隈井係長(43歳既婚)は二年目の単身赴任を迎えた所で自身の体型に不満を抱えていた。
大学時代に獣人ラグビーの花形フランカーとして、狼獣人特有のシャープな筋肉で数々の女性を魅了してきたあの頃はどこへやら、加齢に次いで日に日に増していく体重に、クマの隈井と渾名されるまでに落ちぶれた鏡の中の自らに、係長は深いため息を吐いた
更に苦しんだのはスポーツジムの一日体験で、現役時代とのギャップを強く感じたことだ。
過去の栄光が落とす影は係長には耐え難いものだった。
しかしてこのまま落ちぶれていくのも耐え難い、たが過去とのギャップに心は大分折れてしまった。
くたびれた隈井係長が接待呑み帰りの電車でその広告に目が釘付けになったのは必然であったのかもしれない。
“貼るだけで腹筋が割れる!”
いわゆるEMSパッド、電気筋肉刺激と呼ばれる、電極を貼りつけて筋肉に電気を流し、強制的に筋肉運動を促すというものだ。
隈井係長はここに活路を見いだした。
効果に関しては眉唾ものだが、まず下地をつくって自身を取り戻したなら、ジム復帰も夢ではないだろう。
そも、その厳つい見た目と過去の栄光からクールでドライな渋い性格と思われているが、彼の本質は単なる面倒臭がりなズボラ男でしかなかったりするのは誰もまだ気づいていない。
ただ隈井係長はやると決めたらやる男だ。
そして大概、面倒に勝るのは少年のような好奇心、プライベートではそんな男だ。
軽い酒気と勢いに任せて大形駅の家電量販店を目指したものの、時計は既に23時を回っていた。
既にシャッターの向こう側では蛍の光すら鳴り止んでおり、隈井係長は残念そうに軽く悪態を吐く。
そして踵を返そうとした時に、通りの向こうに煌々と輝くディスカウントストアの看板を見つけた。
そういえば24時間営業だったっけ、流行りものなら彼処でも置いてあるかもしれない。
隈井係長は期待半分に扉を開く。
ぺぺーぺぺぽぺ、ぺぺーぺぺぽぺ。
ぽぽぽぺぽー、ぺぽー、ぺぺー。
どこからともなく聞こえてくる気の抜けたメロディーと大音量の流行り歌、あとはラジカセ録音の店員トークしか聞こえてこない。
流石に平日のこの時間ともなれば他に客も居ないのかもしれない。
それでもこんな遅くまで、稼がねばならない時代と言うのも侘しいものだと係長は思う。
「いらっしゃいませー」
家電コーナーの店員とおぼしき青年はやや小声だったが、深夜帯で働く人間にしては真面目そうに係長は受け取った。
「あ、すんません」
「はい、いらっしゃいませ」
「あのー、アレさがしてるんですが」
どのアレだ、まだ酒が残る頭ではうまく言葉が出てこない。
「あのー……腹筋の……貼るやつ……」
“貼るだけで腹筋が割れるやつ”と言えばスムーズに伝わっただろうが、尊大な自尊心が邪魔をした。
「──ああ、わかりました、EMSパッドでしょうか」
筋のよい店員はしばらく思慮して思い立つ。
「こちらでよろしいですか?」
店員が取り出したのは広告に載っていたものではなかったが、概ね目的を満たすもののようだった。
「そ、そう、これこれ、いやー、その、ビンゴの景品にね」
と言いながら、自身の腹を無意識に擦る係長を見て、店員は何かを察する。
「いいと思いますよ、話題にもなりますし──あ、でも」
「?」
「失礼ですが、差し上げる方に“獣人種”の方はいらっしゃいますか?」
当然、差し上げるのは自分であるからして。
「──いますけど──」
「ああ、そうしたらあまりオススメできないかもしれません、例えば、お客様くらいフサフサの方ですと、パッドが貼り付かないのでテイモウの必要があります」
「……へ?」
聞きなれない言葉が飛び出した。
「剃毛です、パッドを取り付ける場所──つまり、腹筋回りや胸筋周りの毛を剃る必要があるんです」
「そッ、それは困るなぁ……」
「確認できてよかったです、買われてから気付かれる方も多いので……」
安堵しつつも残念そうな係長の顔を見て、店員は確信する。
「──もし宜しければ、少しお時間頂きまして、獣人種の方向けの商品をご案内できますが──」
隈井係長は勧められた椅子に腰掛け、倉庫に引っ込んだ店員を待つ。
間もなく時計は零時を回ろうとしていた。
一駅分とはいえ帰宅にはタクシーを拾う必要がある。
「お待たせしました、ちょうどお試し頂ける実機もご用意致しました」
店員はそう言って、小さな箱を二つ持ってきた。
「少し前の型になりますが、侵襲型のEMSトレーナーです」
「しんしゅうがた?」
これまた聞きなれない言葉が飛び出した。
「かいつまんでご説明すると、この機械からミクロの針が出てきて、お客様の筋肉を直接刺激します」
「針……刺さるの?」
「──はい、ですが、生分解素材のミクロの針なので痛みはほぼ無いそうです。医療現場でも使われています」
店員が“サンプル”と書かれた箱から取り出したのは小さな機械だ。
それこそ、先程のEMSパッドより小さい。
「──もしご希望でしたら、直接お試し頂けますが如何しましょう?」
店員はスマイリーに尋ねた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「それではご準備致します。宜しければ、お洋服をこちらに」
流石に準備よく脱衣かごが用意されていた。
「──宜しければ、お客様が他にいらっしゃらないので、特別にフルコースでお試しになりますか?」
「え、いいんですか」
「はい、ただ、お洋服脱がれて下着になって戴く必要がありますが……」
店員は少し申し訳なさげに言うものの、なかなかのサービスっぷりだと隈井係長は感心した。
隈井係長はやると決めたらやる男だ。
そして大概、面倒に勝るのは少年のような好奇心、プライベートではそんな男だ。
「み、見てないなら良いかな……」
「ナイショですけど、ちょうど死角なんで大丈夫ですよ」
隈井係長はこういうちょっとしたリップサービスというか、口車に弱い。
だいたいこう言う、ナイショですよ、とか、特別に、なんて言葉につい乗せられてしまう。
好奇心が勝ったか、あるいは残る酒の勢い任せか、隈井係長はシャツもスラックスも脱ぎ捨てて、ディスカウントストアの一角でパンツ一丁の姿になる。
「では、機械を取り付けますね。ちょっとヒヤッとしますよ」
店員はなにかべったりとしたゲルを機械に塗りつけ、それを接着剤のようにして、隈井係長の腹の毛を押し退けながら貼り付ける。
続けて胸筋、二の腕、大腿。
「お客様、堅いですねぇ、スポーツやられてました?」
「あぁ、大学の時にラグビーを」
「おぁー、それで筋肉があるんですねぇ、すごいなぁ」
隈井係長はノセられるのに弱い。
「フランカーだったんだけどね、歳とって体重増えちゃって、プロップ? とか言われちゃって」
「いやいや、やっぱり身体つきいいですよ」
「いやー、太っちゃったら全然モテなくてさぁ、せめて腹筋だけでも割りたいなぁって」
最早建前など吹き飛んでしまった。
「──では、電源を入れますね。ちょっぴりピリッとします」
「……んッ」
確かに、なにかの刺激があった。
電気と言うより、新しく買った服についているタグをぶら下げるプラスチックのT字のアレが残ったまま袖を通したときあのチクチク感に例えられた。
「……これ、もう刺さってるの?」
「はい、生分解素材ゲルが通電して針状になり、お客様の皮膚の中に入り込んでいます。痛くないでしょう?」
まあ、痛くないと言えば痛くない。
「では通電しますね。設定はスマホのアプリで簡単にできますよー」
「──おおッ!?」
マシンを取り付けられた周辺の筋肉が、軽くこむら返りを起こした様に痙攣する。
「あ、これあれだッ、銭湯の電気風呂のやつッ」
「あっはい、原理は同じですね、少し弱めましょう」
店員がスマホを操作すると、筋肉刺激はかなりマイルドになった。
「は、はは、くすぐってぇ、おもしろいなぁこれ」
「あはは、勝手に筋肉が動くの面白いですよねー、ご自宅で本読みながらでも勝手に腹筋が割れていきますよ」
ぴくん、ぴくん、と胸筋が跳ねるのを、隈井係長は楽しげに眺める。
「ははは、もうちょい強めでもいいかなぁ」
「お、慣れてきましたね。この製品の良いところは……」
と、語るが早いか、刺激がだんだん強めになってくる。
「AI搭載で、お客様の筋肉緊張からリラックス状態を関知して、自然と負荷を調整してくれます。これは他のパッドにはない独自の機能で──」
びくん、びくん、と、筋肉が跳ねる。
「──あ、あの」
「時折、刺激が強すぎて痛みを感じる方もいらっしゃいますが、こちらではだいぶ緩和されておりまして──」
隈井係長は異変に気づく。
いや、機械としては正常な動作をしている様子なのだが──
「あ、あの、ごめん、外してもらっていい、かな」
「──痛いですか?」
「い、いや、気持ちいいくらいなンッ、だけど……そのう……」
ぶるん、ぶるん、と、筋肉に刺激が走る。
乳頭、下腹部、大腿の内側……
「アッ……」
なにかいけない気分になってきた、と自覚した時には、すでに身体が反応を始めていた。
電気刺激が係長の敏感な部分に作用しており、それに働き盛りの肉体がそのご無沙汰な刺激に生理現象を思い出す。
「あっ、だ、大丈夫ですよお客様、慣れていない方ではよくなりますし、その、死角なんで……」
「あッ、んッ、いや、その、外し……」
「す、すみません、安全設計なんで、コースが終わるまで針が抜けないんです……却って危険なんで……」
「ンンっ……!!」
抵抗しようにも筋肉刺激に集中してしまい却って力が入らない。
「はぁ……んッ……!! そのッ、み、見ンといてくれっ……」
全身を、しかも同時にソープランドのお姉ちゃんより乱暴に刺激されるという今までにない体験、なおかつ公共の場、更には人前というシチュエーションも相まって、係長のトランクスは全面のボタンが千切れそうな程の努張りに押し上げられた。
「──大丈夫ですよ、この時間は誰も居ませんから……」
「ぐあぁ……ッ!?」
AI制御の粗暴な電気刺激が係長の性感帯に一斉攻撃を仕掛けていく。
「お客様──大きいですねぇ」
「ンあぁ、見ンといてくれッてッ──」
「現役時代はこのデッかいので女の子とろけさせて来たんですねえ、いやいや、これだったらまだまだ現役ですかねえ」
店員はそっとトランクスのボタンを外す。
ぶるん、と音をたてるほどの勢いで、使い込んだふてぶてしい逸物がぬらりと糸を引いて飛び出した。
「あぁッ、こらッ……駄目っ、だってぇ……ン」
「いやー、お客様、かなり立派ですよ……同じ男でもこれは惚れ惚れしちゃうなぁ」
──隈井係長はノセられるのに弱い。
「ほら、胴回りなんて指つかないですよ、なかなかこんな男性居ませんよ!」
「うぉおッ、は、恥ずかしいッ、よッ」
「いやいや、もっと誇っていいですよ、こんなん見せられたら女の子いちころですって」
──隈井係長はノセられるのにめっぽう弱い。
「そッ、そりゃッ、現役のッ、時はッ、抜かずのッ、何発って……!」
びくん、びくん、びくん! と、隆起した乳首が踊る。
黒々とした亀頭から、先走りが糸を引く。
「いやぁ、まだまだ行けますよ──そうそう、ナイショですけどね、このマシン──」
「んぁ!?」
「──アダルトマッサージ機能が、隠しモードで、あるんですよ」
そう囁きながら、店員はスマホの画面を数度タップした。
「うおおおおおッ!?」
大腿部裏から、会陰部、括約筋周辺が脈動するように痙攣する。
その耐え難い違和感に、隈井係長は腹の奥から唸り声を上げて耐えた。
びくん、びくん、びくん! と、野太い陰茎が上下に跳ね回る。
「お客様、どうでしょう」
「うぉあ、うぉ、おおッ、と、止め──」
「──止めますか?」
店員は薄ら笑う。
「──止めんでくれぇッ、だッ、出してぇぇッ!!」
全身を激しく痙攣させながら、隈井係長は懇願した。
「ええ、じゃあ、特別にナイショのサービスですよ」
特別に、ナイショの、サービス。
隈井係長はこう言う言葉に簡単にノセられる。
「ぐあぁああ、お兄さん、で、でるッ、でちまうッ!!」
「ええ、大丈夫ですよ! ではレベルを最大に上げますね!」
店員はスマホの画面を思い切りスワイプした。
「おおおおおおおッ!?」
会陰部を貫き、刺激が前立腺に達した瞬間、隈井係長は雄叫びを挙げた。
同時に全身を激しく震わせながら、天を突く逸物が溜まりに溜まった鬱憤を係長の顎下めがけて打ち上げる。
生臭い雄の種汁が、係長の顎に、喉に、胸板、腹に、やがてボドボドと音たててディスカウントストアの床へと溢れていった。
「如何ですか、ドライオーガズムを人工的に再現する機能がもあるんですよー」
「はあ、はあ、はあ」
係長はほぼ放心状態で店の天井を見上げている。
べったりと精液が身体中に跳ね飛び、ふてぶてしい陰茎は、硬度を失いながらもにわかに脈打ちながら未だモタモタと種を吐き出し続けていた。
「ご満足頂けましたでしょうか、ご購入の方如何しましょう?」
店員はスマイリーに隈井係長に問いかけた。
「……カード、つかえ、ますか……」
──なにやら随分気分のよい休日の朝の目覚めである。
ただ一つ難を言えば、二日酔いでにわかに頭が重いのと、全身に気だるさ、若干の筋肉痛が見られることだ。
──筋肉痛、そんなようなことをした覚えはないのだが。
隈井係長は頭をボリボリ掻きながら、ぼんやりとした記憶を反芻する。
そう、たしか、楽して腹筋を割る機械を買ったのだ。
そして、たしか──
ふと、隈井係長は、日焼けした畳の上に転がるディスカウントストアの袋に手を伸ばす。
例の機械を手にした途端、なにか異様な羞恥と快楽を思い出して、にわかに股間が疼くのを感じた。
そして、袋の中に一枚の名刺を見つける。
裏には、手書きのメッセージがあった。
“もし機械の使い方がわからなかったらお気軽にメール下さい”
“休みの日にでも出張します”
“ナイショの特別サービスですよ!”
「いやはや店長、今日もいいのが録れましたねー」
「まさかガチデブノンケのハンズフリー射精が撮れるとか思いませんでしたよ」
「しかし、酔っぱらいってちょろいですねー、ウチがそういう店って全然気づいてないですよね」
「まあでも、知らない方が幸せってやつですね」
「じゃ僕、帰って配信用に防犯カメラの画像加工しときますんで! お先に失礼しまーす!」
─またのご来店心よりお待ち申し上げます。─
最終更新:2019年01月22日 04:33