『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦』-11
第11話『砕かれし刃』
「よし、住人の避難は完了か」
周囲を見渡し、虎蔵は頷いた。
Dr.ペドが予告した時間までは残り十五分程、本当にギリギリだった。
電子音。
通信機に目を向けると、リィタという文字。
空をリィタ、北をシオリ、東をミク、西をムツエ、南にある管理局を薫をそれぞれ担当
地区のリーダー役として、一時間ごとに総リーダーである虎蔵の居る中央地区へ定時連絡
が来る。これが最後の定時連絡になるのだが、これを最後の会話にしてはいけない。そう
思いつつ虎蔵はスイッチをオンへ。短い吐息の後に、こちら虎蔵、と低い声で言った。
『こちらリィタ、異常は……はいそこ、喧嘩しないで下さい。異常無しです』
大丈夫だろうか、と首を傾げ、
「こちらも異常は無し、だが大丈夫か?」
『はい、大丈……そこ、喧嘩しないでと言っているでしょうが!? プリンぐらい私が後で
好きなだけ奢りますから、黙って殴り合いを中止しなさい!! 潰しますよ!?』
『『すいませんでしたぁ!!』』 連続する殴打の音の後、沈黙。
「しっかりやれよ」
吐息を溢し、頭を掻く。
「リィタ、珍しく怒ってましたね」
「元気なのは良いことだ」
「そういうもので済むんですか?」
「済むんだよ」
複雑そうな表情を浮かべるリリィの頭を撫で、リィタの居る空を見る。喧嘩は沈静化を
したようで、先程まで飛んでいた火花は消えていた。もう大丈夫だろうと通信機をオフに
して、煙草に火を点けた。
電子音。
『こちらシオリ、異常は無しです』
『東区、異常無しでござる』
『西区、異常無しですよ』
『こちら管理局、異常無し。サユリちゃんの声を聞きたい?』
「いや、終わってから聞く」
短く言って、通信機を切った。
「妙な所で真面目と言うか……良かったんですか?」
疑問の視線を投げ掛けるリリィに濁った瞳を向け、
「溜め撃ちの方が強い」
うわ駄目中年、と叫んで頭を抱えるリリィを尻目に、虎蔵は深呼吸を繰り返す。
残り十分。
こちらの総数は六万弱、二百ある管理局の中で戦闘経験のある者の殆んどが集まった。
人数は相手の約五倍だが、恐らく不利な戦いになるだろうと考える。
「いや」
駄目だ、と首を振り、
「勝つぞ」
低く、だが確かに呟く。
残り五分。
唐突に緊急信号が鳴った。
◇ ◇ ◇
『五分前行動ですか!?』
叫ぶシオリの前、無数の人影がある。
『DragneelSystem:Enter;』
『MetalWolfChaose:Open;』
轟音。
声と同時に半径300mの地面が破裂した。
『行きますよ!!』
叫び、作り上げるのは巨大な砂嵐だ。
虎蔵と戦ったときは公園という敷地の限界があり、また生真面目な性格が周囲の無関係
なものを巻き込みたくないと考えさせていたので行動に制限があった。しかしシオリが今
立っているのは人の手が殆んど加えられていない広野で建築物を壊す心配も無く、住人の
避難も完全に行われているので巻き込む心配も無い。虎蔵とのときも全力だったが、それ
以上の全力を持って戦うことが出来る。
もっと、もっと強く。
砂嵐は拡大してゆく。
「化け物かよ」
直径500m、高さは3kmにも達した、巨大な塔のようにすら見えるものを見て局員の一人
が呟いた。悪気は無かったのだろう、シオリが振り向くと慌てて目を反らす。
『そこの貴方、化け物と言いましたね?』
「う、すまん」
『そうです、私達はある意味化け物です。人を簡単に殺せる力を持った、化け物です』
ですが、と前置きして、
『今から戦うのは、その化け物達です。恐れないで下さい、するのは理解だけて充分です。
そして理解した上で前へと進んで下さい、未来を勝ち取る為に。貴方の大切な人を化け物
に殺されないようにする為に。信じれば、必ず出来ます』
「しかしよぉ」
『負けましたから、一度』
砂嵐の中に槍や剣を生成し、迎撃の準備を完了させ、
『私は一度、負けました。前に進もうという強い意思を持った人間に。だから貴方達にも、
絶対に出来る筈です。恐れることさえしなければ、絶対に』
そう言って、距離を詰めてきた幼女の集団に向き直る。
自分を敗北させた者の信念を、大切に思っている場所を守るために。
自分を救い、また大切に思っているものを守ってくれた、その恩義に報いる為に。
実はひっそりと浮かんだ恋心を原動力にして、シオリは持てる力を行使する。
『虎蔵さん、今度デートして下さいね』
仄かな想いを、轟音の中に紛れさせて。
◇ ◇ ◇
『DragneelSystem:Enter;』
『HoryWorld:Open;(聖域展開!!)』
着物を着た幼女は、手に持った短冊に文字を記す。
雷。
その一文字が書かれた紙は放り投げられると、空中に溶け込んだ。
『参ります』
静かに告げられるのは開戦の言葉。
筆を持つ手を優雅に振るうと筆の先端から大量の黒の飛沫が宙を舞い、それがムツエに
付着した直後、文字通りの変化が起きる。
天から降り注いだ雷が、直撃した。
『これがわたくしの力、聖域でございます。改めて名乗らせて頂きます。わたくしは幼女
四天王の一人、信仰伝導子マナミでございます』
『ふん、これしきのことで某を倒せると思うな』
『あらあら、お元気そうで』
避雷針代わりに地面に突き立てた刀を引き抜きながら、ムツエはマナミを睨み付けた。
とっさの判断、幸運だったのは既に体を戦闘用に切り替えていたことと、相手の攻撃が雷
だったことだ。そうでなければ今頃消し墨になっていた、と内心で舌打ちをする。
『お強いですのね?』
『貴様よりはな』
『あら、怖いですわね』
分かりやすい挑発だがマナミは気分を害した様子もなく、それどころか微笑みを浮かべ、
小さく拍手を送る。そして下駄を鳴らしながら、しなを作り、マナミは懐から新しい短冊
を取り出した。するすると、文字を綴ってゆく。
うたかたに 流るる時の 一欠片 貴方の瞳の 向く先は何処へ
五七五七七で作られるものは、どのような効果があるのか。ムツエは警戒した。
しかし、意外な反応が来る。
それは宙にも溶けず、何も起きない。
起きたのはマナミが頬を朱色に染めたことと、短冊を差し出してきたことだけだ。
『貴方の為に書きました。是非、伴侶になって下さいませ』
数秒。
『無理だ、既に某にはミクが居る』
『はぁ、残念ですわ』
だったら、と唇を歪め、
『殺すしかありませんわね。永遠に、わたくしのものにして差し上げます』
常軌を逸した言動に、その場の全員が絶叫した。
◇ ◇ ◇
ミクの眼前、黒いローブを着た幼女は自らを幼女四天王の一人、ホリィと名乗った。
『オイラの力、見せてあげる』
『DragneelSystem:Enter;』
『HoryHeart:Open;(聖心展開!!)』
抑揚の少ない声が響いた途端、周囲の者達の動きが変わった。乱戦なのは変わらないが、
決定的に違うものがある。明らかな異常、それを見てミクはホリィの能力を悟った。
同士打ち。
混乱によるものではない、何人かが自らの意思を持って味方を攻撃している。
『君の能力と少し被っているね。でもね、どっちもジャミングとハッキングの応用だけど
オイラのは少し違うんだ。オイラのは、心を操るんだよ』
凄いでしょ、とホリィは感慨も無さそうな口調で言う。
それに対し、ミクの表情は苦いものだった。
こちらとホリィの能力の違い、それが理由だ。体を操るだけの能力ならば、幾らか抵抗
のようなものが出来る。運動制御系の回路に外部から命令を送っているものなので、その
信号よりも強い信号を送れば少しは意思の通りに動けるのだ。それを逆に利用したものが、
ムツエとの連携だった。また自らの意思で緊急信号を送り、体の機能を完全に停止させる
ことも出来る。だがホリィの能力の場合は、それが出来ない。思考そのものを操るからだ。
それだけではない。
敵に操られているだけなのが分かっているから、例え後で修理出来ると理解していても
攻撃の手が鈍ってしまう。元々は争うことが嫌いで『N.E.E.T.』から逃げ出してきた者達
なのである。そのような者達が味方を攻撃するなど、基本的には有り得ないことなのだ。
しかも記憶には『N.E.E.T.』の同胞と戦った辛い記憶がある、それを後押しするような形
で攻めてくる今の状態は苦痛でしかなかった。
『皆にはあまり使いたくなかったんですが、仕方ありません』
『PapetMaster:Open;』
ミクの両手から銀の糸が伸び、操られている者達に繋がった。
『空前絶後の大人形劇、見せましょう。私の力と貴方の力、どちらが上か技比べです!!』
優しく、そして厳しい乱戦は続いてゆく。
◇ ◇ ◇
「やっぱりここが本命なのね」
他の場所からの報告よりも、幼女の数は多い。レーダーで確認した敵の数は四千程だ、
約三分の一がこちらに責めてくるということになる。重要な拠点として数は多く配置して
いるものの、それでも心もとないというのが薫の感想だった。ここを責め落とされたら、
一貫の終わり。虎蔵には悪いと思うが、彼一人が殺されたところでDr.ペドのプライドが
満たされるだけだ。一人の管理局局員としての冷静な部分が、そう考えさせている。
「でも、負けないでね」
背後に控えている五千人程の局員達、その後ろにある管理局を見て目を細めた。
「あなたには、待っている人が居るんだから」
殆んどの住人は他の監獄都市に一時的に避難しているが、地下のシェルターにはここを
どうしても離れたくないといった者達が隠れている。その中の一人に、虎蔵の愛娘である
サユリが居た。幼いながらに分かっているのだろう、父が自分達を守る為に戦っていると。
だから逃げたくないと、幼さ故の強い意地を通して動こうとしなかった。
「虎蔵ちゃん、あなたは幸せ者よ」
これだけ愛され、しかも強い意思はしっかりと受け継がれている。
薫はレーダーを見る、敵との距離は残り500mを切っていた。そろそろ長距離での射撃が
可能な者が居るならば、攻撃の第一波が来る頃合いだ。
「遠距離班、構え」
周囲の者が防御体勢に入ったことを確認し、薫も身構える。いつでも戦闘に入れるよう
指輪を起動させ、手に持った大剣の切っ先を前方へと向けた。
「さぁ、かかって来なさい」
普段は穏やかに細められている瞳に険の色を強く浮かべ、眉間に皺を寄せて一歩前へと。
戦うという強い意思を前面に押し出した一歩を聞いて、他の者も同様に前進する。恐れる
意思を踏み潰し、それを乗り越えてゆく為に。
「ふふ、もしサユリちゃん達に手を出してみなさい?」
一拍。
「ブッ殺すぞ!!」
◇ ◇ ◇
『アンタがリーダーでヤンスね?』
リィタは、一人の幼女と対峙していた。
他の局員と乱戦している者は汎用型なのだろう。髪型や顔、槍や弓などの武装こそ違う
ものの、全てに翼と白いワンピースという共通項がある。それに対し眼前の幼女は武器を
持っておらず、武器も携えていない。姿も全く違う。下半身は普通のミニスカートだが、
上半身はサラシの上に直接法被を着るという大胆な格好をしていた。肌の色も他の者とは
対照的な褐色、惜し気もなく露出させているのはDr.ペドの趣味だろうか。共通している
部分と言えば、法被の背から突き出した翼くらいのものだった。
派手さを重視した色物のような格好だが、油断は出来ない、とリィタは睨み付ける。
他の者と姿が違うということは、それだけ特異性を強調されたということだからだ。
『DragneelSystem:Enter;』
『HoryFire:Open;(聖炎展開!!)』
リリィの眼前の幼女が叫び、両腕を広げると同時に、周囲から爆音が響いた。
『どうもどうも、アチキは幼女四天王の一人。炎の花火師型幼女、タマヤでヤンス』
炎色の髪を熱による気流に翻らせ、八重歯を向いた笑みを浮かべた。
『行くでヤンスよ!!』
声と共に出てきたものがあった。
花火。
タマヤが袖を振ると、無数の球体が空中に散布される。直径五尺の小割物で、導火線は
短く、しかも既に火が点いていた。リィタは身を捻って回避をしようとしたが、
『無駄でヤンス』
轟音。
弾丸などのような点の攻撃でもなく、剣のような線の攻撃でもない。爆発という立体的
な攻撃範囲を持つそれらは、単体でも広い範囲を持つ。周囲の空間を埋めるようにして炎
が満ち、回避が間に合わずにリィタの体に直撃した。
小割物『鳳翼』、どうでヤンスか? そして本命』
タマヤはステップを踏むように一回転、法被の背から出てきたものは五十尺の大割物。
轟音。
『見事でヤンしょ? アチキの自信作、大割物『炎城』でヤンス……って聞こえてないか』
全身を焦がし、落下するリィタを退屈そうに眺めて呟いた。
『あっけなかったでヤンスね』
すぐに目を反らし、乱戦が続いている後方を見た。
『さ、行くでヤンスよ。この空はアチキのもの、見事絶景を演出するでヤンス』
「待ちなさい」
静止の声。
タマヤが振り向けば、飛来する白銀杭が見えた。
「誰の空、と言いましたか?」
浮かんできたリィタの目に浮かんでいるのは、強い意思。
「この空は、誰のものでもありません!!」
ガンドレットに新しく杭をセットしながら、叫ぶ。
「私のご先祖様、遥・ムーンブレアは誰よりも空を愛していました。それ故に空は誰かの
ものではないと知り、その空の自由を守り続けてきたのです。月のように太陽の影に隠れ
ながら、しかし
暗闇の中で歩む者を助けるように。人は彼女をこう呼びました」
周囲を一瞬だけ見て、頷き、
「空の騎士、と」
負けられない、負けている場合ではない。
自分の大切なものを守る為に地上では多くの者が戦っているし、自分が今存在している
空でも仲間が必死に戦っている。リーダーであり、何より空の騎士である自分が負ける訳
にはいかない。それが月の魔女の姓も持つ者の誇りであり、存在意義でもあるからだ。
射出の準備が完了したことを確認、リィタは構えを取った。
「先祖代々受け継いできた誇り、ここで潰す訳にはいきません!!」
ブースターを全力で起動。
「花火師と言いましたね? ありがとうございます、私にもすっかり火が点きました」
定めたものは、貫通の意思。
「月よ。今一度、私と、そして共にある者達に御加護を下さい」
大きく息を吸って。
「リィタ・ムーンブレア、行きます!!」
◇ ◇ ◇
『こちらリィタ、敵の殲滅完了です』
『こちらシオリ、任務完了です』
『こちらミク、敵の姿は無し』
『こちらムツエ、敵を……こら!! そんなところ触るな!!』
虎蔵の傍らに落ちた無線機から声が響くが、それに対する声は無い。
勝負は一方の圧倒的な力により、完全に付いていた。
「そんな、嘘ですよね?」
リリィは虎蔵に一歩近付き、震える声で語りかける。
「嘘だって言って下さいよ」
声は、返ってこない。
「ほら、いつもみたいに憎まれ口を叩いて下さいよ」
日常でなら、それはお前だと言い返していただろう。
それは、叶わぬ願いだった。
虎蔵の装甲は砕け、剣は粉々に散っていた。
そこにある色彩は赤。
虎毛色の波打つ髪も透けるような白い肌も、全てが鮮血の色に染まっていた。
は、と吐息に似た声を溢しながら、リリィは虎蔵の傍らにしゃがみ込んだ。顔に浮かぶ
ものは無理に作ろうとして、しかし失敗した歪な表情。泣き顔という、負の表情だ。
「こちら、異常なし」
通信機に細い声を出し、倒れている幼い体を揺する。掌に赤が付着していることなどは
気付かずに、ゆっくりと、赤子をあやしてやるような速度で。
「ほら、起きて下さいよ。死んだフリなんて、良いですから」
何度も何度も、体を揺する。
『無駄じゃよ』
もう一人、その場に居た幼女が呟いた。
『虎蔵君は、死んだ』
それが、きっかけだった。
ダムが決壊するように大粒の雫がリリィの目から溢れ落ちる。動きだした感情は止まる
ということをせずに、連続して涙を溢れさせる。
「嫌」
汚れることなど構わず、虎蔵の体を抱き締め、
「嫌、嫌です」
単純な言葉で構成された心を、ぶちまける。
「嘘です、嘘です、だって」
ひ、と鼻をすすり、
「だって、虎蔵さん」
『もう一度言ってやろう、お嬢ちゃん』
幼女は両腕を広げ、空を仰いだ。
一拍。
『虎蔵君は、死んだんじゃよ!!』
「嫌あぁァーーッ!!」
最終更新:2007年08月04日 18:42