『声を聴かせて』~第二章~

燦々と照り付ける太陽が川面にキラキラと輝き、俺はその川面に穴を開ける。
水しぶきが上がって、俺は獲物を魚籠に入れる。

ガサガサという音が背後に響き、そこから現れる小さな影……
オイオイ、そんな笑顔で手を振られてもなんだかなぁ……

コイツは葉月って名前らしい。
女みたいな名前だけど、実際は男。意外と筋肉質のイイ身体してるんだ。

葉月が居着いてから……というか、事故に遭ってからもう2年が過ぎた。
その間俺はコイツに寝床と食事を与え、共に生活をしている。
どういう事か、事故の処理にくる人間はいなかった。
3日、現場で待ち続けても来なかったのだ。

葉月の言葉は還る事は無かった。
親が目の前で死んだんだ。当たり前かもしれないが、あまりにも酷いだろう。
大好きな歌を唄う事も赦されず、こんな地に放り出されてしまったのだ。

不幸中の幸い、という言葉が正しいかはわからない。
けれど、俺がこの島にはいる。
小さな島だけど、食うに足る食料はあるし、何より俺が久しぶりに会う人を放っておける訳が無いのだ。



ちょうど1年くらい経った頃だろうか。葉月は、狩りに着いてくるようになった。
森を駆け、海を駆け、それはまるでアイガモの親子のように。
そして、生活する術を吸収していった。……けど、何故か料理はからっきしだった。

「おわっ!? だから違うって! これは……こう。今みたいにやると手が危ないから、な?」

……言った傍からこれだ。
全く、先が思いやられる。

……何だかこんな話ばかりだと俺が大変な思いをしてばかりだと思われてしまうかもしれない。
でも、それは間違いなのだ。
実際は、俺の方が助けられている。これだけは、間違いない。

人の住まない孤島、そこでの生活は独りで、辛く、寂しいものだった。
今となっては自分の庭のような島も、何処にも人はいない。

……けど、彼は来た。たとえ、どんなカタチであっても。
そして俺は独りではなくなった。
虚空に消える独り言ではなく、話を聞いてくれる相手ができたのだ。

そして何より、彼はよく笑った。
朝日を見る。ご飯を食べる。新しい事を識る。月を見る。星を見る。
笑うのだ。眉尻を下げて、目を細めて、優しく、優しく―――
そして、葉月の笑顔につられて笑う、俺がいた。
一緒にいて、優しい気持ちになるなんて初めての経験だ。
俺は与えてばかりいた訳ではなく、与えられてもいたのだ。


―――コンコンッ

葉月が俺を呼ぶ音。木の棒を、打ち合わせる音。
声を失った彼の、唯一の伝達手段だ。たいていは、ごはんが出来上がった時。
………といっても、焼き上がりを見ているだけだけど。

今日は魚と山菜の蒸し焼き。
名前も知らない木の大きな葉っぱで、名前も知らない魚や山菜を包んで、火にかけたもの。

食える山菜を見分けるまでは大変だった。
キノコは特に。何度も腹を壊したし、死にかけた事もある。
でも、だからこそそれが今に活きて、俺達の糧となっている。

「いただきますっ!」

俺の声が響く。葉月も、同じく口を動かす。
手を合わせ、親指で箸を挟むポーズもいつの間にか真似されている。
なんだかそれが可愛くて、俺もつられて笑顔になる。
「うまいな!」と言うと、葉月も笑顔で頷く。それが何よりも嬉しくて、また笑顔になった。



とある三日月の夜。やけに明るい夜だった。俺と葉月は、浜辺まで出掛けた。
砂浜に二人で寝そべって、呆と空を見上げた。満天の星空というのは、こういうことなんだろう。
果てしなく綺麗で、底知れなくて、どことなく恐ろしい……世界には俺独りだという風に考えてしまう。
独りの恐怖。喋る相手が、感情を表す対象がいないという恐怖。
果ての無い宇宙をさ迷うように、自分が生きているという証を見つけられない世界。
寒くなんかないのに、寒気がした。葉月が、幻だったりしたら―――

不安を拭うように横を向くと、葉月と目があった。
同じような事を考えていたのだろうか、それとも両親の事を思い出していたのだろうか。
彼は目を潤ませ、そっと俺の腕を取った。
人のソレではないような、毛むくじゃらの腕。ゴツゴツして、傷だらけの腕。
それを彼のしなやかな指先が、擽るように撫でて、絡まった。
上手く表現は出来そうに無い。朧がかる頭の片隅にある懐かしい記憶。
『人に触れる』という事は、存在を確かめるという事なんだと気付かされる。

俺の手の平に、葉月が頭を乗せた。
温かくて、少し重くて、髪が指に絡まる。ただそれだけの事なのに、ひどく安心して、とても心地良かった。
俺はやんわりと微笑む葉月の頭を撫で、もう一度空を見上げた。
夜空があまり好きではない俺だけど、葉月と一緒なら好きになれる。そう思った。

「綺麗だな…」

一人言のように呟くと、葉月は頭を退けて、俺の手を握った。
ゆっくりと、優しく握られる感触。

「綺麗だね…」

そう、聞こえた気がした。







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最終更新:2008年07月21日 20:27
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