結局俺は女体化した。
俺の姿を見た母親は泣き崩れ、親父も唇を噛みながら、涙を堪えている。 こんな姿の親父を見るのは初めてだ。
「とりあえず、今日は学校を休みなさい。」
震えた声で母親が言う。 俺自身は悪いことをしていないのだが、両親の様子を見て少し気が重くなる。
いや、女体化したこと自体、やってはいけないことだったのかもしれない。
一人では歩くことのできない母は、親父が支えとなりながらゆっくりと歩き出す。
昔はすごく大きいと思っていた親父の背中も、いつの間にか小さく見えた。
言葉では言い表せないこの気持ち。 胸の奥が強く締め付けられた。
その日から、俺と親父の関係がぎくしゃくし始めた。
そのギクシャクした関係は、高校に入学してから、そして大学に進学してからも続いた。
互いに昔のように戻りたいと願っているはず。 だが、そのきっかけがなかなか掴めずにいた。
大学は実家から離れた場所にあり、俺は一人暮らしすることになる。
上京当日、駅のホームで母親は心配そうに見送ってくれる。
「女の子一人で大丈夫なの?」と当日まで心配してくれた。 まったく、心配性な母親だ。
親父は相変わらず無口で、ただ俺のことを見つめているだけであった。「風邪引くなよ。」
この一言だけで終わり。 もう少し、何かあるのかと期待していたのだが、これ以上は何もなく。
発車を知らせるベルが鳴り響く。
母親は少しだけ目を赤くしていた。
「行ってきます。」とニコっと笑顔で返す。
母親も顔をしわくちゃにしながら明るい笑顔で返す。 そう、ウチの母はこうでなくっちゃ。
「それじゃ・・・親父・・・」
「・・・・・・ろよ・・・」
親父の口元が動いたのがはっきりと分かった。 だが電車のドアは無情にも閉まる。
完全に閉まりきったドアに体を貼り付け、当分見ないであろう両親の姿を目に焼き付ける。
母親は完全に泣いており、親父は下を向いてしまっている。
その姿を見た俺も、少しばかり目が潤んでしまう。
溢れ出そうな涙を堪え席に着く。
離れていく故郷、離れていく家族。 期待と不安が入り混じる東京での生活。
俺を乗せた電車は、足早に東京へと向かった。
東京に来てから2年が経ち、こちらの生活にも慣れてきた。
最初の頃は「一人暮らしおもしれぇwwwwwww」とか思っていたのだが、日が経つにつれて、実家に帰りたいという願望が強くなってきた。
それは何故か?
色々あるが、大きなファクターとして言えることは、家事系全般が面倒なのだ。
女性であるとはいえ、俺は元男だ。 昔からこういったことが嫌いな俺にとって、家事系をこなすことは苦痛でしかなかった。
でも、自由な時間が限りなく大きいので、こちらでの生活も悪くはないのだが・・・。
冷え込みが厳しくなってきた12月後半。 道行く人の歩く速度が速くなってくる季節。
地元にいた頃は「東京なんか寒くないだろw」とタカをくくっていたのだが、来てみると思ったより寒い。
俺も街ゆく人と同じ速度で家路を急いでいる。
「今日は何にすっかなぁ?」
アパートに着き、夕飯の準備をしようとした時、机に置いてある携帯電話が鳴り響いた。けたたましく鳴り響くそれを手に取り、誰からだろうと確認をする。
「母さんからか・・・」
久々の母親からの電話。 少し取るのに手間取ってしまった。
「もしもし・・・」
「もしもし? 元気してた? こっちはもう雪降ってるわよ!」
俺の消え入りそうな声とは対照的に、寒空を吹き飛ばしそうなぐらい元気な声が聞こえてきた。
その声を聞いた俺は、なんだか安心する。 自然と笑顔が綻んだ。
他愛もない話もそこそこに、母親は本題を切りだす。
「ねぇ、あんたに成人式の招待状が来てるんだけどさ? 来るの?」 成人式・・・ そういえばもう俺も20歳になってるんだったっけ。
しばらく向こうに帰ってないし、懐かしい友達にも会いたいし。
その答えを出すのに、時間はかからなかった。
雪が降りしきる成人式前日。 俺は田舎へ帰る電車に揺られていた。
久々に会える同級生たちとの再会も去ることながら、色々なことを胸に秘め帰省する。
次第に田畑が多くなっていく車窓。 故郷が近づいてきていることが実感できる。
――――――――――――――――
「ただいま!」
懐かしい実家の玄関。 無邪気な子供のように、少しはしゃぎながら玄関を跨いだ。
「お帰り! ・・・ってあらぁ、髪短く切っちゃってぇ~」
背中まで伸ばしていた髪をバッサリと切り、ボーイッシュな髪型にした俺。 今まで長い髪しか見てこなかった母親にとって、それは新鮮な姿であった。
「親父、ただいま!」
居間でテレビを見ていた親父に、元気よく声をかける。 前見た時よりも白髪が増えていたが、相変わらず元気そうな感じだ。
「お帰り・・・」
こちらを振り向きもせず、テレビを見続ける。 恥ずかしがっているのだろうか。
俺はニコニコしながら親父の傍に寄って行き、手に持っていた紙袋から長方形の箱を取り出す。
「親父、これ一緒に飲もうな。」
俺が手に取ったのは、親父が好きな日本酒。 親父は目を大きく見開かせ、酒と俺のことを交互に見た。
呆気にとられたような感じ。 何が起きたのかいまいち分かっていなかったのだろう。
すると突然、親父が泣き出した。 別人のような俺の姿を見てなのか、成長した息・・・娘の姿を見てなのか。
でもこの際どっちでもいい。 いや、なんだっていいんだ。
その晩、俺と親父は酌を交わした。
コンパとかで飲みはするものの、好んで酒を飲まない俺だが、今日は何杯でも行けた。
親父も顔を赤らめながら、楽しそうに飲んでいた。 こんな親父を見るのは初めてだ。
すごく厳格な親父というイメージが、良い意味で崩れ落ちた。
やっぱり、親父ってのは自分のことを思ってくれてるんだなって。
そう思った成人式前の夜であった。
最終更新:2008年08月09日 22:59