『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦』-13(最終話)
最終話『争いの果てに』
始まりは一瞬だった。
リリィは演奏を止め、一息吸い、
「勝ちましょう、虎蔵さん。全てを守る為に」
告げ、超速で鍵盤の叩きを開始する。
それに合わせ、虎蔵とDr.ペドも動いた。
虎蔵のブースターを起動させると同時に背から一対の大翼が出現し、小さな身を瞬間的
に前方へと跳ね飛ばす。その速度は以前のものの数倍、『Type-S』に相当するものだ。
それに対し、Dr.ペドも前に出た。それにより間合いが一気に詰まり、知覚したときは
既に距離は1mになっている。互いの刃の届く距離だ。
虎蔵はブレードを、Dr.ペドはナイフを振る。
互いの踏み込みは強く、そして速い。音速超過の水蒸気を背後に引きながらそれぞれの
得物を振り上げ、体のしなりを利用して振り降ろす。斬撃の中では最も力のある、相手を
一刀の元に切り捨てるという、必殺の力を持ったものだ。
鋭音。
ブレードとナイフが噛み合う音が鳴り、行為に僅かに遅れて大気が揺らぐ鈍い音が響く。
「リリィ、良い仕事だ」
「ありがとうございます」
口元に笑みを浮かべ、体全体を使ってのスイングをする。
鋭音。
だが事前に自ら後方に飛んだのだろう、手応えは弱いものだった。
吹き飛んだDr.ペドに追撃をかける為、虎蔵はブースターを全開に。金色の弾丸となり、
バレルロールを繰り返しながらブーケから放たれるレーザーを回避しつつ、最小限の動き
で最短距離を目標に、一直線に向かってゆく。翼で時折体のバランスを調整し、向かい風
をも推進力に変えて、生まれる速度は音速の二倍だ。
戦えている、という実感に気持ちを高ぶらせながらも、眼前を冷静に見据える。
来る。
ブーケが正三角形を描きガトリング砲式にレーザーの高速連射が飛来する。しかし抵抗
を減らす為に立てていたブレードを倒してプロペラのように風を受け、超速の螺旋を描き
全ての閃光を回避を可能にした。
抜けた先にあるのは黒の体。
慣性のままに続く回転を味方に付け、下段からの斬撃。
鋭音。
間一髪で防がれたが、笑みは崩さぬままだ。
詰まった距離を離さぬよう、刃を振れる距離を維持しながら虎蔵は追い続ける。ブーケ
による射撃が来ないだけマシだ、そう前向きに思考を変えて、腕の振りを連続させる。
音が響く、幾つもの音が空間に満ちてゆく。
一つは虎蔵とDr.ペドが剣撃を交すもの。
一つは、リリィの十の指輪の起動音。
最後の一つは、リリィが光のオルガンを弾く音だ。
音が空に木霊する、舞踏会のようにすら見える光景の中、
『うしゃしゃ、随分良い動きだね?』
回り、奏で、意思を振るう、それぞれの動きは止まらない。
『カメラを持ってくれば良かったよ、虎蔵君。音楽を奏でているのが年増というのが気に
入らんが、美幼女が踊っているというのは是非残しておきたいからのう!!』
「生き残るのが前提か?」
裾を翻して虎蔵はターンを一つ、遠心力を利用した横薙ぎの一撃を放つ。しかしそれは
ブーケによって防がれ、続いてやってくるのは三条のレーザーだ。
当たる、と思った瞬間、虎蔵の体が跳ねた。
自動的に稼働したブースターが高速の光打撃から身を剥がし、
「受けなさい!!」
強引に虎蔵の身を回転させてブレードを叩き込む。
「お前、いきなり動かすんじゃねぇ!!」
「虎蔵さん、結果を見ましょう。見事ブーケは残り一つです」
虎蔵は苦い表情を浮かべたが、すぐに構えを取る。叱るのは後で良い、今はDr.ペドを
相手にする方が大切だ。しかし後で絶対にヒィヒィ言わせてやる、そう決意して前を見た。
『やるのう、しかしこれならどうかの?』
『RoseGarden:Open;(黒界展開!!)』
スカートが膨れ、弾けた。
虎蔵の背からもう一対の翼が出現した。
二対の翼が羽ばたきを一つ、待った羽が周囲を包み込み、白く彩ってゆく。
轟音。
黒の閃光が白の羽に当たった刹那、それは対消滅を起こした。
『ほほう、もう余裕は無さそうじゃのう』
軽い言葉だが、Dr.ペドの表情が変わった。今までのニヤついたものを完全に消し去り、
浮かべたのは真剣なもの。大戦時にDr.ペドの弟を殺したと告げたとき、モニター越しに
見たそれと同じもの。目を鋭く細め、眉根を寄せ、殺意を前面へと押し出したものだ。
『遊ぶ時間は終わりじゃ』
感情が一気に削ぎ落とされた冷たい声。
『あの世で妻に会うと良い』
一気にDr.ペドの速度が跳ね上がる。
風をも起こさぬ速度での連激、秒間に百を越える速度での斬激の群だ。スピードが乗る
分重さが足りないが、運動エネルギーは多く、一撃を受けるごとに虎蔵の手に強い痺れが
走り表情を歪める。強化されているブレードは欠けこそしないが、それだけだ。腕の加速
を続けるDr.ペドの攻撃はついに秒間二百を越え、
『そら、また負けるぞ?』
対処しきれなくなった刃が首元に迫った。
リリィは防御のプログラムを発動させようとしたが、
「虎蔵さん!!」
あと5cm、僅かに手指が届かない。
しかし、その鍵盤を押す者が居た。
白銀の髪と白銀の装甲を身に纏った幼女だ。
彼女が鍵盤を押した直後、プログラムが発動。
『TigerWing:Open;』
舞った羽が、ナイフを弾く。
「リリィ、あんな声を出して、心配させないで下さい。虎蔵さんが本当に死んでしまった
かと思ったじゃないですか。全く、昔からリリィは肝心なところで打たれ弱くて」
「い、いきなり罵倒って何を」
「良いですから、行きますよ」
リィタはリリィの隣に立ち、溜息を溢しながら鍵盤を弾き、
『TwinInfintKey:GrandOpen;(二重無限鍵盤超展開!!)』
空間に更に五段二十セットの鍵盤が浮かび、歪曲し、円列へと変化。
完成したのは合計二千四百にもなる鍵盤によって構成された、五段の還のオルガンだ。
ステップを踏み、リリィと背中合わせになるように立ち、鍵盤を叩きながらリィタは目
を弓の形にした。体の小ささを補う為にする移動で長い髪を大気に翻しながら、
「懐かしいですね、リリィ。これを使うのは三年ぶりですか」
「そうですね。そして、これからの使うものも」
リリィとリィタ、二人が頷きあった直後、音が追加された。
歌。
伴奏に合わせ、二人の唇から声が溢れる。
歌詞は無く、全てがラの言葉で構成されたものだが、それ故に誰でも歌えるものであり、
曲に捕われることなく自由に歌うことが出来るものだ。リィタは伸びやかな声で、リリィ
は澄みきった声で、それぞれの意思を込めながら歌を紡いでゆく。
『咏唱プログラミングか!?』
Dr.ペドの言葉を裏付けるように、虎蔵の動きは加速した。
指輪によるもの。
オルガンによるもの。
歌によるもの。
三重プログラミングによって速度は飛躍的に増大し、振るわれるブレード先端部の速度
は先程の二倍にもなった。音速の四倍、水蒸気の糸を引くことすらしない速度だ。
轟音。
思考するよりも音に身を任せて刃を振るい、虎蔵はブーケを破壊する。
連続する爆発音に負けぬよう声を張り上げ、虎蔵は言う。
「負けねぇ」
一度目は確認の為に。
「勝てる!!」
二度目は意思を強くする為、虎蔵は叫んだ。
それに応えるように、空間に変化が起きる。
最初に気付いたのは、唯一背を向けて演奏していたリリィだった。この第5監獄都市の
シンボルである、二重螺旋の塔を象ったオブジェが震えている。まるで意思を持ったよう、
動き出す直前のように振動を続けていた。
果たして、それは意味を発揮した。
ソの音、ファの音、それに続いてレミソシの和音のキーを叩いた瞬間、文字通りに音が
弾けたのだ。どこまでも音を広げてゆくよう、明確な音階を持った風がその場に存在すり
者全員の体を包み、そして更には付近の建造物をも震わせた。
◇ ◇ ◇
『何でしょう、この音は?』
音が、聞こえてきた。
最初は小さなもの、しかし次第に大きなものへと変わり、それがリズムと音階を持った
ものだと理解する。そして音の発生している方向は、現在虎蔵達が交戦しているものだ。
意識を集中させて分かるのは、
『この声、リリィさん達の』
歌声だ。
『生きて、た』
シオリは頷き、笑みを浮かべた。
音が響いているというのは、終わっていないということだ。決して絶望せず戦いを継続
させているということだし、その先に繋げるものが存在するということでもある。虎蔵は
死んでなどいない、その事実が聞こえる歌声として存在しているのだから。
音の発生源を見て、一歩踏み出した。
小さな体での一歩は酷く距離が短く、詰まった距離は50cmにも満たないものだ。しかし
虎蔵達に少しでも近付けたことが嬉しく、その喜びを増やす為にシオリは短い歩みを連続
させる。それが、希望への歩みになると思いながら。
「シオリたん、その先は」
『分かっています、持ち場を離れるなんてしませんよ。でも、その代わりに』
シオリは振り向き、指を振った。
『歌いましょう』
タクトのように規則正しく、しかし流れる音に合わせ、
『世界を救う戦いをしている人に、少しでも力を与えれるように』
シオリの眼前、『シオリたん命』と書かれた鉢巻きを巻いた局員達が頷いた。
そして口を開く。
発音はラだったりフだったりするものの、意味は変わらない。音程も声の質も全て違う
ものだが、男女問わずに奏でるのは戦っている物へと送る戦の讃美歌だ。ここで負けては
いけないと、自分達を勝ちに導いてほしいと、そして世界を守ってほしいと、その想いを
込めて彼ら、彼女らは音を紡いでゆく。
『勝って、下さいね』
一言発し、シオリも目を閉じ、歌を奏で始めた。
◇ ◇ ◇
『ムツエ様、ムツエ様ァ!!』
『えぇい、近寄るな!!』
『ムツエちゃん、モテモテね』
『違う、これは違うんだミク!! 某はミク一筋で!!』
マナミから逃げながら通信機に叫びを続けていたムツエは、不意に足の動きを止めた。
その隙にマナミが抱きついて懐へと手を伸ばしてくるが気に留めず、
『これは?』
向いた方向は西、ミクの居る方向だが意識はそれの手前に向いている。
『リリィ殿とリィタ殿か』
『歌、ですわね』
『増量』と書いた札をマナミが投げると、音が増した。
聞こえてくるのは虎蔵の叫びや連続する金属音、それをも楽曲の中に取り入れたような
演奏や、それに合わせて流れてゆく二人の少女の歌声だ。
『綺麗な歌声ですわね』
『そうだな』
その場に居る存在、機械人形や人間を問わず、全ての存在が聞き入っていた。増加され、
鮮明になった音の群れを楽しむように、万を越える視線と意識が一つの方向に向いている。
余計な言葉を発する者は殆んど居らず、誰かが何かを口にしても『綺麗』などと短く感想
を送るだけだ。それ以外は無粋だと、そう沈黙で言っている。
その中で、動く者が居た。
動きと言っても単純で小さなもの、口の開きという僅かな動作だ。
『強く、温かいな』
あくまでも音を邪魔しないように小さく呟いた後、発せられたのは逆に強い音。
『ラ』
歌う。
流れてくる音に合わせ、数小節だけ歌を紡いだ。
『いや、某も参加したくなったが、歌というのは難しいでござるな』
振り返り、照れたように頭を掻き、
『しかし楽しく、快い。誰か、この音痴に付き合って下されよ』
◇ ◇ ◇
ミクは無線機から流れる音と歌声を聞いていた。
東から聞こえてくる僅かな音よりも強く聞こえる同胞達の声は、今までに聞いたことの
無かったものだ。緊を無くし、伸びやかに発せられる快の声。
『考えてみれば、こうして歌ったことなんて無かったかも』
記憶にあるものは戦の為に作られたという苦い思いや、研究所を抜け出し、大戦のとき
に暴れていたという争いの記録だ。その後も山奥で旅館を経営してはいたが仕事に追われ
だり、外敵や追っ手に警戒をする毎日で、殆んど安心する時間が無かったような気がする。
ムツエと二人で居た時間は少しは休めたものの、これとは明らかに違うものだ。
『皆さん、大変お疲れとは思いますが、もう一度働きましょう』
視線を回し、全ての機械人形に目を合わせ、
『私達機械人形には必要のない、休みという大変重要で難しい仕事です』
数秒。
『これは自由参加、と言うより私の我儘です』
ですが、と前置きして、
『自由な歌、というものに参加したいという者が居たら協力して下さい』
旅館の仕事の一つとして宴会の設定や盛り上げる為の演出があった。だがそれは仕事の
一貫として行われていたもので、機能の一つを使って歌っていたものだ。
今回はそれが無い。
純粋に、声と感情を使って奏でるものだ。
それを自覚しながら、ミクは声を出した。
人に聞かせる為のものではなく、自分が歌いたいと思い発するもの。
それは全ての機械人形が同時に発し、いきなりの大コーラスとなった。初めてのことに
一部音程がずれている者が居る、調和を無視して飛び抜けて声の大きな物も居る。しかし
それを悪いことだとミクは思わない。寧ろそれが醍醐味だと、そう考える。
ばらばらな音の組み合わせを楽しみながら、ミクは声を発した。
これからも何度でも歌えると、そう信じながら。
◇ ◇ ◇
「この声、リィタちゃんだよな。スゲェ、何かそこらの歌手より上手いんじゃねぇか?
特に今のフレーズ、フフンフーンってところ。畜生、レコーダー持ってくりゃ良かった!!」
「結構良い声してるじゃん、ま、あたしには及ばないかもしれないけどさ」
「黙れアバズレ、キサマがリィタたんを越えることが出来る訳ないだろうが!! あの天使
のようなリィタたんと貴様みたいな溝鼠、比べるのも失礼だボケが!!」
「良いなぁ、リィタたん。リィタたんは俺の嫁」
「お前、それヘドロさんが親父ってことだぞ? しかも嫁なんて言った日には真っ二つに
されるんじゃねぇか? あの人、ちょっと身内を見る目が尋常じゃねぇんだぞ?」
「ほら、俺達も歌おうぜ。あんなガキが命張って歌ってるんだ、ここで俺達大人が黙って
いたら格好悪いだろ。よし、ここは第7番監獄都市管理局宴会部長の俺が」
「いや、リィタちゃんに良いところを見せるのは俺だ。そして俺に惚れて、この戦いの後
婚姻課に直行だ!! やべぇ、何がやべぇって初夜から始まるミラクルタイムだよ!! 俺の
マグナムとサイズが合わなくて……でも素股とか足コキとかでもそれはそれで良し!!」
「いえ、私よ。女の子同士の恋愛も悪くないじゃない? つうか男なんかに任せておけん、
ここは女の子同士が絶対正義の筈なのよ!! だからキンタマは皆諦めなさい!!」
「そんな下品な女にリィタちゃんが引っ掛かる訳ないだろ? つうか女の子って年か?」
「やはり、ワタクシが一番ふさわしいのではないですか? その、受けでも責めでも対応
出来る上に、性別も女なので。ふふふ、リィタは永遠にワタクシのもの」
「お前が一番アウトだよ!!」
無数の声が飛び交っているが、結論は一つだ。
「こっちも歌わなきゃな、あの小さな空の騎士の為に」
そして、大合唱が始まる。
◇ ◇ ◇
管理局の地下、そろそろスケッチブックを使いきろうかというところでサユリは視線を
上に向けた。軽く頭を揺らし、手に持ったクレヨンでリズミカルに紙を叩く。
「おうた」
「どうしたの?」
「おうたがきこえるの」
薫は耳を澄ましたが、何も聞こえない。
当然だ、ここは地下深くにある避難用のシェルターだ。地上での出来事などはこちらに
及ぶ筈もないし、大雑把にくくってしまえば衝撃波の一種である音など途中で完全に遮断
されてしまう。だから薫は首を傾げたが、サユリの目には嘘を吐いている色などない。
「誰が歌っているの?」
疑問を解消する為に聞いたが、対するサユリも首を傾げた。
「みんな、みんなうたっているの」
皆、とはどのような意味だろうか。
再度首を傾げたとき、無線機に連絡が入った。
『薫さん、歌が聞こえてきます』
その声の後ろ、まるでBGMでもかけているように大合唱が聞こえてきた。音が明確に
なったことで薫はサユリの発言の意味を理解し、サユリは満面の笑みを浮かべた。
「みんな、うたってる!!」
音が聞こえればリズムも取れる。サユリは先程のような曖昧なものではなく、通信機を
経由して流れてくる音に合わせて体ごと揺らし始めた。音程が僅かにずれたハミングをし、
共に歌おうと視線で訴える。
「そうね、虎蔵ちゃんが頑張っているのよね。もちろん、他の皆も」
薫が歌い始めると、それに同調するように声が広がり始めた。
最初はシェルターの中で口を開く者が現れ、そして通信機の向こうからも声が響く。
「みんな、ぱぱに『がんばって』っていってる」
歌詞は存在しないが、伝わるものがあったのだろう。
「ぱぱ、がんばって」
そう改めて口にして、サユリは立ち上がり、幼いハミングを続けた。
声が、響いてゆく。
滅びの担い手と戦う者、世界を守る者へと向かって。
◇ ◇ ◇
「音が」
虎蔵は音が伝わってくるのを感じた。
自分の背後、リリィとリィタが発しているものだけではない。
右から左から、前から後ろから、空から、自らを囲むように、
「違うな」
虎蔵を囲んでいるのではない。
この中央地区を、否、第5番監獄都市全体を包むようにして音が満ちている。しかも、
どれもが同じようでいて全てに違う印象を受けた。ある方向の歌は勇気に満ちているし、
ある方向の歌は
繋がりに満ちている。ある方向の歌は楽しんでいるように聞こえてくるし、
ある方向の歌は守っているように聞こえてきた。
その中で一番強い意思を受けたもの、それは南から聞こえてきたものだ。
「サユリ」
虎蔵が口にしたのは、彼の娘の名前。
声を聞き分けることなど不可能だ。全体で六万を越える声での合唱、南に数を絞っても
人員は二万を越える人数の中での一つだ。恐らくシェルターの中で歌っているということ
を考えれば、届いているというのかという疑問すら発生する。
だが虎蔵は、はっきりと聞いていた。
「サユリに応援されたら、こりゃもう」
只でさえ短いDr.ペドとの距離を詰め、
「絶対に応えなきゃならねぇよな!!」
ブレードを鎚の動きで振り降ろす。
『馬鹿な、応援で力が増すなど』
「馬鹿じゃありませんよ」
答えたのはリリィだった。
「このオブジェ、音叉だったみたいですね?」
震えているオブジェを五段の光環が囲うように、リィタとリリィは移動していた。
「これ、共振しているんですよ。音を広げたり、そして集めたり」
注意深く見れば気付いただろう、オブジェが曲に合わせて振動の強弱をつけていた。
「音声プログラミングは当然知っていますね? 声質や音程、強弱によって対応したキー
を打ち込むものです。まぁ、これは言うまでもないでしょうが」
リィタの声をBGMに、リリィは声を続ける。
二千のキーを同時に叩いているということだ。
「これを組み合わせれば出来るのは」
二人の運指はテンポアップ、それは視認不可能な程になっていた。
そして高速配置による声の群れで出来るのは、膨大な量のプログラムだ。
実行のキーを二人同時に叩いた瞬間、再び押されて始めていた虎蔵の動きが、とうとう
Dr.ペドを凌駕した。降りかかる閃光の嵐を身の反らしで避け、ナイフの連撃をステップ
を踏むような足運びで回避。虎のようにしなやかな動きで出来るのは、光のワルツだ。
「リリィ、リィタ、ちょっと格好良いとこ見せてやるぜ?」
「私達の協力のお陰でしょう?」
「虎蔵さんもリリィも、こんなときまで妙な強がりは止めて下さい」
挑発、呆れ、苦笑。
だが全員の顔に共通して浮かんでいるのは勝てるという意思と、油断のない余裕だ。
「征くぜ、変態幼女」
振り降ろされたナイフを右へのサイドステップで避け、その勢いを利用してのターン。
腰だめに構えたブレードをターンの勢いに任せ、遠心力を利用してぶち当てる。
「刻め!!」
刻む。
「穿て!!」
穿つ。
「響け!!」
響く。
「鳴らせ!!」
鳴る。
「時の記憶に名を残せ!!」
倒す、という意思を前面に押し出した刃を、力と流れを利用して強引に放つ。そこから
生まれてくるのは、空白や隙という時間の存在しない、光の速度での超連打だ。
止まらない。
『おのれ』
止まらない。
『虎蔵め』
一歩踏み込み、
「これで終わりだ」
間を開けて放たれたのは袈裟掛けの一刀。
『まだ、終わらんよ』
『LastNight:Open;(終夢展開!!)』
Dr.ペドが叫んだ直後、その体は崩壊した。音もなく崩れ、細分化した黒の体は暗闇の
中へと溶け込んでゆく。夜の結晶が、元の場所へと返るように。
「これで」
余韻を残してキーをゆっくり停止させながら、リィタは呟いた。
「勝った……んですね」
「いや、まだみたいだ」
何故、という疑問の表情をリリィとリリィが浮かべたとき、轟音が響いた。
発生源は頭上、星の光が消えた空だ。
「これは……!!」
「あの爺、最後にとんでもないモン残していきやがった」
星の光が消えたということは、遮蔽物が出来たということだ。普通なら雲や霧のような
ものだが、空にあるものを見て虎蔵は表情を苦いものへと変えた。
「この都市ごと消すつもりか?」
天葢のように見えるそれは、全長を捉えきれない程の巨大な浮遊基地だ。
「おい、俺の残りは何秒だ?」
突然の言葉にリリィは頭を傾げ、
「残りは……まさか!?」
「止めて下さい、無茶です!!」
「良いから答えろ」
一拍。
「残り、十秒です。目標の高度は千五百」
「そんだけありゃ、充分だな」
震える声とは対照的に、虎蔵の声はあくまで明るいものだ。不安など無いのだと、そう
示すように。だがこれからの行動は、決して楽なものではない。それはリリィもリィタも、
何よりそれを行おうとしている虎蔵自身が理解していた。生き残る確率は限りなくゼロだ。
しかし虎蔵は、
「必ず帰ってくるからよ、待っててくれや」
笑みを浮かべ、ブースターを稼働。
「待っ……」
「俺が嘘吐いたことあったか?」
リリィは首を振り、しかし、
「でも、そんな」
制止の言葉を打ち消すように爆音を響かせて空へと向かい、一瞬で虎蔵の姿は見えなく
なった。残っているのは二人の月の魔女の影だけだ。
数秒。
夜の闇を払拭するような、強い虎毛色の光が二人を照らし出した。
◇ ◇ ◇
先日の戦いから三日、リリィはオブジェの前に立っていた。戦闘の余波で地面は捲れ、
付近のものも全てが壊れている。唯一、辛うじてではあるが形を保っているオブジェだが
全体にヒビが入り、砕けていないのが不思議な状況だ。それ故この場に近寄る者は皆無で、
その小柄な影を空間に強く浮かび上がらせていた。
「虎蔵さん、いつまで待たせるつもりですか?」
空を見上げ、呟く。
軽音。
小枝を踏む音に一瞬だけ笑みを浮かべたものの、音の主を見て、表情はすぐに落胆した
ものへと変わった。吐息する力も無いのか、リリィはただ目を背ける。
「リリィ、もう帰ってきて下さい。皆心配してますよ」
「虎蔵さんの心配はしないんですか?」
冷たく吐き出された言葉に、リィタは頭を掻いた。
「生きていると信じていますが、ここに居てどうなるというものでもないでしょう?」
「目印になります」
子供のようなつまらない理屈に、リィタは舌打ちを一つ。
「ダダをこねないで帰ってきなさい!! 碌に食事も取っていないみたいですし、そのクマ
を見ると一睡もしてないのでしょう? ほら、早く帰りますよ!!」
「嫌です。私は『一人でも』大丈夫ですし、『一人でも』待ってますから。あ、皆さんに
心配は要らないと伝えて下さい。それと、食事は私と虎蔵さんの二人分用意して下さい」
皮肉めいた、しかし素直な感情の発露に、我慢の限界が突破した。
リィタはリリィの腕を掴み、
「良いから、帰りますよ!!」
理屈すら用いず、動かそうとする。
しかし、動かない。
三日間の疲労と空腹が体を弱らせている筈なのに、それどころか身体能力自体がリィタ
と比べて遥かに低い筈なのに、足に根でも生えたかのように微動だにしないのだ。
それでも無視を出来ずに腕を引こうとし、
「待ちます!!」
腕を振り払われ、オブジェに激突する。
リィタが涙を浮かべ、強打した後頭部をさする中で、動くものがあった。衝撃を受け、
崩れかけだったオブジェが完全に崩壊しようとしている。
それは、二人を狙うように倒れ込んできた。
鈍音。
鉄の雪崩が二人を押し潰そうとした刹那、響いた音がある。何者かが瓦礫を強く打ち、
吹き飛ばした音だ。逆光に照らされたシルエットは刀を構えた背の高いもの。
「馬鹿野郎、こんな危ない場所に立ってんじゃねぇよ」
視界に入ってくるのは見慣れた姿。長身の体は黒スーツに包まれているが、その上から
でも鍛え込まれているのが分かる。その上に乗っているのは刈り込んだ黒髪が生えた頭部、
その少し下には眉根を寄せ、唇の端を歪めたシニカルな表情が浮かんでいる。
「とら、ぞうさん?」
リィタの呟きに、虎蔵は軽く頷いた。
「虎蔵さん、虎蔵さん!!」
名前の連呼に一々応えるように頷き、三十回目をカウントしたところで虎蔵はリィタの
頭を乱暴に撫でた。わ、という声を出しながらも虎蔵にされるがままになっていたが、
「あ、そうです。今サユリちゃん呼んできます!!」
『MoonBrea:Enter;』
言うや否や、リィタは装甲を展開。リリィに僅かに目配せをした後、高速で飛び去った。
後にはただ、静寂と二人の人影が残される。
沈黙。
「サユリか、早く会いてぇな。禁断症状で死にそ……何だよ?」
未だに言葉を発しないリリィだが、一つの意思表示を見せていた。
俯き、顔ごと視線を反らしているが、掌が白くなる程に強く裾を掴んでいる。
「しかし、お前も薄情だな。せっかく戻ってきたのに、挨拶も無しか」
分かりやすい挑発だが、それでもリリィは口を開かず、ただ 拳の力を強くするだけだ。
どうしたものかと虎蔵は頭を掻き、煙草を取り出して火を点ける。そう言えばDr.ペドと
戦う前に煙草でも何か言われたような気がしたが、リリィはそれにも口を何も出さない。
煙草の火が進み、燃える小さな音すらも聞こえる程の静寂の中、
「どれだけ」
それにすら負けそうな声で、ぽつりと声が落ちた。
「どれだけ、人を心配させれば気が済むんですか?」
「心配してくれたのか?」
「しましたよ」
戦闘のときとは違い何の照れも挟まずに出てきた言葉、それに驚いてくわえていた煙草
を落とした。まだ半分も吸っていなかったが、それよりも今はリリィの言葉が頭にある。
「どれだけ、もう、この駄目中年!!」
「すまん、あの爆風で知らない場所まで飛ばされてな。聞いたら何と第7番監獄都市近く
まで行ってたらしくてよ、ワープ装置使おうにもこっちの都市のは封鎖されてるだろ?
だから近くまで送ってもらった後で必死こいて山を歩いたり野生の獣と戦ったりしながら」
衝撃。
脇腹を殴るリリィの目尻に浮かんでいたのは、大粒の涙だ。
「そんな、だったら連絡の一つくらい」
「すまん」
「でも、虎蔵さんが帰ってきてくれただけで私は……」
「ぱぱー」
「おう、サユリ!!」
無理矢理リィタの腕を振り切ってきたのだろう。リリィが恨みがましい目を向けると、
リィタは気不味そうに頬を書いて露骨に目を反らした。
「ぱぱー、おかえりなさーい」
「おう、ただいま」
リリィの存在を意識から消し飛ばしたかのように娘と戯れる虎蔵を見て、リリィは足を
強く地面に打ち付ける。しかし虎蔵は気付くことなくサユリを抱き締め、振り回し、頬を
擦り付けては娘の見えないところで瞳をヘドロのように濁らせるだけだ。
「あぁ、もう。何でこんな!! 決めました、決めましたよ!! サユリちゃん、今から良い
ものを見せてあげますからしっかり見ていて下さい!! 大事なことです!!」
大きく腕を広げ、リリィは深呼吸を一つ。
サユリの体を挟むように虎蔵の体に密着すると、ネクタイを掴んで首を固定した。逆の
手で目付きをして強引に瞼を閉じさせ、また自らも目を閉じて背伸びをする。
「何をしやが……」
『る』の発音をする前に、声が途切れ、代わりに鳴ったのは前歯のぶつかる固い音。
慌てて虎蔵が飛び退くと、耳まで紅潮させ、目を背けた少女の姿があった。
「おま、これ、な!?」
「もう、居なくならないで下さいね?」
数秒。
青空の下、虎蔵は絶叫した。
最終更新:2007年08月04日 18:58