アットウィキロゴ
 

Le souhait last_escape

  • 作者 79氏

俺の名前は江口 遥(えぐち はる)。あだ名はハロ。
誰が自己紹介しろって言ったよ。いちいち思い返してみなくても名前は変わってないよ。頭でも打ったか。
「だーっ!」
布団を跳ねのける。
夏の朝。性懲りもなく今日も快晴。そして猛暑。とても寝てなどいられない。
暑さで目が覚めるというのは本当に嫌だ。
まだ鳴っていない目覚まし時計のアラームを止める・・・まだ五時だ。
部屋は熱気が充満していて暑い。更に、カーテンを貫通する日光も相まって、灼熱の空間を形成している。
ラクダも干からびる。体感温度としては七、八千度ぐらいだろう。
とりあえず部屋を出る。
「シャワー浴びよう」
このままじゃ死んじゃう。まだ若いのに。

寝汗を洗い流しさっぱりした後に、予めつけておいた冷房のつめたいいきが迎えるという連鎖関係は神。
リビングは天国、いや、神と化していた。
ううん。ここはリビングなんかじゃない。花と緑のサンクチュアリ。
などという妄想を抱きながらタオルで頭を拭いた後、ソファーに体を沈めるのであった。
チャ。
「あ、おはよぅおにいちゃん。早いね・・・」
と、朝から三文の損をして起きてきたのは、義妹の由梨。
寝るときの抱き癖が治らない彼女は、
「枕置いて来いよ」
「へ?・・・あっ!」
などと言って舞い戻る事がたまにある。
「若年寄って若いの?」などというわけの分からん質問をする彼女は、いわゆる天然である。
――両親の不和が原因で、俺が一人この家に残るかどうかというところで、「一緒に残る!」と言って
聞かなくて、それで現在はこの家に二人で暮らしている。考えてみると、大分不思議な話だ。由梨も、
父は違うとは言え妹も居るし、ああしなければ今頃は江川の実家で恙無く過ごせたろうに。毎日
ごはん作ったり洗濯したり大変だなあ、と。それで嫌そうなそぶりも見せないんだけど。
そんな由梨と出会ったのは・・・って、それはまた別の話。
由梨が戻ってきた。
「シャワー浴びたらどうだ?」
そしてさっぱりするがいい。
「それじゃあ朝ごはん遅くなっちゃうよ?」
ここで「じゃあ俺が作るよ」なんて気の利くこと言えたらかっこいいけど、でもそれは憧れなんだぜ。
「別に、遅くなっても構わないけど?」
ハロは にげだした!
「んー、じゃあ浴びてくるね・・・」
眠たげにそう言って、由梨はリビングを出た。
「さっきまでの同情はどこへ」
と呟きながら、テレビをつけた。強くなれ、由梨。

炎天下。
直射日光。
照り返し。
このサ○゙系ゲームのような夏の連係プレーに見舞われたら、いくら強靭な戦士でもひとたまりもない。
帰りたい。
家を出て数十メートルの地点でそう思っていた。
という事は数百メートルも歩く頃には、家どころか無に還りたいと思うかもしれない。
この暑さに、存在すら脅かされている。
ふらふらと歩道を行く。
「?」
何かの気配に気付いて頭を上げると、何かがぴゃっとブロック塀の陰に隠れた。

まあ、それが何なのかはよく知ってますけど、走る気にはならないのでそのまま行く。
蝉がうるさいなあ。カメムシの仲間のくせしていい気になんな。全身日焼けして死ね。
何だよミンミンミンミンと個性の無い。そんなんだから一生童て
「遅い!!」
と、目の前に現れたツインテールの少女。
この少女こそが、ツンこと、月岡 秋奈(つきおか あきな)である。
一時期、筆者の趣m・・・都合で桃色になってしまった髪の毛の色も、今はすっかり栗色。
白いリボンが今日は一段と日差しに映える。
「はい、これ」
言って、怒り狂うツンの眼前に、半分凍った麦茶入りのペットボトルを差し出す。
「え?」
「あげる」
「そのために持ってきたの?」
「そう」
ツンはすこし固まった後、やや乱暴に麦茶を受け取った。
「・・・こんな事ぐらいで許してもらえると思ったら大間違いだから」
とか言いながらキャップをはずす。
「はいはい」
今日みたいに暑い日じゃ、もし待ってるとしたら気の毒だよなあ、と思って持ってきた麦茶は心からの
お詫びであった。
「っていうか、こういう心があるならもう少し急いできなさいよ!バカ!」
ひと飲みして、ツンは再び怒号を飛ばす。
「以後、気をつけるであります」
締まりのない敬礼をして答える。
「ふん・・・」
ツンは怒っているようではあったが、満更でもないような様子で歩き出した。
当然俺も歩き出すが、その前に一瞬ツンの後姿をチェックさせてもらったがそれは故意ではない。
やっぱり、こう暑い日は髪を上げたほうが涼しいよな、とも思った。
けど、それでもニーソックスを欠かしていないのは多分俺のせいだと思います。けどもう時効だ。
「今の麦茶さ、」
「?」
「今日、暑いでしょ?」
「そうね」
「だから、ここに来る前にすこし飲んだんだけど」
「・・・ふーん」
数秒間、間があった。
「これって間接キスだよな」
「あー、言うと思った!絶対言うと思った!」
つかつかと歩き出すツン。
「何よ、子供みたいな事言って。大体今どき、かっ、間接キスなんて流行らないわよ。死語よ死語。
バカみたい。何ニヤニヤしてんのよ。ふん・・・」
だんだんフェードアウトしていく。
それにしても日差しが強いな。ソーラービ○ム撃ち放題だ。
間接キスなんて真に受けるのもツンぐらいなもんだと思うけど。でも意識する姿は可愛い。
「確かにまともなキスもしてないし・・・」
独り言。
「えっ!?///」
ツンの素っ頓狂な声に、ちょっと驚く。
「え、何?」
「な、なんでもないわよ!それより暑いんだからもう少し早く歩きなさい!早く学院に行って
涼みたいから!」
急に早足になるツン。

「ちょ待てよ」
誰にも伝わらなくて封印していたものまねが、今何気に復活した。
――ツンとは幼馴染で、本当に小さかった頃から一緒で、ツンは気の強い子だった。
小学校から中学校に入るくらいのときかな、ツンが今のような性格になったのは。典型的なアレ。
向こうがあんまり意識するから気になってしょうがなくなったな。それから今は正式に付き合ってるけど、
ツンに色々な技術を試させて上手にしてしまったのは間違いなく俺の罪であって、バカそんなもん時効だ。
だって寝相が悪いから・・・いやいやそんな昔の事!知ってる人は少ないから大丈夫だ。

半死半生になりながらも、俺たちはようやく学院に辿り着いた。
始めのうちはそれなりに会話も弾んでいたのだが、後半は殆どお互い無口になってしまっていた。
現に今も、玄関を睨みつつ驀進する二人の姿がある。
「ハロ」
突然、ツンが口を開いた。
「あの車、もしかして・・・」
ツンの向いている方向を見ると、見るからに高級そうな車が、日光を受け黒光りしながら、こちらに
向かって来るのが見えた。
「んなアホな。敷地内だぞ」
俺の手首を掴み、玄関へと走り出すツン。
「オイ、そんな露骨に避けなくても・・・!」
相手が車だとは言え、玄関は目前。
当然俺たちが玄関に至るほうが早かった。ガラス戸が押し開けられ、中の冷たく快適な空気が
俺たちを包み込んだ。
「何とか逃げ切れたわね」
「遥君!」
「ぬわっ!?」
一息入れる間もなく、何者かが背後から抱きついてきた。この感触は、理緒だ!
「理緒!何でここに!?」
「理緒はいつもハロ君の傍に駆けつけますわ!」
言いながら、俺にぴったりと体を寄せる。
ツンの目の前とは言え、背に当たる柔らかい感触と、髪から香る芳香に、この俺が抵抗できるわけもなく。
「ちょっと、離れなさいよ!」
ようやく状況を把握したツンが、理緒を制止する。
「あら、居ましたの?」
などとわざとらしい事を行って、ぱっと体を離す理緒。こと、輝青院 理緒(きしょういん りお)。
――幼い日、俺とツンと理緒はよく一緒に遊んだものだった。
理緒の俺を独占しようとする態度が、ツンには昔から気に入らなかったようで、このやり取りもテンプレです。
とは言え、理緒は高校に上がる前に引っ越してしまったから(そのため、理緒は蕪雲がつけたあだ名『ハロ』
を使わない)、最近ここに戻ってくるまでは何の音沙汰もなかった。ちなみに、俺を調教したのも理緒である。
言うには、決められた結婚を断るために、俺と結婚しに戻ってきたとか。・・・って、それはまた別の(ry
「オトリを使うなんて卑怯よ!」
「手段は選びませんの」
と、茶色がかったブロンドを掻きあげる。
「こんな日に抱きつくなんて、暑苦しくて迷惑するに決まってるじゃない」
「そんな事、愛があれば関係ございませんわ。遥君も嫌がってませんでしたし。ね、遥君?」
にこ、と理緒は笑顔を向ける。
「ああ、いや、うん、別に・・・」
ギロ、とツンが怒りのまなざしを向ける。
「そう、だな。勘弁して欲しいな」
目こそ合わせなかったが、ありゃあ鬼の目だ。おらぁびびっちまっただよ。
「お嬢様」
「ぬわっ!?」
「お鞄をお持ちしました」
「ありがとう、緋柳」
緋柳と呼ばれた女性は鞄を渡すと軽く会釈をし、足音も立てずに外へと出て行った。
あの人はいつも無表情だ。そしていつもメイド服だ。その服のまま車を運転し、理緒を送り迎えしている。
よく覚えてないけど、昔は従者は違う人だったような。
っていうか、あの服で暑くないんだろうか。
「さ、行くわよ。ハロ」
グイ、と左の手首を引くツン。
「行きましょう?遥君」
グイ、と右の手首を引く理緒。
「朝から全国的に真っ二つの予感」
俺は二人に引っ張られて右往左往しながら教室に向かった。
周りに人がいなかったのがせめてもの救いだったな。

が、更に朝早い連中(約二名)が教室で待ち受けているのも、いつもの事だった。
三人並んで教室に入る。
「お、おはよう」
約二名、すなわち別府 蕪雲(べっぷ ぶうん)と日暮 毒男(ひぐらし どくお)は、何か言いたげにこちらを見ていた。
こいつらの妙な連帯感は、俺も未だに少々理解しがたいものがある。決して悪いやつらではないんだけど。
「歌舞○町であんなの見たことある。行った事ないけど」
「たぶん嫌がらせだお」
ツンの席は俺の隣、理緒の席は蕪雲の隣である。
理緒が席に鞄を置いてくるまでの間、二人は黙っていたが、またなにやら話しはじめたようだ。
俺は二人に板ばさみになっていたから、悪友二人には気を配らずに居た。
「漏れのターン!」
と言って、携帯を取り出す蕪雲。
「こいつで一矢報いてやるお」
「何か秘策があるんですか隊長」
「智途様を招聘して昼ドラのようにしてやるお」
「電話番号知ってるん('A`)?」
「なんと、この前直に教えてもらったお」
入力した後、携帯を耳にあてる。
「珍しい事もあるもんだ」
殆ど疑ってはいたが、毒男は携帯に片耳を向けた。
「なーに、ようやく漏れのみりきに気がついたんだお」
数回、呼び出し音が鳴る。
ガチャ。
「漏れだが」
「はい、警察と消防です」
ピッ。
「・・・いや」
蕪雲は首を傾げた。
「道理で桁が少ないなー、とは思ったんだけど、」
「アホの子ですか('A`;)っていうか『だが』って何?」
「きっと番号聞く前の日に留守番電話に四十二件メッセージ入れたのがまずかったんだお」
「暗に『自首しろ』って言ってんじゃね?」
「一件にひとつずつ都道府県名を入れてみた。反省はしていないお」
「ガチで通報しますた。しかも一県足りねえし」
遠くで蕪雲が沈んでいるように見えるが、何かあったんだろうか。
俺たちが通っている熾惺学院は、その名のとおり(?)私立高校だ。
数年前、それはもう何も無かったこの街に、現学院長が「故郷への恩返しをしゅる」と言って、周囲から
ハイリスクノーリターンだのなんだのと騒がれながらも建てられたこの学院には、学院長がそのツテで
集めた優秀な人材と設備のお陰で大発展を遂げた。
それからは鉄道を引くやら店舗が進出するやらと町の景観が大きく変わっていった。
その目まぐるしい変化が、当時小学生だった俺にとってどれほど衝撃的であったかは計り知れない。
その頃理緒が居た事を考えると、家のほうで進出を狙っての下見が目的としてあったのかもしれない。
だが、表にある学院長の金ピカの像(もちろん金色はメッキ)は、ちょっとウザい。
そのウザさにもかかわらず、像にはかすり傷一つついていない。噂ではプロが手入れしているらしい。
陽の光を存分に浴びて輝くそれを窓の外に遠目に見ながら、俺はボーっとしていたのだった。
キーンコーンカーンコーン・・・
「うむ、キリがいいのう。今日はここで終わりにしよう」
などと麻呂のような話し方をするのは、我らがてんてーこと、東雲 泉(しののめ いずみ)である。
童顔で、背が低くて、いつも着物を着ていて、扇子を常時携えている。
見かけは子供っぽいが、話してみると大人としてちゃんとした考え方や意見を持っていることがわかる。
ので、皆『てんてー』と呼ぶなど侮った感じではあるが、心の中では敬意を持っている。
そんなてんてーの担当科目は国語である。英語だったら逆に許せない。
とにかく、昼メシの時間だ。ハデにな。
「俺、なんか買ってくるわ」
「また?もう、ちゃんとした昼ごはん食べないと体壊すわよ」
そう言われても面倒くさいこと風のごとし。
「どうしても、って言うなら」
ツンがためらいがちに切り出す。
「弁当ぐらいなら、つ、作ってきてあげてもいいわよ?」
「マジで!?」
ツンはこくりと頷いた。
「どうせ、一人分作るのも二人分作るのも変わんないし」
「一人分って、じゃあツンは自分の弁当自分で作って来てるんだ。偉いなー」
俺なんか由梨に頼りっぱなしだからな!でっひゃっひゅwwww
「そんなの当然よ。それに、将来、お嫁さんになった時のために、・・・///って、あるでしょ?だからその、
ああもういいから、早く何か買ってくれば?」
ツンは紅潮した顔をそっぽに向けながら、手をひらひらと払うジェスチャーをする。
「ん、じゃあ行って来る」

学院の昼は賑わう。
食堂こそ無いが、購買があるからそこでいつも買い食いをする事にしている。だがそれも今日で終わり。
終わりなのだ。もう手遅れなのだよ何もかも。君との付き合いもこれでゲームオーバーなのだ。
「ハロ」
廊下。誰かが俺の名を呼ぶ。振り返ると、智途が居た。
「今日も買い食いなのか?」
「どうかな?」
「違うのか」
「そうだ」
「・・・何なんだ」
呆れる智途。
長岡 智途(ながおか ちと)。
――話し方こそ女らしくないが、その長く美しい黒髪、凛々しい顔立ち、豊満なバスト、そして美脚。
しのたのように、彼女に憧れる女性とも少なくない。蕪雲にとってはかなり内角高め直球ストライクらしい。
そんな彼女には、更に優れた姉、雪花(せつか)さんが居る。うん、まあ二人にはよく可愛がられました。
姉妹には何か複雑な事情があるようで、なんでも組織がらみで生死に関わる抗争が続いているとか。
…って、それはまた別の(ry

「よくここの廊下で会うよな」
「ん・・・まあそれは、お前が・・・」
「俺が?」
「や、なんでもない。気にするな。それより、弁当は持って来てないのか?」
「明日から作ってくることにしたよ」
なんとなくツンの名は出さなかった。
「あ・・・そうか、なら仕方ないな」
何故だか、智途は悲しげにその視線を伏せた。
「こぉらぁー!」
声に振り向くと、そこにはもうダッシュで駆けつけるしのたの姿があった。ザザッ、と俺の前に立ちはだかる。
「智途先輩をいじめちゃダメです!」
「俺は何も・・・」
しのたこと、篠田 美佳(しのた みか)。
――彼女は自分の事をボクと言う。メガネをしている。そして部活の後輩にして、智途親衛隊の一人。
よく諌め、よく動く(バスケ部だったからか)。由梨と仲が良くて、いつも二人で行動している。
そんなしのたには生徒会と縁があって、生徒会とともに、熾惺の生徒の殆どが知らない熾惺の恐怖に
立ち向かっているらしいが・・・って、それはまた別(ry
「いいんだ、しのた」
智途はしのたの肩をぽん、と叩いた。
「でも、先輩!」
「しのたん、待ってぇー!」
息を切らして、由梨がようやく追いついた。
「あ、由梨。丁度良かった。こいつらが俺のことをいじめるんだ。助けてくれ」
と、無茶振りをしてみる。
「そうなの?」
呼吸を整え、しのたの顔を見る。
「違いますよ!先にいじめたのは先輩のほうです。ボクはむしろ庇ったんですよ?」
「でもハロの場合、いじめられるのが好きだからな」
「そ、そうなの?」
俺の顔を見る。
「そんなわけないだろ」
あるけど。って言うか義理とは言え妹に何で今ここで自分の性癖を暴露せなあかんのだ。
「えっと・・・」
以上の情報を由梨の頭の中で整理させるとどうなるのであろうか。由梨はしばらくまごまごした後、
「いじめはよくないと思います!」
と、丁寧語でスローガンを掲げた。
言い放ってガッツポーズのまま固まる由梨を見て、一同はしばらく黙っていたが、
「そうだな、いじめはよくないな」「そうですね」「俺も悪かった」とりあえず合意に達した。
「よかった」
ほっとして笑顔を見せる由梨。
「あ、俺昼メシ買って来なきゃ」
「先輩は予定あります?」
「私は特に無いな」
「じゃあボクたちと一緒にお昼食べましょうよ」
そっちはそっちで話が進んでるみたいだな。じゃ、あっしはこれで。
そう思って去ろうとした時、擦れ違いざまに智途から左腕を組まされた。
「一緒にどうだ?」
ぎゅっ、と俺の腕を抱き寄せる。もし着けてなかったら二の腕の辺りはその谷間に呑み込まれていた
かもしれない。それでも心を揺らすくらいの誘惑が、その温かさと柔らかさにはあった。
「そうだよ、折角だし、たまにはおにいちゃんも一緒に食べよ?」
由梨の発言に悪気は全く無いのだが、俺はもう折れてしまいそうな気がしていた。

その時、どこからかブーンという音が聞こえてきた。
「智途様ゲトォォーーー!!」
とっさに俺から体を離した智途と俺との空隙に、時代を駆け抜ける一筋の旋風がよぎった。
紛れもなく蕪雲だ。まさに風雲児。
はっと気がついた智途の表情を最後に見てから、
「また今度!」
と言って俺は超神速縮地の二歩手前でその場から逃げ出した。
呆然とする場。
智途の怒りの矛先は当然、窓枠を支点にヘの字に体を折り曲げたままほぼ静止している蕪雲へと
向けられた。
智途はその足を持ち上げ、くるりと蕪雲を窓の外へ自由落下させた。
かわいそうな蕪雲ちゃん。でもあなたは丈夫だから、落ちても平気よ。
「さ、昼飯にしようか」
「はい」
「・・・えっ?えっ??」
あまりに誰も蕪雲の心配をしなかったため、由梨には何が起こったのか理解できていなかった。
慣れとは恐ろしいものである。

放課後のことだ。
「先輩」
「ん?」
ここは、THEサンクチュアリ百式-Ver2.01-部の部室。
部員は俺、蕪雲、しのたの三人だけ。ここでは、主にプログラミングを学ぶ事を活動にしている。
ということにしておこう。
「智途先輩、怒ってましたよ。断る理由くらい教えてくれてもいいのに、って」
「・・・。ま、確かにあれじゃ嫌ってるようにしか見えなかったかな」
狭い部室に、パソコンの動作音だけが残る。
「何か理由があったんですか?」
回転椅子をこちらに向けて、しのたは聞いた。
「ツンを、待たせてたから」
回転椅子を半分だけ向けて、俺は答えた。
はあ、としのたはため息をついた。
「そうならそうと言えばいいんですよ。どうしてそう、思ってることを言わないんですか。本当のことを
正直に言ってあげるのが誠意を見せるってことじゃありませんか?相手が好きな人なら、尚更・・・」
普段ならそれは違うだろ、と軽く否定するところだが、今はなんとなく論破されたような気になった。
「悪かったよ」
「ボクに謝ってどうするんですか」
「はは・・・」
しのたに向かい合って、言い直す。
「明日、ちゃんと謝っとく」
しのたはそれを聞いて腕を組み、
「じゃあ、良しです」
と偉そうに言った。
でも俺にはひとつ気になる事があった。
「ところで、蕪雲来てないな」
「まあ、勢い余って窓から転落してましたからね」
「マジで?」
平然と頷くしのた。当然、『勢い余って』の部分は事実無根である。
「でもま、大丈夫だろ」
キィ、と椅子の向きを戻し、両者パソコンに向かう。
慣れとは恐ろしいものである。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年08月17日 19:34