―絶体絶命の危機
そんなモノは自分の人生には関係ないものだと思ってた…つい先程までは。
軽いハイキング気分で山に入ったはいいが、こうも簡単に遭難するとは。
俺には遭難の才能があるのかも知れない。
百害あって一利なしの才能だが。

そんなこんなで奥深い山林で迷うこと三日目になる。
日の光さえ届かぬ鬱蒼とした高木、足をとる重くぬかるんだ土、湿り淀んだ空気…そして焦燥感からくるストレス。
俺の体力はすでに限界だった。
目前が昏く霞み眩暈がする、今自分が立っているのか倒れているかすら分からなくなってくる。

(意識がブラックアウトする死に方は走馬灯って見れないんだな…)
そんな事を思いながら俺の意識は深い闇にと落ちていった。



「…な‥いよ…ちょっ…お…なさいよ!」
俺は誰かの呼び掛けの声…いや、もう怒声のレベルだが…で目蓋を開いた。
まばゆい陽光に目が眩む。
辺りを見渡すとそこは先まで彷徨っていた奥深い山林ではなく麓の裾野だった。
「やっと起きたわね!
ちょっと、いつまでもボンヤリしてないでシャキッとしなさいよ!」
再び静寂を破り怒声が響き渡る。
幼さの残る声質から判断するにまだ少女といっていい声だ。
しかし辺りに人の姿はない。
「…?」
「何バカ面さげてキョロキョロしてんのよ!
さっきからあんたの目の前にいるじゃない!」

目の前?
俺の目前には桜の木しかないが…
「な、なによ!ジロジロ見てんじゃないわよ!いやらしい!」
「えぇっと…つまりこの木が?」



「そうよ!私は桜の精!
西洋チックに言うならばドライアードとかラナンシーね。
本来ならあんたみたいな下等な人間は口も聞けない精霊様なんだからッ!」

なにやら偉く高飛車だ。
「で、その精霊サマが何の用?」
「べ、別にあんたなんかに用なんてないわよ!
目の前で寝られると目障りだからさっさと消えてくれる?」
まさに傲慢不遜。
「言われなくても…って」
あれ?何か忘れているような?
そうだ!俺、遭難して死にかかってたじゃん!
「つーか何で俺こんな所にいるんだ?さっきまで森林の奥にいたはずなんだけど」

「ああ、あたしが運んできたのよ。
ヘロヘロだったから貴重なエナジーも分けてあげたのよ?死ぬほど感謝しなさいよね!」

と、言うことは不本意だが命の恩人って訳だ。
一応は感謝しないと。
「迷惑かけたな助けてくれてありがとう」
「ふ、ふん!べ、別にあんたを助けるつもりなんてなかったんだから!!」
いや、そんなに慌てて否定しなくても



「いやホント助かったよ。ありがとな」
「だ、だから!あそこで死なれたらあんたの体内に蓄積された有害化学物質が撒き散らされて迷惑だってだけなんだから!
勘違いするんじゃないわよ!?」

なかなか萌える奴だ。
「そんな事よりさっさと帰りなさいよっ!
日が暮れたら危ないんだから…
じゃなくて!
もう!いいから早く帰って!」
「ああ、そうするよ
こんどお礼に肥料とか持ってくるから」
「ダメよ!!
また遭難したら危ないわわ
じゃなくて!
高貴なあたしに化学肥料なんて似合わないんだからぁ!」

絶対にまた来よう。
今年の花見はここに決まりだ。
最終更新:2011年03月04日 20:15