第2話

部屋に戻り、ぼふっとベッドに倒れ込む。ダメだ、なんかもう色々ダメだ。

篤史の手が触れた部分がじんわりと熱をもっている。
それが『オレ』の大事な何かを浸食しているような気がして思わず頭を掻き毟っていると指先に感じた小さな『傷痕』の感触。

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オトンの念願だったというマイホーム。この家に越して来たのはオレの小学校入学に合わせての時期だった。

両親と向かいの家に引っ越しの挨拶に行くと中学生位の真面目そうな男の人といかにも腕白そうな小学3年生位の男の子が出てきた。

「向かいに越してきた谷田です。宜しくお願いします」
「こちらつまらない物ですが」
「ご丁寧にありがとうございます」

ウチの両親とこの家の長男と思しき人が形式通りの挨拶をしている。
次男であろう男の子がじーっとこちらを見ている…なんだろう?

「あの、ご両親は?」
「あ、父は今、『外出』していて…母は一昨年他界しまして…」
「それは…申し訳ない…」
「いえ、いいんです」

…この家の父親は『外出』ではなく、母親の死後に出来た恋人の所で暮らしていると長男・暁芳さんから聞いたのは、数年経ってからだった。

ウチの両親と暁芳さんの話が途切れたその時、

「おまえさー、幼稚園児?それとも保育園の方?」
「…今年から小学校だけど…」
「おまえ同い年かー?小っせーな!」
「あ"?」
「よし!おまえ今日から友だちな!」
「どうしてそうなるんだよっ?!」
「俺は浅倉篤史!よろしくなっ!」
「おまえ人の話をちゃんと聞きましょうって習わなかったか!?」

『同い年か?』はこっちの台詞だ!!お前は無駄にデケぇよ!!体も態度も!!

この後、オレは一度もコイツの身長に追い付いた事はなかった。コイツが現在も続く親友になろうとは…。

小学校に入学してしばらくして気になったこと。

篤史は特定のグループには属さずに手当たり次第に『友だち』を作りまくる。
篤史は隣のクラスだがウチのクラスにも相当数の『友だち』がいる。

「友だち100人を実践してみようと思って」
「あー、やっぱバカなんだ」

そういう、あっちこっちのグループに顔を出す…悪く捉えれば『コウモリ』とも言えなくもない所と
無駄にデカい態度が一部の所謂『いじめっ子』連中のカンに障るらしく

「篤史のヤツさー、調子にノってねー?」
「みんなでシメよーか?」

…と、イヤな会話を頻繁に耳にする。
本人は気にしてないのか、そもそも気付いてないのか…
オレはなるべく関わらないように双方に距離を置きたいのだが、

「タク~っ!遊ぼーぜっ」
「これから晩ご飯だ、帰れ」
「何食うの?」
「…今日はハンバーグだけど…」
「俺も食いたい!!おじゃましまー…」
「帰れっ!」

現在ほどべったりではないが、篤史はしょっちゅうウチに来ていた。
まあ、家も向かいだし、家では兄と2人だけだし、寂しいのはわかるんだけど…
この頃のオレは篤史に対して結構冷たい態度で接していたと思う。
それでもめげずに篤史はオレに絡み続けた。まあ、オレに限った話ではなかったのだが、その頃は。

もうひとつ、気になっている事…いや、『人』。


オレは体力がなく、運動が苦手だ。
なんとか克服しようと、スイミングスクールに通っているが何となく物足りず
この頃から朝夕のジョギングを始めた。
家の近くには県下有数の大きな川があり、その土手沿いはジョギングに適していて
買い物とかには不便なんだけどすごくの景色も良い。

それは体調が良い日は現在も続けている日課だ。

そのジョギング中に見かける犬と散歩してる女の子、同じクラスの敷島静花さんだ。

「おはよーごさいますー」
「…はょっス…」

ショートカットの髪型がよく似合う、スゴく可愛い子で気になるんだけど…いざとなると話かけることも出来ない。
そもそも散歩中は連れてる犬が怖すぎて近付けない。確かドーベルマンとかいうヤツ…。

敷島さんについて知ってること、家は同じ町内の大きなお屋敷でそこに住んでる『社長さん』一家の一人娘。
なんの会社の社長かはわからない、たしか『ナントカ会系』とか聞いた事はあるんだけど…。
あと、話し方がのんびりしてて天然ボケ。
で、篤史の『友だち』の一人らしいよ?…あのヤロー…やっぱり気に食わない。
それから、字がスゴくキレイ。それに気付いた時に、

「敷島さん、さ」
「はい?」
「字、な…すっげーキレイだ、ね」
「!!…ありがとうごさいますー!!拓武くん」

…なんか物凄い喜ばれたのを覚えてる。 なんか、こっちこそありがとうございます。

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夕方、ジャージに着替えてジョギングに出掛ける。いつもの土手の道が整備工事中で通れないっぽい。
仕方が無いのでいつもは通らない寂れた公園がある方の道に行ってみた。

公園の方から数人の子供の声がする。遠巻きに見てみると篤史が『いじめっ子』達に囲まれていた。
よく見るとバットを持ったヤツや、篤史より大きいヤツもいる。多分、上級生…『いじめっ子』の兄とかだろう。

最初は何人かで押したり罵声を浴びせていただけだったけど、それが段々と暴力的にエスカレートしていく。
やばいな、誰か助けを呼ばなきゃ…と思い、振り返ると、敷島さんがいた。

敷島さんも公園の様子に気付いて、あろう事か公園に向かって走り出した。

「ちょっ…敷島さん!?」
「篤史くんは友だちですっ!!助けなきゃ!!」

なんとか腕を掴んで制止する。君が行くよりそのドーベルに行かせた方が確実…って、大事なペットをそんな扱いする訳にもいかねーか。

「オレが行くッ!敷島さんは誰か大人の人を呼んできて!」

オレはすぐに公園の方に走り出した。ちくしょ~っ、オレなんかが行ったってどうしようもねーだろ?

篤史は抵抗してるようだが 既にボロボロだ…って、バットのヤツが得物を振り上げてる!?
それはねーよ?アホかよっ!?

オレは篤史の方に飛び込んだ!!

――――ガッ!!

頭をかすめる衝撃。直後、痛みというよりは『熱』。顔を伝う生ぬるい何か…あ、血か?どっか切れたんかな?

あまりの事に泣くのも忘れて連中の方を見ると、青ざめてこっちを見ている。
オレの様子に自分たちがしでかした事に気付いて冷静になってきたのか、お互いの顔を見合わせ一斉に逃げて行った。
オレは篤史の方に向き直り、

「…オイ、大丈夫か」
「お前が大丈夫かよ?アホ~っ…!!」

あの篤史が泣いている。オレは泣きながら文句の一つも言おうと思っていたが勢いが削がれてしまった。

「頭っ!スゲー血がっ…!」
「うん、あんまし痛くはないから平気」
「でもっ!!そんなに血…痛くねーとかっ!!バカじゃねー!?」
「なんだと?テメーの方がバカだろーがバカ!!」
「っ…ゴメン」

なんなんだコイツは…?

そうこうしていると敷島さんが黒いスーツを着たゴツい大人を数人連れてきた。
あれは敷島さんちに出入りしてる人達かな?

「篤史くん!?拓武くんっ!?大変!!」

敷島さんに指示されたスーツの人にオレ達は応急処置され、黒塗りの大きな車で病院に運ばれた。
残ったスーツの人達はどこかにむかって走って行った。

車内でも篤史は泣きながら「ゴメン、ゴメン…」と繰り返している。

「あの、さ、篤史」
「…っ、…何?」
「『友だち100人』だっけ?」
「…うん」
「手当たり次第に誰でも友だちってのとか、な」
「…うん」
「そーいうのイヤがるヤツとか嫌うヤツとかいると思うんだ」
「…うん」
「友だち100人作るよりな、『親友』作らね?」
「親友…?」
「そう、親友」
「……」
「友だちがたくさんいてもな、みんながみんなといっぱい遊べるワケじゃねーじゃん?」
「…うん」
「たくさんの友だちの中には篤史がキライになるやつもいるかも知れない」
「…うん」
「今回みたいに逆に篤史をキライになるヤツもいる」
「…うん…」
「えっと、なんて言ったら良いのかわかんなくなってきたけど…」
「……」
「なんでも話せて、ずっと一緒にいたいって思って、お互いのイヤなとことかも含めて許せる、好きになれる」
「…うん」
「そんな『親友』を探して、作ればいいと思うん…」
「それ、お前がイイ」
「…ん?」
「私もタクちゃんと篤史くんの親友になりますー!」

オレ達が座っている前方、助手席から敷島さんの声。
っーか『タクちゃん』!?
え?オレが2人の親友?敷島さんと親友は嬉しいけど、篤史も?え?そういう流れだった?

「よろしくなタク!!あ、静花も!!」
「よろしくお願いしますー」
「どうしてこうなった」

その後、どさくさに紛れてオレも敷島さんを『静花』と呼ぶことを了承してもらった。

病院で篤史はスリ傷の消毒と打ち身の処置、オレは傷を2針縫った。大した事無くて良かった…

敷島さんは先程から何やらケータイを操作している。っーかケータイ持ってんだ流石お嬢様。
…そういえば、逃げたアイツら…

「なぁ、篤史」
「ん?」
「逃げた連中、どうすんの?」
「あぁー、とりあえず学校の先生とかに…」
「その必要ないよー」
「え?」
「今、報告があったー。全部済んだよー」
「なにが?」
「処理」
「意味わかんね?わかるか篤史?」
「…俺は…知らん…」

篤史、なんで震えてんの?顔、蒼くね?どっか打ち所悪かった?あ、へーき?じゃ、なんで?ホント意味わかんね…

後日、学校に行くと『いじめっ子』連中が転校してた。何があったんだろ?変なの。

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それから…篤史と静花とは毎日の様に一緒にいる。お互いの家に遊びに行ったり、泊まったりもしょっちゅうだった。
それは今も同じ、ただ『心』や『体』が違う…。

2人は恋人同士になって、オレなんか…女になってしまった。



第3話へ続く


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最終更新:2011年07月14日 14:18
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