腰を抱える姿勢から俯伏せに被さる状態になると、背中に腕を回して体ごと抱え込んだ。
その姿勢を維持しながら身を再び起こして、対面で座る姿勢になる。なるべく体に負担が
かからないように体を起こしたが、結合部分にリリィの体重はかかり、それで
繋がり自体
が深いものになる。幾ら体重が軽いと言っても奥まで一気に潜る状態になり、それで一瞬
リリィの顔が大きく歪んだが、
「息をゆっくり吐け」
指示の通りにリリィは息を吐き、一番深い部分に体が落ち着くと、今までよりも苦痛が
消えた表情を浮かべた。このまま動けるかと視線を送れば頷きが来て、虎蔵はまずリリィ
の尻を掴み、体を小さく揺するように動かした。
「前、よりは、楽です」
「やっぱ無理してたな」
だが負担が今の方が少ないなら、それに越したことはない。リリィの体を大きく揺すり、
自分も腰を動かし始めるとリリィは目尻に涙を浮かべながらも熱い吐息をした。
「気持ち、良い、ですか?」
「……聞くなよ、すぐに分かる」
腰をそのままグラインドさせると、背中に鈍い痛みが走った。理由はなんとなく分かる、
耐えているのだと思う。だがリリィは非力だし、背中に爪を立てられるくらいなら、その
くらいで初めての痛みが紛れてくれるなら構わないと思う。
だが、虎蔵は一つ思い出した。
「リリィ、一つ聞くがよ。生理が落ち着いたのはいつだ?」
どのみち確率はあまり変わらないが、念の為ということもある。これは非常に重大な話
だと言えるものだし、自分は命中率は低いが万が一ということもある。ここで当てたなど
なってしまったら、それは冗談では済まされない。
「大丈夫、です」
「そうか」
「頑張って、産みます、から」
「既に孕んだつもりかよ!?」
だが実は、既に限界に近い。年単位で行ったという理由もあるが、初を貫いた故の狭さ
というものがずっと刺激していたからだ。油断をしていれば今にも出してしまいそうだし、
だからこそリリィに問うたものだ。
不味い。
余裕は秒単位で消えてゆき、出してしまいそうだが、出して良いのだろうか。リリィは
確かに出しても良いと言ってくれたし、時計を見ても時間としては充分だ。文句など介入
する余地は無いし、いや、しかし、それでも良いのだろうか。
そう考えている内に、背中に走る痛みが強くなった。リリィの顔を見れば歪んではいる
けれど、それはしっかりとした笑みの形になっているものだ。
「出して、下さい。お願いします!!」
覚悟が決まったら、行うことは一つに定まってくる。
虎蔵は腰を大きく動かし、粘りのある音をたてながら何度もリリィの中を貫いてゆく。
直後。
「……ありがとうな」
呟いて、虎蔵はリリィの身体全てを抱くようにしながら膣内にぶちまけた。
◇ ◇ ◇
転移装置室の前に立ち、虎蔵は長い息を吐いた。時計を見れば表示されているのは予定の時刻
から五分程前で、その五分が経てば全てが決まることになる。
「でも、本当に良かったですよ。虎蔵さんが帰ってきてくれて。ですが」
言葉を止め、リィタは虎蔵の傍らに立つリリィを見て、
「リリィは、その内股を止めて下さい」
「仕方ないじゃないですか。うぅ、まだ股間に異物感が」
その発言に、そな場に立っていた全員が虎蔵を見た。皆が半目の状態で声を潜め、口々に、
「やっぱりロリコンなんだ」
「セリスさんも童顔だったしな」
「俺らのアイドル、リィタちゃんも義娘にしてるし」
「この前、シオリちゃんにも誕生日プレゼント貰ったらしいし……手作りの!!」
「リリィと喧嘩したのだって、リィタ達が布団に潜ってたのが原因らしいし」
許せねぇ、と本気の殺意が向けられ、虎蔵は本気で焦った。慌てて首を振り、
「そんな呑気な事で争っている場合じゃねぇだろ」
「義娘の双子の姉の処女を奪う場合ですか?」
手強い。
フォローを頼もうとリリィにアイコンタクトをしたが、彼女は頬に手を当て、
「気遣ってくれたから、大丈夫ですよ」
リィタが睨んで床をストンピングしたところで、残り一分を告げるタイマーが鳴った。全員が
漆黒に塗られた入口を見つめ、リリィに予め告げられていた者達は指輪の起動を開始。低く唸る
起動音が多重に響き、虎蔵は方に担いだバッグを投げる姿勢に変えた。
「虎蔵さん、それは何ですか?」
疑問の表情を浮かべたリィタに歯を見せる笑みを向け、
「俺なりの礼って奴だ」
頭を撫でて、そして黙る。
残り30秒。
は、と息を吐き、シャツの裾に違和感のようなものが来る。視線を向ければ、それは前を向き
ながらも意識をこちらに向けているリリィの手だ。自分の背中に爪を立ててきたようにシャツの
裾を掴むその手指は震えていて、指先からは肌の色が消えている。
虎蔵はその指をシャツから離すと、自分の指を絡めるように手を繋いだ。汗の浮かぶ小さな掌
が離れぬよう力を込め、それに応えるようにリリィは吐息。
「勝ちましょうね」
「あぁ、絶対に」
二度と失わせたりするものか。
残り10秒。
リリィは目を伏せて指輪を起動。
『FullmetalTiger:Enter』
変化を告げる言葉の直後、虎蔵の体は、言葉の通りに変化を始めた。
最初に起こったのは肉体的なものだ。白の閃光に包まれた体はまず身長が縮み、光が晴れれば
別の体が生まれてくる。身長は1m弱、細い手足を持つそれは幼女のものだ。波打つ金の髪は腰
まで伸びており、青の瞳は正面を見据え、虎蔵と呼べるものは口の端を吊り上げた口元だけだが
構わない。体の感覚は自分のものだし、理解は後から付いてくる。続いて体を覆うノースリーブ
の白いワンピースが出現し、更に追加されるものがある。無数の金属板や金属片や、大小様々な
フレームやシリンダー。ギアやケーブルなど、それらは鈍い音をたてながら己が持つべき姿へと
合致してゆく。装甲の表面に桃色の光が走ると同時、眼前に出現した身の丈程の長杖を掴むと、
それで全ては完了だ。
「リリィ、リィタ。今回は俺に任せて、サポートを頼む」
残り3秒。
長杖からブレードを伸ばしたのと同時に背部に白の大翼が展開し、
「行くぞ」
残り1秒。
二人の手を掴み、虎蔵は中へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
幼女は何もない空間に立ち上がり、息を吸った。
『DragneelSystem:Enter;』
外に何があるのかは分かっているし、これから何があのかも分かる。だから事の運びを告げる
べく、己の右腕に備えられた力の行使を考える。こうするより他に出来ることは無いし、それが
己の存在意義であるからだ。
力の溜まりは充分にあり、後はプログラムを起動させるだけ。
それで、
「全てが決まる」
右腕に力を込めると力場が展開し、この世界に存在するのだという字画が生まれてくる。
不意に、左手に痛みが走った。
「これは」
銀色の幼女との戦いの際に、無理に銀色の杭を掴んだときの傷だ。見れば皮膚は擦り剥けて、
生身の部分である証拠の血が滲んだ跡がある。拭う物が無かったせいで、そこには黒く変色した
染みが広がっている。痛みという感覚の無かった右腕で受ければ出来なかったもので、逆に言う
ならば左手で受けたからこそ出来たものだ。
「でも、それも」
目的を終えれば自分もろとも消える。
『0000:Fullopen;(神語り大展開)』
これで終わりだ。
右腕に力が集まり、もう一瞬の後には世界は消える。
「待てよ」
突然の言葉に機能の実行が停止し、声のした方向を見れば何かが飛んでくるのが見える。
「プレゼントだ」
よく見ると、それは自分に合わせたようなサイズのバッグだった。
◇ ◇ ◇
「これは?」
幼女がバッグを漁り、中から出てきたものは髪と同色の赤いワンピースだ。それを見てリリィ
とリィタは疑問の表情を浮かべた。当然だ。今は遊んでいる場合ではないし、このように呑気に
服を与えている場合でもない。しかも相手は世界を滅ぼそうとしているのだし、その準備などは
完全に整っている状態だ。現在するべきことはワンピースを手に呆けている幼女の破壊で、
「何故?」
と幼女に、その場の全員の疑問を問われた。
「裸のままだと不便だろ?」
「これからすぐに、関係なくなるわ」
そうです、と背後のリリィの言葉を聞き、しかし虎蔵は首を振った。
「出来れば、俺はお前と戦いたくない」
その言葉に三人が息を飲むが、虎蔵は表情を笑みの形から変えぬまま一歩踏み出した。
「無理よ、だって」
「おい、お前、ウチの娘になるつもりは無いか?」
もう一度、無理よ、と呟いた幼女に虎蔵は首を振り、
「無理じゃねぇ、お前は悪くないからだ。良いか、これから話をする。勿論俺の中での結論だし
本当の部分はお前にしか分からない。だがよ、俺の意思の言葉だ」
吐息。
「ある幼女は嫌いな親父を殺した男の元に来た。理由は多分、親父が空前絶後の悪人だったとか
そんな辺りだ。だから幼女は親父を許せなかったし、その親父を倒した男に興味を持った」
それは、とリリィが息を吐く。
「幼女は邪魔な奴らを倒しながら男のところまで辿り着いたが、しかし出来ることと言えば身に
刻み込まれた行動だけだったって話だな。だから幼女は出来ることとして世界を滅ぼすなんつう
物騒なものしか選ぶことが出来なかった。だがせめて信じた男に幸せな夢の中で死んで貰おうと
思い、それを実行した訳だな。一人しか夢を見ることが出来ないのは、多分幼女の親父が自分用
に作ったからだろうよ。弟は既に生きていないしな」
だがよ、と虎蔵は胸の辺りを探った。何度か胸の辺りを撫で回し、ポケットが消えているのを
思い出すと溜息を吐く。いかん、煙草持ってくるんだった、と呟き、
「だがよ、あぁ、煙草無いと雰囲気出ねぇな」
「雰囲気も何も、まず貴方、今は幼女じゃない。多分泣きを見るわよ?」
突っ込まれて舌打ちをした虎蔵は、三度目のだがよを言い、
「お前は出来てることがあるのに気付いてねぇだけなんだ。例えば廊下で倒れてた連中、奴らに
外傷なんて無かったって話だな。それはお前が他人を傷付けるのが嫌だったってことだろう?
人が傷付くのが嫌だから、だからDr.ペドが嫌いだったんだ」
「勝手な妄想ね、偶然が続いただけよ」
「何十人も、か。だが、俺に夢を見させたのは」
「貴方が一番強いからよ」
「そうだな。じゃあ」
一息。
「俺が眠る直前に、あたしを止めて、と言ったのは何だ?」
虎蔵の言葉に、幼女は表情を消した。余裕のあったものから平坦な無表情に移り、そのまま手
にしていたワンピースを、ボタンを外すことなく頭から被る。次にバッグの中に入っていた包帯を手に取ると、虎蔵の方へ一歩、
大股で踏み出した。
「そこまで言うならゲームをしましよう。あたしの右腕を壊せば世界は守られるし、義娘になる
ことも認めるわ。その代わり私が買ったら世界が壊れるし、貴方の言葉が嘘になる」
少し動いたせいか固まっていた血がひび割れ、傷口から血を溢れさせた左手を見ながら虎蔵は
強い頷きを返した。そして労るように丁寧に包帯を巻き、軽く幼女の頭を撫でてから離れ、
「聞いたな、皆。後で嘘プーとかは通じねぇぞ?」
改めて構えを取った。
「最初から全力だ、リィタ、リリィ!!」
『InfinitKey:GrandOpen;』
『SumshinTiger:GrandOpen;』
言葉と共に、虎蔵に更なる変化が起きた。装甲が弾け、空中に金色のパーツが出現し、それは
虎の叫びに近い音をたてながら合致してゆく。それによって作られるフォルムは先程までの曲線
を主にしたものとは正反対のもの。曲線という概念を捨て、その全てを直線によって構成された
シャープなものだ。眼前に出現した大剣を握ると同時に体の各部に黒のラインが走り、背部には
大小二対、計四枚の大翼が出現。音をたてながら翼を打つことで仕上がりを確認し、虎蔵は歯を
向いた笑みを幼女の方へと向けた。
変化は虎蔵のものだけでは終わらない。
虎蔵の背後、背中合わせになったリリィとリィタの周囲に無数の光板が出現する。黒鍵五本と
白鍵七本で1セットのそれは200のセットを持って一つの環を作り、環が五段に重なったものは
光のキーボードより作られる閃光の要塞だ。
リィタとリリィは7000の鍵盤に手指を走らせ、
「行きますよ!!」
踏み込むと、いきなり音速超過の衝撃が虎蔵の身を包んだ。
足は床になる力場を踏んではいるが、羽ばたきとバーニアによる超加速は走ると表現するより
飛ぶといった動きで虎蔵の身体を前方に移動させる。装甲の各部からは水蒸気の糸をなびかせ、
下段に構えた大剣の先端は水蒸気を遥かに超えた雲というものを纏わせている。背後には長い髪
が揺れることすらせずに直線に伸びており、スカートはそのまま大気と同じ意味となっている。
一閃。
雲すら引かず、音速の倍の速度で振られた刃は、しかし止められた。頑丈な野太いフレームに
刃が食い込む鈍い音が響き、く、と幼女野太い口から苦悶の声が溢れ出した。しかし続くのは、
幼女からの連打だ。鋼の右腕のみならず、生身の腕や足すらも使っての連打は重さは殆んど無い
ものだが、しかし速度を持ったもの。
だが行ける、と虎蔵は心の中で喜びの声を出す。
各種のパラメータは二人のサポートを受けた現状にしても恐らく幼女の方が上だろう。それに
幼女は戦闘用に作られているだけあって手堅い防御を行うことが出来ているし、頭も良いので、
既にこちらの動きも何種類か覚えているだろう。技術を重視した
守崎の流派から見たら天敵にも近い存在だし、全力に近い威力で放った初撃を受け止められたと
いう事実も存在する。要所だけ見ていけば、それこそ敗因には暇が無い。
だが、負けていないものもある。
例えば、それは経験だ。自分は幼い頃から剣を振ってきたし、管理局に勤めてからは、何度も
戦闘を繰り返してきている。確かに幼女は良い受け方をしているが、何も知らず分からない幼女
故に見られる微かな隙というものが存在する。それに前提条件というものの違いも存在している。
こちらは全力でぶつかっていけば良いだけだが、相手は右腕を壊してはいけない為に全力を出す
ことが出来ないし、動きも右腕を庇いつつ右腕を武器にするという矛盾のある動きしか出来ない
状態になっている。それが弱さになるし、こちらが付け入る隙に変化をする。
それに意思では負けていない。
自分はリリィを、世界を護りたいと本気で思っているが、幼女は全力で来てはいるが、世界に
滅びて欲しいと本気で思っている訳ではない。寧ろ、それが勝てると虎蔵が思う一番の要因だ。
どちらも全力ならば、最後に勝敗を分かつ要因は本気かどうかという意思の力だ。それなら自分
は誰にも負けないという自信があるし、幼女には負けなければいけない理由がなければならない
と思う。そうでなければ、こちらが負けても意味がない。 なぁ、と虎蔵は言う。
「普通に暮らすつもりは無いのか?」
何を、との問いに来るのは高速での連携攻撃だ。腰の捻りを入れた重い鋼の拳が大気を貫いて
放たれ、それを防げば多重の関節を利用した鋭い動きの左拳が飛んでくる。拳を放つ度に捻りと
溜めが増してゆき、それを利用した蹴りは尖鋭の角度を持って、空間ごとブチ抜くようにこちら
の剥き出しになった頭部を狙ってくる。
互いの超速度によって背後に置かれた言葉を、それでも無理矢理引っ張ってくるような動きで
蹴りを繰り出し、幼女は叫ぶ。顔に浮かぶのは泣きそうな表情で、声は嗚咽を伴ったものだ。
「普通に、なんて……出来る訳が」
「出来る」
叩き付ける動きの拳を受け止め、虎蔵は叫んだ。背骨は軋み、両腕も悲鳴をあげているが構う
ものでもない。その程度なら何度も体験しているし、幼女に告げねばならない言葉がある。
「普通なんて、望めばすぐに手に入る。特にお前は体の半分が人間なんだからよ」
「そんな簡単に」
簡単なものではない、だが望めば手に入るものだ。
「例えば後ろの二人は、昔に起きた『首吊り』事件で悲惨な目に逢った。だが今は、普通に俺の
家族として気合いを入れて生きている。それに俺の友達にゃ、『D3』ながらも頑張って普通に
旅館を経営しながら生きている。人間と戦闘機械人形両方の素質を持つお前だったらよ、やって
出来ないことなんか無いだろうがよ!!」
奥歯を噛んで踏み込むと、虎蔵は幼女を弾き飛ばした。そして続く動きは連続したもの、鋼の
腕を狙って虎蔵は連打という動きで大剣を叩き込んでゆく。意識の中にあるのは怒るのではなく
叱るという感情だ。まずは泣かす、全力で泣かす、大人気ないと思うが取り敢えず幼女を本気で
泣かしてやろうと思う。それもただ泣かすのではなく、心の底からの泣き声を出させてやろうと、
そう思いながら刃の連打を続けてゆく。背後から響く二人の演奏が背を後押しをしてくるのは、
自分の意思を分かっているからだ。
泣かすのは、泣くのは、叱った結果だ。
その泣き声が大きければ感情が強く出ているということだし、それが心の底からのものなら、
「産声だ!!」
産声というのは、最も強い感情の表現だ。この世に生を受けた結果に発せられ、一生という時
の全てを告げるものとなるからだ。だから、それを出させてやろうと思う。この世に機械人形と
してではなく、一人の個体として生まれてきたのだと分からせてやろう、と。
そう考えて、ふと思い付くことがあった。
うっかりしていたものだと思い苦笑が漏れる。
この世に生まれてくる為には準備が要るもので、それを忘れていた。
「アリス」
呟いた言葉に幼女は首を捻るが、虎蔵はもう一度その名前を呟いた。
この世に生まれる為には準備が要るもので、それは名前というものだ。個体だというからには
それを表すものが必要で、それは個体を一つの存在だと認める最大の理由になる。そして名前を
認めれば存在を認識されて、そこから人は成長を続けていくものだと思う。
「お前の名前だよ、アリス。悪くないだろう? 始まりの文字、Aから始まる少女の名前だよ」
ふ、と幼女の表情が緩み、
「そうですね」
動きが加速する。
アリスとなった幼女の動きは生身の限界を超えたものになり、身体の各部から筋繊維が千切れ
骨が軋む音が聞こえてくる。肌は裂けて何ヵ所からは血が流れ始めているし、酸素を求めた口の
端からは血が流れ出している。赤の髪と赤のワンピースに鮮血が加われば赤の塊となり、それが
高速で動けば赤の風というものになる。
虎蔵は笑みを強くして、は、と息を吐いた。
「少し普通に近付いたな」
「どこが?」
「まず全裸じゃねぇし、笑うと可愛いじゃねぇか」
アリスは顔を赤くして笑みを消した。
「馬鹿、こんなときに敵を、しかも幼女をくどいてんじゃないわよ」
言葉の突っ込みは前方からで、ますます普通に近付いたと笑みを浮かべると、不意に横を何か
見慣れた棒状のものが通り過ぎた。驚きに振り返れば何故か移動出力が下がり、もっと追記する
なら、いつの間にか魔法幼女の姿になったリィタが何故かこちらに向けて白銀杭を構えている。
しかも赤外線サイトによる狙いは正確にこちらの心臓だ。
「ば、馬鹿野郎!! 串刺しになるとこだったぞ!?」
だがリィタの表情は真剣で、リリィはリリィで何やら耳打ち。こちらに聞こえてくる言葉は、
もっと狙いを正確にという嫌なアドバイスだ。虎蔵は半目で睨んだが、目が合った二人に露骨に
視線を反らされた。理不尽な、と思うが、いつもフォローしてくれる役のリィタが首謀者なので
助けてくれる者はいないし、この場の全員を泣かしてやろうかと思う。
「真面目にやりなさいよ」
「そうだな、残りは腕一本ブッ壊すだけだ。今は頭がおかしいが、あのリリィがきっと良い義手
を作ってくれるだろうよ。あいつの『腕』は俺が保証する」
再び加速の力が満ちてきたのを感じながら、虎蔵は刃の振りを再開する。先程までのものより
鋭さを増した連撃は、それでも受け止められているが、僅かに虎蔵が推している。
鋭音。
耳に入るのは空間に満ちる音で、連続した音は鐘の音にも似ている。
は、と声を漏らした。
「そろそろ素直になれよ」
刃と鋼の腕が噛み合う音がするのは、自分の力が届いているからだ。力には感情が込められて
いるから感情が届いているということだし、感情が届けば、意思が通じることに繋がってゆく。
それを示すようにアリスの義腕には無数の亀裂が走り始めていて、既に崩壊してもおかしくない
と言える程だ。通じている、繋がり始めている、と笑みが強くなる。
「何で?」
アリスは、疑問の声を発した。
「何で、そこまでするの?」
「決まってんだろ!!」
そう、答えは一つだ。
「何度も言わせんな。お前が、それを望んだからだ!!」
全ての音を掻き消す程の声で叫び、虎蔵は大きく身を捻った。
「まずは泣け、話はそれからだ!!」
大剣の柄を両手で強く握り締めると至近距離にまで詰め寄り、限界まで息を吸う。大剣の尖端
を宙に弧を描くように走らせて右の腰溜めを中心として構え、左脚で身を前へと押し出してゆく。
跳ねる身体を右脚の踏み込みで床に押さえつけるようにして制御し、暴れる力は前へのベクトル
として偏っていく。身体のバネを利用して捻りという歪みは強引以上の力を持って回転しながら
戻り、一瞬という短い時間の中でそれら全ての動きを流れるように繋いでゆけば、それは斬撃と
いう意味を持った一つの動作になる。刃には体重を掛けた踏み込み、捻りが戻る力、腕の力や、
大剣の質量による遠心力、全てが収束すると、後は動作の目的となる場所に向かうだけた。
放つ。
最初に来た手応えは、重く硬いものを断ち割ったもの。
続いて、ひ、という高い声が聞こえ、
「あたしは、そんな」
「我慢するな」
その言葉を契機に、アリスの右腕が崩壊を始めた。歪んでいたフレームは支えるという目的を
失って外れ、シリンダーは音をたてて割れ飛んだ。ビスは切れ、ギアが慣性のみで空転している
動きが見える。動力を伝えるケーブルは熱を失い、義腕を構成していた全てが崩れ去ってゆく。
更に、同時に二つの変化が起きた。
一つは空間に起きたもの。空間を構成していた闇が晴れるように消えててゆき、無機質だが光
が満ちた元の転移装置室へと戻ってゆく。入口の方を見れば待機していた局員が見えているし、
こちらに向かって放つ声も聞こえている。
もう一つの変化はアリスの表情だ。
俯いて垂れた前髪の間からに見える表情は歪みを持ち、頬には涙が筋を作っている。左の手は
強く握り込まれ、曲がった背は細かく震えている。
「大変だったろう」
虎蔵はアリスに近寄り、背を抱いた。各所から血が滲んだアリスの体が触れると白のインナー
に赤の染みが出来たが、構わない。そんなことより、初めて抱き締めたアリスの体の温度を快い
と思う。生きている人間と、何も変わらないと。
「我慢するなよ、アリス。泣けと言ったのは、泣いても良いということなんだからよ」
言って頭を撫た直後、赤の色を持つ幼女の産声が響いた。
◇ ◇ ◇
晴れた空の下、リリィは手渡されたものを見て首を傾けた。
「ヘルメット?」
「おう、ちょっと出掛けるぞ」
大型の単車を押しながら虎蔵は笑みを浮かべ、
「この近くに織濱の本家があるのは知ってるな? まぁ、昔は、俺の御先祖様の時代は、実家の
近くにあったんだがな。それは後で教えるとして、取り敢えず織濱の本家に行く」
不思議そうな表情のままのリリィの頭を撫でながら、虎蔵はキーを差して捻った。エンジンに
火が入り、轟音と呼べる巨大な排気音が鳴り響く。虎蔵はアクセルを捻って具合を確かめ、
「婚約の報告みたいなもんだ」
「いや、何故織濱へ?」
「面倒な話だがな、俺の御先祖様が織濱の嫁を貰ったらしくてよ。それで守崎の家の者が結婚を
するときにゃ、相手の試験も兼ねた報告しなくちゃならねぇんだよ」
リリィの表情が微妙に強張り、
「初耳ですよ?」
「当然だ、嫁にする奴以外には話さないようにしているからな。因みにセリスは、それを笑顔で
楽々突破しやがった。リリィ、お前はどうだ?」
訊ねるとリリィは強引な笑みを浮かべ、
「余裕です」
こちらの胸をヘルメットで叩いてくる。
それで良いと頷き虎蔵は単車に跨がり、少し遅れて背中に細い体の感触が伝わってくる。腕が
腹にしっかりと回ったことを確認するとスタンドを蹴り、クラッチを踏んでグリップを回した。
加速が風となって体に伝わり、視界が高速で変化を始めた。
大気が音の塊となって耳に入る中で、虎蔵はギアを一気に3速へ。
その音に紛れるように、
「リリィ、ありがとうな」
「当然です。虎蔵さんみたいなロリコン駄目中年と結婚出来るのなんて、私くらいですよ」
「……そうかもな。トバすぞ」
アクセルをふかし、ギアを一段上げるとしがみ付く腕の力が強くなった。頬を押し付けてきて
いるのか背中の中心に柔らかい感触と風でも冷えない温度が伝わり、リリィが後ろに座っている
のだと自覚させられる。
「俺が望んだことだ」
説明をすることは山程ある。魔法幼女になって戦ったことや、その結果、幼女の養女が二人も
出来たこと。それは大変だが、間違っていないと思うこと。
そして、また護りたいと思う者が出来て、それが幸せだということだ。
ギアを更に一段上げると、背後からリリィの呟く声が聞こえてきた。
「今は幸福ですか?」
「当然だ!!」
最終更新:2008年01月15日 18:19