平日深夜のカラオケ屋はヒマだ。週末とは違った意味で、店番には地獄の時間だ。
せめて二人体制ならいいのだが、売上がない時間帯に人件費などかけられない。
よって一人。客もいない。
ヒマなので脳内で音楽を再生し、妄想ダンスダンスレボリューションを開始する。
座った状態でもできるのがゲーセンよりも優れている所だ。さらに金も筐体も必要
ない。マジCOOL。ヤバイくらいPERFECT。
発狂難度の曲を魅せ技を駆使しつつ華麗にクリア。もはや俺しか超えることのでき
ない得点を叩き出した時、脳内再生リストにはないノロマな曲がかすかに聞こえて
きた。
防犯カメラを見ると、節約のため開放していなかった13番の部屋に小さな灯りが
あった。カラオケの電源がいつのまにか入っている。
ついに俺の時にも出やがったか。
この店では有名なオカルト話があって、それは一人で深夜番をしていると誰もいな
い部屋から、延々と曲が流れるというもの。確認にし行くと予約の限界までアヴェ
生まれて初めての霊体験に緊張しつつ、確認に向かう。どっかで聞いた、ビビって
たら霊が調子こき出す、とかいう話を思い出し、不気味な曲が漏れ出てくる13番
の扉をおもいっきり蹴り開けた。
「誰だコノヤロウ!タダで歌ってんじゃねーぞ!」
「誰もいないんだから別にいいでしょっ!?」
応えが返ってくるとは思っていなかったのでマジビビる。だがその言いようが気に
障った。「別にいいでしょ」は「本当は悪い」ことだと分かっている奴のセリフだ。
ここで折れては延長料金の支払いをしぶるチンピラとは戦えない。モメた末に拉致
られかけたあの時のことを思えば心霊現象など
カワイイもの。
俺はさらに強気で応戦する。
「ざけんなコノヤロウでんきのムダなんだコノヤロウ!」
「知らないわよ私の歌声聴けるんだから感謝なさい!」
「うるせえヒマ潰しにもならねえぞコンチクショウが!」
「えっ…ならなかった…?」
「鬱になりそーな曲ヘビーローテしやがって嫌がらせか!」
「そ、そうよ嫌がらせよっ!?決してコレしか歌えないわけじゃないんだから!」
「………………」
何て分かりやすい奴だ。何か、コイツをどうにかしなきゃいけないっていう焦りが
薄れ、ケンカ腰でいくことも必要ないように思えてきた。あんまり賢くなさそうだ
し、うまく丸め込めそうだ。
「……コレしか歌えないんだな?」
「そそそんなはずないじゃない!
ばっかじゃないの!?」
「じゃあせめて俺の好きな曲歌っててくれよ」
「望むところよっ!」
「……望むのか。ほら、予約いっぱい入れといてやったから感謝しろ」
「あ、ありがと…って違う!そっちが感謝しなさいよっ!?」
「じゃあ頼んだぞー」
「ちょ!何コレ一曲目から知らないんだけど!?」
「ああソレはデスメタルといって、オマエのような死霊にぴったりのジャンルだ。
歌詞通りに熱い呪いの言葉を叫んでいればOKだから簡単だしな」
「ま、待って何この騒音!?頭割れそう!こ、こんなのが好きなのっ!?」
「激しく迸る感情の表現だ。ヘッドバンギングが止まらねえぜFUCK!!」
「待っ……!」
ドアを閉める。
漏れ出てくる音の重厚さに大満足。そしてたどたどしくもシャウトしようとする
線の細い声も、途切れ途切れに聞こえてきた。何か泣き声のようにも聞こえるが。
結局、明け方まで来客はなかったが、退屈せずに済んだ。
それ以来、不思議な現象が店員を悩ますことはなくなった。
最終更新:2011年03月05日 20:51