前編
「でもやっぱり隣に座るのは気が引けるんですよ」
「そうそう、なんかいやと言うか座るぐらいならむしろ立っとくしっていうか」
「あー、わかるなあ。こう、なんか席は一人で座りたいっていうか、くつろぎたいよね」
がたんがたんと規則正しく揺れる電車に乗って、俺達は席が微妙に余ってる電車に乗ったときどうするかという話で盛り上がっている。
傍から見れば和気藹々と話すイマドキノオンナノコとして見られるだろうが、元々は三人とも男だ。
ついでに言うと俺は他の二人と面識が無い。
事の起こりは数時間前になる……
周囲に茂るススキを眺めながら、俺は電車を待っていた。
足元には衣類と食料、それに本が数冊入ったバッグ。孤独な小旅行である。
陽をさえぎる屋根も無いド田舎の駅では、時間の流れが遅くなっていると肌で感じていた。
腕に巻いた安物の時計は午前9時半を少し回ったことを示し、もうすぐ電車が到着する時間だということを思い出させる。
何で小旅行なんぞしようとしているのかは、一種の逃避だということだけ伝えておく。
線路の先を見ると、地平線の彼方から近づく電車が見えた。椅子に座れればいいが。
まあ平日だし、通勤の人も少ないだろうし、多分座れるだろう。
考えているうちに電車はゆっくりとホームに止まり、続いて扉が開いた。
バッグを持ってさっさと乗り込み、空いている席を探す。
混んではいないのだが、どの席も一人だけが座っている。
隣に座るというのもなんだか億劫で、空いている席を探すことにした。
もっとも、いつも電車を利用する際はこんな感じなのだが。
それほど時間はかからず、誰もいない席が見つかった。
運良くというかなんというか、連結部に近い対面式のシートが空いていたため、そこに座る。
反対の席には女二人が座っているが、見た目おとなしそうだから多分静かにすごせるだろう。
窓際の席に腰掛け、一息つく。がたんがたんと規則的な揺れを感じながら、少し目をつぶった。
~~お降りの方は、足元にご注意ください。
車掌のアナウンスで目がさめる。疲れてはいないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
窓の外を見ると、ちらほらと民家が見え始めている。
しかし、俺の焦点は、景色ではなく、自分の顔を見つめていた。
少しつり気味の目に、固く結んだ薄い唇。
ふっくらとした輪郭は角ばった印象がまるで無く、肩まで伸ばした髪は綺麗に黒く染まっている。
50人中49人は確実に女だと思うだろう。
しかしこれでも元は男だ。
女体化現象はいまや世間に認知され始めた現象だが、その発生条件である「15,6歳までに異性との性交渉が無い者」に見事に引っかかり、つい先日、俺は女になった。
以前から女になりそうとか言われていたが、かといって女と付き合って、あまつさえ童貞捨てようなんて、夢ですら叶わぬことだった。
そして結局女になり、大体2日ぐらいが経過している。
幸い一人暮らしだし、今は学校が長期休暇に入っているため、それほど困ることは無かった。
誰かに知られたら確実にからかわれると思った俺は、女になった当日一日中寝ていた。
これは夢だと思い込んだ。夢じゃないと恥ずかしすぎて精神がもたない。
しかし結局事実は変わらず、俺の身体は女のままだった。
もう諦めて受け入れるしかない、だがこのままではすっぱり認める事ができない。
その結果が「電車で知り合いの居ないどっか遠くに旅行に行こう」というある意味傷心旅行的なものだった。
温泉でも行くか、と思いバッグから近県の旅行雑誌を取り出す。
こういった旅行は初めてで、結構心が躍っている気分になっている、もちろん自暴自棄で。
「しかし、これからどうしよう…」
先のことを考えてため息が出る。
「ていうか女ってどんな生活してんだろう」
ああ、確かに全く分からんなあ。
「特に服装関係だよなあ、ブラとか買わないといけねえし」
まあ、俺は小さいから助かったけど。
「こんなんなら無理してでも彼女作って童貞捨てとくべきだったなあ」
全くだよ……うん?
隣を見ると女二人が喋っている。見たところ高校生ぐらいに見えるが、何か様子に違和感がある。
服装にしても喋り方にしても、どこか男っぽい振る舞いなのだ。それに、
「何で俺ら彼女作ろうとしなかったんだろうな」
「そうだね…」
なんというか、同類のオーラを強く感じた。
最終更新:2008年06月11日 23:42