※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。





海を見ていた。

ぼんやりと、いや、呆然と、と言った方が正しいだろうか…。
この国にも多くの戦と禍があり、希望を塗りつぶす絶望が幾度となく訪れている。
自分はその度に仲間を失い、自らの片足を失い、大事な我が子を奪われ、そしてとうとう愛する妻すらも失ってしまっていた。
虚しさと憎しみを胸に抱え、白髪が混じる年になった今も続く復興の毎日に疲れたら、こうやって歩きながら海を日が暮れるまで眺める様になったのはいつからだったろうか。

昔は良かった。
友人と馬鹿騒ぎをした。娘も妻も自分の側で笑い、暖かな暮らしがあるのが普通だった。
世界樹の結晶と言われている白砂の砂漠と、海を繋ぐ砂浜の境目として、すでに馴染みとなった防風林も、この国の心もとない守りの様だとも今は感じるが、昔はこれが頼もしく見え喜んだ事もあったし、政府についても、自分の親の世代から比べるとずいぶんと頑張ってきているとは思っている。
だけど、災いはいつも外からやってきて、その努力の結晶をあっと言う間に壊して去っていくのだった。

…愛の国に生まれたというのに、愛はそうやって奪われていくばかりじゃないか。

そういえば、この国を襲ったあの国の暴漢達の生き残りは、一番酷い戦地に行く事を望み、そして望み通り戦って死んでいったのだと人伝えに聞いた。
彼らはそれで綺麗さっぱりなのだろうけれど、だけど、この国から奪われたものはそれでは帰って来ない…。帰って来ないのだ。

重たい歩みを止め振り返り、自分が歩いて来た足跡を見た。

自分の、しかも片足分しかない、足跡。
昔は仲間と、家族の分があったのに。

/*/

空が茜の色に染まりはじめるころ、足取り重くオアシス側の避難所へと戻って来た。
暑さも徐々に引き始め、ようやく過ごしやすくなるころ、食事の支度をしないとね!と、数少ない女手が集まって、大鍋を囲み「今日は何を作ろうか」と賑やかに話し込む時間となる。

この国の女達といったら料理をするのが大好きで、これだけは男どもには譲らないよ、と笑って我々を追い出し、毎日何かしら美味いもの作っている。
虚しい気持ちで海から戻って来たが、この光景に笑みの形に顔の皺が深くなるのを感じた。
若いのが手際良く野菜の皮剥いたら、今度は煮えやすい大きさに具材を刻み、年長の女達が鍋を囲んで熟練の味付けを施して行った。

日中瓦礫の撤去に忙しかった男達は、ふんわりと漂う夕餉の香りに、日焼けた顔を自分と同じ様にほころばせる。

子供たちはというと、少し離れた所で輪になって歌を謡っていた。
聞こえてくるのは、優しい歌詞と哀愁を感じさせる美しい旋律。
古い記憶を刺激するような音は、高い空へと吸い込まれる。
この歌はなんだろう、良く耳を澄ますと、最高齢の部類に入る老婆の声が子供たちの声の中に混じっているのが分かった。
老婆が小さく、そして座っていたので、子供の中に入っているのに自分は気付かずにいたようだ。

『さばくの砂 風に吹かれ さらさらと』
『小さな耳に 優しい歌が さらさらと』

老婆の声が夜の帳の様に下りてくる。

『白亜の砂は愛の数 夜空の星は愛の数』
『眠り誘うこの歌は 愛の数だけ謡われる』

子供たちの声が輝きだした星の様に煌めく。

どこかで聞いた事のあるその歌は、自分の母も歌っていなかっただろうか。
その歌は…なんという名だっただろう?
座るのによさそうな石を見つけ腰を下ろし、遠い記憶をなぞる。

この国では何かにつけて歌が謡われてきた。
そりゃ歌で有名な国には負けるが、レンジャー連邦の伝統として歌が大事にされているのだ。
ああ、料理もそうだな、もんじゃ焼き以外にも上手いものはあるが、一番うまいのは母親と嫁さんの愛情たっぷりの手料理だ、って言うやつばかりだから、外食産業も他の国に敵う所まで行かなかったのだった。

若いころ観光業に従事していた苦労を思い出して、苦笑いする。
良く食べる我々の腹と心を満たしつつ、毎日あるもので工夫しながら、おまけに節約までもする技は共和国で一番なんだが(笑)

そして名前の思い出せない歌と、漂う夕餉の良い匂いに包まれながら、抱えていた虚しさも憎しみも、茜から藍色に変わりつつある空へと消えてしまえばいいのに、と思った。

/*/

ねえ、あなた、夜空は綺麗ね、吸い込まれそうで怖いけど
こうやってあなたと手を繋いでいれば怖くないのよ
でももっと好きなのは…

自分の愛する「もの」は消えてしまった。
あの暖かく明るい光はもう帰って来ない。

暗くて怖いの?
だいじょうぶ
夜が来る事は悪い事じゃないのよ
さて、問題です
夜が来たらその後に何かくるかなー

起こさないでくれ、夜は怖いから、目を閉じて動きたくないんだ。
このまま布団にくるまっていたいんだ。

パパ、おきて!
もー、いつまでねてるのー
パパはいつもおねぼうさんってママいってたけど
ほんとうに、おねぼうさんね!


「「「夜明けですよ」」」


/*/

テントをめくられ、強い朝日が直接顔に当たったのが痛いほどだった。
空気は冷たいが、東から昇る朝日の力強さは夜を切り裂き、人々に夜の終わりを宣告する。

酷く懐かしい夢をみた、酷く愛おしい夢を見た。
暫くそんな夢を見ていなかったのにどうしたのだろう、と思いながら、自分を起こしに来た仲間へ挨拶をしながら体を起こす。

そしていつもの日々が始まった。

朝食を食べたら、配給の食料や燃料を受け取る為に、年嵩の男たちは早めに起きて政庁前へと出かけ、若い連中は瓦礫の撤去へと。
女達はテントの前に置かれた洗濯物を集めて日中に洗濯したり、避難所の清掃をし、子供たちは昨日の老婆や翁に歌や遊び、勉強を教えてもらったりしたら、女達の手伝いをするのだ。

昨日の残りを温め直した汁物に、配られたパンを浸して食べていたら、ふと、子供たちが謡っていた歌を今度は女達が謡っていたのに気がついた。
味が染みてて美味いな、と思いながらまた耳を澄ます。

「ばーちゃんが謡ってた歌、うちのかあさんも謡ってたのよね。」
「ああ、歌詞がちょっと違かったけど、うちもそうだったわよ。」
「男どもは忘れてる奴多いのよねえ、あんなに謡ってやったのに、うちの息子ときたら。」
「「「愛の歌を忘れるなんて、駄目ねえー」」」

そうか…と思いながら、顔を赤くする。
あの歌は「愛の歌」というのか。
自分の母親だけじゃなく、きっと妻も娘に謡ってやっていたのだろう。
確か、子供が子守唄を必要としなくなる年になるまで、母親は歌に愛を込めるのが伝統だった。

良く、周りを見渡す。

女達は誰も暗い顔をしていない。
彼女達も多くを失い苦しいはずなのに、胸には愛を輝かせ、まるで朝日の様に輝いて生きている。
これはどうした事だろうか。

「男は立ち直り遅いから、いつまでもぐずぐずと…。」
「ヘタレめ…!」
「そりゃ憎いものは憎いわよ、だけど、それは愛する心が無くなってしまいそうで…なんかそう考えたら、我に返ったわよ;」
「愛するからこそ憎いんだ、って、ねえ。それはもう愛じゃないわね、確かに。」
「あの時、藩王が愛ある所に。戻っておいで、っておっしゃってたそうけど、私もそう思うのよ」
「ほんと、男達がしけっぽいと、子供達までしけっぽいのがうつっちゃうから困るったら。」
「本気出せば立ち直れるくせに、まあ、その内復活するんだろうけどね。」
「まあ、子供たちは…ばーちゃんとじーちゃんが見ててくれてるからね、最近は歌を覚える事に夢中になってるみたいたし…あ、これって情操教育ってやつ?」
「小さい時思い出すね、ふふ、愛の歌を聞いて私達育ったんだもんね」
「そうそう!」
「…これから移民の人達も来るし、元気になってもらわなくちゃ!」
「まずは私達が前向きに頑張るのが一番かな、亡くなった人達が心配しないように。」
「うん。」

よく、聞けば、声が聞こえた。(言っている事は酷かったが…ヘタレ…か…。)
よく、見れば、彼女たちの笑顔は前と何も変わっていなかった。

もし、母と妻、娘がそこにいたら、笑顔で叱ってくれただろうか?
…そうだな、きっとそうしただろうな。
変わってしまっていたのは自分の方だったのだろうか?
女達が言う様に、憎しみが愛を曇らせててしまっていたのだろうか?

愛ある所に戻っておいで、という声がようやくこの耳に聞こえた気がした。

ふいに涙が出る。
泣く事を止めてから、ずっと流す事の無かった涙だった。


/*/

この国にも多くの戦と禍があり、希望を塗りつぶす絶望が幾度となく訪れる。
長い歴史の中、喜び事より、辛く悲しい事が多いだろう。
しかし、その度に、愛は私達の前に姿を現し、新たな希望を生み落として行った。
人と愛、それは生ある限りその繋がりが切れない事を、そうして私達は何度も思い知る。

過去も未来も、
レンジャー連邦は愛と共に生きるのだ。

愛と共に。




添付ファイル