いつもは翼と帰っている俺だが、今日は久々に一人で帰ることになった。
翼の家と俺の家は結構近くにあり、途中の道まで一緒に帰ることができる。
先程まで降っていた雨もいつの間にか上がり、漆黒の闇とともに薄い靄がかかっていた。
雨上がりかつ日が落ちてきているのせいなのだろう。気温が日中より低くなっている。
よく汗を拭いていなかった俺は、ひんやりする外気に少しばかり体温が奪われ始めていた。
「早く帰らないと・・・」
俺はさっさと自転車に乗り、約20分の道のりを一人で駆け抜けていった。
少しばかりの微風が俺の体に心地よく当たる。
いつもは翼とのんびり談笑しながら帰宅の途についているのだが、今日はペダルを漕ぐ足にいつも以上に力が入っている。
「結構早く着くもんなんだな。」
いつもは20分かかる道のりを、今日は10分で走破してしまった。
多分時間はまだ6時30分前だろう。
平日にこんなに早く帰ってくるのは久しぶりだ。
自転車をいつもの場所に置き、俺は玄関のドアを開けた。
玄関を開けると、香ばしい匂いが家の中に漂っていた。
この匂いは、俺の大好きなカレーだ。
「今日カレー?」
「そうだよ。」
台所に立っている母親に聞いてみる。
コンロでぐつぐつ煮ているもの、それはまさしくカレーであった。
「そういえば、あんたちゃんと持ってきたんでしょうね?」
母親からの一言。俺ははっと気付く。
「あ、学校に忘れてきた・・・」
「早く取りに行きなさい!明日まででしょ。」
顎で早く行けと合図を出す。
「あ、ついでに牛乳2本買ってきて!」
学校が施錠されるのは7時前後だ。俺は汗でびしょびしょになったTシャツを取替え、少し休んでから学校へ向かった。
「飛ばせば・・・10分で着く!」
時刻は6時50分。急いで学校へ向かった。
「どうした、大前?」
「ちょっと忘れ物しちゃって・・・」
昇降口のドアを開けようとしたが、昇降口はすでに鍵がかかっていた。職員室にはまだ光がともっている。
俺は職員用玄関から入り、残っていた高幡先生に事情を話した。
職員室には高幡先生しか残っておらず、そろそろ学校の施錠確認に行こうとしているだった。
「それじゃ2-2に行くんだったら、窓の鍵とか見ておいて。」
職員室を出る際、先生にこう言われた。
俺は分かりました、と一言残して教室へ向かった。
「ええっと・・・あったあった。」
色々なものが乱雑に詰め込んである机を入念に探し、目的のモノは見つかった。
くしゃくしゃになっているが、明日までに提出しないといけない重要なプリントだ。
重要なものでもあるのに関わらず、ぐしゃぐしゃにしてしまうのはよくあること。
誰かしら一度は経験しているはずだ。
俺はついでにと、自分の机の中とひどいことになっているロッカーを整理した。
「これでいいかな?」
10分くらいそいつらと格闘し、何とか片付けることができた。
綺麗になった机、ロッカーを見るのは清々しい。
どうせ1週間くらいで元に戻ってしまうということはよくあること。ご愛嬌だ。
一息ついて、職員室へと戻った。
「そういえば、翼・・・いや、鳥山はどうしたんですか?」
俺は少し気にかかっていたことを先生に聞いた。
先生は缶コーヒーを飲みながら答える。
「いや、教室にいたのだけしか知らん。」
「そうですか・・・」
「とりあえず、もう外は暗いから、早く帰りな。」
「はーい。」
さよなら、と軽く会釈をし、俺は駐輪場へ向かった。
「さすがにもう帰ってるんだろうな。」
プリントを入れた手提げバッグを右手に持ちながら、駐輪場への砂利道を歩く。
水気が含まれた砂利は、歩くたびにシャリシャリと小気味よい音をだしていた。
駐輪場の近くに着く。
ふと駐輪場のところに人影が見える。
男と・・・女、こんなところでなにをやっているのだろう?なにやら会話をしている。
俺は少しばかり興味を抱き、抜き足差し足でその場所へと近づいていった。
「誰と・・・誰だ?」
柱の影から姿を確認する。
どこか見たことのある後姿、そしてショートカットの女性・・・
俺はよく目を凝らし、正確に姿を判別しようとした。
視力のいい俺でも、薄暗い駐輪場に加え、あまり近くもない位置からの目視。
そのもどかしさに少し苛立ってきた。
「もう少しで分かるのに・・・」
俺は好奇心に誘われて、さらにその人物のいる場所に近づいていった。
「これで・・・見える・・・!」
姿を確認した今、驚きを隠せない俺がそこにいた。
そこにいた人は・・・翼とつつじであった。
幼馴染であるので、二人が一緒にいることに関しては不思議には思わなかったが、なぜかつつじが泣いている。
つつじが泣くなんて、滅多にない。いや、見たことすらない。
ここからでは何を言っているのか確認できないが、なんとなく雰囲気で分かる。
一言二言、彼女は泣きながら翼に何かを言う。
言い終わると、一呼吸置いて翼はつつじを抱きしめた。
たとえ幼馴染とはいえ、これはどう考えても見てはいけない光景だ。
いつまで経ってもなかなか二人の抱擁は終わらない。
俺はなかなかその場から動くことができなかった。
5分くらい経ったのだろう。ようやく終わった。
「ふう、やっと帰れる・・・うわっ!」
それほど間を置かずに、彼らは再び抱き合っていた。
「翼が・・・あんなことするとは・・・」自宅への帰り道、俺は軽く嫉妬をしていた。
異性に対して全く興味のなかったアイツが、つつじを抱きしめるなんて、想像もつかなかった。
嫉妬していると同時、俺は焦りを感じていた。
「つーか、あの様子じゃ翼は女体化しなさそうだったよな・・・」
翼は女体化しない。が、俺はどうなる。
相手がいない。妄想で性行為をするのは簡単だが、現実でやるというのはいきなりは難しい。
ハンドルに腕を置きながら、ぼーっと帰宅の途へ着いた。
「ただいまぁ・・・」
「お帰り。牛乳は?」
「あ・・・忘れた。」
「早く買ってきて!」
帰ってくるやいなや、母親に一喝。
俺の心はさらにへこんだ。
(ああ、いやなことって続くもんだな。)
そう思いながら再び自転車に乗り、近所のコンビニへ向かった。
「いらっしゃいませー」
店に入ると、やる気のないあいさつが耳に届く。
店の中を見渡すと店員さんと俺と女性一人の計3人。客の人は中学生っぽい感じだ。
「・・・もしかして・・・おおまえ・・・くん?」
二種類しかない牛乳の品定めをしていると、横から声がかかってきた。先程の女性だが、どこか見覚えがある。
150センチもないだろう、小さな体、そしてポニーテールが目に付く彼女。
・・・そうだ、隣のクラスのさくら、水上さくらだ。
何度か話をしたことはあるが、それほど仲が言い訳ではない。
「大前君、何か買い物?」
彼女は手を後ろに組みながら話しかけてくる。
風呂上りなのだろうか、ほのかにシャンプーの香りが漂ってくる。
あまり仲がいいわけでないのに、妙に気軽に接してくる。
「うん、ちょっと牛乳をね。水上さんは?」
「今日発売の雑誌を買おうと思ってね。家がすぐ上だから。」
店の天井を指差しながら言う。
ここはマンションとなっており、一階にコンビニが併設されている。
水上は、ここのマンションの住人なのだろう。
「雑誌、買ってやるよ。」
水上が代金を払おうとしているところに、牛乳を2本、どかっと置いた。
「お会計はご一緒で?」
店員さんがこう言う。俺は一言、ええと答える。
「ありがと、大前くん。」
「いやいや、大丈夫だよ。」
店を出て、牛乳と一緒に入っていた雑誌を水上に渡す。
俺は自転車のかごに牛乳を置く。
かごは少しばかり雨露に濡れていたが、ビニール袋に包まれているので問題はなかった。
「ねえ、大前君・・・」
「ん?」
「ちょっと・・・私の家に寄っていかない?」
彼女からの意外な一言に、俺は耳を疑った。
最終更新:2008年09月17日 23:11