「………………」
ある土曜日、中学時代から仲が良かった女友達と、いつもの如くウチで遊んでいた。
別段卑猥なことはしていない、普通にゲームをしていた。
自分に姉が二人いたこともあって、女の子といることに慣れてたから、女の子と遊ぶのも男と遊ぶのも特に差異がなかった。
「………まじかぁ………」
だから別に、いつものように家で一緒にゲームをして、疲れたから少し姉の部屋で昼寝をしていたんだ。
姉はもうとっくに自立して家を出てたからここはもう一つのオレの部屋だし。友達はゲームしてるし。
で、なんだか妙な夢を見て、でもそれがなんだか心地よくて、目が覚めたときまだ夢の続きを見ていたいと思いながら寝ようとしたんだが、やっぱり眠れなかった。
そして寝返りをうってうつぶせになったとき、気がついたんだ。
「……オレまだ、15歳なって一週間だぞ……」
あまりにも長いこと部屋に戻ってこないオレを怪訝に思った友達……ケイコが、呆然としているオレに声をかけてきた。
「おーい、いつまで寝て……起きてるじゃん。起きてるならこっちきなよ」
「あ、あぁ、あの、ちょっと……」
「どしたん? もう夕方だし電気点けるよ?」
「ちょっと! 待って! 電気ダメ!」
「はぁ?」
「いや、その、ちょっと悪いんだが、電気点けないでこっち来てくれないか」
オレの体が異常事態を起こしてなければ、まるで卑猥な行為を誘っているかのような台詞だな、等とこの非常時に考えているオレは冷静なのかバカなのか。
「あぁ、まぁいいけど……」
ケイコがベッドの横で膝立ちになり、ベッドに座っているオレに目線を合わせる。
「ちょっと、手貸して」
「ほれ」
差し出されたケイコの手を取るオレの手は汗ばんでいた。こんな形でケイコの手に触れることになるとは思わなかったが、そのケイコの手がなんだか、小さい様な大きいような、不思議な感じがした。
そして、おそるおそる、まるでこれが夢ではないか確かめるかのように、オレはケイコの手をオレの胸にあてた。
「………あちゃー………」
その、どこかのんきな言葉で、オレはこれが現実であることを悟った。
---迷う指先の辿る軌跡--- Ⅱ
とりあえず現実を無理矢理把握したことにして、オレは苦笑いするケイコに連れられて階下のリビングに降りていった。
そしてキッチンで仲良く夕飯の支度をしている両親に声をかけ、二人が振り返ってオレを見ると……
「え……?」
「あら……まぁ……」
やはり驚いた。そうだよな、そりゃ驚くよな……と思ったのも束の間、親が何に驚いたのかを聞いてオレはすっころんだ。
「おまえ、ケイコちゃんとしてなかったのか!?」
「あなた、ケイコちゃんの前で言うことじゃないでしょ」
いや、そこは、言うことが違うでしょってツッコむところだよ母さん。
「いやぁ、なんというか、面目ないというか、すみません」
ケイコが苦笑いしながら謝る。いや、謝るなって。なんかオレ惨めじゃん。
「いやいやいや、ケイコちゃんが悪いわけじゃないから! そういうのはむしろ、この意気地無しなミノルがいけないんだし」
「悪かったな意気地無しで」
そう言ってそっぽを向くオレはあれか、さしずめツンデレのツンってやつか。
「それにしても……先週15歳になったばかりなのにねぇ……」
まったくだ。
「女の子になるならなるで、いろいろ準備しなきゃいけないのに……」
我が母ながらこの順応性と天然性にはついていけん。
「あ、それなら明日あたしがいろいろ見繕ってあげますよ。あたしの着ない服とか譲りたいですし」
「じゃぁ、お願いしちゃおうかしら」
「まかせてください」
なんか声がおかしいので黙ってたらいつの間にか明日のスケジュールが決まってしまった。オレの意見は聞く気なさそうだし。
「よ~し! じゃぁ張り切って服とか持ってきますね! そしたらいろいろ発掘しなきゃいけないんで今日は帰ります!」
発掘って。おまえの部屋は遺跡か。
「また明日! ミノルは着せ替え人形になる覚悟を完了しといてね!」
ケイコはハイテンションにそう言い残して颯爽と帰って行った。
が、試練は翌日を待たずして訪れた。
そう、風呂だ。
夕飯を食べて部屋に戻り、現実の重さにげんなりしていると、階下から「お風呂入りなさ~い」という母の声が聞こえてきたので、ため息をつきながら下着と着替えを持って浴室へ向かう。
そして再びため息をつきながらシャツを脱いだとき、眼下にある控えめなふくらみが目に入ってどぎまぎしてしまった。
いやいやいや、いくら女の体でもこれ自分だぞ? いや、でも女が好きだったんだから女の体は好きなわけで………何考えてんだオレ。
っていうか、これ、下はもっとすごいことになってるんだよな………?
おそるおそるズボンを脱ぐと、ボクサーパンツの前にあるはずの見慣れた膨らみが無い。さらにおそるおそるボクサーパンツを脱ぐ。
「ま、まじか……まじでないのか……」
正直上から見ただけじゃ何もわからん。長年慣れ親しんだ体の一部が消滅し、残りは陰毛に隠れて何もわからん。だが触って確かめるのは怖いのでやめておく。
オレは浴室の鏡を見るのが恐ろしい気持ちと楽しみな気持ちが8:2ぐらいの割合で混在しながら、ガラリと浴室の戸を開けた。
一つわかったことがある。女の乳首って気持ちよかろうとどうだろうと、刺激があれば立つんだな。これは勉強になった。
「なんのだよ……」
思わずセルフツッコミを入れてしまうほどオレは参ってるようだ。もう寝よう。
「あぁ……トイレ行かなきゃ……」
えーと、小さい方でも座ってするんだよな。なんか、男の時より我慢が難しい……うわ、なんか、まっすぐ出ないんだな、女が立ちションできない理由がわかった。
等と難儀しつつ、翌朝もぼーっとしたまま慣れないトイレを済ませ、朝食を食べ終えたころケイコがやってきた。
すげー大荷物で。
---迷う指先の辿る軌跡--- Ⅲ
「こんにちは~」
そう言って大荷物を抱えたケイコがウチへ来ると、早速オレの部屋は布で埋め尽くされた。
「下着は……合わないね。これは買いに行こう。服はサイズ合いそうなの全部あげる。早速着てみて」
抵抗するのは無駄だろうと思い、言われるがまま様々な服を着た。
ワンピース、ブラウス、キャミソール、ホットパンツ、ドルマン、スキニージーンズ、フレアスカート、ミニスカート、ロングスカート、ってスカート多くないか。
「せっかくだし買い物行くときはミニで生足を強調して……」
「ちょ! それは勘弁!」
「えー、じゃぁせめてスカートははいてよー」
「あぁ……可哀想なオレ……」
というわけでロングスカートの下になんだこれ、レギンスとかいうのを履いて、ブラの代わりに体にぴったりするタンクトップを着て、その上に七分袖のシャツを着る。
さらにその上に薄手のカーディガンを着て………化粧をしてもらうと、鏡の前に立ってるのは24時間前ここにいたヤツとはまったく別人の女だった。
「なんか……あたしより女らしくてむかつくんだけど」
「褒められてる気がしねぇ。にしても、髪が短くても女は女に見えるもんなんだな……」
複雑な心境ではあるが、しっかりコーディネートされたオレはもう立派な女の子だった。元々釣り目だったので、ちょっとキツそうな顔のショートヘアなボーイッシュ女の子、といった感じか。
醜く変化しなかったのがせめてもの救いか……といってもまぁ、周りのすでに変化してしまった人達は、不思議とみんな綺麗になってるから不思議だ。
変化の代償として美しくなるよう遺伝子に組み込まれてでもいるんだろうか。
「よし、買い物行こう! まずは最優先の下着と、化粧品と生理用品と……ヘアピンとか小物も欲しいね!」
「おまえ、ずいぶん元気だな」
「まぁ、なっちゃったもんはしょうがないじゃん? くよくよしてるより、現状を受け入れてそれに順応し、せっかくなら女を楽しまなきゃ人生もったいないじゃん」
真顔のケイコにそう言われて、なんだか目からウロコが落ちたような気がした。
「………そっか、どっちにしろ元に戻る訳じゃないもんな」
「そうそう、明日学校でみんなの度肝を抜いてやんな」
「げ! そういやそんな大イベントが残ってた!」
「同じクラスでよかったわぁ~みんなの驚く姿とあんたのどぎまぎする姿を拝めるんだもんね~」
「………悪趣味」
「うるさいわね。ほら、行くよ」
というわけで、最初に下着屋へ来たわけなんだが……
「すいませ~ん、この子のサイズ測ってもらえますか~?」
「は~い」
うん、くよくよしてても仕方ないけど、人間そんなすぐ開き直れないよね☆キラッ
そんなわけでめっちゃどぎまぎして挙動不審なオレに、下着屋のお姉さんは苦笑していた。
「えと、この子あれなんですよ、つい昨日女の子になっちゃって」
「ちょ! そんなあっさりバラすなよ!」
「あ~なるほど。まぁ、そういう方はけっこう来られますし、みんな同じような反応をするのでそうかな~とは思いました」
はははと笑う二人の前で、オレだけ赤面してるのはなんか不公平な気がする。
で、なんとかサイズを測り終えたオレは、女性用下着の値段の高さに驚愕した。
「パンツ一枚で済んじまう頃が懐かしいぜ……24時間前だけど」
「ふむ。意外と胸板あるのね、今後変わってくるのかしら。どちらにしろまぁBカップってのは妥当ね。(あたしより大きかったらぶっとばしてるところだわ)」
「え? 何?」
「何でもない。さ、次は化粧品ね」
こうして、オレの貴重な休みは慣れない買い物に費やされ、一日前まで縁のなかった大量の物資と、果てしない疲労だけを残して過ぎていった。
---迷う指先の辿る軌跡--- Ⅳ
翌朝、さすがにトイレには慣れてきたが、Bカップのブラジャーを着けるのに悪戦苦闘し、恥ずかしながら母親に手伝ってもらった。
「これをこれから毎日着けなきゃいけないのか……」
正直言って、胸の下が締め付けられて苦しい。あとかゆくなる。まぁ着けなきゃいけないのはわかるけどな。
「ふむ……制服は男子のでいいよな、とりあえず」
女性用下着を着け、男性用のシャツを着て、男子の制服を着る。体が女じゃなかったらちょっとキワドイ趣味の人だなこりゃ。
「じゃぁ、行ってきます。めっちゃ勇気いるわ」
「まぁまぁ、学校行けばケイコちゃんいるんだから」
「それも逆に怖ぇって」
しかし母さんはずいぶん慣れたようだ。オレの500倍は順応してやがる。
で、とりあえずは運良くクラスメイトや他クラスの友達に会うことなく教室にたどり着いた。
「うーす」
「うぃーす」
いつも通りの挨拶をする。可能な限り声を低めて。
とりあえずパッと見では誰も気づいてないようだ。よかったような困ったような。
が、早くもオレの運命はオレを翻弄することとなった。
「出席とるよ-、座りなさーい」
そう言いながら担任の、背が高くて穏和で柔和な初老の男、竹本先生が入ってきて教壇に立ち、クラス全体を見回す。彼はそうやって生徒の顔をざっと見てチェックするのが日課だそうだ。具合悪そうなヤツがいるとすぐ気づくからすごい。
で、その視線がオレの前で一瞬止まったわけよ。
「橋本ワタル……深谷カナエ……藤井ミノル……」
「はい」
呼ばれたので返事をした。もう半ば覚悟完了だ。
「うん? 藤井、その声どうした?」
やっぱ気づいたよ。この先生なら絶対気づくと思ったよ。
「いや、別に」
「ふぅむ………ちょっと立ってみろ」
覚悟完了。
「はい」
「ふむ、なるほどな。まぁ心配するな、先生は今まで何十何百という人数を見てきたんだ。別に驚きはせん」
「先生はそうでも、みんなが驚きますよ」
もう声を低めるのも諦めて普通に喋ってみた。途端に教室が、某マンガによく書かれてるざわざわ状態になった。
「ミノル……おまえもしかして……」
前に座る角谷(すみや)がオレを見上げて驚愕している。オレは返事の代わりにため息をついた。
「とまぁそういうわけで、今日から女子が一人増えるからみんなよろしくな。特に女子、はじき者にしたら先生ぶち切れるからそういうことないように」
この穏和な先生が笑顔でそういうコトいうと逆に凄味がハンパない。
で、案の定教室中が大騒ぎになった。先生はこういう事態に慣れてるらしく、苦笑するだけであえて止めなかった。
「ちょっと、なんでそんなにかわいくなるのよ! あたしも男から女になりたい!」
「うわ~、ウチのクラスじゃ初だよね~、仲良くしようね~」
「ねぇねぇ、下着は女物着けてるの? 制服は女子の着ないの?」
愕然とする男子をよそに、女子はどことなく嬉しそうだった。何故だ?
「っていうか、藤井君がなるとは思わなかったわ。ケイコといいカンジだったからてっきり……」
「そうそう、私もそれ思った」
まるでオレが据え膳を見過ごしたかのような言い方だ。
いやまぁケイコのことは好きは好きだよ。恋愛対象にならないってわけでもないけど……逆に近すぎてそういうカンジにならなかったっていうのが妥当なところかもしれん。
とまぁそんなわけで、オレは高校一年の秋までを男で過ごし、残りの人生を女で過ごすことを痛感したのだった。
---迷う指先の辿る軌跡--- Ⅴ
「とりあえず女子の制服ができるまではその制服で登校してくれ。トイレはすまんが教員用のトイレを使ってもらう。学ラン着た女子が女子トイレはまずいし、男子トイレはちょっと別の意味でまずいんでな」
そう、オレは貞操を守る側にまわったのだ。今までオレが女子を見ていたような目で男子がオレを見る。
いや、見るのか? 元男だぞ。あぁでも男って(一昨日までのオレを含めて)バカだからなぁ……体が女ならその辺は案外気にしないのかも。
「しかし、教師の私が言うのもなんだが、このクラス初の女性化がおまえとは意外だ」
「先生まで言いますか、それ」
オレは今、小会議室で、担任と女性化担当教諭と話をしている。一応こういう例に関するガイドラインが学校にはあるようだ。
まぁ当たり前か。年に何十人と変わるわけだもんな。
「いやまぁ、なぁ。最近は世間的にもそこまで学生同士のSEXを咎める風潮が無くなってきたし、なぁ」
いつから女性化が始まったのかは知らないが、最近女子は好きな男子がいると、女性化されると困るので早いうちに童貞を捨てさせようとけっこう大胆になるし、ガードが緩く……というかガードしなくなるらしい。
まぁこれは童貞捨てたダチの話だけど。
「とにかくなっちゃったもんは仕方ない。クラス初ではあるが学年初ではないし、そのうちウチのクラスでも他にこうなるヤツが出てくるだろう」
「そういう意味じゃ、オレは貧乏くじ引いた感じですね」
「まぁそう言うな。藤井は元々女子とも仲が良かったから、そこはすごく助かってるんだ」
確かに女子に嫌われてるヤツがなるよりはクラス内での問題は起きにくいだろう。
とまぁそんな感じでオレは様々な困難とわずかな幸福と共に女としての人生を歩き始めたわけだ。
わずかな幸福ってのはアレだ、その、なんだ、女子の生着替えはぁはぁってやつだ。
女になって初めての体育はやばかった。っていうかオレは参加できなかった。
だって目の前で十数人の女子が下着姿だぞ!?
童貞には刺激が強すぎるって!
思い出すだけで赤面しちまうわ!
「えーと……オレどうしたらいいんだろう?」
体育の授業の前、教室から男子を追い出し、女子だけになったところでオレはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
だってオレ、追い出される側だったんだぜ?
「普通に着替えればいいんじゃない?」
「まぁ、それはそうなんだけど……みんなよくオレがいて大丈夫だね」
「だって女同士じゃん」
「ついこないだまでさっき追い出したヤツらと同じで、みんなのことえろい目で見てたんだよ? で、体が女性化したって中身まですぐ女になるわけじゃないし……」
「おぉ、つまり照れてるんだな、かわいいやつめ~」
楠サナエという、ケイコほどではないが仲のいい女子がそう言いながらオレに近づいてきた。上だけ下着姿で。
「ちょ! こっち来んな!」
「た、たしかにかわいいかも……」
赤面しながら後ずさるオレのどこがかわいいっていうんだ。何故か知らんが他の女子まで寄ってきた。というか、追い詰められた。
「胸は小ぶりなのねぇ。あ、でも肌がすっごい綺麗」
「見て鎖骨が超綺麗! 羨ましいんだけど!」
「あ、でもおしりはけっこうあるのね」
慣れてないせいで着替えの遅いオレは、ちょうど上だけ脱ぎ終わったところで女子に群がられた。うぅ……辺り一面女の匂い……ちょっと幸せかも……
「ねぇねぇ、おっぱい触らせてよ」
「だ、だめ!」
思わずブラウスをつかんで胸元を隠す。マンガでよくあるよな、こういう光景。
「えーいいじゃない、あたしのも触らせてあげるからさー」
とかなんとかやってるウチに、サナエが戯れにオレの首筋を舐めやがった。
「ひゃぁっ!」
なんだこれ! なにこの感覚! 腰が……
「え、あ、ごめんごめん、まさかそんなに感度がいいとは」
驚きと、初めて感じるこのなんだ、腰にくる感覚で、オレはしゃがみこんだまま立ち上がれなくなってしまった。ますます赤くなってうつむくオレ。こういうのマンガで以下略
「サナエー、そういうのは学校終わってからにしなさいよねぇ」
ようやくケイコが来てくれたが、ツッコむところ間違ってませんか。
「立てる?」
言われてオレは首を振った。
「ごめんごめん、先生には私から言っとくから~」
女ってすごい。女って怖い。
最終更新:2010年11月09日 00:59