「愚痴……とはちょっと違うかもしれないんですけど」
それでも結構ですよ。思いついたことを率直に仰ってください。
「じゃあ、もう済んだことなんですけど……名前を呼んでもらえなかったことです」
名前を……? それはいったいどんな感じで。
「言葉の通りです。僕が付き合ってる相手は幼馴染で、付き合い始める前――――子供のからずっといっしょにいたんです。
だけど、よくは覚えてないんですけど、小学校の途中くらいから付き合い始めて三週間くらいまで、僕、一度も名前を呼んでもらったことがなかったんです」
……あの、それ、どんなに少なく見積もっても丸々五年間くらいありませんか?
「はい、最初がいつからかはわからないんですけど、最低でそれくらいはありますね」
えーっと……幼馴染というからにはおそらくずっと近くにはいたんでしょうけど、その間は呼びかけられるときはどうされて……?
「『おい』とか『おまえ』とかですね。とにかく名前以外の代名詞ばっかりでした」
付き合って三週間とも仰いましたが、もしやその間も……?
「ほとんどおまえ、って呼ばれてました。あ、あともう一つ、これも終わったことなんですけど」
まだ、何か?
「僕、双子の姉がいるんです。それでこの間の僕らの誕生日だったんですけど、その時に僕と姉はまったく同じプレゼントを渡されたんです」
それは…………もしかしなくても彼氏様から?
「はい」
……………………あの~、第三者で無関係な私がこういうことを言うのは間違ってるかもしれませんが、
そのような相手と付き合うのはおやめになったほうがよろしいのでは?
「どうしてです?」
どうして、と言われましても……付き合ってる相手をそこまでないがしろにするような人はよろしくないのではないかと思いまして。
「姉と似たようなことを言いますね」
それだけこの意見が普通だということでは?
「あはは、そうかもしれませんけど、僕は別にないがしろになんてされてませんよ」
おや、その根拠は?
「あいつの行動の全部が全部、僕のことを考えて……それで考え込みすぎたせいってわかってますから」
彼氏様が名前を呼ばなかったこともですか?
「もちろん、最初は納得できなかったですよ。だけど、僕の気持ちがあいつに向くずっとずっと前から、僕のことばかり思いつめた結果の行動らしいので」
だからお許しになると?
「許すとか許さないというのはまたちょっと違います。ちゃんとぶつけられて、それで納得して飲み込んで……うまくは言えないんですけどね。
それに、あいつも後悔してるみたいで、色々努力してるっていうのはわかってますし、あえてもう言うことはないんです」
そうは言いましても……。
「僕にはあいつが必要で、そしてあいつも僕を必要としてくれている。だから僕は自分の意思であいつと付き合っているんです」
これは…………出過ぎた意見だったようですね。失礼致しました。
「いえいえ」
それでは最後の質問になりますが、あなたにとっての最高の男性像のようなもの。
ございましたらお答えいただけるでしょうか?
「…………考え足らずで、言葉足らずで、おまけにデリカシーも足りなくて、しかも少し臆病で自分勝手で。
…………だけど僕のために努力してくれて、今ではちゃんと名前で呼んでくれて、ちゃんと好きだって言ってくれて。
そして近くにいるだけでいつまでもドキドキさせられてしまう相手です」
…はい、わかりました。
最後に、どう考えてもそうに決まっているでしょうが、一つ聞かせて下さい。
最終更新:2009年03月07日 00:34