まず始めに伝えておくが、今の俺はこの上なく幸福だ。
それを解って貰えるのなら、今宵は俺の話をしよう。
物心ついた時、俺は名前も知らない村で人殺しの術を叩き込まれていた。
疑問もなにも抱かなかった、俺には初めからそれしかなかった。
こんな話を知っているか。
昔、ある国が軍備の強化の為に素性を隠した軍隊に村を襲わせ、金品と年端もゆかぬ子供を略奪していたんだそうだ。
俺はそうして集められた子供の一人。
良心の責も無く人を殺せる兵隊を作るための素材として拐われてきた。
ある戦線で死に体のところを老人に匿われたことがある。
死んだつもりが意識を取り戻したのが半月もしてからだった。
俺を育てた国は戦に敗れて滅びたのだと言う。
老人は俺に読み書きを教えた。
それになんの意味があるのかを問うたことがある。
俺は自分の産まれ素性を話し、己の置かれていた立場も老人が教えてもらった。
故に何のために俺を助けたのかが判らなかった。
「そうさな……わしとお前がどこか似ていたからかもしれん」
老人はほとんど具の無いスープを啜りながら答えた。
「わしは何も知らん、山に入り草木を採りつつ、畑に鍬を下ろす術しか知らん。そうして幾年月を生きてきたかも忘れちまった」
燃える薪が音を立てる。
「お前は何かに胸を熱くされたような事があるか? 色めき立つような命の滾りを覚えたようなことはあったか?」
老人の目は爛々としていた。
俺はと言えばその言葉を示すものの意味がわからずただ首を横に振るだけだった。
「そうか……ならば、やはりお前はわしと同じなのだ」
「俺は人殺しさ……あんたとはちがう」
「稲を刈るのも首を刈るのも、それだけが己の全てならば変わらんさ」
言葉の真意がわからない。
「わしはただ鍬を振り、稲を刈るために産まれたのか? お前もただ剣を振り命を狩るために産まれたのか? それ以外の何かがあるのではないか……そう待ち続けている間に、この通り老いぼれたのさ……」
老人は暫し咳き込んだ。
肺臓を患っているのだと言う。
「ただの一度だけだ、この命が鮮やかに色めいたのは……」
伏せていた目が再び爛と輝く。
「血にまみれたお前を見つけた時だよ」
「……」
「せめて何か、生きていた意味を残したかったのかもしれん。お前の手当てをしたのはそんな手前勝手な想いだけさ、お前はこの爺の慰みに付き合わされたようなもんだ」
そして老人は再び咳き込んだ。
どうする手だても思い付かなかったので俺は黙って治まるのを待った。
「ゲホ……まあいい、冥土の土産にはなった。お前は自由だ、好きに生きればいい」
「自由とはなんだ」
「勝手にしろという意味さ」
三度、激しく咳き込んだ老人は肩で息を整えながら、赤く潤んだ目でまたも俺を捉えようとする。
「お前のような荒くれは……街に出れば腕っぷし任せの仕事がもらえる……」
「……」
「明日には街に出ろ。一晩の宿代くらいなら工面はしよう……」
背中を丸め、またも咳き込み、老人は這うように寝所へ向かう。
「見つけるんだ……お前の胸を躍らせる、なにかを……」
俺は言われるがままに街へ下り、そのまま冒険者と呼ばれるようになった。
ギルドで与えられる仕事でひとまずの宿を繋ぎ、豚の死骸を焼いたようなものを食べて命を繋いできた。
それでも、あの老人が言ったような特別な思いをすることは無かった。
ある仕事でうさんくさい女と組んだ時だ。
野党を皆殺しにしたときにはどっぷりと日が落ちていて、俺たちは砦の跡地で夜を明かすつもりだった。
うさんくさい女は俺に惚れ込んだと語り、野党からくすねた酒を振る舞っては俺におべっかを使ってきた。
それがなんのつもりだったのかの意味はわからん。
いや、女がどうするつもりだったのかを考えれば陳腐な理由はわかるのだが。
女は俺に体を重ねてきた。
何のつもりかを問えば何かをはぐらかすような物言いしかしない。
やがて俺にその経験が無いとわかれば、あの手この手で奴は俺を愛撫した。
体が火照り、股間が晴れ上がる。
快楽と言うものを初めて覚えた瞬間だった。
心臓が高なり、俺はされるがまま身を捩った。
これがあの老人が言っていたようなことだろうか。
それにしては、何か物足りなかった。
やがて女は鞍でも跨ぐように、俺の腹によじ登ると、腫れ上がった逸物を自らのなかに捩じ込んだ。
ぞくぞくとしたものが首もとまで駆け上がった。
女はそれこそ馬の背にでも乗ったように体を弾ませ、その度に逸物からは快楽が駆け巡った。
そして女の手から輝く刃が俺の首を掠めた時、俺は女の首を締め上げていた。
「ぐ、げ……」
取り落とした刃が俺の右肩に突き立った。
この程度は痛みにも感じなかった。
「……」
「……ぁ、き……が……」
女は俺を殺して分け前を独り占めするつもりだったのだろうか。
細い首を締める指がより深く食い込んでいく。
あえて言うなら俺の逸物をくわえ込む女の孔もきつく締まっていた。
「……ッ、……!!」
それが妙に愉快になり、俺は自ら腰を弾ませた。
女の肌がみるみるうちに赤黒く変わるのも面白かった。
「─────ッ!!」
やがて俺の芋虫のような指は右手も左手も女の首を締め始め、逸物は孔を裂きながらより奥へ奥へと捩じ込まれる。
女は白目を剥き、口から泡を吹き、股からは血混じりの何かぬらつく体液を垂れ流しながら、その白くなっていく四肢をびくびくと痙攣させる。
「ォ、オォ、ぐぉおおッ!?」
突如、逸物に何か込み上げるような感覚があり、思わず俺は女の首を折ってしまった。
途端に女は両腕をだらりと足らし、逸物を締め付けていた孔の力が抜け、そこからは白濁とした汁がどくどくと溢れだした。
それが異様に心地よかった。
何か満たされるものがあった。
これが、あの、色めき立つような命の滾りと言うものか。
あの快楽が忘れられなくなり、街に戻ると俺は一人、女を買った。
そして同じように殺してしまい、俺は街から逃げ出す羽目になった。
そのときにはあの興奮は覚えなかった。
俺の首には賞金が懸けられたらしい。
数度の襲撃があった。
ある男は一人で俺に挑んできた。
そこそこ腕の立つ男だった。
奴の剣を数度受け止めた時に、胸の奥を焦がすような何かがあった。
首を狙う剣の閃きになにか言い様の無い昂りを覚えた。
それはあの夜の、短刀の煌めきと同じ、俺の命を脅かそうとする殺意を秘めた輝きだった。
あまりにも耐え難い高ぶり。
剣を飛ばし、肩を砕き、身ぐるみを剥いで男を犯した。
女より遥かに手応えがあり、抵抗も生き生きとしていて喰らい甲斐があった。
力付くで捩じ伏せ、逸物を捩じ込み、首筋に噛みつき、急所を外して剣を突き立て、やがて血を失って震える体にたっぷりと種を流し込んだ。
その時の征服感。
俺の命を奪わんとするものが凌辱され、俺の腕のなかで命を失っていく背徳。
限りなく興奮した。
引き抜いた逸物がまだ猛りを失わないほどだった。
俺は物言わぬ死体の喉にもう一度種を吐き出して辱しめた。
間違いなく、これが俺の求めていたものだ。
こうして何人に狙われ、何人を殺しただろうか。
あまりにも簡単に追っ手が死んでしまう。
やがて種すら吐き出す前に、俺の体は興奮から覚めて萎えてしまった。
それは宿で無抵抗の女の首を締めた時と変わらない。
命のやり取りが必要だった。
俺の首をかっ捌こうと閃く刃の輝きこそが俺への愛撫だったのだ。
こうして俺は街から街へと流れていった。
追っ手から逃れると言うよりは満足いく使い手とまぐわいたかったのが全てだ。
初めはひと月に一人満足いくような奴が居れば良い方だったが、一人喰らう度に俺は満足できなくなっていった。
こうしている間に、ある森で行商からこんな話を聞いた。
この先の朽ちた聖堂に魔王が棲んでいる。
魔王の供物として血を捧げると願いが叶うと言うので荒くれが屯しており、近寄らない方が良いと。
聖堂にで俺は賊を半殺しにし、一人ずつ犯しながら頸動脈を切り裂き血の海にした。
絶叫が首から吹き出す泡に変わるのはなかなかに興奮したが、それでも身の滾りは収まらなかった。
最後の一人を始末し、血まみれの身体を離して顔を上げた時、そいつは姿を現した。
「……」
いけすかない顔だった。
尊大な服は纏っていたが顔はガキのそれだった。
しかしだ。
そいつの視線にはなにかぞくっとする昂りを感じた。
閃く刃のそれだ。
「あんたが魔王か」
「そう呼ばれている」
ガキは空中に立って人の言葉で答えた。
「供物を供えりゃ願いを叶えてくれるんだろ、見ろ、これを」
「ふふ、別にここまでやること無いのに……」
魔王は血の海を一瞥して笑った。
「僕ら魔属にとって何を重要視するかと言えば、今生に二つ無い“おもしろい”ことさ」
「おもしろいだと?」
「君のことさ」
魔王の笑みは嘲りのように見えた。
「君は強くなりすぎた、何も君を満足させられない。君が触れると壊れてしまう」
「そうだ、その通りだ」
「だからあえて問おう……なにを求めている?」
魔王の目は闇の色だ。
その闇に赤く染まる俺が映る。
「……昂りだ。命の滾り、胸を焦がし、色めき立つような!」
俺の言葉に血の海が波打つ。
波紋は大きく広がり……
沸き出したかのような真っ赤な腕が、巨大な腕が、俺の首を締めた。
「ぐ、が」
血の海から腕を伸ばす何かが笑っている。
みるみるうちに肉が沸きだし、その巨体の輪郭を象る。
呼吸ができない。
心臓が高鳴る。
逸物がはち切れんばかりに鎌首をもたげる。
なんだ、この感情はなんだ!
締まる喉の奥底から込み上げてくるこの感情はなんだ!?
「か……、」
俺は膨れ上がる肉塊の手首を掴み返し、渾身の力で締め上げる!
違う、俺が求めているのは、
こんな陳腐な“死”なんかではない!
「────ぉおおおおおぉぉ!!」
俺の掌の中で、敵の手首が音を立ててつぶれた。
「ぐぉおッ!!」
支えを失った俺の体が血の海に落ちる。
そして顔を上げれば、今まさに膨れ上がった肉塊が人の姿を取って立ち上がらんとしていた。
その姿に胸の奥が震える。
恐怖とは違う、この感覚はなんだ!?
「ごるるるるるるるぅぅ……」
怪物が唸りを上げて自身の潰れた手首を、そして俺を睨む。
「自分のことを知っているか?」
「何!?」
頭上からの声に静観していた魔王の存在を思い出す。
「二、三十年は前か......魔導に傾倒した亡国の戦。お前はそれに先んじて産み出された……子供を依り代に魔を宿す実験」
「!?」
「魔を宿したお前は獣も同じ。その心は飢え渇き、息をするように死を振りまく……だが実験は失敗した」
眼前の怪物の傷口から再び肉が湧き出し、音を立てて再び手のかたちに定まろうとしている。
そして奴は俺の目を見て笑った。
「魔を宿したところでその身は人のそれに留まったままだ。心だけが魔を孕み、その渇きを人の生き方では潤せない」
魔王の目には、異様な慈愛の光が満ちていた。
「おまえはそういうふうにできているからだ」
俺にはそれが気に食わない。
「お前が人の道を踏み外し、命と命のふれあいを知り、その手ごたえに充足を求めたのはそれが由縁だ」
「だからなんだ」
「いまお前が見るそれは、お前の心が孕む“魔”そのものだ」
その言葉に、俺のこの感情の答えがある気がした。
俺を見て笑う“魔”、その笑みに俺の口角が釣りあがる。
そして、“魔”は目にも留まらぬ速さで飛び掛った。
鋭い爪を剣に受けるその振動が骨へ、高鳴る心臓へと駆け巡る。
今までに感じたことの無い高揚、恐怖すら押し流す歓喜。
───歓喜?
力任せの腕の振りに俺の体が宙を舞う。
───歓喜!!
身の奥から沸き起こる歓喜!!
命が脅かされるが故に迸る歓喜!!
そして今、眼前の標的に同じく滾る命へ刃を向ける歓喜!!
振り上げられた爪の間を割ってその腕を二分する歓喜!!
痛みに顔を歪めた次の瞬間、敵意の視線を向けられる歓喜!!
怒り任せの拳が俺の肋骨を折る歓喜!!
いま、ここに“歓喜”がある!!
いまこの刹那のためにこの命があったも同然の“歓喜”が!!
全身に血が駆け巡っている!!
あらゆる欲望が駆け巡っている!!
犯したい!!
犯されたい!!
食いちぎりたい!!
食われたい!!
殺したい!!
殺されたい!!
その全てがある!!
「うおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああああ!!」
窓から差し込む月光に互いの身から沸き立つ熱が陽炎のように揺らめいている。
怪物の顔に満面の笑みと殺意が照らされている。
お前もか!!
お前も突き動かされているのか!!
この“歓喜”に!!
「グォアアアアアアアアアァァァァァァア!!」
袈裟賭けに胸板を切り裂かれ、なおも止まらぬ怪物に二太刀を与える。
だがいよいよもって両の目が霞んできた。
心臓はなおも早鐘を打ち、逸物ははち切れんばかりだと言うのに。
「!!」
その一瞬の隙に怪物の爪を受け、俺は思わず膝を突く。
直後、俺は顎に強烈な一撃を受けて背後に吹き飛んだ。
「ッア!!」
巨体が近づいてくる。
その股の間に、俺と同じく、欲望の滾りを湛えながら。
体が動かない。
歓喜?
絶望?
恐怖?
期待?
「今にして思えば」
「……ッ……」
「“魔”を宿すというそれも、今までの殺戮の言い訳だったのかもしれないね」
「なに、を」
「人は誰しも心に“魔”を飼っている、その箍が外れていないだけで」
怪物が俺にのしかかる。
おおよそ人の大きさではないものが俺の腹を撫でる。
「きみの、ほんとうの“歓喜”とは、なに?」
怪物の肩越しに魔王が嗤っている。
そして怪物は再び俺の首を......
「ぐ」
俺は、怪物の太い首に短刀を根元まで突き立てた。
鮮血が視界を染める。
「────────────ッ!!」
怪物が何かを叫ぼうとするも、喉から、口から血が泡を吹くばかりで声には成らない。
しかし、その口元は、笑っていた。
それをみた時には振り落とした剣を手に飛び出していた。
そして、その喉笛にもう一発、大剣を半ばまで打ち込んでやった。
「……ッ!!」
流石にそれが効いたのか、怪物は悶え、やたらめたらに腕を振り回し、俺はそれに巻き込まれ吹き飛んだ。
そのとき妙な体の軽さを感じたが、それは地に落ちてから腹から下が無くなっている事に気付いて合点が行った。
「……、……、……」
やがて視界のむこうの怪物も、首と胴体が別れを告げてくず折れた。
「……満足したかい?」
「……わかんねえ」
魔王の言葉に俺は答えた。
いや、答えられたかどうかもわからない。
既に瞼も、指先も、思うとおりに動くことは無かったし、いま息をしているのか、生きているのかもわからなかった。
「でももう、これで終わりなんだろ?」
「……」
「なら、それでもう、いいんだろう」
「“歓喜”はあった?」
「一応は、な」
まるで夢のようではあった。
だが、それでも……
「それでも、最後は、空しいもんだな」
窓の外が白んできた。
あの“歓喜”は、命の滾りは、鮮やかな色彩は、どこに消えてしまったのだろう?
最後はいつだって、こんなに空しいものなのだろうか?
次に目覚めたとき、俺の体はこのとおり、その怪物そのものになっていた。
一つ判ったのは、この体で人を殺すのは余りにもたやすいことで、何の気晴らしにもならないという事だ。
俺はより深い渇きのくびきに囚われてしまったようだった。
だが、それでも人知を越えたものというのは稀に現れるものだな。
そういうものと命のやり取りをするのが、いまの俺の唯一の慰みだ。
お前もまた、そうなのだろう。
こんなつまらん昔話を、爛々とした目で聞くお前も。
お前もまた、人の道を外れ、いまだ見ぬ歓喜を求めて此処に来たのだろう。
ちょうど俺も昂ぶって来たところだ。
お前となら、もうすこし戦れるのだろう?
さあ、殺ろう。
そして俺を、殺(犯)ってくれ。
-了-
最終更新:2016年06月01日 04:04