『声を聴かせて』~第四章~

指切りの約束から幾らかの月日が流れて、それでも俺と葉月の生活はなんら変わりは無かった。
変わった事と言ったら、葉月が髪を切らなくなった事くらいだ。
以前は短く切り揃えていたのに、葉月はそれを拒むようになったのだ。
今ではもう、肩甲骨に届かんばかりに伸びている。欝陶しくはないのだろうか?

葉月の声は、未だ戻らない。
すっかり元気を取り戻して、もう俺がいなくても島中を歩き回れるくらいだというのに。

やはりあの丘へ葬った両親の事を、どこか引きずっているんだろうか?
だとしたら、この島にいる限り、葉月に安息は訪れないのだろうか。

隣に眠る葉月を起こさないように外に出て、星空を見上げる。
あの幾千幾億の星々のどれかが葉月の両親なのだろう。
俺はそのまま座り、暫く星空を眺めていた。

「ねぇ、早くこっちにきて…」

誰の声だろう? 誰が俺に話し掛けてるんだ?
声のする方は、霧がかって霞んでいる。
自分の手先も覆われるような視界の中、俺は声だけを辿って走った。

「こっちだよ、はやくぅ…」

瞬間、微かに見える黒い影。
俺は手を伸ばし、それに触れた。

辺り一面を覆っていた霧は晴れ、現れたのは久しく見ない、人…
女性が、微笑んでいる。
困惑するしか出来ない俺に、女は言った。

「……もうすぐ、逢えるよ」

何の事だかわからない。
でも何だか、見たことのあるような笑みだ。

女はそのまま踵を反し、深い霧の奥へと消えていく。
彼女が一歩踏み出す度、霧は濃くなる。
追い掛けたくとも体は動かず、問い掛けたくても声が出ない。
霧は段々と濃く、深くなっていき、遂に視界から女は消え―――

蒼い、空が広がっていた。
そうか、空を見たまま寝てしまったのか。
俺は背中の土を掃うと、川へと下りた。
葉月が採って来たらしい山菜を洗っている。

「おはよ、採って来てくれたのか?」

葉月は立ち上がり、振り返って言葉の代わりに笑顔で応えた。
俺も笑顔で応え、顔を洗うと、隣で葉月は髪を洗い始めた。
葉月の髪は少し癖のついた直毛で、光に透かすと赤く見える。
そういえば、夢の中の女も似たような―――
ないない、変な事考えるのは止そう。葉月が変な事ばっか言うから考えちまうだけだ。
ブンブンと頭を振ってその思考を振り飛ばすと、頭から水を被った。
葉月は俺を見て、はしゃぎながら髪の水気を抜いていた。

今日も焼け付くような太陽が惜しみなくその力を差し込む。
俺は頭をガシガシと掻いて気合いを入れるのだった。

「葉月、そういえばなんで"お嫁さん"なんだ? 葉月は男が好きなのか?」



……俺はデリカシーがないらしい。葉月にひっぱたかれた。
デリカシーってなんだろ。旨いのかな?
まぁそれはさておき、葉月がご機嫌ななめのようですよ。
ほっぺを膨らませたまま、ジト目攻撃が始まったりね。

で、決めた。貢ぎ物で機嫌を取る。んでしっかり謝る。
……ということで、俺は浜辺に向かって歩き出した。


目的のモノを見つけた頃には、大分陽が傾いていた。
目的は、珊瑚の欠片。以前見つけたモノは、墓に供えてある。
まだ葉月には見せたことがない、俺の両親の墓。一応俺なりに考えて決めた。
無事仲直り出来たら、明日は葉月に両親を紹介するんだ。

―――でもまぁ、そううまくはいかないものらしく、食糧を調達して帰る頃には暗くなっていた、と。
火の側には葉月が食べたらしい魚の骨が残ってて、本人はもう寝てた。ちょっと涙が出た。



葉月の笑顔が見れないのがこんなに辛いなんて思わなかった。
まぁ自業自得なんだけど。
そんなこんなで肩を落としながら、俺は捕って来た鳥の血抜きをして夕食の準備をする。
鳥は明日のために取っておいて、蒸した山菜と保存用の肉で終了。と、思いきや。
魚籠には魚が残っていた。平石には『食べて』との書き置き。
またちょっと涙が出て、それがまた妙に美味くて、心まで温まった。

満足しながら床につこうとした時だった。
何気なく撫でた葉月の頭がやけに熱い。
顔も赤く、息も荒くなっている。
普通なら風邪だと思うのだが、あまりの高熱に俺は狼狽した。
水を汲み、ボロボロの布切れを濡らして額に乗せてもすぐに温まってしまう。
苦悶の表情を浮かべる葉月の手が、何かを求めるように宙をさ迷う。
こんな時、何も葉月を苦しめなくてもいいじゃないか。
俺は葉月の手を取り、必死で葉月に呼び掛ける。

「葉月っ! おい葉月ぃっ!!」

洞窟に虚しくこだまするのも気にせず、俺は呼び続けた。
―――そして、俺は目を疑ったんだ。
葉月の手が、肩が、身体が、縮んでゆく―――
しなやかな筋肉は見る間に衰え、男らしい骨格が、筋張った身体が丸みを帯びてゆく。
髪は更に伸び、それは既に身長と変わらない程の長さになっていた。
―――俺はまた、夢でも見ているのだろうか?
そう思える程、不可思議な現象。
目の前で、有り得ない事が起こっていた。










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最終更新:2008年07月21日 20:28
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