◇ ◇ ◇
「何をしたんですか!?」
リリィの声に、幼女は笑みを浮かべた。
「あの人は、パパを倒してくれたから。だから、幸せな場所に飛ばしてあげたのよ。もう二度と
戻ってこれない、その人が今までで一番幸福を感じる楽園に。貴女達全員送りたいけど、まぁ、
残念な話よね。これは一人用のものだから」
空間が黒布に戻り、収束して現れたものは、
「これから何をするかは、貴女達次第よ」
変身が解け、元の姿へと戻った虎蔵の身体だ。
「またね」
幼女に外へと吹き飛ばされた直後、転移装置室は闇に満たされた。
◇ ◇ ◇
闇の中、幼女は目を閉じた。何も身に纏わぬ状態で、それを寒いと言うように己の裸身
を抱き締めて膝を丸めた、胎児のような姿勢だ。方向すら存在しなくなる程の広さにまで
展開された空間の中で、だが敢えて幼い体を更にコンパクトにするようにして、首までも
膝の間に埋めるようにして体を折り畳む。
自分の肌同士の接地面を大きくして感じるのは、目を閉じたことにより更に深くなった
暗闇という空間ではなく、右腕の感触だ。体温という概念を持たない、冷たく硬い感触の
それに左の短い手指を這わせ、ふ、と息を漏らした。
分かることは少なく、
「それも嫌いで」
どうしたら良いのだろうか。
今の自分の存在を確立させているものは、この鋼の右腕だということは分かっている。
それを動かすことも出来るし、更にその先の部分。どのような機能を持って、どのような
目的で設計されているのかも分かっている。しかし、その持った力をどのように使うべき
なのか、ということが分からない。だが逃げを許されていない、そのことは分かっている。
一度目は、既に行った。
あと一回で、それが終わる。
ただし終わるのは全てだ。
一番重要な二つの事実を確認しているからこそ、
「どうしよう」
分からないまま動き、分からないまま終わるのは嫌だ、と思う。だから分からないまま
動いたが、分からないままに終わらないようにしようと思い、そう動いた。
だが、とも思う。
このままで望んだ結果が出るのか、と。
何も分からないし、答えをくれる者は、この無人の空間では存在しない。仮に目を開き
体を伸ばしたとしても、周囲には何も存在しない。空間を作った本人だからこそ誰よりも
理解することが出来る、そういうものだ。
誰にも問いが届かないことを知りながら、しかし、
「お願い、答えて」
まるで泣いているような声で呟き、幼女はもう一度、鋼の義腕を撫でた。
◇ ◇ ◇
白の色彩で統一された部屋がある。表には『会議室』というプラスチックのプレートが
掲げられた部屋で、扉には更に『使用中』と書かれたプレートが掛けられている。
「それでは今回の作戦の説明をする前に、敵が何をしたのかと、転移装置室がどのような
ことが起きているのかを解説します」
部屋の前部、一段高くなっている部分に設置されているホワイトボードの前に立つのは、
普段と変わらず白衣を着たリリィと作業着を着たリィタだ。全員の視線を受けながら二人
は一瞬だけ視線を交わし、そしてリリィが一歩前に出た。
「まず基礎的な話になりますが、皆さんも普段使用している『確率システム』の説明です。
これは微細な波、波動を発するものですが、理論上は私達が住む三次元世界と超紐理論の
説明でお馴染みの一次元世界、どちらにも干渉出来る仕組みになっています」
管理局局員を育てる専門学校では必ず習うことだし、そうでない者も高校で習うことだ。
この世界では誰もが知っていることで、それを表すように『分かっている』と全員が頷き
を返したのを見て、リリィはポケットから一本のサインペンを出した。
「今回のものは、一次元世界上に働きかけたのだと考えられます」
ホワイトボードに数ヵ所波打つ線を書き、
「これが私達の住んでいる世界を、一次元的に表したものです。この波打つ部分が現象、
つまり私達や空気、またベクトルや強さを表すもの。直線の部分が何も存在しない空間。
要は無と呼ばれるものですが、これは大気すら存在しない真空と呼ばれるもので、もっと
細かいマクロな視点で見ていけば観測出来る部分です」
「リリィ、説明が長いですよ」
リィタは溜息を吐き、飛び上がると作業着の袖で線の中央部を消した。その仕草に部屋
の数ヵ所から声援が飛ぶが、知ったことではない。リィタは眉根を寄せて指示棒を伸ばし、
「調査した結果、今の転移装置室は完全な無の状態です。無という概念すらも存在しない、
これは観測したことのないことなので正確かどうかは分かりませんが、要は宇宙の外側に
近い感じだと思って下さい。因みに完全な虚無である以上、干渉することは出来ません。
この線を消しましたよね? つまり線が無ければ、波を与えることが出来ないからです」
◇ ◇ ◇
白の色彩で統一された部屋がある。表には『会議室』というプラスチックのプレートが
掲げられた部屋で、扉には更に『使用中』と書かれたプレートが掛けられている。
「それでは今回の作戦の説明をする前に、敵が何をしたのかと、転移装置室がどのような
ことが起きているのかを解説します」
部屋の前部、一段高くなっている部分に設置されているホワイトボードの前に立つのは、
普段と変わらず白衣を着たリリィと作業着を着たリィタだ。全員の視線を受けながら二人
は一瞬だけ視線を交わし、そしてリリィが一歩前に出た。
「まず基礎的な話になりますが、皆さんも普段使用している『確率システム』の説明です。
これは微細な波、波動を発するものですが、理論上は私達が住む三次元世界と超紐理論の
説明でお馴染みの一次元世界、どちらにも干渉出来る仕組みになっています」
管理局局員を育てる専門学校では必ず習うことだし、そうでない者も高校で習うことだ。
この世界では誰もが知っていることで、それを表すように『分かっている』と全員が頷き
を返したのを見て、リリィはポケットから一本のサインペンを出した。
「今回のものは、一次元世界上に働きかけたのだと考えられます」
ホワイトボードに数ヵ所波打つ線を書き、
「これが私達の住んでいる世界を、一次元的に表したものです。この波打つ部分が現象、
つまり私達や空気、またベクトルや強さを表すもの。直線の部分が何も存在しない空間。
要は無と呼ばれるものですが、これは大気すら存在しない真空と呼ばれるもので、もっと
細かいマクロな視点で見ていけば観測出来る部分です」
「リリィ、説明が長いですよ」
リィタは溜息を吐き、飛び上がると作業着の袖で線の中央部を消した。その仕草に部屋
の数ヵ所から声援が飛ぶが、知ったことではない。リィタは眉根を寄せて指示棒を伸ばし、
「調査した結果、今の転移装置室は完全な無の状態です。無という概念すらも存在しない、
これは観測したことのないことなので正確かどうかは分かりませんが、要は宇宙の外側に
近い感じだと思って下さい。因みに完全な虚無である以上、干渉することは出来ません。
この線を消しましたよね? つまり線が無ければ、波を与えることが出来ないからです」
じゃあどうするんだ、と説明を聞いていた者の一人が声を出した。
「そこで鍵になるのが、あの幼女です。あの幼女は転移装置室の中に居る、つまり何らか
の行動するつもりだ、という結論が出ます。虚無を作るだけなら今も中に居る必要は無い
ですし。そもそも現状を維持したとですし。そもそも現状を維持したとしても、変な空間が有るらしいですよ、という風に、
この監獄都市に妙な名物が新しく追加されるだけですからね」
それに、とリリィは言葉を続け、
「付け加えて言うなら、と言うか、これが一番の判断材料ですが、皆さんも覚えはある筈
ですよね。こんな化け物じみた力を持つ、幼女の姿をした人工の兵器に」
まさか、と何人かが歯を噛んだ。
「そう、あの幼女は『D3』です」
全員の目が驚愕に見開いた。
あの変態科学者の作ったものは、一年前の大戦で全て消滅した筈だ、と。
「恐らく完成が間に合わなかったのか、それとも敗北した後に起動する筈だったものが、
予定よりも遥かに時間を開いて起動してしまったのか。それは分かりません。問題は現在
その幼女が目を覚まし、そして転移装置室の中を虚無空間へと変化させていることです。
話を戻しますが、それで幼女は何をするつもりなのか、ですが。恐らく虚無の中で、更に
虚無を作るつもりなのでしょう。虚無に干渉出来るものと言えば、それこそ虚無ぐらいの
ものです。そこから何が起こるのかは、正直分かりません。仮定の話になれば、それこそ
幾つかありますが。そして、リィタと話し合った結果、その中で有力なのものが二つ程。
一つ目、人工的に作られた、世界の裂け目とも言える不自然な虚無なので、無理矢理干渉
された事により裂け目が広がり、結果ズタズタに千切られて世界は崩壊。二つ目、0を0
で割ったときのように無限という概念が発生し、ビッグバンが起きるというもの。どちら
の結果が起こっても、人類は、世界は完全に壊れてしまいます」
そして、
「随分とお待たせしましたが、今回の作戦の内容に移ります。と言っても内容はシンプル
なもの。二度目の虚無を作り出す際、敵は必ず力場を作ります。敵もこの世界に存在する
以上、動作の際には必ず三次元的なベースが必要な訳で、作らざるを得ないというものが
正しい言い方になりますが。力場が発生すれば強引にこちらから干渉し、敵の陣地に入り
接触することが出来るようになる訳です。短い時間だとは思いますが、その隙に敵を殲滅
すれば世界の崩壊を防ぐことが出来ると、そう結論しました。Dr.ペドがどのような裏技
を使ったのかは分かりませんが、あの技術は基本的に封印指定なので再発も無いでしょう」
その答えに、場の空気が僅かだが緩んだ。難しいことだが、不可能な事ではない、と。
敵は『D3』だが一体だけだし、総力を挙げれば潰せるのではないか、と。今は管理局を
離れ元の旅館経営に戻っているシオリ達だが、数日前から偶然遊びに来ていることは全員
が虎蔵から聞いている。戦力的には申し分ないし、恐らく被害も市民に出ないよう抑える
ことも出来るだろう。そう表情を自信に変えてゆく中で、しかしリィタとリリィの表情は
変わらなかった。
「さて、肝心の結構日程ですが」
リリィは一度息を吐き、
「正確には分かりません。リィタ、虎蔵さんが戦闘したときの敵のスペックから計算した
結果では三日後となっていますが、こちらは完全に受け身の状態になります」
更には、
「これが一番の問題ですが、敵の戦力です。変身した虎蔵さんとリィタ二人を相手に余裕
で応対しており、姿はType-Nのままですが、私のサポート
を受けた状態の虎蔵さんの一撃を防ぎました。また転移装置も使えない今は、他の管理局
から応援を受けることも難しいと思われます。これだけでも厳しいですが、もっと厳しい
ことに、虎蔵さんが敵の攻撃を受け、今は戦えない状態です」
全員の顔が凍りついた。
現状の最大戦力である虎蔵は戦うことは出来ず、二番目に強いリィタと組んでも敵には
勝てなかったという事実がある。それだけでも勝てる可能性は限りなくゼロに近付くし、
しかも応援も無しの状態で、これを短時間で行わなければならない。そんなことを、誰が
出来るのだ、と全員の表情が再び緊を持ったものに変化した。
「対策は私達で考えますので、皆さんはすぐに動けるよう待機していて下さい。では以上、
今日はこれで解散となります。ありがとうございました」
◇ ◇ ◇
部屋を出る皆を見送るリリィの背中を見ながら、リィタは思う。
「強くなりましたね」
一年前なら、こうは出来なかった筈だ。虎蔵が負けては落ち込み、ダメージを受けては
泣き喚き、何か起こる度に部屋に込もって逃げていた。部屋からリリィを引っ張り出して
いたのは虎蔵で、その虎蔵が居ない今の状況では説得することすら出来ないと思っていた。
また部屋に一人で隠れ、ずっと意思を見せまいとしながら、そして泣くのだと。
だがリリィの行動は、予測とは正反対のものだった。
最初に行ったことは虎蔵を医療課の人間に渡したことだが、引き渡しを済ませた直後に
見せていたのは、泣き顔ではなく真剣な研究者の顔だ。そして数時間の後には調査を完了
させ、こうして皆の前に立って作戦の内容まで殆んど一人で説明していた。らしくない程
に前向きだ、とすら思う。良い変化ではあるが、それでもリリィらしくない、と。
「違いますね」
この場合、掛けるべき言葉は他にあるし、自分にもするべきことは多い。それを考え、
身を回そうとしたとき、は、という呼吸の音を聞いた。今この部屋に居るのは己とリリィ
のみで、自分のものではないなら、それはリリィの発したものだ。
「こんな場所で」
恐らく誰にも聞かれないように、それでも口から溢れてしまったのだろう。
「こんな別れ方なんて」
不意に蘇ったのは、あの幼女が言った言葉だ。
二度と戻ってこれない、一番幸せな世界に飛ばしたのだ、と。
虎蔵にとって一番幸せな世界とは何か考えれば、答えはすぐに浮かんでくる。セリスが
殺される以前の時間、今とは違う構成の家族と暮らしていた時間だ。最近はリリィや自分
への気遣いなのだろう、人前でセリスの写真を見ることは少なくなり、話をするにしても
サユリのことばかりになっているが、それでも夜中に一人で昔の映像などを見ているのを
知っている。それは忘れることも出来ないし、忘れたくもない、思い出にしたくない時間、
ということだ。未だに虎蔵の中にはセリスが存在しているという事実は、今を天秤に掛け、
そして拮抗する重さを持つ程、それに強い感情を向けたままだということでもある。
「きっと、戻ってきて、くれますよね?」
自分にも問うように言葉を吐き出したリリィの背を見つめ、
「……強く、なりましたね」
誰にも聞こえないよう、呟いた。
◇ ◇ ◇
「虎蔵ちゃん」
もう呼び掛けた回数は三桁にもなるが、しかし虎蔵は目を覚まさない。
医務室の隅、簡素なアルミ系合金のフレームで作られたベッドの上、虎蔵は眠っていた。
検査の結果では身体に異常はないらしく、特に目に見える外傷も存在しない。担当した者
の説明では、ただ深く眠っているだけ、というものだ。
だが長年の付き合いである薫の目から見れば、
「そんなレベルじゃないわよね」
虎蔵は割と眠りが浅い方だし、セリスが殺されてからは、その性質が顕著になっていた。
普段は捜査課の人間として暮らしているが、刃を振ることが出来るという技術を持つ故に
戦闘や新型機械人形の技術テストに駆り出されることも少なくない。それが主な理由なの
だろうが、周囲からの刺激に対しては敏感で、物音がすれば、それが些細なものだろうと
虎蔵は目を覚ます。日常に支障を与える程のものではないが、睡眠という概念は並の人間
と比べると、虎蔵の場合は極端に少ない。
だからこそ、妙だと思う。
リリィの説明では『D3』の攻撃を受けた結果らしいが、
「起きなさいよ」
それに応えず、変化と言えば数分に一度、小さく息を漏らすだけだ。
真実かは分からないが、幸福な世界へ意識が飛ばされていると、そうリリィは言った。
一番の幸福が虎蔵の意識にあるのだと俯いてリリィは言っていたが、しかし薫の思考の中
にあるのは怒りにも似た疑問だ。
それで良いのか、と。
仮に意識が幸福な時間へ飛んでいるとして、最初に頭に思い浮かんでくるものはセリス
が生きていた時間だ。確かにセリスが生きていた時間は虎蔵にとっての幸福なのだろうが、
しかし、それで良いのか。リリィと過ごした時間は、セリスとの時間に劣っているのか。
その疑問は口に出さず、視線という現在の虎蔵に伝わらない方法で向け、息を吐く。
「ねぇ」
言葉を続けず、一言で終えた薫は立ち上がった。
そろそろリリィも作戦会議を終え、そうなれば交代の時間になり、自分は部屋に要らぬ
存在になる。虎蔵に必要なのはリリィで、きっと虎蔵もリリィの存在を望んでいるだろう。
一瞬でも自分が居るのは、戻る時間を一瞬の長さだけ伸ばすことになるし、時間は決して
戻ることはないからだ。
そして敢えて足音を立てながら踵を返した直後、薫は不意の一言を聞いた。
◇ ◇ ◇
目を覚まし、身を起こして、虎蔵は一瞬迷った。
「妙な夢を見たな」
内容は思い出すことが出来ないが、とても幸福な夢だったと思い、
「いや、気のせいか」
視線を回せば普段と変わらぬ風景があり、耳に入ってくるのは半年前に産まれたサユリ
の寝息とセリスが朝食を作る音だ。出身は同じ第3惑星だが天央区の出身なので得意とは
言えないものだが、それでも虎蔵の趣味に合わせて希に作る極東地区の料理の匂いがする。
そのことに笑みを浮かべ、背骨を叩いて立ち上がり、
「あら、もう起きたの? 今日は非番だった筈でしょ」
自分が起こすつもりだったのか、エプロンで手を拭いながらこちらに歩いてきたセリス
の頭を撫でた。擽ったそうに目を細めるセリスの顔を見て思うのは幸福の一言で、これが
変わらず続いてゆくのだろう、と微かに欠伸を漏らす。
だが不意にセリスの顔が曇り、
「それにしても、まだ三十路なのに腰を叩くのはどうかしら?」
「非番だからって、お前が休ませてくれなかったんだろうが」
「だって早く二人目が欲しかったから。虎蔵さんって剣を振るのは凄く上手いのに射撃は
命中率かなり低いから、弾数増やさないと当たらないでしょ?」
「……それは戦闘の話だよな?」
無言のまま笑みを強めるセリスと約一分の沈黙を過ごし、先に虎蔵が口を開いた。
「もっと頑張る」
「やぁン、虎蔵さんのH!! 昨日だって色んな場所に吸い付いてきたのに、それより更に
頑張るなんて!! わ、私、どうしたら良いのかしら!?」
まずは落ち着いて欲しかったので心のままに伝えると、セリスは落ち着いた。そして横
に目をやると、今の会話で目を覚ましたらしいサユリの元へ駆け寄ると抱き上げ、母乳を
飲ませ始める。セリスは妙にアッパーな感じになりやすい傾向があるが普段は穏やかで、
こうして見ていると、やけに似合っていると虎蔵は思う。緩やかなテンポの鼻唄を聞いて
思い出すのは故郷で暮らしている両親のことだし、今はもう他界しているというセリスの
母親も同じようにしていたのだと考える。
「いっぱい飲むわね、虎蔵さんみたい」
「俺は少ししか飲んでなかったぞ?」
「……食事量の話よ?」
いかん、さっきの下品な比喩のせいで思考が乱れたか、と思い、虎蔵は苦笑を浮かべ、
結果的に今度は約二分の沈黙を過ごした。冷たい汗が背中を伝い、どう義父に申し開きを
しようか考え、浮かんだ答えは自分の故郷に伝わる謝罪方法。
「セリス、魚捌くの得意だよな?」
「魚と人間の頭を落とすのは別物よ? そんなことより、ご飯出来てるから食べましょ?
サユリもお腹イッパイだから、今度はパパがご飯だよって。ねー?」
あ、とサユリが小さく発音したのを聞き、セリスは小さい声を漏らした。
「やっぱり、まだ喋れないわね」
「気が早ぇよ。まぁ、セリスに似て頭が良い娘だから、きっとすぐに喋れるようになる」
親馬鹿ね、と苦笑するセリスに笑みを返し、それでも良いと思う。愛情が不足している
よりは何倍も良い。大切に育てたならば、その大切に育てられた子供は何かを大切に思う
ことが出来る人間に育つ筈だし、その何かを自覚出来れば幸福というものになる。
「さて、飯にするか。少し管理局の方にも顔を出さないといけねぇし」
「非番なのに顔を出さないといけないなんて、虎蔵さんも大変よね」
「俺が少しだけ努力すれば、全員の負担が少しだけ減る。皆の為だと思えば軽いもんだ」
それに、と見たのは既に寝息をたて始めているサユリの姿だ。起こさないよう声を消し、
思考の中で呟くのは、サユリとセリスが幸せになれるようにと結婚式場で唱えた、セリス
の故郷での祈りの言葉だ。
「そう言えば、私も思い出したんだけど」
一息。
「寝言で言ってたリリィって……誰?」
◇ ◇ ◇
魔法幼女の整備をしながら、リィタは首を傾げていた。作業服の袖口で額に浮かんだ汗
を拭い、改めて内部を見てみるが、特におかしな部分が見当たらない。魔法幼女の試作機
であるリィタのモデルは出力が大きな割に、負担を軽減する為の装置などは虎蔵のものに
比べると遥かに少ない仕様
となっているので、いつも通りなら戦闘の際、各所に少なからず負担の掛った形跡が残る。
だが今回はそのような形跡が存在せず、全力で稼働させたというのに装甲の傷すら残って
いないのだ。確かに相手にダメージを与えることは出来なかったが、
「まるで、使用しなかったみたいですね」
疑問に頭を傾げたままに再び装甲をフレームに被せ、傍らのペットボトルに手を伸ばす。
泡立つ緑の液体を口に含んで飲み下せば、口内に広がるのは普段から味わっている好物の
味だ。続いてカップの焼ソバに手を伸ばし、それも食って眉根を寄せ、ラベルを見て、
「『SHOPオリハマ』の新食品。メロンソーダ焼ソバ味とメロンソーダ味の焼ソバですか。
……これを作った人は何を考えているんでしょうか」
そもそも焼ソバの味がするならメロンという単語は関係ない、と思いながらも、それら
を口に運ぶ手は止まらない。時計の針は既に深夜の一時を指しているし、考えてみたら、
固形の食品を口に運び入れるなど十二時間ぶりだ。
「不味いですけど、カレー味よりマシですから」
そう言って際どい味のする焼ソバを全て食い、周囲に視線を回すと、
「虎蔵さん」
昼食の後で虎蔵が飲んでいた珈琲の紙カップが棚に置いてあった。昼に虎蔵が捨て忘れ、
それを代わりに捨てようと思い、しかし虎蔵の唇が触れたものだからと保管しておこうと
持ってきたものだ。特に忘れないよう、唇が付いていた部分にはマーカーで印が書かれて
いて、不味いメロンソーダもそこからなら上手く飲めるだろうかと考え、
「いえ、私は変態じゃありませんから」
保管しておくだけにしようと決心し、そっと紙カップを握る。
そして天井を見上げ、
「虎蔵さん」
先程と同じ文字で構成された、しかし意味と発音が違う言葉を呟き、数秒の後に整備を
再開した。こんな場所で、立ち止まっている訳にはいかない、と。
最終更新:2008年01月15日 18:27