後編
環境や境遇が似通っていれば話しやすくなるという、ヘタレ独自の理論で隣の二人組に話しかける。
自棄になっている俺にとっては、相手が女だろうが構うことは無い。
「あの、君達、ちょっといいかな」
「あ、す、すいません、話し声大きかったですね、もうちょっと小声で話します」
すぐに慌てて返答したのは、少し大き目のダウンジャケットとジーンズをはき、薄く脱色した髪をポニーテールにした子だった。
目がパッチリとして、どことなく子供っぽい印象を受ける。
「キリヤ、ボリューム下げろ」
「う、ご、ごめんさっちゃん」
「さっちゃんいうな」
びしりとキリヤと呼んだ子の脳天にチョップをかましたのは、奥の窓際に座る子だ。
開けてるかどうか定かでない細目と、腰まで届いているのでは、と思うほど長いストレートの黒髪が印象的だった。
ダッフルコートを着ていたが、下は灰色のカーゴパンツを穿いているらしい。
「あ、いや、声の大きさとかじゃなくてさ」
きょとんとした二人に声を潜めて話す。違ったら恥ずかしいとかいう次元じゃないなあ。
「もしかして、二人とも前は男だった?」
「!!」
あ、固まった。
「ど、どうしてそれおぐ?!」
「お前は少し落ち着け」
お約束のごとく自白するキリヤさん。そして言い終わらない内に首を絞め口にふたをするさっちゃんさん。
なんだろうこの微笑ましさは。
「あー、その、実は俺も同じでね?だからちょっと話でもできたらなーなんて」
なるほど、とキリヤさんを締めたまま納得するさっちゃんさん。
くぐもって聞き取れないが、おそらく離せと言っているキリヤさんは完璧に無視しているらしい。
話しかけたのは果たして良かったのか悪かったのか。
「それじゃ二人は、これから他県の高校に進学する為に、その学校の寮に行く途中だった、と」
荷物とともに席をサイトたちのほうに移動し、自己紹介とこの電車に乗った目的などを聞いてみる。
ポニーテールの子は氏家キリヤ、ロングの髪の子は咲本サイトというらしい。
年齢は15歳。誕生日が同じで、ともに同じ日に女になってしまったらしい。
ちなみに彼(彼女?)等は幼馴染で家が近所であり、いままでずっと同じクラスだったのだという。
男だったときの写真を見せてもらったが、今と同じような雰囲気だった。
というか、どうみてもイケ面です、本当にありがとうございました。
「これでさっちゃん案外抜けてるから、僕がしっかりしないとだめになっちゃうんだよ」
「さっちゃん言うな。あとお前のほうが間抜けだろ、いっつもフォローしてるの俺なんだからな」
「でもさっちゃん、料理とか洗濯とか掃除とか全然できないじゃんか」
「いやそれは、できないんじゃなくてやらねんだっつの。いざとなったらできるよ」
「うっそだー。じゃあこの前のさっちゃん家は何であんな汚かったのさ、いつもは綺麗だったのに」
「いや、だからそれは……」
なんだこの微笑ましい夫婦漫才。
「ま、まあまあ、落ち着いて」
なんだろうこの平和な空気は。一つしか歳違わないはずなのにすごく眩しい。
しかし写真を見せてもらってから、感じるこの気分はなんだろう。
こう、胸の辺りにつっかえているようなこの気分は。
ああ、イケ面だったからだ。
「そういえば、彼女とかできなかったの?二人ともモテそうに見えたんだけど」
「!!」
あ、また固まってる。まさかすごいトラウマになってたりするのか。
「あー、それはー、そのー…」
今までのイメージとは違い口ごもるサイト。
目(開いてるのか分からんが)泳いでるし、すごい地雷踏んだ感が。
「いや、言い難いんなら言わなくっていいから」
これから輝かしい未来を掴む若人を暗い気持ちにさせるのも忍びないし。
「えーと、さっちゃん実は男のとき女性恐怖症で」
言い難いならと思ったのだろう、キリヤが変わりに話し始める。
さすがになんで女性恐怖症になったかなどは申し訳なくて聞けなかった。
「それに結構人見知りで、遠慮しがちっていうか、それでこんなことになったんじゃないかなー、と」
「あー、大変だったんだね…悪いね、言い難いこと聞いて」
「い、いや、今はもう克服できたからいいんです。気にしないでください」
照れているのか少し顔を赤くするさっちゃん。
女でよかった、危うく抱きしめようかってぐらい可愛かった。
「僕は、そうだなー、女の子と付き合おうとかいう気持ちにはなんなかったなあ。さっちゃんいたし」
キリヤの方は予想はついていたが、どうなんだろう。
納得できるんだけど果たしてそれでいいのかという考えがわいてくる。
「いやお前、別に俺がいても彼女とか作ってよかったんだぞ?つか俺よりお前のほうが人気あっただろ」
「ないない。だって誰からも告白されたことないし」
「まあそれは確かにそうだが」
それは多分君達の仲がよすぎたせいではないかと思うのだが、あえて言わないことにした。
「あー、まあ、良く分かったよ。しかし二人ともほんと仲いいね」
「たまに喧嘩はしますけどね、生まれたときから一緒だしなあ」
「そーそー、気付いたときからさっちゃんと一緒だったからなー、仲悪かったら最悪だった」
そりゃあそうだろうなあ。
「そういえば、お姉さん?お兄さんの方がいいかな、どうして女になったの?」
彼等から話聞いて俺が話さないってのもフェアじゃないしな。
しかし話すぐらいの内容があったかどうか。
「えーっと、俺はただ単にモテなかっただけかな」
口にして思ったが、単純明快すぎて死にたくなってくる。
「モテそうに見えるんだけどなー、優しいし」
「ありがとう、キリヤはいい奴だなあ」
頭をなでてやるとえへへーとにっこり笑う。
危なかった。思わず頭ぐしゃぐしゃなで繰り回すところだった。
どうしてこいつ等は元男だというにもかかわらず俺を犯罪者にしようとするのか。
それからは他愛ない話で盛り上がった。
サイトとキリヤが一緒に高校に行く理由や、それぞれの中学時代の思い出。
田舎の電車の本数の少なさに嘆いてみたり、席が微妙に余ってるときはどうするか考えてみたり。
「でもやっぱり隣に座るのは気が引けるんですよ」
「そうそう、なんかいやと言うか座るぐらいならむしろ立っとくしっていうか」
「あー、わかるなあ。こう、なんか席は一人で座りたいっていうか、くつろぎたいよね」
「時たま車掌さんがアナウンスで、座席が空いていますのでお使いください、とか言われた事もあったりするけど」
「アナウンスで言うぐらいだから全部の車両に言ってるんだけど、つい自分が言われたもんと勘違いしたりして」
「何か知らないけど気まずいよねー」
どんな話で盛り上がってるんだよ。
しかし話してみるとこの二人は本当にお人好しでいい奴らだと思った。
けどだからこそ、女になったんだろうなとも感じる。
なんというかいい人で終わりそうな感じというか。
まあそれ以上の要因がこの二人にはあるが。
「それにしてもー」
キリヤが人差し指を顎に当てて不思議そうに俺を見る。
「こんだけいい人なのになんでコウにーちゃんはモテなかったんだろーね」
「ははは、いい人だからモテないって人も居るんだよキリヤ」
言ってて悲しくなってくるが実際そんなもんだ。
「それに、好きかどうか分からない人と付き合ったりしても、付き合ってる人に悪いだろうなって思うし」
ただ単に俺が臆病なだけだが、さすがに言えなかった。
「で、でも、コウさんはこれからモテると思います!」
「ありがとうさっちゃん。でもそれ正直微妙だから」
女になる前も特にモテたいとは思わなかったが、女になってからはモテなくていいと思うようになったものだ。
「うぅ、お役に立てなくて申し訳ない」
「落ち込むことないよさっちゃん、これは俺の問題だから。ありがとう」
「さっちゃん何も泣かなくても」
「泣いてねーよ」
しかしこの完璧なタッグは一体どこまで行くんだろうか。コンビ的な意味で。
~~きます。降り口は左側です。お降りの際はー車内に落し物、お忘れ物の~~
「あ、もう着くみたいです」
「おお、ほんとだー」
時計を確認すると午後2時を少し回ったところだった。
外の景色は最初に見た状況から一変し、高層ビルが立ち並ぶ市街地に移っている。
話が盛り上がっていたからさっぱり気付かなかった。
「そっか、ま、高校生活二人で頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「コウにーちゃんも元気でね」
定型的な別れの挨拶を言い終えたとき、ちょうど列車が駅に到着した。
「それじゃ、いつかまた会えるといいですね」
「またねー」
そう言って二人はホームに降り、電車が発車するまでこちらに手を振っていた。
ホームが見えなくなるまで、にこやかに手を振り返す。
数時間前に始めて会ったばかりなのに、居なくなると寂しいもんだ。
周囲を見ると、相変らず乗客の数はまばらだった。
ため息を一つつき、バッグから旅行雑誌を取り出す。背表紙には綺麗な景色と、端に小さくQRコードと携帯サイトのアドレスが書いてあった。
ああ、そういえば、メアドでも交換しておくべきだったな。
こういうことに意識が向かないから女体化するんだろうなあ、と思う。
もう一度ため息をつき、雑誌をバッグに戻した。
目をつぶり、これからのことを考える。
年下の二人が見知らぬ土地で頑張っているのに、女になった程度の俺がへこたれていては情けない。
いつか再開するときに、胸を張って会えるように。
とりあえず今回は、適当なところで降りて、さっさと帰ることにしよう。
規則正しい振動で睡魔にさらわれながら、そう決心した。
目覚めると終点のどことも知れない駅だったことは言うまでもない。
最終更新:2008年06月11日 23:45