人生のターニングポイントってのは大抵、本人の意志に関係無く唐突に訪れる。どうやら、それは俺も例外ではないらしい。
―――何があったかって?
そんな事に興味を持った奇特な奴が居たとしても、んな野暮ったいコトを聞くのはナシにして欲しいもンだ。
……ま、平凡なイチ高校生の俺の私生活に興味を持つ奴なんざ居ないと思うが。
……ケータイを見やる。
時刻は午前11時35分。
……随分あっさりと終わっちまったなぁ。
"緊急でお願いしたいことがある"
って、神妙な声色で神代サンに呼び出されたから、てっきり俺は、また血ぃ抜いたり、レントゲン撮ったりっていう、俺の嫌いな部類の検査で時間を食うと踏んでたんだが。
ま、結論から言えば……今日はそんなコトは一切なかった。
ただ、神代サンの差し出した分厚い書類の最後のページに自分の名前を書いただけで。
なんでも、俺が委員会に協力する上で守秘義務とか行動制約がどうたらって話で、口約束じゃなくてキチンと誓約書を書かなきゃならないらしい。
ホントなら未成年だけじゃ都合が悪いらしく、保護者の同意も要るらしいんだが、そこは、まぁ……内容が内容だから、神代サンも気を遣ってくれたんだとさ。
……万一、お袋に俺の性交渉事情が知れたりなんかしたら……やめよう、考えただけでブルーマンデーでもねぇのにプラットホームからダイブしたくなる。
………。
―――それにしても。
……神代サンが委員会の長になるなんてな。
件の新委員長様曰わく"適任者が見つかるまでの代理"だって話だが。
……そう。
ハルさんは異性化疾患対策委員会の長ではなくなった。
便宜上は"一身上の都合での依願退職"って話らしいが、仮にも国の管理運営する組織の長をそう簡単に辞められるなんて正直考えにくいし、あの人は、あの人なりの目的があって役職に就いていた筈だ。
原因を作ったのは、やっぱ……俺達、なんだろうな。
多分、るいが通知受取人をしてるっていう事実が発覚したのが、キッカケになって責任問題に発展したんだろう。
言い換えれば、俺達がハルさんを辞職まで追い込んだんだ。
神代サンには、自意識過剰だと咎められたが……。
………そりゃ、ガキがケツ持ちを出来るような事態じゃないってコトくらい俺にだってわかる。
でも、だからと言って俺の……腹の奥底のザワついた感覚が消えることはなかった。
……なんつーか、俺がやったコト、やろうとしたコトの大半が無駄だったんじゃねぇかって。
その証拠に、るいはこの国にはもう……。
……考えんのやめ、女々しいっつの。
はぁ。
………学校、フケちまうかな。
―――いやいやいや、ただでさえ出席日数がヤバいのに、試験前にサボんのはもっとヤバい。
その事実が、くーの奴……妹に知れたら缶バッジだらけの鞄で百叩きにされちまう。
それだけはマジで勘弁だ。
端から見れば微笑ましい光景に見えンのかもしんねぇけど痛ぇンだよ、あれ。
……この前なんか安全ピンが肩に刺さったし。
アレは……マジで悶絶した。
血が噴水みてぇになった時は何のコントか隠し芸かと思った程だ。
……そんな悪夢の再来はゴメンだ。
俺は、溜め息を一つ吐いてから鉛のように重たくなった足を引きずって学校への道を歩き出すことにした。
……そういや神代サン、俺の誕生日プレゼントがどうとかって言って、変な手紙貰ったけど、何なんだコレ?
"時期が来るまで開けるな"とか言うし……訳が分かんねぇ。
「はぁ」
―――漸く学校近くまで辿り着き、思わず溜め息が出た。
時刻は……丁度、昼休みが始まった頃か。
……今日に限っては学校に遅れた正当な理由があるんだよな。うん。
いつもなら、歴とした理由が無くたって、こんな陰鬱とした気分にならねぇってのに、正門から入ることに何故か気後れを感じちまってる俺が居て……。
俺は結局、裏門―――とは名ばかりの傾斜のキツい石畳の階段を見上げたまま……そこから動けずにいた。
なんつーか……その。
こんな半端な気持ちを引きずったまんまでアイツと会うのは、なんか違う気がして。
あれこれと無いアタマ絞って考えたってテメェを納得させる答えを弾き出すコトなんざ出来やしないのに。
"ひーちゃんの、ばか"
……今更、るいに言われた言葉が突き刺さる。
ああそうだよ、俺はバカだ。
初紀を消去法で選んだって認めたくないばっかりに、テメェにあれこれ言い訳して答えを先延ばしにしてんだ。
そんなの、初紀が望んでないことだって分かってる。俺ん中のどこかしらに、るいが居ようと、初紀は許してくれるんだろう。
アイツは……自分を押し殺すのが大得意な奴だから。
俺は、どうすりゃいいんだよ……?
見上げた傾斜のキツい石畳の階段は答えちゃくれない。
「………クソっ」
何もかも投げ捨てたくなる衝動に駆られて、俺は階段に背を向け―――ようとした。
「―――なぁに一人で身悶えしてるのさ?」
「っ!?」
背を向けた先から聞き覚えのある声がして、俺は金縛りにでもあったように動けなくなる。
そして次第に近付いてくる足音。
多分……今、一番会いたくて、一番会いたくない奴だと直感する。
「……」
「……まーったく、空ちゃんから聞いた時はビックリしたんだからな~。
メールしても宛先不明で送信出来なかったし」
返事すら出来なかった。
どんな顔すりゃいい? アイツに、なんて声を掛けりゃいい?
そんな訳の分からない自問自答がアタマん中をグルグルと巡っては消えていく。
次第に、ローファの石畳を降りていくコツコツという音がこっちに迫ってくる。
―――呼吸が浅く、小刻みになる気がした。
出来ることなら走って逃げ出したいくらいなのに、俺の体がそれを拒んでいて身動きがとれない。
「―――ね、覚えてる? 此処で予行デートの待ち合わせした時のコト」
「………」
「遅刻するわ、デリカシーは無いわ、言葉遣いは乱暴だわ……ホントにサイテーだったよ?」
「………」
「"こんな奴、好きになる物好きなんていない"って思ってたのになぁ」
「………」
「……でもね」
「………――――っ!!?」
不意に、背中に、俺より一回り小さな温もり。
「……今日、今、この瞬間。
そんなサイテーな奴が、男のままでホント良かったって、私は思ってるんだ。
へへっ、おかしいよね。自分でも、笑っちゃうよ」
「……はつ、き……っ!」
名前を呼ぶ声が、震えた。
理由も分からないまま、みっともなく目頭が熱くなって、今、背中を抱きとめている女の名前を呼んだまま、言葉が出なくなる。
「……誕生日、おめでと、陸」
「……初紀……っ!!」
俺は……初紀のことが好きなんだ。
そう自覚した瞬間には、俺は自分より一回り小さな温もりを、力一杯に抱きしめていた。
「ちょ……っ、く、苦しいって……」
「……っ」
………ヤバい。
俺は、るいや初紀の言う通りサイテーな人間なのかもしれない。
俺の胸の中で小さく切なげに訴える声。
両腕を介して伝わってくる線の細い華奢なカラダ、体温。微かに香るシャンプーの匂い。肋骨辺りに感じる控えめな膨らみの感触。
……それらが、否が応にも俺の下半身を押し上げる原因となってしまうなんて。
「―――っ、ちょっ、陸……っ」
抗議と、羞恥と、当惑と、期待とが入り交じったような目が俺を見つめてくる。
「……わ、悪ぃ」
「ちが、う。嫌なんじゃなくて、その……びっくりした……だけだから」
「え……っ?」
困ったような恥じらいは合意のしるし。とかなんとか巷じゃ言ってるけど、まさか。
……これが、まさか、"フラグ"というものなのか?! そうなのかっ!!?
「……でも、ここじゃ嫌だよ……」
「……」
おい、フラグってこんなあっさり折れるのか? んなバカな、責任者出てこい。 って、いやいやいや。冷静になれ俺。
……流石に、この時間帯は人通りが極端に少ない裏門だが。ここで行為に及ぶのは危険過ぎる……よな。
……はぁ。
「……陸?」
「ん……?」
「今、露骨にガッカリしたでしょ」
「え、あ、し、してねぇよ!」
「ウソ」
「ううう嘘じゃねぇってっ!!」
「じゃあもう、こういうことしない」
「えぇっ!!?」
「……やっぱりガッカリしてるんじゃん」
「う………」
―――初紀の奴、るいと交流する内に男の扱い方に慣れてきたのか……?
俺の腕の中に、顔を埋めながら初紀がイタズラっぽく笑う声を聞いて、不謹慎にもそう思った。
「……良かった」
「へ?」
「そーいうこと思えないくらい、私にはやっぱり魅力がないのかな……って、ちょっと不安になったから……」
「……ンなコト、ねぇよ」
こういう時、上手く言葉が出て来ない俺の足りない脳みそが恨めしい。
「……ありがと」
それでも、初紀は可愛らしく笑ってくれる。
でも―――。
「―――さ、早くしないと昼休み終わっちゃうよ?」
初紀はぴょんぴょんと飛び跳ねるみたいに階段を上っていく。
「な、なぁっ、初紀っ!?」
「ん?」
慌てて呼び止めて、初紀がくるりと振り向く。
少しだけ裾上げされたスカートから伸びる脚は相変わらず綺麗だな……って、そうじゃねぇっ!
「……本当に、俺なんかでいいのかよっ!!?」
「………」
初紀が、目を見開いた。
何かに驚いたような、キツネに摘まれたような顔をして。
何が言いたいのかまで分からない、けど……俺は言葉を続ける。
「……こんな、以前のお前より弱いような、うわついた野郎じゃなくてっ、もっと、お前だけを真剣に想ってくれるような奴の方が―――」
「―――ばーか」
何故か、突然平坦な口調でバカにされた。
「んな……誰がバカだっ!? 俺は真面目に―――っ!!」
「ばーかばーかっ」
―――いつか、どこかで初紀とこんなやりとりをしたような気がする。
「なんだっつーんだよっ!!?」
「……なぁんだ。
結局、似た者同士だったんだね、私達って」
―――確か、その時も、初紀はそうやって笑っていた気がする。
「だからっ、何がだって訊いてン―――!!」
「―――どうしてさ。私の気持ちを無視して話を進めるの?」
「えっ」
急に投げ掛けられた問いに、頭がフリーズする。
「……私は、見返りが欲しいんじゃなくて、ただ……、陸が……好き。
迷惑……かな」
気付くと、俺は息を飲み込んでた。
……そうか、俺。
初紀を想う振りをして、知らない内に自分の罪悪感を消そうとしてたんだ。
今でも、二人のどちらかを選べていない罪悪感を、初紀を遠ざけるコトで。
「……私、待ってるよ。ずっと。
陸が心の整理をつけるの。
どんな答えでも、……受け入れてみせるから」
「……お前は――るいが、ここに帰ってくる、その時まで待てンのかよ!?」
「―――待つよ?」
俺の、自分勝手で最低な問い掛けにも、初紀は淀みなく答えた。
「陸が私達を好きで居てくれるなら。ずっと」
「なんで頑固なンだよ……バっカじゃねぇの?」
「あははっ、お互い様でしょ?」
……あぁ、くそっ!
なんだっつーンだよっ!!?
こんなに、いい女を苦しめるような真似してっ!
死ね、死ねよ俺っ!!!
「まぁた、そんな顔してる」
「……ンだよ?」
「どうせ、また"死ね、俺"とか思ってたんでしょ?」
「……っ」
「あー、やっぱりね。
そーいうの、悪い癖だよ。嫌いじゃないけど」
……何でもお見通しなクセに、それ全部受け入れてくれンのかよ。
……そんなのに甘えられる訳ねぇだろうがっ!!
「……初紀ぃっ!!」
一段飛ばしで傾斜のキツい階段を駆け上り―――
「ひゃ…う…っ!?」
―――俺は初紀の背中を力一杯に抱き締めた。
「……え、ちょっ、な……に……っ?!」
「初紀……一回しか言わねーぞ。
俺は……そのっ、あのっ、―――」
……くそっ。
テンパって言葉が出て来ない。畜生、最後の最後まで締まらねぇのかよ俺っ!!
「……ひと……し……」
背中から抱き締めている腕を初紀に、震えた手で掴まれる。
とくん、とくん。
どっちの鼓動かはわかんねぇけど……確かに小刻みに脈打つ音を感じた。
心地よい緊張感が、俺と……初紀を支配する。
「……言って……? 私、きちんと聞いてるから。
どんな答えでも、……私、受け入れてみせるから……っ」
さっきと同じ言葉を、さっきと違う消え入りそうな声で初紀が呟く。
多分、涙を堪えているんだろう。背中越しに、鼻をすする音が聞こえる。
これ以上、コイツを……こんな小さな身体で虚勢を張ってきた初紀を待たせるわけにはいかねぇよ……!
「―――初紀、お前が……好きだ」
俺が、俺の意志で選び取った答えを、気持ちを……初紀という"女"に告げた。
―――考えてみれば、俺はとっくに答えを出してたんだよな……。
―――初紀が通知受取人になると告げられたあの日に。
手錠で繋がれてた初紀と、部屋から逃げ出したるい。
……俺は迷わず初紀を助けるコトを選んだんだから。
「……し、信じて……いいんだよ……ね……?」
「ああ」
「……ただ、っく、慰めで……えくっ、言ったわけじゃ、ないんだよね…?」
「ああ」
「もう……ひっ、く……遠回りしなくて、いいんだよね……?」
「ああ……!」
何度も、何度も、俺は初紀の言葉を肯定した。
初紀は、ずっと……こんな苦しい気持ちを抱えながら俺と接していたのかって思うと、……申し訳なさで一杯になる。
「……なんで、だろ……今、すっこい、嬉しい……のに、……どうしてっ、こんな……ひっく……」
「……初紀」
しゃくりを上げる初紀の声を耳を傾けても、俺は名前を呼ぶしか、出来なかった。
クサい台詞の一つも言えない俺の語彙の無さを恨みたくなった。
……だから、代わりに精一杯、震える小さな身体を抱き締める。
「……」
「……」
兎みたいに真っ赤に泣き腫らした目が俺に向けられる。
そして、その目がゆっくりと閉じていく。初紀が目を閉じ終えた瞬間に零れた涙が、日の光で反射して……凄く綺麗だった。
「……」
初紀は、証が欲しいよう見えた。
いや、俺が……そうしたいから、そういう風に見えたのかもしれない。
これが初めてじゃねぇのかもしれねーけど、……お互いの気持ちが通じて、こういうコトをするのは初めてだから。
だから、俺は……初紀の頭に手を添えて―――
「ん……っ」
お互いに緊張してて、どっちの震えなのか分からないけど、少し初紀の身体が強張ったのは分かる。
……ヤバい。
今、俺……すっげぇ緊張してる。コイツと喧嘩した時でも、こんなビクついたことなんかなかったのに。
「初紀……っ!」
「………っ」
上手く出来るかはわかんねぇけど……いや、そんなんじゃねぇよな。
背伸びなんかしてる場合じゃねぇだろ!
俺は、意を決して目を閉じ……ゆっくりと、初紀の唇に―――――。
とくん。
とくん、とくん。
……どくん。
『んーーーっ、私もーっ』
「「え………っ?」」
俺と初紀はシンクロして疑問の声を上げ、目を開けた。
明らかに、俺でも、初紀でもない声が聞こえたから。それも、かなりの至近距離から。
僅か数センチの距離に見知った顔が、二つ。
―――二つぅっ!!!?
「のぐわぁっ!!?」
「きゃぁぁっ!!?」
俺達のマジビビりの声に、階段周りの防風林で羽休めをしてた椋鳥が一斉に飛び去っていった。
『あーあ、せっかくのシャッターチャンス逃しちゃった。失敗失敗』
"そいつ"は、携帯のカメラを構えながら可愛らしく舌を出して笑っていた。
本来なら、此処に居るはずのない……人物だ。
「なんで……!?」
「どうして……!?」
「お前が、」
「あなたが、」
「「ここにいる(の)っ!!?」」
『あはははっ、息もぴったりだね、お二人さんっ』
彼女は、青いリボンで結わえた短めのポニーテールを跳ねさせながらイタズラっぽく笑った。
「るい……っ!」「るいちゃんっ!」
んなバカなっ!?
もうこの国には居ない筈の、元通知受取人、"坂城るい"が此処に居るなんて何の冗談だっ!!?
「まさか、飛行機が墜落して……!」
「ええっ!? ああああのっ、るいちゃんっ? 足、あるよねっ!?」
「頼む、成仏してくれっ!」
「あのさ、勝手な想像で人を殺さないでくれるかな?
……だから、手を合わせるなーっ!!」
片目を瞑り、鬱陶しそうに頭を掻きながら、俺達を窘めるるい。
「で、でも、海外に居るご両親の所に行くコトになったんじゃ……!?」
「ん~、本当ならね」
「んじゃ、なんで此処に居るンだよっ!?」
「まぁ……イロイロありまして」
「イロイロ端折り過ぎだろっ!!」
「……ていうか、ひーちゃんさ、神代せんせーから何にも聞いてないの?」
神代サンから?
……まさかっ!?
俺は神代サンから受け取って、制服のポケットに突っ込んだまんまになってた"誕生日プレゼント"の手紙の封を破り、中をあらためる。
"前田 陸 殿
この度は、異性化疾患対策委員会への協力、有難う。
―――――。
――――――。
―――さて、誕生日プレゼントということで黙っていたが、この度、坂城るいは僕の私設秘書見習い、兼、監視官として働くこととなった。
現在の高校には通い続けるので仲良くして欲しい。
さて、疑問にも思うしれないが、彼女がご両親の下に行く件については、彼女が極度の高所恐怖症が原因で飛行機での移動が不可能と判断され白紙となった。
―――――。
――――――。
――――――。
異性化疾患対策委員会 委員長代理
神代 宗"
「………なんじゃこりゃあっ!!!?」
刑事ドラマの殉職シーンみたいな声を上げるしか出来なかった。
「あはははっ、別に高所恐怖症じゃないんだけどね、私」
「「え?」」
ステレオサウンドでるいの言葉に首を傾げる。
「そもそも、私の主治医だった人だからね。神代せんせーは」
るいの言葉で、ある事実が脳裏をよぎった。
……まさか。
「ハルさんの嘘の死亡報告の時と同じ手を使ったってのかっ!?」
「まぁ、過去のカルテを改竄するなんてそう簡単には出来ないから、せんせーが口頭で両親にそう伝えただけだけどね」
俺も初紀も唖然とするしかなかった。
仮にも政界の名家の出身だっつーのになんつー荒技に出るんだよ、あの人はっ!?
「……それにしても、その手紙に書いてある"監視官"って……なに?」
初紀が当然の疑問を向ける。
確かに私設秘書ってのは何となく理解出来る―――とは言っても一介の女子高生に出来る作業とは思えない―――けど、監視官ってなんなんだ?
「あーそうそう。それね。
私、"ひーちゃんと初紀ちゃんの監視"を任されてるんだよね」
「………え、俺と……初紀?」
「はい、コレ」
るいは、軽い感じでキャリーバッグの中からA4のファイルを取り出して、俺に手渡す。
これ……今日神代さんに頼まれてサインした"誓約書"じゃねーかっ!?
…………へ?
甲ってのは……俺のことだよな?
乙は……委員会か。
うん、そうだ、誓約書のアタマに書いてある。
「……陸、これって………あの、その」
初紀が顔を赤らめて口ごもる。
え、何だよ、どういうことだよっ!?
「ひーちゃんは、今日から5年間、誰ともえっち出来ませんってコト」
…………。
そうか、なるほど。俺は5年間……
って、なにぃぃいっ!!?
「ど、どどどどういうことだよっ!?」
「異性化疾患の抗体がえっちするコトによって消える可能性を考慮したんだろうねー」
そもそも、男女間の性的な交わりを以て異性化疾患を回避出来るんだから……確かに理にかなっているのかもしれねぇけど……。
「で、晴れてこーんな可愛らしい子と結ばれた、うら若き男子が次のステップを我慢出来るワケないもんね?
そこで! 私の出番ってワケですよ」
「どういうことだよっ!?」
「私が初紀ちゃんと生活を共にして、初紀ちゃんのバージンを毎日確認させてもらいまーすっ」
「「えええぇえっ!!?」」
るいの奴……なんて羨ましい……じゃなくてっ!!!
「は、初紀は、関係ねぇだろっ!?」
「大アリだよー。
だって、ひーちゃんは見ず知らずの女の子を抱けるような性格してないし、コトが起こるとしたら……ね?」
「"ね?" じゃねぇよっ!! つーか、初紀の両親がンなコト許すわけが――――」
「―――あっ」
そこで、初紀が何かに気付いたような素っ頓狂な声を上げる。
「……もしかして、母さんが言ってた"家族が増える"って……!?」
「あ、うん。私のこと。再就職先が見つかっても、通知受取人用の宿舎には戻れないしね。
もちろんお給料から下宿代は出させてもらうよ?」
―――全身の力がヘナヘナと抜けていくのが分かる。
今日、この日までの俺の葛藤は一体なんだったっつーんだ……!?
「ま、いいじゃん。細かいコトはさ」
「ちっとも細かくねぇよっ!!」
「……っ、ぷくくっ、あははははっ!」
何がツボにハマったのか、るいは俯いて、凄く楽しそうに笑う。
「……るいちゃん」
「―――っ」
不意に初紀が声を掛けたその瞬間に、るいは身体を弛緩させて、甲高い声を止めた。
―――そして。
「おかえりなさい、るいちゃん」
まるで、どっかの御伽噺かなんかの聖女みたいな清らかな顔で、初紀は……俯いて固まったまま動こうとしない―――るいを抱き止めた。
「なんでそんな優しいのかな。
私、此処に居てもいいのかなぁ?
二人の仲を掻き回すだけ掻き回したのに。
……ひーちゃんにも、初紀ちゃんにも、いっぱい、迷惑掛けちゃったのに……! また、きっと、いっぱい、いっぱい……困らせちゃうよ……?」
平静を装ってたようなるいの声が、言葉を重ねる毎に……震えてきてるのがわかる。
……そう、か。るいは、無理に明るく振る舞ってただけだ。
本当は―――。
「ね……、陸」
初紀の視線が俺に向けられる。
「さっきの告白の返事、少し待ってもらっていいかな?」
初紀は冗談めかすわけでもなく、真面目に問いかけてきた。
「え……っ?」
「ど、どういうことだよ?」
俺は、多分るいと同じ様な顔をしていたと思う。
「これで、私達は同じスタートラインに立てた気がするから。
……同じ場所、同じ時間、同じ好きな人。
何の足枷もない、自由な恋。
……恋に勝ち負けなんて、本当はあっちゃいけないんだろうけど……。
お手柔らかにね、るいちゃん?
どっちが、勝っても負けても。……私はずっと友達だからね?」
初紀はそう言って、これ以上無いほどの綺麗な微笑みをるいに投げかけた。
……強いな。ホント、強ぇ。
女になっても、お前だけには敵う気がしねぇよ。
「……ダメ、かな? 陸?」
……ったく。
さっきの俺の一大決心はなんだったんだよ、ホントに。
でもよ―――。
「るい―――」
―――俺、嬉しいんだよ。
今、コイツが目の前に居てくれて。
「―――おかえり」
暫く、この二人の美少女に振り回されることになるだろう。
いずれ、どちらかを選ぶ時が来るだろう。
周りの環境にも、遠回りな思いにも左右されない、俺自身の意志で。
それが、なんて幸福なことで、なんて不運なことだとしても。
―――決めなくちゃなんねぇんだよな。
でも、今は―――。
「ただいま―――ひーちゃん、初紀ちゃん……!」
―――今だけは、真っ赤に泣き腫らした目を押し隠して、心底から嬉しそうに笑う
ポニーテールの少女の帰還を、素直に喜ぶことにしよう―――。
―――予鈴のチャイムが防風林の向こう側から聞こえてくる。
「……どうしよ。こんな顔じゃ……」
……初紀も、るいも、このまま教室に戻ると誤解されること請け合いな真っ赤な目をしていた。
……ま、試験前だけど今日くらいは……いいか、無礼講だ。
「屋上、行くか?」
俺がそう問い掛けると、二人は暫くの間、顔を見合わせてから。
「「………うんっ」」
思春期の男を一瞬で恋に落としてしまいそうな眩しい笑顔で頷いた……。
―――俺に宛てられた青色通知から事を発した、俺の情けなくて忘れられない数日間の話は、これでおしまいだ。
……コイツは余談だが、俺達が直面したこの物語は、青色通知や通知受取人を取り巻く、数多くの問題の一例に過ぎないらしい。
他の誰かの元に青い封書が届いた時、それは……そいつらにとって、どんなものになるのか俺は知らない。
幸せを運ぶものなのか。
または、人生を奈落まで突き落とす最後通告なのか。
そこには、届いた奴にしか分からない、たった一つの物語が綴られている。
そんな気がしてんだ、……なんとなくだけど、な。
15、16歳位までに童貞を捨てなければ女体化する世界だったら
~青色通知~
了
すっげぇ難産だったけど、青色通知はこれにておしまいです。
お付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。
↑建前 本音↓
もう小難しい設定じゃ絶対ぇ書かないっ! 疲れたっ!! 陸氏ねっ!!!
るい「初めまして、坂城るいです。今日からお世話になりますっ」
るい(わ、初紀ちゃんのお母さん……だよね? 凄い綺麗な人だなぁ……)
初紀(……るいちゃん、凄い営業スマイル)
初葉「あ、あなたが宗くんの言っていた子ですね?」
るい「はいっ」
初葉「ふふっ、自分のウチだと思ってくつろいで下さいね」
るい「ありがとうございますっ
それで、あの……お家賃のコトなんですけど―――」
初葉「―――要りませんよ」
るい「え……っ、で、でもっ」
初葉「他ならぬ、宗くんのお願いですから。主人も納得してくれていますよ?」
るい「そんなの、悪いです……っ、私、きちんとお支払いしますからっ!」
初葉「あらあら、困りましたね
――――あ」
初紀(あ……なんか良からぬコトを思い付いた顔してる)
初葉「じゃあ、るいさん。お家賃の代わりに、お願いがあるんです」
るい「はいっ、なんですかっ!?」
初葉「私の作ったお洋服のモデルさんになって―――」
初紀「―――却下」
初葉「どうしてですかっ!? こんなに可愛いかったら、水兵さんも女給さんもウサギさんも絶対似合いますっ! 私が保証しますっ!!」
初紀「論点そこじゃないでしょっ!? そもそも未成年にバニー服着せるなんてどーいう神経―――」
るい「―――いいですよ?」
初紀「何るいちゃんもあっさり承諾してるのっ!?」
るい「だって、見られるだけだし、可愛い洋服着られるのは嬉しいし」
初紀「乙女として羞恥心はどこに行ったんですかっ!?」
るい「でも、そーいうの好きでしょ? ……ひーちゃんも」
初紀 ぴくっ
るい「いいのかなぁ? 私がいろーんなコスプレでひーちゃんにあんなことやこんなことしても……」
初紀「だ、ただだだダメっだってば!」
るい「だって、おんなじスタートラインに立てたんだもん。後は全力で走り抜けるだけでしょ?」
初紀「う……」
るい「どうしよっかなぁ? 私は乗り気だし、初紀ちゃんは嫌がってるし……しょーがないよね?」
初紀「わ……私も着るっ、着ますっ!」
初葉「決まりですねっ」
その後、御堂空手道場にはコスプレをした二人の美少女が居るという噂が瞬く間に広がり、爆発的に男性の門下生が増え、収入が格段に増えたという。
最終更新:2010年02月14日 11:20