「今日も暑くなりそうだな…」
朝、目が覚めた俺は窓の外を見ながら、そんな事を思った。
そしてカレンダーを見ると、今日の日付には印がついてある。
「あれからもう1年経つんだな…そっか…」
寝ぼけた身体を軽く伸して、ベッドから降りるが、何かがいつもと違う気がする。。
何が違うんだろう…気のせいか?
まぁ良いや…気のせいだろう、きっと…。
飼い猫のミィが見当たらないが、アイツは時折出掛けたまま帰って来ない時がある。
そんな時は近くにある実家にいるみたいだし、また3日もすれば帰ってくるだろう。
そして甘えてるつもりなんだろうが、俺の邪魔ばかりする…。
しかし、そこが可愛かったりもするわけで。
顔を洗おうと洗面所へ向かうと、パチャパチャと洗顔しているような水音がする…。
ちょっと待て。誰だ?ここは俺一人で暮らしてるんだぞ?
…ミィか…?
いやいや、そんな訳はない。水で顔を洗う猫などいない。いたら見てみたいものだ。
部屋は1DKと広くはない。恐る恐る忍び足で洗面所へ向かう。
そして、洗面所にいる奴の後ろ姿、鏡に写るその顔を見て僕は動けなくなった。
顔をタオルで拭きながら、笑顔で挨拶してくる妹のあかね。
「お…おはよう…って、あれ?あかね?なんで?」
俺は訳も判らず挨拶を返したものの、そこを動けないでいた。
「なによ?変な顔してー。すぐご飯の支度するから、早くしてね」
クスクスと笑いながら、あかねはキッチンへとパタパタ歩いて行った。
我に返り鏡を見た僕は、何がなんだか判らなかった。
だって、あかねは去年死んだんだから。
今日が命日なんだから。
洗顔を済ませてキッチンへ向かうと、朝食が並べられていた。
「なぁ…お前、あかねだよな?なんでここにいるの?お前、去年…」
「はいはい、話してあげるからさっさと座る!ご飯早く食べよー」
「ん?あ、あぁ…いただきます…」
言われるままに、テーブルに並べられた卵焼きを食べる。
「この不味さは確かにあかねの味だな。死んでも味覚オンチは治らんのか、お前は」
「むーー。ひっどーい!折角こうやって作ってあげたのに、そんな事言うなら食べなくていいよ!もう!」
「ははは。嘘だよ。懐かしいよ、この味…。ずっとまともに食べてなかったからなぁ」
「だからなの」
あかねが僕を見ながら、少し悲しそうな笑顔を見せてそう言った。
「え?」
聞き返すと、悲しそうな顔のままゆっくりと話始めた。
「あたしが死んじゃってからさ…お兄ちゃんずっと元気なかったでしょ?何も食べないし遊びにも行かなくなったし…
あたし、ずっと見てたんだよ?そんなお兄ちゃん見たくないもん。
実家も出てっちゃって、お父さんもお母さんも心配してるよ?だから、こうして来てあげたって訳よ。」
納得出来るような出来ないような…。まぁこうして、あかねにまた会えたんだから何でも良いかな。
「そっかぁ…。つーか、そんな簡単に出来るもんなの?あ!もしかして本当は俺を祟る気だろ?そうだな?お前がいなくなった後、日記読んだのを恨んでるのか?」
「あーーー!そんな事してたの?むー。お兄ちゃん最っ低ー!」
真っ赤になって頬を膨らませる姿は相変わらず可愛い。
「嘘だよ。日記は形見として大事にしまってあるけど、俺は読んでないよ」
本当は読みました。ごめんなさい。
「ぇと…他には何も触ってないでしょうね…その…服とか…し、下着とか…」
俯いて耳まで真っ赤になるあかね。上目遣いで、チラッと俺を見てくる。
「ばっ…ばかだろ、お前…そんなの触らねーよ!」
嘘です。見ました。触りました。ごめんなさい。
「本当にー?お兄ちゃん案外エロいからなぁ…。今だって、本棚の一番上の端っことか、TVの下のDVDとか…」
真っ赤な顔で、上目遣いしながらニヤニヤとこっちを見てきやがる。
「ちょっと待て。なんで知ってる…つーか、本当にずっと見てたのか?」
「何も見てないですよー♪」
「本当か?」
「ほ、本当だってば!だって…見てるの恥かしいじゃん…。むー。」
耳まで赤いくせに、お前は兄ちゃんを萌え殺す気か。
「そ、それよりいいお天気だよ!あたし行きたい所あるんだ。連れてってよ!」
急に立ち上がり腕を掴んでくる。痛いってば。
「分かった分かった。着替えてくるから片付けといてくれよ」
「うん♪」
「で、どこ行きたいんだ?ちょ…おま…くっつくな!」
玄関を出ると、あかねは腕に絡み付いてきた。
「えへへー♪一度お兄ちゃんとこうしたかったんだ♪いつもは出来ないもんね♪
行きたいのはねー、んと…お墓。あたしのお墓参りしたいの」
「へ?自分の墓参り?変な奴…」
「まぁいいじゃん。行きたいんだもん」
「分かった。じゃぁ、お前の墓参り行こうっか」
墓に着くと、あかねは真剣な顔をして墓を洗い、そして真剣に手を合わせていた。
俺はその後ろ姿を声も掛けられず、見ているしか出来なかった。
「ありがと…お兄ちゃん…」
ひとしきり手を合わせていたあかねは、立ち上がってすがりついて来た。
目にはうっすらと涙を浮かべていた…。
「もういいか…?」
胸に顔を埋めるあかねを抱き締めて頭を撫でていた。
「えへへ。お兄ちゃんに撫でられるの、あたし好きだな…。お兄ちゃん…帰ろ…」
「おう、帰りにどこか寄って帰るか。何か買ってやるよ」
「わーい♪じゃぁねじゃぁね、リボン買って。赤いリボンが欲しい」
「ねね、似合う?」
帰ってからも、あかねはとても嬉しそうにはしゃいでいた。
生きていたあの頃のように…。
「あぁ、似合ってるよ。でも、そんな物で良かったのか?」
「うん。これだといつも付けてられるもん!」
はしゃぐあかねを見ていると、あの日以来感じる事のなかった幸せに包まれる。
だけど、俺はやたらと眠くなり目を開けていられなかった。
「ごめん、あかね。眠くて仕方ないや。少し寝るから、夕飯になったら起こしてくれな」
「ん。分かった。おやすみなさい。……………」
意識が途切れる寸前、あかねは他にも何か言っていた気がするが、聞き取る事は出来ないまま…
そのまま何時間経ったのだろう…。辺りはもう真っ暗だった。
「おーい、あかねー」
呼び掛けても返事はない。それどころか、あかねの姿がない。
「夢…だったのか…?」
いや、夢ではない証拠にテーブルには夕食が用意されていた。
そして手紙が置いてあり、 手に取ると懐かしいあかねの字でこう書いてあった。
「今日は驚いたでしょ?ごめんね。でも、楽しかったよ。ありがとう。お兄ちゃん元気出してね。あかねより」
「いなくなっちゃったか…。あかねのばか野郎…2度もいなくなるなよ…」
涙がこぼれてくる。溢れる涙を拭う事もせずに、ただ泣いていた。
「にゃあ」
いつの間に帰って来ていたのか、ミィが側にいて、心配そうな顔をして、見上げてくる。
首をかしげる仕草は、あかねを思い起こさせる。
「おかえり。ミィ」
抱き上げると涙に濡れた頬を舐めてきて、少しくすぐったかったが嬉しかった。
ふと気がつくと、ミィの首輪が違っていた。
その首輪…いや、リボンはあかねに買ってあげたあのリボンだ。
何故このリボンをミィが…?
そういえばあかねは【これだといつも付けてられるもん】と言っていた…。
頭を撫でると、さっきのあかねのように嬉しそうな顔をする。
「にゃあ~ん♪」
「…ありがとうな。楽しかったよ。もう元気出すから心配するなよな。もう…大丈夫だから…」
どこからか、さっき聞き取れなかった言葉が聞こえてきた。
「…大好きだよ…お兄ちゃん…」
最終更新:2011年03月05日 21:10