「べ、別にあなたのために取ってきたわけじゃないから」
「に、似合うじゃないの」
「そろそろ、あたらしいの必要ね。ち、ちがうわよ、私があきただけなんだから」
彼女はいつも新しいものを持ってきてくれる。
テレながら、来る日も来る日も…。


ある日、俺はこんな噂話を聞いた。
「知ってるか、ここで恋人を亡くした美女の幽霊がでるんだって」

その幽霊は生前、恋人とデートの待ち合わせをしていたらしい。
彼女は入院生活が長く、あまりデートをしたことがなかった。
デートをするために、一日だけ、仮退院したんだそうだ。
しかし、恋人は来なかった。彼女は夜遅くまでずっと待っていたらしい。
結局、病が悪化し、彼女は死んでしまった。
恋人はどうやら交通事故でしんだらしい。

それからだ。そこには女の幽霊があらわれ、恋人の訪れを待っている。

その話を聞いたとき、もともと霊感の強い俺はいてもたってもいられなくなった。
美女の幽霊と聞いて、是非、見たいと思ったのだ。
しかも話からみれば、かなり純情っぽいじゃないか。
こんな幽霊なら、お知り合いになりたい。
早速、現場に急行した。

いた。綺麗な顔立ちだった。しかし、残念なことに表情が暗い。
俺は彼女に語りかけた。しかし、無視された。
そりゃそうだ。女が待っているのは、死んだ恋人なのだから。


俺は毎日、彼女に語りかけた。できれば、成仏させたかったから。
結局、俺は彼女に、恋人がいないという証拠として、当時の資料を見せた。

「…彼は、こないの…」
初めて聞いた彼女の声は、とても澄んでいた。
「信じられない、もっとはっきりした証拠をみせてよ」
一瞬、動揺したが、しかし、俺はうなずいた。
恋人の墓を見せれば納得するだろう。そう思い至ったからだ。
調べれば、あっという間に分かった。
何の因果だろうか。実は、その死んだ恋人というのは、俺の大学の先輩だったのだ。

「…これが…彼なの…」
俺についた彼女は恋人の墓の前で、じっとただずんでいた。
「ごめん、悲しい現実を突きつけて」
「ふん、謝ることないわよ。私って馬鹿みたいね…来ない人を待ってたなんて」
「か、代わりといっちゃ、なんだけど、俺、君の恋人になれないかな」
「え…、ば、馬鹿いってんじゃないわよ」
ついっと顔を横に背ける。ぽっと、頬が赤らんだのを俺は見逃さなかった。
「君を成仏させたいんだ」
ボっという音が聞こえそうなくらい、彼女は真っ赤になった。
「…そんなくどき文句、初めてだわ」

そうして、彼女との付き合いが始まったのだ。

彼女との付き合いがはじまり、気がついたことがある。
彼女は想像よりも、結構気が強かった。それでいて純情なところがあるから、からかうと面白い。
また、入院生活が長かったせいか、いろんな知識が欠如していた。
携帯をみながら、へーとかほーとか。
使い方を教えようとすると、知ってるわよ、とか言いながら、悪戦苦闘する。
一般的な概念でも知らないことが多く、それをからかったりしてじゃれた。
そんな日々がとても楽しかった。


結構な月日がたち、俺はこのままでいいのだろうかと思った。
やはり成仏させてあげなければいけないだろう。

そして、俺は、ひとつの策を練った。

「こんど、デートしようぜ」
単純な作戦だった。
彼女が死ぬきっかけとなった、あの日の待ち合わせを再現し、俺がちゃんと現れて彼女を迎えにいくのだ。
きっと成功する。なぜか確信があった。

当日、彼女を先に待ち合わせ場所に向かわせる。
彼女は、別に期待なんかしてなかったんだからね、とかいいながら、いそいそと待ち合わせ場所に向かった。
俺は、彼女を迎えた後の予定をあれこれ考えていた。
ふと気がついて、時計を見てびっくりした。予定の時間がせまっていたからだ。

俺は、走った。ちゃんと迎えに行かなければ。彼女のはにかむ顔が見たい。
汗はだくだく、息はきれ、それでも待ち合わせば場所に確実に近づいていた。
(ちょっと、遅刻よ、ほら、○○分も私を待たせてるじゃない)
そんな台詞が脳裏にうかぶ。だが、彼女はきっと、つっと顔を横に向けて、頬を赤らめるのだ。
(あの踏切をこえれば)
しかし、無常にも踏み切りは閉じてしまった。
開かずの踏み切りで有名なここは、一度、閉じたら5分は開かない。

思い切って、踏切を越えた。

ガクンとした衝撃があって、躓いた。つま先が線路に挟まっている。
あせれば、あせるほどつま先が外れない。

プァーーーーーーーーンと鋭い音が響き、顔をむけると


列車が目の前に迫っていた。




「べ、別にあなたのために取ってきたわけじゃないから」
「に、似合うじゃないの」
「そろそろ、あたらしいの必要ね。ち、ちがうわよ、私があきただけなんだから」
彼女はいつも新しいものを持ってきてくれる。そして俺にとりつけてくれるのだ。


俺はあの日、列車にはねられた。ひどい有様だったらしい。
体がばらばらに引き裂かれ、それは目も当てられない惨状だったらしい。
じゃぁ、待ち合わせに間に合わなかったって?

いいや。
俺は時間に間に合った。ちぎれた首はちゃんと時間通りに彼女のもとに飛んでいったのだ。
彼女は喜び、そしてやっぱり、
「ちょっと、遅刻よ、ほら、40秒も私を待たせてるじゃない」
そういって、はにかんだ。


「ほら、この手、きれいでしょ」
「今日はこの足よ。すごいたくましいでしょ」
「きょうは…」

彼女は「死ぬ」という概念を知らなかった。
首が千切れて声帯をなくした俺は、彼女に死を教えることができなかった。
だから彼女は、新しい遺体を持ち寄っては俺の首に取り付けてくれる。
来る日も来る日も

これじゃ、だめなんだよ、必要ないんだよ…イラナインダヨ…

-END-
最終更新:2011年03月05日 10:06