花火と浴衣・裏側3

次に目を覚ました時、時間は既に昼近くだった。

「……もうお昼か」

寝起きのぼんやりとした頭のまま一人呟く。

「結局、学校サボっちゃったなぁ……」

しばらく、寝起きの状態のままでぼんやりしていたが、携帯電話が振動している音に気づき、体勢を変え携帯電話を手に取る。
どうやら、今の振動はメールが来たことを知らせる振動だったらしい。
携帯電話を開きメールをチェックすると、北山から病気になったのか、大丈夫なのかといった内容のメールが届いていた。
他にも昨日のメンツから同じような内容のメールが届いていた。
その中には、もちろん長井からのメールもあった。

「……あぅ」

長井のメールを見ると、昨日の事を思い出してしまう。
昨日、僕……アイツに告白されたんだよな。
今日の午後六時に近所の公園……か。
午後六時まで約六時間。

「……よし」

メールの返信(昨日の連絡無しの謝罪も含め)を打ち、立ち上がる。

「んうぅ~っ!」

大きく伸びをし、自室から居間へ移動する。
居間には母さんがいた。

「あら、お目覚め?」
「ん、おはよ……」
「どっちかというと、おはようじゃなくて、おそようね」
「おそようって、なんか変だよ」
「まあ、いいじゃないの。お昼ご飯食べる?」
「うん、食べる」
「じゃ、まずはお風呂に入ってきなさい。沸かしてあるから」

母さんが風呂場に続く扉に指をさす。

「ん、わかった」

まだ頭に眠気がこびりついているので、それを落とすには丁度いい。

「タオルと着替えは用意しとくから、すぐ入りな」
「わかった、よろしくね」

母さんの言葉に甘え、手ぶらで脱衣所に入る。

「あ、そういえば昨日のままだっけ……」

服を脱ごうとし、浴衣である事に気がつく。
まいったな。浴衣は着せてもらってたから、上手く脱げるかどうか自信はない。
ま、やってみるか。
えっと、まずは帯をほどいて……くっ、おかしいな、ほどけない。
こっちをここに通せば……余計こんがらがったような気がする。
なら、これをここに…………あ、もう駄目だ。自力じゃほどけないわ、これ。

「なんか、妙に疲れた」

あの後、僕は一旦脱衣所から居間に戻り、母さんに浴衣を脱がしてもらった。
相変わらずの早脱がしだった。

「シャワー浴びるだけなのに、服脱ぐだけで親の手借りるなんて……」

しかも、脱衣所まで全裸のまま戻った。
母さんの他に人がいないから困りはしなかったが、傍から見たらアホすぎる絵ヅラだ。

「はあ……」

僕はシャワーを浴びながら、ため息をつく。
なんか、昨日からペースが狂い気味になっている気がする。
自分の体が女の子になっているのに慣れてないせいなのだろうか。
女の子に……そういえば、今の僕って体は女の子なんだよな。
……昨日まで男だった身として、そしてまだ心まで女になりきれない身としては、自分の体とはいえ女の子のものであるこの体に興味がある。
……いやいや、おかしいだろ。自分の体に欲情なんて。
……いやいや、おかしくないさ。僕はまだ心は男なんだ。そして僕は女の子の体なんだ。年頃なら欲情するさ。
……いやいや、おかしいだろ。
……いやいや、おかしくないって。
僕の頭の中では、こんな具合で二つの考えが競いあっていた。

「落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕…………」

僕の心の中の助平心を静めようと、まるで自己暗示をかけるかのように何度も落ち着くように呟き続ける。

「落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕。落ち着け僕…………ふう」

そのせいあってか、なんとか助平心を抑える事ができた。

「……早く、頭と体洗っちゃおう」

落ち着いたけど、どこか虚しい気分になりながら頭を洗い始める。



「もう、随分長かったわね」

シャワーを浴びて風呂場から戻ってくると、母さんはやや不満そうな口調で出迎えてくれた。時計を見ると、風呂場に行ってから三十分以上経っていた。
確かにこれはちょっと時間がかかりすぎたかも。

「あ、う、うん」

でも、言えない。長引いた理由が体を洗う時にうっかり鏡で自分の体を見て軽くパニくって、その後も自分の体を意識しまくって上手く洗えなかったから、なんて言えるはずがない。

むしろ忘れたい。今すぐにでも記憶から消し去りたい。

「まあ、昨日変わったばかりだから仕方ないわよ」

母さんがにこやかな笑顔を浮かべながら言う。
いやさ、そう言われても僕自身にとってはそう簡単に割り切れる話じゃなくて……ん?

「あのさ、僕……今考えてた事口に出してた?」
「いいえ。ただ、考える事がわかるだけよ」
「サラっと読心術使わないでよ!」
「いやいや、そういう訳じゃないわよ。私も昔、同じような感じだったから」
「え? 同じような感じって……」
「私も元男なのよ」
「えええっ!?」

割と衝撃の新事実だった。

「あら、言ってなかったかしら?」
「は、初耳だよ!」
「そうだったかしら……まあ、いいわ。そんな事よりお昼ご飯にしましょ」

僕にとっては衝撃の真実でも、母さんにとってはお昼ご飯よりもどうでもいい事のようだ。
母さんがそれでいいなら、僕が口出しするような事でもないけどね。

「そういえば、お昼ご飯って何?」
「ん、これよ」

そう言って僕の目の前に出された物……それは、めんつゆの入ったお椀だった。
そして、テーブルの中央にはそうめんが、まるで山のようにうず高く積まさっている。

「たくさんあるから、どんどん食べなさい」
「か、母さん……ちょっと、いやだいぶ量多くない?」

僕、まだ起きてから一時間経ってないんだけど。
息子……じゃなくて、娘の胃袋を過信しすぎじゃない?

「大丈夫よ。私も食べるから」
「って言っても、二人だけでこれは……」
「私、これぐらいなら普通に食べれるわよ」
「え……ええ~?」

今日一日で僕の知らない母さんを知る事が出来たけど、なんでだろう……知らないままでいたかった。
ちなみに僕は七口くらいで終了。残りは本当に母さんが全部食べた。



現在時刻、午後五時四十分。
そろそろ約束の時間だ。
ちょっと早いけど、そろそろ行くか。

「ちょっと出かけてくる。晩御飯までには帰ってくるから」
「頑張ってらっしゃい」
「それじゃ行ってきます」

母さんはにやけた顔で僕を送り出した。
あの顔は出かける理由をわかっている顔だ。
人の気も知らず知らずに楽しんでるな。

ちなみに今、僕が着ている服はウチの高校の女子制服である。
母さん曰く

「出かけるなら、ついでに着心地を試してみなさい」

との事で、つい五分程前に半ば無理矢理着せられた。
これから、告白の返事をしに行く娘に言うとは思えない台詞だ。

「まったく……これだから、母さんは父さんに『デリカシーがない』なんて言われるんだよ」

スカートの頼りない感覚に不安を抱きながら、一人愚痴を言いつつ公園に向かう。



公園には十分で到着した。

「あと十分くらいあるかな」

腕時計を見、現在の時間を確認する。
アイツを待たせるのも悪い気がするので早めに来たが、アイツはまだいなかった。

「ま、すぐに来るだろ」

立ちっ放しなのも落ち着かないので、近くのベンチに座る。
思いがけず空き時間が出来た。
それをただボンヤリと過ごすのももったいないので、心の準備をすることにした。
もちろん、出かける少し前に家でも準備はしてきたが、やはりその場所に着くと心臓の鼓動は嫌が応にも早まる。
目を閉じ、胸に手を当て、一定のリズムを保った呼吸を行う。
そうする事で心臓の鼓動は次第に通常通りのリズムに戻っていき、心も少し落ち着く。
目を開き、一度大きく深呼吸をする。
……よし、大丈夫。
再び腕時計に目を動かす。
そろそろ時間だ。
もう来る頃かな、と思い公園の入口の方に視線を移すと、ちょうど長井が到着したところだった。
長井は僕の姿を見るなり、慌てた様子を走り近づいてきた。

「すいません、待たせてしまいましたか?」
「ううん、ついさっき着いたばかり」

僕が来たばかりと言うと、長井はあからさまに安心したような表情になった。
まあ、十分も待ってないし来たばかりって事でいいよね。

「あの、それで、昨日の返事なんだけど……」
「!」

今回の本題・告白の話を切り出すと、長井の表情が引き締まった。

「僕は……」
「……はい」

大丈夫、僕は落ち着いている。
言うんだ、しっかりと返事するんだ。

「告白、嬉しかったです」

僕を見る長井の顔を見返し、ハキリと告げる。

「でも、ごめんなさい。今の僕は君をそういう対象として見れない」

ハッキリと告げた。
ハッキリと、断った。
これが僕の結論。
さっきのお風呂でも実感したが、いくら体は女の子でも心はまだ男。
だから、今の僕は例えどんな男に告白されようとも、相手は男である限り断るだろう。
僕の心が男である限り……。

一瞬の後に長井の顔が強張り、次に今にも泣き出しそうな笑顔に変わった。

「やっぱり駄目か……わかってた。俺とあなたじゃ釣り合わないって……わかってたんだ」

長井の顔が歪む。
こぼれる涙を押し止めようとしているのか。

「ち、違……そういう意味じゃなくて」
「いいんです。無理に否定しようとしなくても……俺なんて」

誰の目から見ても明らかな程、落ち込んだ長井。
そんな長井を見て、僕はどうしようもなくいたたまれなくなった。
自分が長井をあの状況に追いこんだにも等しいのだから、尚更だ。
僕はなんとかしなきゃいけないと思い、考え、全てを打ち明ける覚悟を決めた。
もう限界だ。
僕には、これ以上隠し通す事は出来ない。

「な、長井……僕は長井と付き合えないやむを得ない理由があるんだ」
「やむを得ない……理由?」
「僕の正体だよ」
「正体?」
「うん、正体」
「正体っていったい……」

混乱している様子の長井に、とっておきのヒントを出す事にした。

「七夕……昨日、一緒に花火大会行く予定だったのに約束守れなくてゴメン…………これでわかるかな?」

聞くまでもなかった。
彼の表情が全てを物語っていた。

「な、あっ、まさかっ……!」

僕を指さし、口をパクパクと開閉させている。

「うん、僕だよ、長井」
「ま、マジかよおおおぉぉ……!」

長井は膝の力が抜けたように崩れ落ち、地面に四つん這いとなった。

「えーとさ、そう言う訳だから付き合えな……」
「断る!」

長井は僕が言い終わる前に返事を返してきた。
力強い拒否の言葉であった。

「断るって……?」
「もちろん、お前が俺と付き合えないと言ったのを断ると言ったんだ」

告白をし、交際を断られたのを断るとはなんとも無茶苦茶な。

「お前はさっき言ったよな。『今の僕は君をそういう対象として見れない』って」
「う、うん」
「それって、つまり今のお前じゃなきゃチャンスはあるって事だよな」
「そ、それはそうだけど」
「それってさ、明日以降のお前だったら告白受けてくれるかもしれないって事になるだろ!」
「あ、明日はさすがに有り得ないけどね……」
「つまり、俺が言いたいのは『俺は諦めない』って事だ。じゃ、またな!」
「あ、ちょ……行っちゃった」

僕が呼び止める間もなく、長井は走り去って行ってしまった。
なんだか、言いたい事を言い逃げされた気分。
それにしても、諦めない……か。
明日から大変な事になりそうだ。
そんな風に思った僕であったが、考えとは裏腹に何故か顔に笑みが浮かんだ。
何故、笑みが顔に浮かんだのか。理由はわからなかった。



それから、数週間。
僕の心配は杞憂に終わったらしく、長井はあれから目立ったアプローチを仕掛けてくる事もなく、一学期の終業式の日を迎えた。
終業式もアッと言う間に終わり、放課後となった。

「さてと……」

鞄を持ち、玄関へ向かう。
早く帰ってノンビリしようっと。

「よう」
「あ、長井」

玄関で長井と鉢合わせた。

「どうしたの? 誰か待ってんの?」

僕が聞くと、長井は無言で制服のポケットから小さな紙切れを取り出し、僕に手渡してきた。

「これ……」
「これって、映画のチケット?」
「た、たまには二人で映画でも見に行かないかと思ってさ……も、もしOKなら明日の朝十時に駅前で……待ってるから。んじゃな!」

長井はたどたどしい早口で僕に告げると、逃げるかのように足早に去っていった。

「映画かあ……」

長井から渡されたチケットに再び視線を移す。
内容は話題となっているアクション物。
ここでアクション物を選ぶチョイスがアイツらしいというか……。

「なーに、一人でニヤニヤしてんの?」
「うひゃあぁ!? き、き、北山か。ビックリさせないでよ!」

後ろから声をかけてきたのは北山だった。

「あのねえ、私は普通に声をかけただけ……ん?」
「な、なにさ」
「何持ってんの?」
「こ、これは……」
「どれどれ、ちょーっと貸してみなさい……っと」

言うが早く、北山は僕の手からチケットを取り上げた。

「あっ!?」
「映画のチケットか。でもなんでこれ持って一人でニヤけて……いや待てよ」

北山が何か考えている隙にチケットを取り戻し、下駄箱から靴を出す。

「さては男だな」

僕は靴を履き変えながらも、北山の鋭さにドキッとした。
長井だから確かに男だけどさ。

「ちっ、違うよ!」
「隠すな、隠すな。ま、相手は聞かないでおいてあげるわ」
「だから違うんだってばー!」
「それでどう思ってんの?」
「ど、どうって?」
「決まってんでしょ、ソイツが好きなの?」
「そんな訳……」
「あ、顔が赤くなった……それが答えって訳ね」
「しっ、知らないっ! もう帰る!」

僕はこれ以上、北山に赤くなった顔を見られたくなかったので、全速力で走って逃げた。

「あっ、言っちゃった。やれやれ、ちょっとイジりすぎたかしら」

ちなみにこの後、北山から『さっきはイジりすぎたわ、ゴメン。デート頑張ってね~』というようなメールが届いた。
デ、デートとかじゃないし!
てか、謝るなら最初からイジらないでよ、馬鹿ぁ!





花火と浴衣・裏側3 おわり】


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最終更新:2011年09月22日 12:10
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