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初恋



僕の、初恋について、お話しようと思います。
僕は口下手ですし、あまり面白い話じゃありませんから、興味の無い方は、どうか読み飛ばしてください。




一目惚れでした。

昼休みの最中だった、彼女は、屋上の隅っこで、天気が良かったんですね、退屈そうに座ってました。
かっこよく脚なんか組んでて。大きな瞳を、眠たそうに、不機嫌そうな顔をしてました。
長い髪も、短めのスカートも押さえずに、風に任せたっきり。じっとポーズを崩さないんです。
ちょっと怖そうな、話しかけづらいような彼女は、ときどき口の中を、もごもご動かすんですよ。
なんだか可愛いでしょう。一目見て、それだけで、夢中になりました。
僕はというと、ベンチ一個分先で、突然見つけ出してしまった、初めての恋の対象を、ぽかん、と。
おいおいあの子誰だよと。級友達は、余った弁当の争奪戦に夢中で、気付きもしない。
彼女も、唖然と見つめる僕の視線には、全然気付かなかった。
ずっと、眩しそうに、脚組んで、ベンチの上で反り返ってました。




校内で、ときどき彼女を見掛けるようになりました。
もしかしたら、今までにも、彼女とすれ違ったり、隣合って座ったりしたことがあったかもしれません。

ただ、屋上で彼女を、意識したとき。
太陽の光をうっとうしそうに、風に吹かれて、のんびり日向ぼっこでもしている彼女を、見つけ出したとき。
ようやく僕は、彼女のことを知ったんだと思います。
ささやかですね。
恋は。




さあ。気になる女の子ができた。お話したい。仲良くなりたい。触れ合いたい。
なら、果敢にモーションを掛けるのが、玉砕覚悟でね、あるべき、男の青春でしょう。
ですが、やっぱりというか、なかなか、うまくはいきませんでしたね。

クラスも分からない。名前も分からない。なんとか特徴を捉えて、人に尋いてみても要領を得ない。
それならと、屋上で、廊下で、中庭で、偶発的でもチャンスは全て、活用しました。
ことごとく無視されました。
本当に、構われないんですね。彼女にとって、眼中に無いんです。口もきいてくれません。
一瞬、目が合った、と思っても、彼女は別段、表情も無く、さっさと行ってしまう。
正直、ヘコみました。けど、恋は盲目、なるほど。そう、かもしれません。
どれだけつれなくされても、彼女を想うと、身体中がじわっと焦るような感覚は、少しも和らがなかった。
ずっと強くなっていった。居ても立っても居られなかった。
彼女の瞳は、無表情でも、とても力強かった。理性的な輝きです。
ええ、言ってて照れますね。




しかしながら、僕としては、なんとか彼女と仲良くなりたい訳ですよ。取っ掛かりが欲しかった。
この頃には、毎日のように彼女を見掛けることができました。それだけに、焦りが募る一方で。
さらにこの頃、級友達の目には、僕は相当テンパってるように見えていたようでした。
そりゃそうですよね、毎日毎日、授業そっちのけで。
ラブレター書いてたんですから。

春が来た、春が来たぁ、ってうるさかったですよ。本当。
そっとしておいてやろうぜ、ああ、初恋は実らないからな、あいつも大人の階段、うるさかったんです。
静かになったのは良かったんですが、その間も、彼女は僕のことなど何処吹く風。
女子生徒が大声で騒いでも、悪そうな男子生徒がたむろしていても、その側をつまらなそうに、歩いてました。

違和感を感じたのも、この頃でした。




話を聞いてもらえないなら。聞く耳持たぬなら。読ませるまでよ。一筆入心。
この時期、やっぱり僕は、かなり心乱れていたみたいですね。思い返すと、恥ずかしいです。

なんて書きましたかね。もうあまり、とぼけてませんよ、本当に覚えてないんです。本当です。
ただ、あんまりにも彼女が僕のことに無関心だったから。
クラスと名前。不細工なくらい、大きく書いたのを覚えています。
肝心の、彼女への、想いの丈は、なんだかぼやかしぼやかし、情けなかったような気もします。
とにもかくにも、まずは、僕を見て欲しかった。
僕のことを、知って欲しかった。
誰よりも。
彼女に。




わくわくしました。
不安も、勿論ありました。でも一歩、彼女に近付けるかも知れなかった。

彼女への手紙を書き終えた僕は、もう、一刻も早く、これを、彼女の元にと。
馬鹿でしたね。クラスも名前も分からない。彼女の、お決まりの下駄箱は、一体何処だよと。
途方にくれました。どうしよう、って、情けなくうなだれましたよ。
直接渡そうにも、彼女、相変わらずだったんです。無視。無視。無視。

発想の転換ですよね。
待ち伏せしたんです。無視されるのに、ええ、無視されても、ですよ。
ベンチの、屋上の隅っこのベンチです、上にですね、手紙を置いて。風に飛ばされないよう、習字用の文鎮で押さえて。
僕は、屋上の入り口で、頑張ってるんです。待つんです。
彼女が、何の気無しに、真面目な顔して、ぺたぺた歩いて来るのを、待つんです。




不幸な間違いがあってはいけません。断じて。
僕の恋が、そのきっかけが、掛かっていましたから。
彼女以外の生徒が、教師もです、屋上の隅っこあたりに向かおうものなら。全速力で手紙を回収しました。
なんとも面倒くさい、遠回しな、手間の掛かることをしたものです。
でも必死でしたから。僕は。

天気の良い日、空がとても大きくひろがる日、太陽の光が真っ白に、うっとうしい日。それを映す瞳。
彼女を、大切な彼女を、見つけ出してしまった、あの日を、僕は今も忘れません。
ロマンチストです。信じてました。
陽射しを睨んでいるような。
彼女は、青空が似合う。




屋上で張り込んで、五日目、だったかな、また良く晴れたんです、空が。

彼女が、あっさり来たんです。
彼女は、ベンチにふんぞり返って、背もたれに片腕を掛け、お決まりなんですね、細い脚を組んだ。
手紙を発見したんです。覗き込むようにして、ちょっとだけ固まっていました。
細い指で、さっとすくい上げました、すぐに読み出したんです。

拍子抜け、いえいえ、勝負は、これから、でしょう。今までに無く、僕は緊張しました。
脚が、かくかくかくかく、震えたんです。息をするのがどうしても難しくて、心臓も破裂しそうなくらい。
どうしたものか、声を掛けに行こうか。どう、しよう、か。
そのときですよ。

彼女の顔が、彼女の瞳が、口元が、笑ったんです。ほころんだ。
前屈みで姿勢も悪く、威丈高に組んだ足先で室内履をぱたぱた。相変わらず、話し掛けづらい。
不機嫌そうな、眩しそうな、しかめっ面で、不敵なたたずまい、いかにも気むずかしそうな。
手紙を、僕の文字を、指先で、大事そうに、撫でていたんです。

彼女の、初めての笑顔にあてられて、僕は急に照れて、恥ずかしくて、どうしようもなくなった。
階段を駆け下りました。誰も居ないところまで、走った。嬉しかった。
頬が熱かった。



10
あんまり広いところでぶらぶらしてると不安になる、こともある。
たまにはヘコんだりもするし。だからよく知った居心地のいいところに帰る。
教室裏庭保健室。別舎の廊下と体育館、裏。
屋上。

雨の日は最低。舌打ちしてから蹴りつける。屋上入口に穴が開く日も近い。頑張ろうと思う。
晴れればそれでいい。文句ない。でも屋根は付けろ。まぶしい。

年賀状とか別にして、手紙を初めてもらった。
別に。なんで焦るんだよ。馬鹿じゃねーの。

まさかとは思ったけど。
私を見つめる人がいた。

なんて書かれてたか言いたくない。
私のために書いてくれたんだし。
私が読めればそれでいいんだよ。



11
彼女を見ていて、気になることがあったんです。

彼女は美人なんです。誇らしげでしたか、すみません。でも本当ですよ。可愛いんです。
でも僕以外に、おいあの子いいよな、聞いたことがありませんでした。素振りも見せない。
ストイックだった、それは、どうでしょう。
違和感は、段々、現実味を帯びてきたんです。
彼女と話したことのある、女子はいないか。先輩は、後輩は。じゃあ、先生は。
確信に変わりました。
誰も、彼女を、知らないじゃないか。見たことも、ないのか。

でも、確かめましたよ。
ねぇねぇ、あの人、知ってる、あの女の子、髪が長い子いるじゃん、あそこ、壁に寄っ掛かってる。
誰。どれ。どこ。

なるほど。
誰もが、幽霊を見ることができる訳じゃない。



12
じゃあ幽霊は。彼女は。
見えてるんだろうか、僕達のこと。
ことごとく無視されたからって、状況のせいにしたかった訳じゃありませんよ。本当です。

結論から言うと、見えてなかった。
誰もが、生きてるときと同じように、全てのものを見ることができる訳じゃない。
少なくとも、彼女には。何も。誰の姿も、見えてなかったんです。

びっくりしました。ずっと気付きませんでした。彼女が一人だってことに。
だって誰の姿も見えない、一人ぼっちじゃないですか。
彼女はもしかして。
毎日毎日、無人の校舎を。
人の声はあるんでしょうか。人の動く気配は、人がそこにいる日常は。
揺れるのは自分の髪とスカートの裾だけで、ぺたぺた一人で、歩いてたんでしょうか。

苦しくなった。急に寂しく、心細く、なったんです。
彼女が、もしかずっと一人でいたことを知って、急に、やるせなく、苦しくなった。

寂しい彼女を、ほっとけなくなった。みくびらないでください。
僕は、恋をしていたんです。



13
手紙には、返事がつきものです。
無いと困りますよね。僕の場合だと、恋の終局を意味しますからね。ええ。

彼女が手紙を取り、読んでくれたことに、僕は本当に嬉しくて、走り去ってしまいました。
言いましたね。駄目じゃないですか。彼女は、僕のこと見えてないみたいなのに。
せめて、特定の、居場所とか、その時間なんか、僕はここにいるんだよ、って明示しとかなくちゃ。
後の祭りでした。行動が先立ってばかりで、頭が回りませんでしたね。

午後の授業が始まって、周りは皆、眠たそうにダルそうに、うっとり机にかじりついてます。
僕、僕はですね、どうやって彼女からお返事貰うのと、冷汗垂れ流してました。
どうしましょう。どうしようもないんですけど。どうなったと思います。
来たんです。返事。



14
古文の授業でした。
黒板を背に、先生が、机に両手で寄り掛かり、大鏡だが水鏡だか、忘れましたけど、得意な調子で朗読してるんです。
その脇から、彼女が大股で入ってきたんです。
彼女は誰も見えませんし、誰にも見られません。問題は無い、のですが。僕は噴出しました。
うるさいぞ、と先生に注意され、すみません、彼女は先生の手許を覗き込むように、座席表を眺めてました。
まさか、返事と言っても、まさか直接来るなんて。
だって彼女は、僕のことが見えないんですよ。

顔が赤いんです。
僕の席を確認したのか、ずんずんこちらに歩いて来る。
毅然と目線を上げ、表情は無かった、ただ少し、熱っぽかった。
席の前で仁王立ち、彼女の顔を、綺麗なんですよ、こんなに近くで見たのは、初めてで。
大きな瞳が、値踏みするように、細かく揺れていた。口は真一文字、意思が強そうに、引き締められていた。
すごく真面目な顔でした、真剣な。それはもう、惚れ直しましたよ。胸が高鳴った。
彼女は、目を細めたり、大きく開いたり。

僕のことを、見ようとしたんですね。
見えてなかったと思います。
嬉しかった。



15
彼女は十分も二十分も、僕のことが見えてないのに、僕の目の前にいてくれた。じっと。
僕は、ようやく気が付いて、大慌てでノートに走り書きましたよ。

"来てくれて、ありがとう。手紙を読んでもらえたみたいで、良かった。本当に、嬉しいよ。
彼女はね、照れたように笑ったんですよ。
"まじめに勉強してたか?"
たまらなかった。涙を堪えきれなかった。初めて、初めて彼女と、話すことができた。
"君のことが気になって、最近は授業どころじゃないよ。どうやったら気付いてもらえるんだろうって、今だって"
"じゃあサボろう"

「先生、お腹痛いんでトイレ行ってきていいですか」



16
天気が良かったです。今日は快晴、って。
幾度と無く蹴りつけられ、泣き目のような穴が開きそうになった入口を横目に。僕らは屋上に出ました。
風が穏やかで、雲は盛り上がり、白かった。空はもっと青い。
彼女は脚を組み、僕のいると思われる方に半身だけ向いて。
そして僕のいると思われる方を、とても、優しい目で眺めてた。見えていなかった。
陽射しは結構強くて、彼女の白さと、睫毛の長さを際立たせた。

"いい天気だね。屋上に、よくいるのを見掛けたよ。僕も屋上は好きだな。"
"好きなのは屋上ですか"
"ストレートですね。"
"手紙みたいにさ"

シャーペンを、交互に、相手の方に向けて置き合うんです。
彼女の文字は、凛々しかった。

"うん。"
"私を口説けよ"



17
授業中に、ラブレターを書いたんです。
彼女の目の前で、ですよ。筆談ですからね、告白というより、ラブレター。
屋上でベンチに突っ伏して。必死だった。大真面目だった。ペンの芯が何度も折れた飛んだ。
たった一文書くのに。彼女はそこにいるのに。僕はここにいるのに。天気がこんなにいいのに。
震えながら書きました。

ごくりと見上げると、彼女の顔があるんです。目が合ったような気がしました。
僕のことは見えていませんから、彼女はきっと、ベンチの上のノートを見つめていたんですね。
うんうんうんと、満足そうに、細かく頷く素振りを見せたあと、彼女が突然空を見上げた。え、と。
見上げたまま、彼女の手が、腕が、何かを求めるように、手繰り寄せるように、僕の周囲を掻き毟る。
僕は、鈍感ですね、彼女の視線を追うけど、青空が広がっているばかりで。

首を下ろすと。彼女がノート片手に微笑んでいた。
嬉しそうだった。得意そうな顔でした。
間違いなく僕に宛てた言葉だった。

"もし触れるようになったら一番に抱きしめてやろう"



18
彼女は毎日、照れくさかったんでしょう、一生懸命難しい顔を作って、僕を待っていてくれたんです。
不機嫌そうに眉をしかめていても。
退屈から脚を組みかえていても。
意味もなく襟を擦っていても。
いつも、鼻歌でも歌い出しそうな、やわらかい横顔をしていた。

前日の内から、明日はあそこのあのあたりで。"待たせるなよ""早くな""待ってるから"
僕が見つけて、走り寄り、できるだけ彼女の目に付くところにノートを置くんです。
彼女がそれに気付くまで、彼女の側で待ってるんです。
"よう"
一言目は、そっけないんです。
真っ赤になって、遅いぞと、文句の一つでも言いそうな、困ったように嬉しそうに、顔を輝かせた後。
おもむろに、重々しく、書いてみせるんです。
可愛いでしょう。

"私の彼氏は今日も元気か"



19
"エロ本を発見しました"
"僕のではありません。"
"私にどんなポーズをしてほしいですか"
"友達が勝手に机の中に入れたんです。"
"彼女ができてヤりたいさかりでしょう"
"聞いてください。"
"私はヤりたいです"
"丁寧語をやめてください。"
"信じてもらえないかもしれませんが"
"なんでしょうか。"
"私は処女です"
"なんて言ったらいいんでしょうか。"
"童貞ですか"
"はい。"
"予約しました"
"今ので予約できたんですか。"



20
おててにぎにぎしながら帰る奴とかいるだろ。廊下で抱き合う奴とかな。
絶対いるんだよな。便所の個室で触りっことかな。なに教室の鍵かけて自習してんだよ。

私は指一本もおあずけか。
おかずは提供できます。今日はパンチラ。明日は谷間。明後日は、なんだ、ご開帳か。
なんで私は触れ合えない。
大好きな男の子と肩が触れ合って思わず赤面。なに笑ってんだよ。いいじゃねーか。

はあ。彼。
ああ。彼。はいはい。
彼とか言うな。むかつくんだよ。
自分で考えろ。

私の。彼氏なんだよ。

好きな人と。触れ合えないのはかなしいよ。
これでなかなか詩人だろう。
私は。



21
彼女を喜ばせるのが、彼氏の仕事です。
なんで面倒くさそうな顔をするんですか。だって嬉しいでしょう、彼女が喜ぶと。
幸福なことに、ええ、実に、僕と話すことを、彼女はとても喜びました。幸福です。
だから僕は。自分の携帯に、電話を掛けたんです。恋人の声を聞くために。
彼女の声を、聞いてみたかったから。

彼女と別れた後、自分の席に携帯を放っておくんです。"もう帰るか"
マナーモード。なんですかそれ。音量は最大ですよ。"そっか"
誇らしげに言うんです。彼女と長電話するから。"そうしろ"
僕の彼女は、とても寂しがり屋なんです。"いや別に"

"じゃあな"



22
留守電に切り替わってしまいました。彼女は、電話を取らなかったんでしょうか。取れるんでしょうか。
再チャンレンジ、延々と鳴らしましたよ。夜中、無人の校舎に、しつこく呼出音を鳴らし続けたんです。
もう一度、留守電に切り替わるかと思った。再送信ボタンに、指を置きました。
くぐもった、女の子の声がしたんです。

「もしもし」

彼女に、決まってるじゃないですか。
「僕」
しばらく、彼女は無言でした。それから、囁くように、かすれた声で言った。
「携帯忘れたのか」
一音も、聞き漏らすまいと、じっと、彼女の声を聞きました。大切な声だったから。僕も答えました。
「そういうことにしておこう。拾ってくれて、ありがとね」
またしばらく、彼女は無言でした。今度はもっと弱々しく、少し、声が震えていた。
「頭いいな」
「だろー。ねぇねぇ、ところでさ」
「うん」
彼女の言葉が、どんどん短く小さくなっていく。僕は彼女を、泣かせる訳にはいかなかった。だって、彼氏ですから。
わざわざ聞いたんです。
「泣いてるの」
一度完全な無音になりました。ノイズすら聞こえなくなった。通話は続いている。
彼女の声が、真直ぐに、僕の耳に飛び込んできた。震えていない。はっきりした、彼女の声だった。
「なんで泣くんだよ」

彼女はきっと、ひと時携帯を下ろしたんです。
窓の外を、真っ暗な夜を、瞬きもせず一人、凝視した。
彼女は、強い。



23
長電話しましたよ。そりゃあ。携帯、充電済みです、今回ばかりは抜かり無し。

「今。机の上に座ってる」
「ははぁ。机に座ってらっしゃる。流石。それは恐らく僕の机なんでしょうね」
「ああ。うん。嫌か」
「明日は気持ち良く眠れますね。机に頬を擦り付けて」
「眠るんなら私といろよ」
「可愛いな」
「なにが」
「僕の彼女は」
「そうかよ。良かったな」
「うん。ねぇ」
「なんだよ」
「好きだよ」
「そうか」
「そうだよ」
「私も言いたい」
「どうぞどうぞ」
「私だって、好きだよ」

彼女が、とっても優しく、声にしました。



24
そろそろ携帯の電池が危ういから、僕も明日また行くからと、名残惜しげに話してました。
彼女が切り出したんです。会えないか、って。

「どうやって」
「いい頭が考えろ」
「僕が考えるんですか」

彼女は、電話の向こうで笑いました。
でも、大切なことを打ち明けるように、ゆっくり囁いた。

「ご褒美欲しくないか」
「ごめん、ちょっと待って、今本気で胸が高鳴った」
「いいなりになってやろうか」
「頼むから待て。めまいがする」

今度は真面目な声だった。

「ご褒美欲しいだろ」
「恐ろしい女だ」
「私も、ご褒美あげたいんだ」
「頑張ります」
「がんばれ」
「あい」
「うん。じゃあな」
「おやすみのキスはー」
「無ぇよ」

怒ったように、ブツッ、と電話は切れました。

彼女と話したのは、これが最後です。



25
お前そこまでしといて彼女を裏切ったのか、なるほど、そういうことになります。

僕は、死んでしまった。



26
朝っぱらからアクセル全快は勘弁してくださいよ。
レーサー気取るならサーキットでぶっ飛ばしてくださいよ。
だいたいインコーナー攻め過ぎなんですよ。吹っ飛んだじゃないですか。
信号待ってただけなのに。もう校門目の前だったのに。彼女をそこに見つけたのに。

それでも。それでも、ですよ。
彼女が出歩ける、校敷地内に吹っ飛ばしたことだけは、評価したいですね。
はあ。僕は甘いですか。



27
息ができないんです。でも息は苦しくないんです。苦しいのが分かってないんです。
ただ、痛い。身動きなんかとれません。なのにあっちもこっちも、じくじく。
突然不吉な予感が走ります。捻切れるような激痛。身体をおもちゃにされているようだった。酷かった。
焦りました。周りが慌てる様子らしき音が聞こえるんです、けど、目が見えない。あれあれ。
あぁ、良かった。見えた。急に視界が開けたと思ったら、今度は口の中に何か嫌なものが溢れてくる。
叫ぶこともできずに。ひたすら痛みにさらされる。そこにあったのは。
自己主張の無い、耐え難い、ただの肉。ですか。
だから、彼女に見えたんですよ。

さすがに険しい顔でした。僕の頭の上あたりで、黙って仁王立ちしてるんですよ。
しばらく、一瞬だったかもしれません、彼女だと認識できなかった。脳が、ずれたせいかもしれません。
それでも僕は、彼女と気付きましたよ。僕が気付かなくて、誰が気付くんです。
僕の目の焦点でも合うのを待ってたんでしょうか。ようやく。
彼女、なんて言ったと思います。

「私の彼氏、知ってるか」



28
今もう死にそうな、死んでましたかね、人間に、聞くなよと。おまけに。傑作だった。
できるものなら、苦笑でもしたかった。できるものなら、僕だよ、と。だけど。
彼女が泣くのは、見たくなかった。身体が動かなくて、良かった。
なのに僕は、見つめてしまった。彼女が怒鳴ったから。

「こっちを向け」

彼女の怒った顔は、初めて見ました。
彼女の新しい顔を、発見してしまった。
見つめてしまった。僕の大切な恋の対象を。

「いい男だ、私の彼氏は」

誇らしげに、満足そうに、彼女が言うんです。文才もある、とか。
今度こそ僕は苦笑した。そんな訳ないだろう、と。
彼女が僕の頭を抱きしめてくれたから。
なんとか、笑えた、筈だ。

意識を、保てなかった。



29
退屈ですよ。
誰の目にも留まらない、どころか、誰の姿も見えない。彼女と一緒、かもしれませんね。
死んだらこういうものでしょうか。そうですね。どうでしょうね。

彼女の姿が、見えない。彼女の声が、聞こえない。彼女はいま、どうしてる。
退屈です。

長すぎる時間に、彼女を想います。
悦に入るんです。僕の彼女は可愛かった。

僕の彼女は、暗闇に取り残されても、泣きません。強いんです。

僕の彼女は、怖そうな顔をして、廊下を一人、ぺたぺた歩きます。

僕の彼女は、不機嫌なときに、屋上の入口を蹴りつけます。

僕の彼女は、天気のいい日、屋上の隅っこで、かっこよく脚組んで、ふんぞり返ってます。

青空を背景に、不機嫌そうな顔が、良く似合う。
僕の、自慢の彼女です。



30
ひょっとして、彼女は、僕のことが見えるようになったかもしれませんね。
もしそうだったら。いいなぁ。


今日は、天気がいいですね。
屋上に行くと、気持ちが良さそうです。

そうですね。
僕の、初恋だったんです。




30+1(終わり)
これ。もらった手紙。誰が見せるかよ。阿呆。
これからまだ長いんで。よく知らないけど。これ読んで、しっかり死んでいこうと思います。笑えよ。


今日は天気がいいし。
屋上に行く。

はあ。そうだよ。
私の、初恋だった。
最終更新:2011年03月05日 23:04