『犬のてのひら』(3) ☆

 食べ終わって、俺は自分の部屋に戻る。

 不思議なほど、母さんの言葉が心に響いていた。

『自分の感情がどっちに向いてるか』という母さんの言葉が何度も頭の中を巡ってる。

 なんて言えばいいのか……全くガードしてない所に殴りこまれた感じっていうか、まさに目からうろこだった。


 俺は、浅見のことをどう思ってるんだ?


 母さんの言葉を聞いてから、ずっとこの疑問がわだかまっている。

 嫌い……なはずはない。もしそうだったら男のころ相談に乗らないし、それどころかまず近づかないし話さない。

 自分がそういう奴だっていうのはわかってるから、浅見のことは絶対に嫌いじゃないって言い切れる。

 だから……それが、不思議でしょうがないんだ。

 あんなふうに二回も、俺の気持ちを無視してキスしてきて……。なのにその後も、俺は浅見と付き合うことをやめなかった。

 しかも、浅見しかいないとわかってるのに浅見の家に行くとか、どうかしてるとしか言いようがない。そうわかってるのに、なんで俺は浅見の家に行ったのか?

 暇だから…が最初自分で思ってた理由だったけど、深く考えれば暇だからって貞操の危機に自分から飛び込むなんておかしい。

 そのくせ、本当に手を出されて……、俺は、また、嫌じゃなかったんだ。  まともな抵抗をしようとか思わないほどに。

 もっとしてほしいと、無意識のうちに思ってしまうほどに……。

「あ―――っ?」

 今日の昼の……浅見の部屋でのことが勝手に思い出されてきて、じわじわと身体が熱くなってくる。

 ちょっとした言葉の行き違いで、俺は浅見のことを煽ってしまったらしくて。

 ベッドに倒されて、すごい近くに浅見の顔があって……。浅見のあの時の目は、怖いと思うほどだったのに…、目を逸らすことはできなかった。

 そして、浅見の顔が近づいてくるのを、俺は……ただ待ってたんだ。

「~~~~~~っっ」

 浅見の唇の感触を思い出して、その時のぞくぞくした感じがさらに酷くなって襲ってきた。

 これ以上思い出したくなくて、ベッドの上で身体を小さく丸めてぎゅっと目をつぶる。だけどそれは逆効果だった。

 余計リアルに、今日の昼の…浅見の部屋での出来事が――あの唇とか息遣いとかが蘇ってきて……。

 ――…やだ……っ。

 そう思うのに、自分を止められなかった。

 二本まとめた指を、浅い息しかつくことしかできない自分の唇に這わせる。指先が上唇を掠めただけなのに、ジン…とした何かを感じて、ますます思考が鈍ってくる。

 そして俺はその自分の指を、口の中に差し込んで舌を絡ませた。

「ぁ……ふ…」

 こんなことをしている自分に嫌悪したのは最初だけだった。指が舌をなぞっていく感覚にぞくぞくとした快感が走る。

 ――そうだ、俺は浅見にキスされて…。

 気持ちよかったんだ。

 あの『ぞくぞく』を快感だと自覚した途端、それまでまだたしかにあったブレーキは消え去っていた。

「あ、む……んぅ…!」

 浅見の舌の動きを追うように指を動かして、口の中の色んなところを刺激していく。…特に上顎あたりが気持ちよくて、何度も何度もそこを擦るたびに、身体がぴくぴくと小刻みに跳ねる。

 もう指に唾液が伝っていくのも気にならなくなって…頭がボーっとなってきたけど、まだ全然足らない。

「ゃ……ど、して…っ?」

 口の中をいじればいじるほど、身体に宿ったままの熱は消えるどころかさらに熱くなっていく。

 まるで飢えているように、貪欲になっている自分を止められなかった。もうブレーキは壊れてるから。

 男のころにはしょっちゅう感じていたあの衝動。

 女になってからはほとんど感じなくて、だから半分だけ忘れかけていたあの衝動に身体が支配されてしまっている。

 その衝動に突き動かされて、手がゆっくりと下半身に伸びていく。やり方なんてわからないけど、本能的な行動だったのかもしれない。

 右手の方は口の中を刺激したまま、左手が核心の場所にたどり着く。

「ふぁぁ…っ?」

 生地の薄い部屋着の上から、くっ、と指に力をこめただけなのに信じられないほどの衝撃が襲ってきた。

 半開きになっていた口からは自分のものとは思えない、甘えたような悲鳴が出てしまって、慌てて右手で口を押さえる。

 下には母さんがいて、もちろんまだ起きてる。それがわかってるのに……。

「ぁっ、あっ…ゃぁ…」

 手を止めることができない。撫でるようにしながら、時々力を込めて…噛み殺しきれない声が少しだけ漏れる。

「あぁっ……は、ん」

 こんなことしてちゃいけないってわかってるのに、それでも俺の手は動き続けた。

 息を殺すようにしながら、ずっと刺激し続けていると何かが腰の奥に渦巻いてきているのを感じる。

「やっ…」

 それを求めて、俺の意思とは切り離したかのように、手がいっそう速く動きだす。

 その動きに追い立てられるように、一気に身体の熱が高ぶっていって……。

「浅っ……」

「怜さーん!! ケーキ買ってきたよー!!」

 突然、家中に響いた父さんの声に、俺は凍りついた。

 父さんの気配はそのまま母さんのいるだろうリビングに移動したけど、もちろん続きをしようなんて思えるわけもなく、力なくベッドに突っ伏す俺。

 ただ熱いままの身体と……どこに持っていけばいいのかわからないままの感情だけが俺の中に残った…。

 ついさっき、自分が口走ってしまいそうになった言葉が、ずっと俺の中に残って、その日はまともに眠れなかった。

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最終更新:2008年06月14日 22:18
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