『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦』-8
第8話『温泉旅館』
『『DragneelSystem:Enter;』』
『Samurai:Open;(断罪展開)』
『PapetMster:Open;(人形町展開)』
突如として響いた声に応えるように空から無数の刀が降り注ぎ、林の中から巨大な人形
が姿を現した。デッサン人形をそのまま人間大にしたそれらは数にして十体、それぞれの
拳に刃を構え虎蔵達へと襲いかかった。虎蔵とリィタも魔法幼女へと身を変えると武器を
構えて応戦する。特に戦うことの出来ないリリィを背後に守りつつ刃と拳を振るい、確実
に敵の数を減らしてゆく。檜で出来た破片が周囲に独特の薫りを撒く中で、流れるような
二人の動きは止まらない。まるで舞踊のように回り、動いてゆく。
『ふむ、ならばこれはどうか?』
林の中から、ハカマを穿いた幼女が飛び出した。合革のブーツで地面を強くグリップし、
高く結ったポニーテールを振りながら振り降ろすのは二尺八寸の大業物、彼女の身長程も
ある長さの肉厚の太刀が、風を斬る音を引きながら一直線に虎蔵へと向かってゆく。
快音。
リィタの白銀杭を引き抜いた虎蔵はそれを振るい、真っ向から刀を弾き飛ばした。
「俺の勝ちだな、ムツエ」
『くっ、無念』
ムツエと呼ばれた幼女は懐から短刀を取り出すと惜し気もなく上半身をはだけ、切っ先
を己の腹に当てた。その途端、林から飛び出してきた幼女がムツエを羽交い締めにする。
『えぇい、離せミク!! 某はもう駄目だぁ!!』
『いけません!! 大丈夫、今は幼女でしたけど元は超オッサンでしたからDr.ペドの刺客
ではありません!! あの筋金入りの変態が中年を作ると思いますか!?』
あまりにも酷い言われようだったが、虎蔵はミクと呼ばれた幼女の言葉を証明するべく
変身を解除した。現れるのは普段と同じスーツを着た中年男性の姿で、虎蔵は刈り込んだ
黒い髪を面倒臭そうに掻いた。背後を見やってリィタにも変身を解くことを促し、続いて
二人の幼女の前にしゃがみ込むと二人の頭を撫でた。
「十年ぶりだが、変わってねぇな」
ムツエとミクは一瞬首を傾げたが、すぐに笑みを浮かべると、
『虎蔵殿!!』
『虎蔵さん!!』
叫び、抱きつく。
その背後ではリリィが鬼のような形相で三人を見つめていたが、振り向きもせずに再会
を喜ぶ虎蔵達は気付きもせず、リィタだけが急変した姉の表情に怯えていた。
◇ ◇ ◇
虎蔵が一番愛しているものは家族で、二番目が煙草、その次に当たるのが風呂である。
特に景色の良い露天風呂は格別に好きで、今は案内されたその場所をしっかりと堪能して
いるところだった。天然の掛け湯は体の芯まで温めてきて、長い旅の疲れを癒してくれる。
虎蔵達がここまで来たのには理由があった。
先日の戦闘で交わした約束を守る為、『D3』の『オリジナル』達が経営している旅館
へとやってきたのだ。弟夫婦のところに預けているサユリのことが気掛かりであるものの、
仕方なかったと自分に言い聞かせる。戦闘に巻き込む訳にはいかない、苦心の決断だ、と。
帰りには是非温泉の元と温泉卵を買って帰ろうと思いつつ、空を見る。
「虎蔵さん、背中流しますよ」
『いかん、某が流す』
扉を開いて聞こえてきた声に振り向けば、バスタオルすら巻かずに入ってくるムツエと
リィタの姿が見えた。リィタはたまにサユリと三人で風呂に入っているので見慣れている
ので何とも思わないし、そもそも二人とも幼児体型以前に幼女の体だ。だから遠慮をする
ことはないと思い、湯船から上がってプラスチックの椅子に腰掛ける。
「おい、良いのかリィタ。お前の姉ちゃん寂しがるぞ? せっかくだから一緒に入ったら
どうだ? こっちは気にしねぇから、家族で楽しめよ」
『心配ご無用』
ムツエの声に振り向けば、何故か目を点にしたリリィの裸が見えた。湯煙のせいで姿が
少々ぼやけているが、今日は休業日とのことで他に客は居ない筈なので間違いない。過去
に見た全裸と同じだし、二度に渡って見てしまった股間の割れ目も紛うことなくリリィの
ものだ。よくよく股間を見られる娘だと思いながら視線を入口にずらせば、並んで見える
二組の暖簾。そうか、混浴なのかと納得した頃に、
「な、何してんですか!?」
リリィが絶叫して湯船に飛び込んだ。
「何って、背中を流して貰ってるだけだ。それと飛び込むな、マナー違反だ」
「そうじゃなくて、もう……だから変態中年は嫌いなんです!!」
心外な、と思う。自分は変態ではないし、幼女になるのもシステム上は仕方のないこと。
それも、リリィが組んだプログラムによるものだ。それに中年などは生きていれば誰しも
必ず通る道だし、文句を言われる筋合いは無い。自分に非は無い筈だと結論してリリィを
見ると、何故か顔を赤くして睨むような目で見られた。
『どうしたのでござるか?』
「あぁ、リリィは虎蔵さんのことが」
鈍音。
湯の詰まった桶が投げられ、虎蔵の頭に直撃する。
『だ、大丈夫でござるか?』
「いつものことだ、あいつの理不尽な部分は」
言いながら溜息を一つ、落ち込む虎蔵の頭をリィタが心配そうに撫でた。
『ところで気になっておったが、娘よ。お主が虎蔵殿の娘か? 以前の大戦の折、虎蔵殿
がまるでヘドロのように濁った目で写真を見せてきたが』
以前の大戦というのは、虎蔵も参加した『N.E.E.T.』との殲滅戦のことだ。戦闘に重点
を置いた為に、『オリジナル』は限りない自由意思を持たされた。その結果悪行を嫌い、
管理局の側に付いた者も幾らかは居る。そのときにチームを組んでいたのが、虎蔵と弟、
そしてムツエとミクだった。約束の結果頼まれて来ただけにこの二人が居るものとは予想
もしておらず、妙な偶然もあったものだと虎蔵は思う。
そして、こいつまでヘドロ呼ばわりか、とも思う。
嫌な思考を振り払うようにリィタの頭を撫でると、
「最近出来た娘だ」
とだけ言った。
それだけで理解したのか、ムツエも黙ってリィタを見つめ、頷いた。
「それにしても、戦の為に作られたお前らが旅館経営とはなぁ。正直、何て言えば良いか」
『娑場の物は、戦人形だと知らぬ。一般の目から見たら棄てられた機械人形が集まり旅館
を経営している、只それだけでござるよ。余計な気遣いは不用』
それもそうだな、と相槌を打って背に付いた泡を流され、欠伸を漏らす。穏やかな時間
が流れている、という自覚に、知らず笑みを浮かべた。こんなことならばサユリも弟夫婦
の所に預けることなく、連れて来ても良かったかもしれない。
湯船に戻ると、左右にリィタとムツエが座ってきた。
「ロリコンハーレムですね」
頬を赤らめたままだが、しかし目を背けることもなく半目で見てくるリリィに、舌打ち
をする。単語から思い出したのはDr.ペドで、続いて忘れそうになっていた今回の目的を
思い出した。舌打ちは罵倒に対するものではなく、この良い場所が狙われているという、
卑劣で残酷な事実に対するものだ。
最初にこの旅館の敷地に入ったときに向けられたものは武器という形を持った敵意で、
それが襲ってくる過程はスムーズなものだった。元から戦闘用に作られてはいるものの、
それを抜きにしても行為に移るまでの時間は短く、手慣れていた。それはつまり、頻繁に
敵襲があるということだ。それも含めて考え直してみれば、今日が休業日だということも
単に日付の問題だけではなく、何か他に裏があるように思えてくる。
「なぁ、あの変態爺はしょっちゅう仕掛けてくんのか?」
『それは……そうでござるな、否定出来ぬ。今は某とミクで鎬いでおる』
「他の方は?」
ムツエはリィタの質問に目を鋭くし、
『それはならぬ。某に出来るのは刃を振ることだけでござるし、誰かが犠牲にならぬなら
それを一番行える某が適任でござろ? 少々自虐的かもしれぬが、これが某の選ぶ最良の
道でござる。誰にも文句は言わせぬし、聞く気もござらんよ』
変わっていない、と虎蔵は思う。昔からムツエは今のように、人が傷付く場所の最前線
に出たがった。誰よりも優しく誰よりも誇り高い彼女は、誰よりも争いを嫌い平和を好み
求める故に、誰よりも戦いの中心に立っていた。
リリィやリィタにも似ている、とも思う。
月の魔女の姓の元に、自ら戦いに赴く姿がそっくりだ、と。
「ヘドロさんに、そっくりですね」
「いや、そこはちゃんと名前で呼べよ」
リリィは顔を背けて湯に潜り下品にぶくぶくと泡を吹き出した。そのまま虎蔵から離れ、
小さな声でぼそりと「虎蔵さん」と呼んで再び戻ってくる。意地でも呼びたくないらしい
態度に虎蔵は頭を掻いて、雲一つ無い空を仰いだ。
「で、だ。冗談はここまでで、これから真面目な話だけどよ。お前ら、管理局に保護して
貰うつもりはねぇか? 勿論そっちの意思は尊重するし、保護した後も変わらねぇ」
どうだ、と尋ねたときだ。
『それは無理ニャン』
湯船の端から、新しい声が響いた。
『ふぅ、素敵なお湯だから残念ニャが』
全員の視線を受けたのは、金色の髪を持つ幼女。登頂部からは猫耳が生えていて、鼻唄
に合わせて水面から出ている尻尾はゆらゆらと揺れていた。猫科の動物を思わせる鋭い目
が特徴的な彼女は湯を波立たせながら立ち上がると、虎の毛皮を纏って虎蔵に向かい指を
突き付ける。牙のような長い犬歯を剥き出しにした笑みを浮かべ、高笑いを一つ。
『DragneelSystem:Enter;』
『Nature:Open;(大自然展開!!)』
叫びと共に周囲の林から熊や猿、狼や狐などの獣が寄ってくる。様々な形状ではあるが
全てに共通して牙を剥き、また瞳には敵意と呼ぶよりも殺意と呼ぶべきものが宿っていた。
今にも襲いかからんとする牙と爪の群れは、それだけで一つの驚異になる。
『アッチはミイコ、Dr.ペドの命令でここを潰しに来たニャ。覚悟ニャン!!』
『させません!!』
いつの間にか来ていたミクがムツエ達にバスタオルを投げ渡し、各自でそれを身に付け
たところで、虎蔵とリィタは腕輪と指輪を構えた。二人で声を揃え、
『FullmetalTiger:Enter;』
『MoonBrea:Enter;』
変身する。
「貴方のハートを一刀両断」
「あまねく敵を一気通貫」
「「変態共は完全殲滅、マジカル☆ツイン只今参上!!」」
ノリノリで決め台詞を吐く虎蔵とリィタに他の四人は半目をして溜息を一つ、特に妹の
そんな姿を見ていられないのかリリィは決めポーズまでしている二人から露骨に目を背け、
「何でそんなキモいことを」
「いや、リィタがどうしても必要だって言ってな」
目が、僅かだが濁っていた。
虎蔵特有の超絶溺愛現象はリィタにまで及んでいるらしい。
「この駄目中年!! どうせなら私のことも!!」
『えっと、進めて良いかニャ?』
困惑した表情をしながらもミイコは指を鳴らし、それに合わせて林にも変化が訪れる。
急速に伸びてきた樹木が柵を破壊しながら、四方から襲いかかってくる。意思を持つかの
ように蟲くそれは周囲を囲みながら旅館に打撃を繰り返し、その隙間から飛び出した獣達
が己の武器を持って破壊を繰り広げた。
『くははっ。この攻撃、防ぎきれるかニャン? 三人じゃカバーは無理ニャン、今朝警備
に使ってた人形が壊されたのは知ってるニャよ?』
全て壊したのは失敗だったか、と虎蔵は苦い表情を浮かべた。
だが、ムツエとミクは平然としていた。顔には笑みさえ浮かべて、ムツエは得物である
刀を、ミクは両の手指を構えた。まるでこれから、何かを行うかのように。
『人形なら、ここに居る。戦の為に作られた人形が』
『私達の実力、見せて差し上げましょう』
『『DragneelSystem:Enter;』』
『Samurai:Open;』
『PapetMaster:Open;』
『『OperaMania:FullOpen;(絶劇大展開)』』
ミクの指先から伸びた銀糸がムツエの肢体へと
繋がり、その直後にはまるで弾けるよう
に体が動いていた。剣先が水蒸気の尾を引く程の高速移動により、一瞬にして樹木や獣を
切断する。これで当面の肉と薪は困らぬでござるな、という呟きには余裕があり、全力を
出しきっていないことが分かる。湯煙を羽衣に楽しく舞い踊る姿は、天女そのものだ。
『まだ終わらぬぞ?』
『私達は人ならぬ身であり、人に尽くす人形です。そして、ここは疲れを消す憩いの場で
ございます。なれば私達精一杯のおもてなしをさせて頂きましょう』
『我等が絶劇、とくと、ごゆるりと御覧有れ。御期待召され虎蔵殿、今夜は熊鍋でござる』
再び、ムツエの体が跳ねた。
今までは二人で外敵から旅館を守ってきたと言っていたが、成程、と思う。これ程実力
が有るならば、確かに出来るだろう。次々と無尽蔵に獣や木が出てきているものの、それ
をものともせずに斬り倒している。このままならば余裕だろうと、安堵の吐息を漏らした。
だが、この場所には今までとは違うものがあった。
「い、痛ッ」
リリィの肩口を狼の爪が擦った。
『リリィさん、大丈夫ですか!?』
悲鳴を聞きミクが慌てて振り向いたせいで絶劇が途切れ、結果、鞭のように打ち付けて
きた太い幹によってムツエとミクの体が吹き飛ばされる。虎蔵が二人の体を受け止めたが、
枝の影に隠れていた熊の爪による打撃で、装甲が大きく削られた。
今までは無かったもの。
それは、戦えない者だ。
今までは他の従業員は戦わないながらも、襲われてもある程度は心配の必要が無かった。
元より戦う為に作られた『D3』である、その戦闘能力は推して知るべしだ。いざという
場合でも、戦える。各自で軍の一個中隊を遥かに凌駕する力を持っているのだ。
だが、リリィは違う。
『D3』に匹敵する能力を持っている虎蔵やリィタと違い、リリィは単なる技術者だ。
魔法幼女システムを作る頭脳を持ってはいるが、戦闘能力はそこらの小娘と同じ、ゼロに
等しいものしかない。それ故に弱点となり、今の結果になった。
「すみません、私のせいで……こんな」
『ニャフッフー。どうかニャ? リグナムバイダの味は?』
「うるせぇ!! リリィ、Type-Pだ」
叫ぶが、しかし反応が来ない。
「リリィ、どうした!?」
「私が転送します」
『Type-P:Enter;』
二人の装備が一瞬で変わり、リィタはリリィの保護に、虎蔵は敵の殲滅に向かう。ミク
達も調子を取り戻して獣を斬り伏せ、虎蔵も高速で回転する刃を幹に当てる。樹木であり
ながら容易く水に沈む程の重量の塊だが、切断するのではなく削るという行為によって、
確実にその量を減らしていった。
やがて、大自然の要塞が崩壊する。
『なら、アッチが相手ニャ!!』
獣の手足と体のしなりを利用した四息での高速移動は先日のリフルのそれに似ているが、
それを遥かに越えるものだ。迷路のように入り組んだ木材や獣の残骸を回くぐり、尻尾を
立ててバランスを取りながら弧を描いて襲来する。
虎蔵はそれに対して大剣を振ろうとしたが、
「マズった!?」
理論上はあらゆるものを抵抗無く切断する単分子ブレードだったなら、上手くいったの
だろう。だが通常タイプのときとは違う、大型のものを切断することを念頭に置いた今の
武器では、確かに進むことは出来るが障害を削り切っての結果だ。ましてパワーアシスト
されているものの基本的には大振りの一撃だし、刃部分だけでなく柄も長い武器だ。
僅かコンマ数秒の遅れで刃は届かず、その代わりにミイコの爪が剥き出し状態の腹部を
えぐった。吹き出す赤い色を頬に受け、獣の幼女は猫のように目を細めた。
「嫌あぁァッ!!」
リリィが、絶叫する。
そちらに目を奪われた瞬間の第二激。背をえぐる激痛に歯を噛む虎蔵の小さな体が宙に
吹き飛ばされ、ピンボールのように木材の中を跳ね回る。血が弓の形で軌跡を描き、濃い
色の林の中に、更に淀んだ色彩を重ねた。
立ち上がると同時にステップを踏んで次の攻撃を回避しようとするが、
『遅いニャ』
痛みによる反応の遅れが、次の隙を作る。
三撃。
四撃、五撃、六撃。
七度目で漸く爪を回避して、間合いを取った。
「おい、ムツエ。肉を切らせるから覚悟しとけ!!」
『それは……了解した。虎蔵殿、これを!!』
投げ渡された刀を受け取ったが、痛みに体が強く軋む。
『まずは一人』
八撃目、突き出された凶爪が脇腹を貫いた。
「そうだな、一人だ」
笑みを見せた虎蔵にミイコは腕を引こうとするが、
『抜けないニャ!?』
虎蔵の背後、貫通した爪の先をムツエが握っていた。絶劇による強制力で固定された掌
は中に握られた爪を固定し、ミイコの動きすらも封じ込めている。
脱出しようとやたらに突き、刻んでくるミイコを睨むと、虎蔵は刀を握った腕を上げ、
「痛ぇんだよ、この糞幼女!!」
叫びと共に振り降ろす。
剛力を蓄えた刀が、ミイコを切断した。
◇ ◇ ◇
『保護の申し出、受けるでござる。皆も良いな』
ムツエの背後に居た『D3』も頷き、契約書に判が押された。これで今回の目的は一応
成されたことになる。喜ぶべきことだが、その場の空気はどこか重いものがあった。
リリィが酷く落ち込んでいるからだ。
いつもならば虎蔵に向かい何かしら言うところなのだが、戦闘のときのことがまだ尾を
引きずっているのか、未だに何も言葉を発していない。ここに来るまでも、リィタが手を
引いてきたのだ。完全な無気力状態、鬱の状態にすら見えるその姿に虎蔵は不安になる。
過去にも今のようになったことがあったが、そのときはまだ仕事を行う気力は有ったのだ。
しかし今は自分で動くことすらせず、外からの刺激にも殆んど反応せず、まるで植物人間
のように存在するだけの状態になっている。
「おい、しっかりしろ」
やはり、言葉は返ってこない。
肩を掴んだところで、小さな手に動きを遮られた。リィタの掌が強い力を込め、意思の
発露を制止している。無言で見つめてくる大きな瞳が、今は駄目だと言っていた。舌打ち
に対して目を伏せると、軽く頭を下げる。幼い顔に浮かんでいるのは、後悔の一言だ。
普段ならばストレスの解消の為に吸う煙草も何故か吸う気になれず、火を点けずに唇に
挟んでいたそれを乱暴に折るとポケットにしまい込んだ。
苛々とした感情が、虎蔵の思考を蝕む。
「取り敢えず今日は帰る。詳細は追って連絡する」
『うむ、息災でな』
「まぁ、頑張るさ」
リリィを一蔑して、吐息を一つ。
そのリリィは結局最後まで俯いているだけで、何も言わなかった。
最終更新:2007年08月04日 17:58