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ヨシモト編1

「ふぅ、暑いですわね~。こう暑いと縁側で葛切りでも食べながら、涼みたいものですわ」

 兵士達が担ぐ輿に乗り、パタパタと扇子を仰ぐ武将が一人。
その艶やかな黒髪をなびかせ、扇子を仰いでいる。よほど暑いのか、その豊満な胸元には汗が少し滲んでいる。

「ヨシモト様、やはり徳川イエヤスは城から出てくる様子はありませんね。
我らの軍勢を見て、もはや天下を諦めているのではありませんか?」
「そう、分かりましたわ。ですが、油断は禁物、くれぐれも油断はしないように、兵士の皆さんにおっしゃって下さいな」
「はは!分かりました!」

 伝令はヨシモトの指示を、彼女が率いる全軍に伝達に走る。
そう、この輿に乗った武将こそ、戦国乙女が一人、今川ヨシモトである。
ヨシモトは、前代未聞の軍勢3万人を率い、伝説の勾玉、榛名手に入れた織田ノブナガを打ち滅ぼそうと立ち上がったのだ。 

「ふぅ、ホントに暑い……いっそのこと奇襲でもしてこないものかしら?
この軍勢相手にいくら榛名があろうとも、ノブナガ軍だけでは太刀打ちできないのは分かっているはず……どう出てくるのかしら?」

 パタパタと扇子を仰ぎ、手ぬぐいで胸元の汗を拭う。ふと何かを思いついたのか、扇子を仰ぐその手が止まる。

「ふむ……出てこないのなら、おびき出せばよいのです。
木陰に隠れた子猫を誘い出すのと同じく、美味しいご飯を用意してあげればいいだけのこと。
……うん、そうしましょう。みなさ~ん、少し休憩しますわ~。どこか休める場所を探してくださいな」

 3万の軍勢を率いるヨシモトは、ノブナガの領土への進軍の途中、休憩のため、進軍を止める。
そして彼女は、桶狭間という場所にある小さな寺で、しばしの休息をとることにした。

「ふぅ……やはり日陰は涼しいですわね。……皆さんに注意するように伝えてくださいな。
お行儀の悪い野良猫ちゃんが襲ってくるかもしれないので、準備に怠りなく有事に備えるように、と」
「え?襲ってくる?どういう意味ですか?」

 首をしげる伝令兵に、ヨシモトはニコリとほほ笑み、口を開く。

「ノブナガという野良猫ちゃんが、ヨシモトという可憐な小鳥を狙ってくるということですわ」
「え?えええ!ということは……この休憩はノブナガを誘い出すために?」
「そ、この軍勢を相手に勝つ方法はたった一つ。それは、このヨシモトを倒すことですわ。
ですが、篭城戦では、わたくしを倒すことは出来ませんわ。
わたくしを倒すには野戦……しかも数の違いもあり、まともには戦えないノブナガは奇襲を選択するに決まってますわ。
ならわざと奇襲する隙を作って差し上げて……あとはお分かりになるでしょ?」

 ニコリとほほ笑むヨシモトに、伝令兵は寒気を覚える。
世間でヨシモトは、世間知らずの苦労知らずなお嬢様。天下など取れる器ではないと噂をされている。
しかし実際は、育ちがいいためか少し世間に疎いところもあるが、このように策略にも長けており、
彼女が本気を出したのなら、榛名などに頼らずとも天下を統一できる器があると信じている。
あの甲斐の虎、武田シンゲンと同盟を結び、3万もの軍勢を集めることに成功したのだ。
伝令兵は誇らしく思う。世間の無知な者どもよ、戦国を統一するのはこの今川ヨシモト様だ!と。
ヨシモト様が本気になられたのだ、例え榛名を手に入れたといえ、この軍勢相手にノブナガだけで何が出来るものか!と。

「はは!かしこまりました!奇襲に備え、準備に怠りないように活を入れてまいります!」
「野良猫退治を終えた暁は、ここ桶狭間で大宴会といきましょう」

 伝令兵はニコリとほほ笑むヨシモトに、このお方の配下でよかったと心から思う。
ノブナガを討ち果たした後での大宴会を楽しみにし、伝令兵は全軍に指示を出しに走る。
しかし、彼女は知らなかった。そして、ヨシモトも知ることが出来なかった。
ノブナガに新たな2人の武将が配下に加わったことを。
そのことをヨシモトが知っていれば、攻め込もうとは考えはしなかったのかもしれない。
知ってさえいれば、桶狭間という奇襲にうってつけの場所で、罠を張ろうとは考えなかっただろう。
その情報を知ることがなかったために、この会話が、ヨシモトと伝令兵との間での、最後の会話となった。



 最初、ヨシモトはその光景を、まるで悪夢を見ているかのような感覚で見ていた。
次々と吹き飛ばされる自軍の兵士達。次々と無数のクナイが突き刺さり、悲鳴を上げながら倒れこむ兵士達。
先ほどまで会話を交わしていた伝令兵が、敵将が打ち出したであろう衝撃波に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
輿を担いでくれていた兵士達が、次々とクナイに襲われ、うめき声を上げて倒れこむ。
ヨシモトは混乱をしていた。目の前で起こっている現実が、信じられなかったからだ。
しかし、次々と伝令が伝える事実が、ヨシモトを現実へと引き寄せる。

「……では、ノブナガの配下に、明智ミツヒデと豊臣ヒデヨシがいるということなのですね?
で、その2人が軍を率い、我らを急襲してきた、と。……被害はどうなっているのですか?」
「被害は甚大!ほぼ半数の部隊が壊滅的な被害を被りました!ですが、明智軍はほぼ壊滅!
残るはわずかな手勢を率いているミツヒデ本人のみです!」
「豊臣勢も同じくヒデヨシとわずかな手勢のみです!」
「……そう、分かりましたわ。ノブナガに降った哀れなミツヒデとヒデヨシは、このヨシモトが討ち果たしますわ!」

 フルフルと肩を震わせ怒りに震えるヨシモト。
自らが率いてきた3万の軍勢が、予想だにしなかった2人の戦国乙女の手によって、半壊状態へと追い込まれた。
ノブナガの奇襲の備え、万全の体制をとってはいた。
天下に名高い戦国乙女、織田ノブナガを相手にするのだ、ある程度の損害を受けるとは考えていた。
しかし、まさかノブナガ以外の戦国乙女が攻めてくるとは予想もしていなかった。
……2人の戦国乙女が攻めてくるなどと、想像すらしていなかった。
ヨシモトはこの苦境に、思わず笑みを浮かべてしまう。

(さすがは世に名高い明智ミツヒデと豊臣ヒデヨシ、やりますわね)と。

 怒りに燃える瞳で2人の敵を探すヨシモト。
その怒りに燃える視線の先に、空中高く舞い上がり、無数のクナイを投げつける敵将の姿が映る。

「……見つけましたわ!明智ミツヒデ……よくもわたくしの可愛い兵隊さん達を!くらいなさい!」

 ヨシモトの左手が光を放ちだす。光りが収まったかと思うと、その手には弓が握られていた。
そして、視線を憎き敵、明智ミツヒデから逸らすことなく、華麗に宙へと舞い上がる。

「兵士の皆さんのカタキ!決して許しませんわ!喰らいなさい!……烈風真空波!」 

 宙に舞ったヨシモトの右手が光る。
その光の中心には光の矢が握られており、その光の矢が明智ミツヒデに目がけ、気合一閃!打ち放たれた!
ヨシモトから放たれた光の矢は、光の衝撃波となり、ミツヒデを目がけ一直線に飛んでいく。
しかし、ミツヒデも戦国乙女の一人、気配でその攻撃を感じ取り、かわそうとした。
だが光の矢は、かわす事すら許さず、直撃を避けたはずのミツヒデを、周りにいた配下の兵もろとも吹き飛ばした!
砂煙を上げ、地面に突き刺さった光の矢。
砂煙が収まった時そこに残っていた物は、えぐれた地面と、その中心に突き刺さった一本の矢。
その矢の周りには、ミツヒデが率いていた一群がうめき声を上げ、倒れこんでいた。
地形が変わるほどの衝撃。まともに直撃を喰らっていれば、いかに明智ミツヒデといえ、死を逃れることは出来なかったであろう。
しかし直撃を避けたとはいえ、ミツヒデは甚大なダメージを負っていた。
かすっただけなのに、そのかすった右腕が使い物にならないほどのダメージを負ったミツヒデ。
骨折した右手をプラプラとさせながら、まだ戦おうとクナイを手に構える。
自らを襲った矢を放った人物を探しているようだ。しかしその足元はおぼつかなく、深刻なダメージ受けたことが分かる。
その様子を見たヨシモトが、ニコリとほほ笑み口を開く。

「手ごたえあり、ですわ。さ、皆さん、明智ミツヒデを捕まえてきてくださいな。
何故織田ノブナガに組しているのかを、問いただしますわ」

 ヨシモトの周りにいた兵達はゴクリと唾を飲み込んだ。なんて威力の攻撃を放つんだ、ヨシモト様にお仕えしててよかったと。
ヨシモトの力を見せ付けられた兵達は、士気が上がり、一気に明智ミツヒデに襲い掛かる。
……士気が上がり過ぎたためか、そのミツヒデの様子がおかしいことに気がつけないでいた。
もちろん、遠方から攻撃したヨシモトに見えるはずもない。
ヨシモトの攻撃を受け、瀕死の状態に追い込まれたはずのミツヒデが笑みを浮かべていたのだ。

「ノブナガ様、今川ヨシモトの居場所、このミツヒデが掴みました」と呟きながら。



 ヨシモトが光の矢を放ち、ミツヒデを攻撃した時、少し離れた高台から、その様子を見ていた軍勢があった。
その軍勢の先頭に立つ、大剣を手に持ち煙管を咥えた人物が、皮肉な笑みを浮かべながら白い煙を吐く。

「ふぅ~……ようやったわ、ミツヒデ!よう囮としての役目を果たした!」

 手にした大剣を天高く掲げ、背後に従う軍勢に命令を下す。

「駿河のお嬢様はあそこにいる。たかが3万の兵で、このノブナガを倒そうとしたことを後悔させてやるわ!
皆の者!ヨシモトを……今川ヨシモトを生け捕りにせよ!全軍、突撃じゃ~!」

 気合一閃、大剣を振り下ろし、突撃命令を下すノブナガ。
ミツヒデやヒデヨシの戦いぶりを見ていた兵達は、我も我もと士気高く、次々とヨシモト軍に襲い掛かる。
ミツヒデ隊を壊滅させたヨシモトは、油断をしていた。
否、油断ではなく、ヒデヨシ隊に意識を集中させていたのだ。
いくら壊滅状態とはいえ、ヒデヨシが健在であれば、戦況はどう転ぶか分からない。
だからヨシモトはミツヒデ同様に、遠方からの攻撃でヒデヨシを討とうと隙をうかがっていたのだ。
そこへ不意を付いてのノブナガ本軍の奇襲攻撃。まさかの奇襲で浮き足立つヨシモト本陣の兵士達。
それに呼応するかのようなヒデヨシのヨシモト本陣への攻撃。
もはやヨシモト軍は混乱をし、軍としての機能を失った。
いくら東海一の弓取りを歌われた今川ヨシモトとはいえ、一度崩れてしまった軍勢を立て直すことは困難であった。

「き、きぃぃぃぃ~!ふ、不本意ですが、撤退しますわ!一度領内に戻り、軍を建て直しますわ!」

 伝令兵に指示を出し、自らが小刀を持ち、襲い掛かるノブナガ兵を打ち倒す。

「皆さん、撤退ですわ!戦場を離れ、駿河まで撤退ですわ!」

 自ら両軍が入り乱れる戦場へと駆け出し、撤退を叫ぶヨシモト。
一人でも多くの兵を逃がそうと、自らが敵兵に襲い掛かり、次々と打ち倒す。
慣れない小刀で襲い掛かるノブナガ兵達を打ち倒し、配下の兵達を逃がすヨシモト。
何十人と打ち倒し、全身で息をするほどに疲労したヨシモトの前に、2人の敵が姿を見せた。
その2人を見て絶望し、手にした小刀を落としてしまう。

「ね~ノブナガさまぁ、アタシが倒してもいい?」
「いや、このノブナガに弓を引いたのじゃ。ならばこのノブナガ自らが打ち倒してやらんとなぁ」

 ニヤリと笑みを浮かべたノブナガは、手にした大剣を高く掲げ、ヨシモトに話しかける。

「3万の軍勢を集めるとは、さすがは東海一の弓取り、今川ヨシモトじゃな。
だが、この織田ノブナガを打ち倒すには、3万では少なすぎたようじゃなぁ」
「お、のれぇ……おのれノブナガぁ!」

 落とした小刀を拾い上げ、ノブナガに襲い掛かるヨシモト。
ノブナガはそんなヨシモトの姿を見て、愉快そうな笑みを浮かべ、大剣を振り下ろす。

「くっくっく……はぁっはっはっはぁ!負け犬の遠吠えが聞こえよるわ!
貴様も榛名の力を使い、我の配下としてやろう。しばらくは大人しく寝るがいい!喰らえ!非常ノ大剣!」

 ノブナガが放った炎の衝撃波がヨシモトを襲う。
衝撃波に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるヨシモト。
薄れいく意識の中、高笑いを上げ、歩いてくるノブナガの姿が目に入る。

 こうして、今川ヨシモトの、天下統一の野望は散った。
そして……ヨシモトにとって、人生で一番長い、夜が始まるのであった。
最終更新:2008年10月25日 00:45
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