『手料理』 2008 > 09 > 06(土) ID:oszVxbSSO



皆さんは、『女体化』という現象をご存知だろうか?
15、ないしは16歳を迎えるまでに性行を経験しなかった男子が、主に誕生日を境に女になってしまう現象のことだ。

これは、そんな『女体化』をきっかけに始まったひとつの恋のお話。



「ごめん、来週行けそうにない」
「何でだよ?ていうかその声どうした」
「・・・風邪引いた」

電話で旨を伝える俺と、やや落胆しつつも俺を心配してくれる恭平。

一見すれば、ありふれた会話だ。
受話器越しに俺と話している恭平も、恐らく何の疑いも持っていないだろう。
それだけに、心が強く痛む。俺は、恭平を騙しているんだ・・・

言ってしまえば、俺は風邪なんて引いちゃいない。
強いていえば、もっと厄介な症状に苛まれている。そう言ったほうが相応しいかもしれない。


「まあ仕方ないか・・・今も辛い?」
「だいぶ・・・母さん今出かけてるから、看病してくれる人もいないし・・・」

確かに、家に母親はいない。しかし、恭平に向けて言った「いない」とはニュアンスが違う。
言うなれば、母さんは俺のために家を空けている。

「そうか・・・」
「うん。ごめん、な?」


「わかった。じゃあ俺が見舞いに行ってやるから待ってろ」

先ほども言ったが、俺は別に風邪なんか引いちゃいない。
むしろ、見舞いになんか来られちゃ困る。

「えぁ?!い、いやそれは困るっつーか、その」
「なんか困ることでもあんのか?」
「う、うんそうなんだよ!今部屋汚いし、いろいろとさぁ」

「・・・なあ、悠」

“ハルカ”、そう呼ばれたことに体が縮こまるのを感じた。
小さいころは、女みたいな名前だって馬鹿にされることが多かった。
でも、今では・・・

「――とにかくっ!今は駄目だって!」

まるで、鬱屈した感情を振り払うかのように。
思わず、強い口調で言い放ってしまった。

予期せぬ俺の癇癪。
これは、恭平を怯ませるには充分な威力をもっていた。


「ぉ・・・おう、わかった。今日は遠慮しとく。お大事にな」

やや萎縮したような声色で口走ると、恭平はさっさと電話を切ってしまった。
言葉の端々から、驚きにも似たものが読み取れた。



「一難、去ったか・・・」
受話器に向けていた掠れ声とは、明らかにオクターブの違うナチュラルソプラノで俺は呟いた。

それから、多分三時間は経ったころだと思う。
玄関の鍵を開け、母さんが家に入ってくるのが聞こえた。

「はるかー!あんた恭平くんを待たせちゃ駄目じゃない!」
―――今の俺に言わせるところの「招かざる客」を連れて。

「で?どういうつもりだ」
俺の部屋に入るなり、恭平は鋭い声で言った。
「どういう、って・・・」

無論、答えられるわけはなかった。

「仮病だなんて回りくどいことまでしてさぁ。ご丁寧に、声まで再現して」

俺の葛藤を知ってか知らずか、尚も恭平は俺を責め立てる。
「う・・・るさい!俺だってなぁ・・・っ」

「『こんな真似、したくなかった』、ってか?」

「そりゃしたくはないだろうよ。お前はプライド高いもんなあ?悠さんよぉ」

「うるさい!!!」

鶴の一声じゃあないが、俺の一言で恭平は口を開くのをやめたようだ。
尤も、怒鳴るような声を出せば誰だって口を噤むだろうが。

だけれど、もう自分でもどうすればいいかわからなかった。
声を張り上げる以外に、感情を伝える術を思いつかなかった。
怒鳴るよりほか、なかった。

「俺だってなぁ・・・好きでこんなになったわけじゃっ・・・」

ふと、目頭が熱くなるのを感じた。同時に、視界が急激に滲んでゆく。
「お、おい!なんで泣・・・」

不意に、恭平の声が聞こえなくなった。



俺は生まれて初めて、涙が枯れ果てるまで泣いた。
すがりつくかのように、恭平の胸にしがみついて泣き喚いた。

「あー、俺が悪かったよ」

俺が泣き止むのを待ってから、恭平はばつが悪そうに切り出してきた。

「俺のほうこそ、ごめんな・・・」
釣られて、俺もトーンを下げて謝る。

恭平とは長い付き合いになるが、改めて互いに非を認め合って謝るなんて初めてだった。
なんだか照れくさい心持ちがした。

「ごめん、な・・・」
もう一度、今度は呟くように謝罪する俺。
ふと、恭平が顔を赤らめ目を逸らす。


「ん?恭平、どうした?」
「あ、いや・・・上目遣いになられると、色々目のやり場に困るっていうか、その・・・」



「お前は女体化したんだから、その、胸回りとか・・・気にしてほしいんだよね」

顔から火が出そうになった。

ちなみに、これは後日談になるが・・・

「悠、俺と付き合ってくれ」

女体化してから三週間の後、俺は恭平に告白を受けた。
返事はどうしたのかって?それは聞くことなかれ。

まあ、少なくとも手料理を振る舞ったり褥を共にするような仲にはなったと言っておこう。


おわり


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月08日 21:14
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。