…。




僕は腕時計を見た。時計の針が午前2時丁度をを示している。
そして、生命維持装置の電源を切った。




妹の葬式が終わって程なくしてだ。
僕はほのかな靄に包まれることがある。
他の人には見えないらしいので、僕は頭がおかしくなったということだろうか。
まぁ、もともと、自分は壊れているから、別段、気にもしないのだが。
夢の中には妹がいつも現れる。僕に冷ややかに「弱虫」とささやくのだ。
下腹部に熱い迸りを感じ、目覚めると決まって僕は下着を洗うことになる。
狂ってるな…ほんと、狂ってる。
それでも、妹の目と声が忘れられない。

バイトの帰りの事だ。疲れて部屋に戻った。
いつの間にか、ソファーで眠りこけていた。
そして、いつもの夢を見たんだ。

…妹が僕に囁く、「弱虫」と。そして軽蔑の眼差しを僕に向ける。

いつもなら、ここで僕はすべてを吐き出して目が覚めるんだ。
だから夢の中の僕もそれに身構え、また、期待した。
だが、違った。
その日はそれで終わらなかった。妹の白い指が僕の胸元に伸びる。
そして、もう一度、囁いた。

「私を殺して、決心はついたの?」


……びっしょりと汗をかいて僕は目が覚めた。
電気がついていたはずの部屋は薄暗く靄に包まれていた。




「おにいちゃん」
妹の声が耳元でした。僕の呼吸は次第に荒くなっていく。
そっと手を握られていた。ドカチンで鍛えられた僕の腕は前に比べごつくなっている。
靄がすぅっと晴れた。妹は僕の横にいた。
「やっと会えたね」

あああああああああ、妹だ。
僕が死なせた妹がいる。
「弱虫の癖に、私を殺す度胸はあったんだ」
妹が僕を苛む。
さぞ、恨んでいるだろう。僕なんかに殺されたんだ。
妹が冷たい目で僕を覗き込む。
僕はとっさに部屋に転がっていた果物ナイフに手を伸ばす。
そのとき、目覚まし時計に目が留まった。
午前2時。妹を殺した時間。
僕はそのナイフをふりあげた。

妹が物悲しそうに目を閉じた。

肉を貫く鈍い音がした。


「あ、あああああ、ああああああああああああ!!!!」

目を開いた妹が絶叫した。

僕の胸元が朱に染まっていく。
そして、視界が途切れた。




白い、靄の中に僕がいる。素っ裸なのに、腕時計をはめている。
腕時計。すごく大切なものだ。妹が僕の誕生日に買ってくれたもの。
妹が交通事故にあったあの日に、手紙と一緒に握り締めていた腕時計。

「ほんと、お兄ちゃんは弱虫で馬鹿なのね」妹が隣にいた。
「僕もそう思うよ。腕時計、ありがとうな」僕はずっと言いたかったことをようやく言えた。
「ふ、ふん。時計をすれば、少しは人間らしい生活が出来ると思ったのよ」

不意に妹がぼろぼろと涙をこぼしだした。
「お兄ちゃんの馬鹿!! 本当に馬鹿!!」そういって僕の顔を何度も何度もびんたする。
「私は、お兄ちゃんが好きなの、誰より、好きなの。お兄ちゃんに抱いてほしかったの」
…顔を真っ赤にして叫ぶ。


僕が引きこもりになった理由。それは妹の思いを知ったからだ。
禁断の愛。
そして、僕も同じ思いだった。
それが人としてあってはならないことだと知っていた。
だから、外に出ることが怖くなった。妹を押し倒しそうだったから。
まぁ、死んでしまってはもうどうしようもないな。
そして、僕は妹の目をまっすぐ見た。
「いっしょに、地獄におちるか?」

数瞬の沈黙…

「遅いよ、お兄ちゃんの弱虫」
「はは、そうだな。おそいなぁ」

周りが明るい光に包まれ始めた。これが俗にいうお別れなんだろうか。
「じゃぁね、お兄ちゃん。次はちゃんと私を見てね」
妹が顔を赤らめながら光のなかに消えた。
そして、僕の視界も…。




僕が寝ている。白いベッドの上で。無味乾燥な部屋の中で。
絶えず聞こえる電子音が耳に痛い。
「こ、ここは?」
「あなたは、家であやまって胸にナイフを突き刺してしまったみたいですよ」医師がそばにいた。
「僕は生きているの?」
「ええ。連絡が早く、救急隊員の処置もしやすかったようです」
連絡が早くとはどういうことだ。
「若い女性が電話で知らせてくれたんですが、お知り合いですか? 部屋にはあなたしかいなかったそうで」

その一言で僕の目からは涙がこぼれだした。
妹は僕を恨んではいなかった。僕を連れて行くつもりじゃなかった。
…僕は大声でないた。
退院までそれほど時間はかからなかった。



あの日の出来事から20年。
今では僕にも妻と子供がいる。
子供を見てると妹を思い出す。

ふと、子供と目が合った。
「お兄ちゃん、今度こそ、私を愛してね」
娘が僕に微笑んだ。


  • 了-
最終更新:2011年03月01日 22:35