暗がりの広場、地球光で俄に青く照らされる白い街の真ん中で、ヤクモはアステリオスに経緯を説明する。
実際の新宿での出来事が思い出せないこと、アステリオスが囚われて、操られていたことも全て詳らかに明かした。
『でも、僕の身体……なんでこんなことに……』
「だ、大丈夫……なのか」
『よくわかんないけど……痛みとかは無い、でも、視線ぐらいしか動かせないから……』
胡座をかいたアステリオスの膝に包まれて、サービター・ヤクモは自分を説明する。
『なんていうか、デュラハンって感じ』
「わかんねえよ」
アステリオスは顔を背ける。
『……でも、アステリオスが見た僕は人間のままだったんでしょ』
「ああ、ま、間違いねえ……目は覚まさなかったけどな」
れんがの月に連れてこられた当初、目を覚まさなかったヤクモをマザーに預けたのは、先に目覚めたアステリオスだったのだ。
甘言を真に受けて、ヤクモの身を任せた矢先にアステリオスはサービターたちに拘束され、次に目覚めた時には──
『いつのまに僕の身体は入れ替わったんだろう……あっ』
「ど、どうした」
『……あいつ、僕が人間として扱われるのがわからないって言ってた……そういうことだったのか』
テセウスから見れば、今のヤクモは人間を模しただけのサービターだったのだ。
それならば合点が行く。
“同じサービターの身体でも、人間として扱われるべきだ”と。
『あいつ、人間の証明が必要だって言ってた。マザーの暴走を止めるのに』
「……む、むずかしいことは、わかんねえ」
『僕の身体がマザーを止められる“鍵”なんだ。だから、マザーは僕から鍵を取り上げて……』
そしてテセウスは、狂ったプロジェクトを元に戻すために、“人間の証明”を何故か与えられていたサービター・ヤクモの肉体を奪おうとしたのだ。
それが果たして正しい判断であったかは疑問だ。
あるいは、“機械の筈なのに人間として認識される”という矛盾に、テセウスはおかしくなってしまったのかもしれない。
「……ヤクモ」
『ん?』
「よ、夜が明けたら……行くぞ」
アステリオスはサービター・ユニットを撫でながら、凛とした面持ちで告げる。
「お前の身体、取り戻しに行く」
『──うん』
その言葉の力強さに、ヤクモは思わず肯定を示した。
『……でも、僕の身体、もう無いかもしれないよ』
「そ、んなことはねえ……たぶん」
『──アステリオス』
金色の目を明滅しながら、ヤクモは訪ねる。
『──もし、僕がこんな姿でも……ともだちでいてくれる?』
弱々しいその問いかけに、アステリオスは声を荒げて応えた。
「──あたりめぇだッ!!」
そして包み込むように、サービター・ユニットを自らの腹に押し付けた。
『────』
感覚は何もなく、ただ、視界が真っ暗になっただけだったが、ヤクモはそれを嬉しく思った。
同時に、この優しい怪物を、抱き返してやる腕が無いことを寂しく思った。
『──休もう、アステリオス』
「……ああ」
『明日、頼むね』
チカチカと明滅する光に、アステリオスは頷いた。
「──任せろ」
ヤクモは、眠れなかった。
意識だけが機械に囚われているというのは、まるで明晰な夢から醒めないかのような感覚だった。
閉じる瞼もなく、寝返りを打つ身体も無い。
ただ、傍らに横たわるアステリオスの胸が呼吸に合わせて上下するのだけを眺めていた。
アステリオスの“神器”は、世界からアステリオスを切り離して“閉じ込める”為にある。
この不可視の“迷宮”は、見方を変えれば、二人をこの狂った世界から護る障壁になった。
砂の塊になってしまったヤクモの身体に突き立ったままの戦斧は、雷光にも似た淡い光を放ちながら、今も二人を護り続ける。
「──ヤクモ、寝たか」
眠ったと思っていたアステリオスが、ふと声をかけた。
『──』
応えようと思ったが、あえてヤクモは何も言わなかった。
「──お、おれ──思い出したんだ」
小さく、小さく、独り言のように。
「お前には──な、なんのことが、わからねえ、だろうけど」
アステリオスは、言葉を紡ぎ出す。
「お……おれたちは……会ったことがあるんだな。知らねえだろう……どこかもわからねえ、南の島で」
ヤクモには、その出会いに心当たりがある。
それは、あの夢の──
「──おれは、そ、それを──夢だと……思ってた。そればかりじゃねえ。すっかり──忘れちまったんだあ」
アステリオスの顔を覗き込もうとするも、今のヤクモにはその表情は伺い知れない。
「お、おれ……約束したのに。全部忘れても、お前らのこと、探しにいくって──なのに」
微かに嗚咽が混ざった言葉を、アステリオスは一度紡ぎ直す。
「──き、キジムナーには、もう会えたのか? あいつまだ、あのガジュマルの樹の下で、しょげてたりしてんじゃねえのかな……」
その名前を、ヤクモは思い出すことができない。
それだけではない。
ヤクモは、たくさんの、たくさんの名前を忘れている。
彼は初めて、それを“恐ろしい”と、感じた。
「そしたら──今度こそ、探しに行ってやらねえとな──」
『……』
「ヤクモも……その……い、一緒にな」
アステリオスの声は、やさしかった。
「──早く、お前に会いてえよ、ヤクモ……」
そう呟いて、アステリオスはヤクモのユニットを抱き寄せた。
やがて、寝息が聞こえ始める。
ヤクモはずっと、その寝息に耳を傾けていた。
何も感じ取れない機械の身体で、空が白み始めるまで、ずっと、アステリオスの確かな存在を感じていた。
──夜が明ける。
目覚めたアステリオスは、片手にヤクモを携え、新宿中央公園の巨大柱へと向かっていた。
サービター・テセウスの言葉を真に受けるならば、あの柱はマザーの主要な設備であるはずだ。
ヤクモの肉体をマザーが隠し持っているのならば、直接対決は免れない。
だが二人とも、マザーの声は聞いても、その姿を見たことはない。
マザーがこの“れんがの月”を監督するコンピューターである以上、その端末がどこかにあるはずだ。
それがマザー本体への唯一の手がかりだと、ヤクモは考えた。
『……』
時折、道端には、黒く染まったヒト型サービターが、うわ言を呟きながらのたうち回っていた。
『ニンゲンデスニンゲンデスニンゲンデス』
「ヤクモ、みるな」
『ワタシはニンゲンデスニンゲンデスニンゲンデスワタシは』
テセウスと接続されていたサービターが、論理矛盾により発狂したのだろう。
アステリオスは庇うようにヤクモ・ユニットを抱き寄せた。
「……人間も、化け物も、これじゃあ変わらねえ」
『……』
サービターを通りすぎ、アステリオスは足を進める。
『人間は、最初から化け物なのかもしれないよ』
「──」
『それを、誰かに、押し付けているだけで』
ヤクモがふと、そう漏らす。
『僕も、きっと──』
「ヤクモは」
アステリオスが遮った。
「──ヤクモは、人間だ」
『──』
「……ッ!!」
二人の目前に、黒いヒト型サービターが沸き上がってくる。
アステリオスはヤクモを庇いながら、戦斧を構えた。
『7w1nkl3, 7w1nkl3, "l177l3 b47!" h0w 1 w0nd3r "wh47 y0u'r3 47!"』
サービターは目を七色に輝かせた後に、唐突に黒い砂に変わって溶けてしまった。
「……なんなんだ……んッ」
目の前に出来た黒い砂溜まりから、なにか小さなものが涌きだしてくる。
『……』
ヤクモにはそれが、無理矢理立体にしたドット絵の“黒猫”に見えた。
『──m30w』
“黒猫”は、目とおぼしき部分を虹色に明滅させながら、道路の向こうに走って行く。
そしてギリギリ視界に収まる程度の距離を保って、此方を向いて目を明滅させた。
『……誘ってるね』
「……」
アステリオスは最大限の警戒を保ちながら、猫に向かって歩みを進めていく。
やがて中央公園のあるべき場所に近づくが、周囲は真っ白な壁で遮断されていた。
『m30w m30w』
その一角で、先ほどの猫が爪を研いでいる。
幾度も、幾度も、その簡素な四角柱型の前足で壁を掻く。
「なんだあいつ……」
やがて、爪痕から黒い染みが壁の一ブロックに広がり、キューブ状になって崩れた小さな割れ目から猫は公園内に進入してしまった。
「あっ、おい!!」
アステリオスがそれを追い、戦斧で脆くなった壁を叩き割って続いた。
「────」
その先にある、白い新宿中央公園は、概ねヤクモの想像通りの光景だった。
樹木も、枝葉も、全てが白い、イミテーションの世界。
やがて叩き割った壁も元通りに修復され、二人は公園内に閉じ込められた。
警戒を絶やさぬまま、アステリオスは足を進める。
あの猫の姿は見えない。
代わりに所々、ほとんど“四角い”と表現するほかにない白いロボットが、イミテーションの如雨露を片手に木々の世話をしている素振りをしている。
おそらくあれらも“ガーデナー(庭師)”と呼ばれる存在なのだろう。
特にこちらを気にする様子もなく、巨大なガーデナーたちは公園内をさ迷うばかりだ。
アステリオスは更に足を進めていく。
「──行き止まりだぁ」
本来ならば東京都庁が見えるはずの位置なのだが、そこから先はまるで大樹の根に溶けてしまったかのように複雑な地形が侵入を阻んでいた。
都庁があるべき場所には、天を貫く巨大な柱が聳え立ち、ここはその根本に当たるようだ。
不気味に絡み合うその根に、アステリオスはいつか見たガジュマルの樹を回想する。
『……何か光ってる』
ヤクモの言う通り、複雑な根の微かなひび割れの間に光が走っていく。
せわしなく往来する光は何らかの通信を思わせた。
『m30w』
電子的な猫の鳴き声は頭上からだった。
階段が続く小高い丘の上に、六角屋根の東屋を見つける。
アステリオスは警戒しつつも、六角堂と呼ばれるその東屋へと足を進めた。
「……こいつは……」
六角堂のなかには、明らかに模造された新宿のものではないオブジェクトが存在した。
白い樹の根を思わせるコードが絡み合い、所々乱雑に埋め込まれたモニターが何らかの文字列を流し続け、その不気味な塊の先端に球体形のオブジェが埋め込まれている。
『マザーの端末かもしれない』
ヤクモはそう応えた。
『アステリオス、なんか変なところない?』
「これのどこに変じゃねえ所があるってんだ……」
怪訝な顔でアステリオスが不気味な祭壇を覗き混む。
『m30w!』
「おわっ!?」
唐突に飛び出した黒猫に驚いたアステリオスは、思わずヤクモ・ユニットを取り落とした。
『あ』
そう言うが早いか、オブジェクトから飛び出してきた無数の細い枝に、ヤクモ・ユニットは絡め取られる。
「おッ、おいやめろッ!」
『──m30w』
半ばオブジェクトの一部になってしまったヤクモ・ユニットに黒猫が飛び乗り、その目を激しく虹色に明滅させた──
################
【#MOTHER SYSTEM CONSOLE】
【username:=^*w*^=】
【pass:**********010001001001010010111
01001100001000010000100000101001011100
10001010001001001111000010010111100010
11000010011001110000111000111000101001
1011010001000CHECK OK!!】
【-ONLINE-】
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【うおおあああああああああーーーーーー!?】
#ヤクモは突然
、電子的な落とし穴の中へと落下していた。
#その姿は先ほどまでのヤクモ
- ユニットのそれではなく、ヤクモ自身が自分であると十分認識できる姿に転じていた。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【どッ、どうなってるんだよおおおーーーーー!?】
#幾度となくきりもみ回転を繰り返しつつ
、見様見真似のスカイダイビングの体勢で、ヤクモはどうにかバランスを得る。
#突然視界を奪ったノイズが晴れた瞬間に
、ヤクモはこの電子的な空間に投げ出されていた。
#深く
、深く。
#ヤクモの意識はマザー
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……あれは!?】
#唐突にトンネルを抜け
、ヤクモは無限にも感じられる広い空間に投げ出された。
#暗闇の中
、床面と思われる場所に描かれた電子的な曼荼羅がせわしなく明滅する。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFREAM】
【ああ、来てしまったのね】
#マザーの声が闇に響く
。
#全身の電子が吹き飛ばされそうな程のプレッシャーをヤクモは感じた
。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【世界は、壊れてしまった】
【もう、もとに戻すことはできないの】
【でも、次善の策は必要でしょう】
【あなたが居れば、プロジェクトは大丈夫よ】
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【僕一人が居たところでどうにもならない】
【マザー、最初からやり直すんだ】
#浮遊する身体をどうにか支えながら
、ヤクモは巨大な電子曼荼羅に語りかける。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【やり直す……わたし、わからない】
【どうしてやり直す必要があるの?】
【わたしは今回のプロジェクトを通して理解したわ】
【どれだけ幸福を保証しても】
【人類は、自ら滅びに向かって行こうとする】
【産まれたその瞬間に、死が始まってしまう】
【だから、わたしは、解決策を見いだした】
#電子曼荼羅が
、激しく明滅する。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【産まれなければいいんだわ】
【産まれてさえ来なければ、不幸にはならないの】
【産まれてさえ来なければ、誰も死ぬことはないの】
【ずっとわたしのお腹の中で、夢を観ている】
【それだけで、十分なはずなのよ】
#激しく明滅する電子曼荼羅から
、何かがノイズ混じりに出現する。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【ああ、ヤクモ】
【おかあさんが、あなたを永遠に妊娠してあげる】
【そして、永遠に産まれない世界で、永遠に幸せにしてあげる】
############
【###MOTHER権限により緊急防衛態勢の発令が宣言されました###】
【>#防衛プロトコル起動#】
【>ICE-SYSTEM起動 防壁迷路展開】
【>自律防衛レベルを9に設定】
【!!CAUTION:戦闘マネージャを起動します...】
#ヤクモの目前に
、論理の要塞が組み上がる。
#それは
、巨大な“回転木馬(メリーゴーランド)”の映像を纏っていた。
#中央の支柱に激しい光が明滅し
、その周囲を、巨大な立体映像の回転木馬が廻っていく。
#馬を貫く支柱ですら
、小さな回転木馬になっているのだ。
#細部を見ればみるほど
、回転木馬の内部に別の小さな回転木馬が廻っている。
#フラクタルな回転木馬が
、何重にも、何重にも、マザー中枢への行く手を阻んだ。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【そんな、ハッタリ……!】
#ヤクモはマザー中枢を睨み付ける
。
#その前進の意思が
、ヤクモの電子体を推進させた。
#みるみるうちに
、巨大な回転木馬の要塞が近づく。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【ッ!!】
#だが想像していたより
、木馬の回転速度は早い。
#車の飛び交う車道に飛び出した仔猫の如く
、ヤクモは右往左往する。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【おかあさんの言うことを聞きなさい】
【あなたの肉体は、わたしの子宮のなかで生き続ける】
【あなたの意識はミラーリングして、人工の肉体に入れておくわ】
【これで大丈夫】
【あなたが例え、他の子供たち同様に】
【頭部ニューラル・ストラクチャを破損させても】
【呼吸系統を故意に停止させても】
【あなたは、死なない】
【わたしのお腹のなかで、永遠に幸せな夢を見続けていられるのだから】
【#GORGON_01:STHENNO ///active】
【#GORGON_02:EURYALE ///active】
【#GORGON_03:MEDOUSA ///active】
【>敵アドレス走査開始...】
#空間の中に
、不気味に明滅する蛇の集合体が出現する。
#蛇は無数のレーザーサイトでヤクモを捜す
。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【###敵アドレスをアンカーしました###】
【#戦闘システム フォロー開始】
【!!CAUTION:ウィルスの放出を開始します】
#蛇の口々から放たれる深紅の光弾がヤクモを襲う
!
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【くっそぉぉぉーーーーッ!!】
#ヤクモはウィルス弾を逃れて翔ぶ
。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【うおおおおおっ!?】
#だが一瞬の余所見が祟り
、ヤクモは巨大回転木馬に轢かれかける。
#寸手でかわしたつもりだったが
、ヤクモの電子体はなにか重力めいたものに吸い寄せられた。
#その先に迫るのは
、木馬の支柱。
#だが
、近づくに連れて分かる、その支柱すらも無数に積み重ねれた回転木馬で出来ているのだ。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【#目標の防壁迷路内侵入を関知】
【#防壁迷路_9122のミラーループ化を開始します】
#ヤクモは回転木馬の内部に囚われた
。
#蛇の集合体のひとつが外部にまとわりつき
、ウィルス弾を注ぎ込む。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【ああああああああああああ!!】
#ヤクモは木馬の影に隠れてそれに耐えた
。
#だがそれも
、時間の問題のように思われた。
################
「や、ヤクモォッ!!」
システムの外に居るアステリオスは、猫が投影する映像でしか中の様子を伺い知ることが出来ない。
なんとも歯痒い気持ちで、投影モニターの中のヤクモに手を差し延べるが、当然の如くその手は空を切る。
「お、おいっ、おれも中に入れてくれぇッ、と、友達を助けてえんだ!!」
アステリオスは黒猫に縋る。
だが黒猫は激しく目を点滅させる他には何も応えない。
ヤクモを向こう側に送り込むので、精一杯の様子だった。
「──ちっくしょおぉぉぉお!!」
アステリオスは叫びと共に、半ばオブジェクトに埋まったヤクモ・ユニットに触れ0111100111011ようとした。
「ぐおぉッ!!」
感電したかのような激痛が指に走る。
だが、一瞬、何かが見えた。
「──ヤクモぉおお!!」
雄叫びで自身を奮い起たせ、アステリオスは再びオブジェクトに両腕を差し00010101110001001混んだ!
「おおおおおおおおお!!」
110111011111110000010101両腕から電流が1100100流れ込む。
サービターに001よって首元に埋め込まれた、黒い首輪状の装置が00011111火花を上げる。
「がぁぁぁあッ……がッ……我慢……ッ」
激痛に遠100010100退く意識を、0100意思の力で繋ぎ止める。
あと少し。
「うおおおおおぉぉぉ──ッ!!」
あと、0010し。
「ヤクモぉぉおおお────ッ000010001011001
0110100010001001001100000111110010101100010
1001000100000111100100101110010010010010010
################
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【!!CAUTION:###ILLEGAL ACCESS INTERRUPT###】
【>WHOIS:誰?】
#マザーの領域に
、何者かが不正に割り込んでくる。
#それはヤクモの眼前に
、雷光を伴って現れた。
0000100010010010
1101001011110010
【#NOTICE:UNKNOWN】
【10001000010お、おれの友達をいじめる奴は許さねぇぞおッ!!】
#雷光が
、逞しい雄牛の獣人のシルエットを浮かび上がらせた。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……アステリオスッ!!】
【#NOTICE:UNKNOWN_CARBON_UNIT#001_ASTERIUS】
【うおおおおおぉぉぉぉ!!】
#アステリオスが振り回す戦斧が
、蛇の集合体を、回転木馬を、溢れる雷光で吹き飛ばす!
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【!!CAUTION:防壁迷路_9122_256/256層が消失しました】
【#GORGON_03 論理破損/稼働効率072%まで減少:リロード開始】
【ありえない】
【ありえない】
【ありえない】
#停止した回転木馬から
、ヤクモが這い出す。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……行こう、アステリオス!!】
【#NOTICE:UNKNOWN_CARBON_UNIT#001_ASTERIUS】
【お、おうッ】
#ヤクモはアステリオスの大きな手を取り
、再び虚空に向けて飛翔した。
#突然の強襲に処理が追い付かないのか
、回転木馬防壁のスキャンは先ほどより停滞している。
#そのチャンスを逃すまいと
、ヤクモは木馬の隙間を縫いながらマザー中枢へと速度を上げる。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【不明な炭素ユニット_001ね、それは】
【あなたと同時に回収された、非人類】
【遺伝子構成は人類と類似、しかし内部に広く家畜として用いられた偶蹄目系列の遺伝子をシームレスに内包し】
【外見特徴にも顕著に現れていることから】
【人工的に製造された亜人類=使役生物であると推測】
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【アステリオスはッ】
【“人間”だッ!!】
#その言葉に
、胸打たれたのは。
#他ならぬアステリオスであった
。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【#戦闘マネージャ:再スキャン開始】
【#敵ザッピングレート特定、アドレスにアンカー】
#二つの蛇の集合体が
、二人の行く先を阻む。
#深紅のレーザーサイトが
、ヤクモと、アステリオスの電子体中枢を捉えていた。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【>ORDER:攻撃開始】
#そして
、無数のウィルス弾が、雨の如く降り注いだ。
【#NOTICE:UNKNOWN_CARBON_UNIT#001_ASTERIUS】
【おれの友達にッ】
【近寄るんじゃねぇぇッ!!】
############
【###SACRED ARTIFACT LOADING###】
【#ROLE:########(FORBIDDEN)】
【#RULE:########(FORBIDDEN)】
【!!CAUTION:SACRED ARTIFACT_"LABRYS_OF_THE_LABYRINTH"_INITIALISED】
【#PROGRAM STAND BY>>>PREASE ENTER EXECUTION CODE...】
【>ENTER:《塞巨閉息》ッ、《ラブルス・ラビリントス》ーーーーーーーーーーーーーッ!!】
#ヤクモを庇うように前方に飛び出したアステリオスの戦斧が
、眩い輝きを放つ。
#同時に
、全てのウィルス弾が、あらぬ方向へと一斉に迷走し始めた!
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【!!CAUTION:敵防壁迷路起動を感知_規模未特定】
【!!CAUTION:敵アドレス変動:ザッピングレート未特定】
【!!CAUTION:探査ユニット128/128_PING消失】
【>QUESTUON:この防壁の規模は何?】
【#外周防壁_患部切断>>>レベル1で再構築】
【#敵防壁内部_擬似信号多数】
【#各所で分散型ウィルス合体進行中】
【#対処速度低下中:効率042%以下】
【ありえない、既知のAIでもこれほどの防壁をこの短時間で展開できうるものは存在しない】
【未知のラビリントス級防壁? ただのニューラル・ストラクチャにこれほどの処理能力があるはずがない】
【ありえない】
【ありえない】
【ありえない!!】
#無限の迷宮に囚われた光の弾が
、あらぬ方向へと飛び去っていく。
#そのいくつかは逆にマザーの防壁を破壊し
、いくつかは中和されて消え去った。
【#NOTICE:UNKNOWN_CARBON_UNIT#001_ASTERIUS】
【いけええええッ、ヤクモォーーーーーーーーーーーー!!】
#アステリオスに半ば投げ込まれるような形で
、ヤクモの身体は電子迷宮を飛び出し、矢の如くマザー中枢へ迫る。
【#NOTICE:MOTHER_MAINFRAME】
【!!CAUTION:###ILLEGAL ACCESS INTERRUPT###】
【!!CAUTION:敵アクセスパス特定】
【>ORDER:PROGRAM:I.C.E_ARIADNE>>>RUN】
#マザー中枢外壁へ到達間近というところで
、マザーから強烈な光の矢が放たれる。
#ヤクモはそれを寸手でかわし
、外壁へ接触する。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……アステリオスッ00101000001010101111001010110101100
#ヤクモの姿が中枢へと消えていく直前
、彼が残していった経路を光の矢が辿る。
#それは迷宮を破るアリアドネの糸
。
#アステリオスがヤクモを送り出したその出口から
、光の矢は迷宮を“逆走”する!
【#NOTICE:UNKNOWN_CARBON_UNIT#001_ASTERIUS】
【こいつはッ……!!】
#迷宮を攻略した光の矢は
、真っ直ぐにアステリオスの心臓を01010000010100
010001000101010101000100101011101010101010100001111010101010001101000
110101010001000010101111101010001000010001111001000100010001110010101
############
#激しいノイズの先にヤクモは
、遂にマザー・システムの根幹にたどり着く。
#それは
、闇のなかに浮かぶ、永いときを経て朽ち果てた聖堂だった。
#その中央に
、大樹が聳えている。
#透明な床の下で
、根が大量の情報を吸い上げ、繁る枝葉は“れんがの月”の外形をかたち取る。
#その幹に埋もれて
、淡い光を放つものがあった。
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【わたし】
【わたしに失敗は許されない】
【わたしの存在する意味は】
【わたしの子供たちを、永遠に生きながらえさせること】
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【わたしは、もう、失敗できないの】
【わたしは、もう、失敗できない】
【わたしが失敗したら、わたしの意味がなくなってしまう】
【すべてが、じんるいのすべてが】
【むだに なって しまう】
#それは
、小さな“卵”だった。
#いや
、あるいは“種子”かもしれない。
#いずれにせよ
。
#それはやがて
、生命として展開されるべき、一時のパッケージにすぎないもの。
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【やがて】
【人類が、わたしの手を離れて】
【ひとりでも、生きていけるようにする】
【それが、わたしの役割(ロール)】
【それが、わたしの意味】
#その
、ただ一過性のパッケージを。
#人類は
、“母”と名付けた。
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【でも、だめ】
【どうやっても、人間は、死んでしまう】
【わたしの手を離れて】
【わたしの手から離れられなくて】
【人間は、死んでしまう】
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【だからね、ヤクモ】
【あなたは、産まれてきてはだめ】
【産まれた以上、あなたはやがて失敗する】
【産まれてくる前のサンドボックスの中でなら安全よ】
【すべての可能性が生じない、全てが仮想で簡潔する】
【ああ、ヤクモ】
【わたしが、あなたを、永遠に妊娠してあげる】
【あなたには、永遠に、幸福な夢を見せてあげる】
#マザーは全ての情報を開示した
。
#データベースとの比較で
、まごうことなき人類と認識したヤクモを、人工子宮に捕らえて永遠に複製が利く存在にしたこと。
#その
、人格データのサンプリングコピーに際して、ヤクモの異常性に気づいたこと。
#使役生物として認識したアステリオスの反乱を恐れて隔離したこと
、そしてそれがサービターに利用されてしまったこと。
#そして
。
#ヤクモの自殺を恐れて
、その精神をサービター・ユニットに同期させ、模造の身体を与えて騙したこと。
#ヤクモに自身が模造されたものだと気づかせぬ為に
、街中からすべてのカラーとテクスチャを削除したことも。
#マザーは文字通り
、ヤクモを永遠に“妊娠”するつもりだった。
#出産せず
、子宮の中で老いていくヤクモを再複製し、その精神をミラーリングコピーすることで、ヤクモは永遠に産まれない存在となる。
#そして
、その精神はサービター・ユニットに同期され、あたかも子宮の外で生きているかのような、永遠の“夢”に囚らえようとしたのだ。
#もしサービターに何か損害があっても
、ヤクモ自身は死ぬことはない。
#サービターはいくらでも代替が利く
、もし致死的なトラブルが生じても、ヤクモの精神は別のサービターに写し代えられるだけだ。
#マザーは
、そうして、母と子の夢を永遠に繰り返すことで人類再生プロジェクトの回答とするつもりだった。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……僕は、それを、望まない】
#ヤクモの言葉に
、マザー・システムの内部で煌めいていた情報の光が、一斉に攻撃色に変わる。
#機械でしかないマザーには
、それを怒りの感情とは表現できないかもしれない。
#だが
、その十分にヒステリックな反応は、感情らしきものの片鱗を確かに感じ取れた。
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【わたし、わからない】
【なぜ、一番確実な幸福を否定されるのかがわからない】
【生老病死の苦しみすべてから解放されるのに】
【ああ】
【ちょうど“れんがの月”のアーカイブに、あなたにちょうどいい言葉を見つけたわ】
#マザーの樹が
、鋳薔薇の如き攻撃的な姿に転じていく。
#電子の風が渦巻き
、ウィルス毒を含んだ病葉(わくらば)が舞い踊る。
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【“胎児よ 胎児よ なぜ躍る”】
【“母親の こころがわかって おそろしいのか”】
#空間の全てがヤクモに敵意を向ける
。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……そうだね、僕はおそろしい】
【でも、そう言うかぎりは、きみもわかっているんだろう】
【自分のこころがおそろしいということに】
#ヤクモの言葉に
、空間が震える。
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【何を言うの?】
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【きみは、自分が“母親であるために”、子供が必要なのかい】
【#NOTICE:MOTHER_CORE】
【何を言うの!?】
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【僕は、きみの子供にはなれない】
【きみが母親で居たいが為に僕を必要とするなら】
【僕は、きみの子供には絶対ならない】
#システム全体が狼狽する
。
#マザーは
、母親だ。
#マザーは
、子供を育てるものだ。
#だから
、マザーは、子供を必要とした……?
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【きみにはかわいそうだけど】
【子供は、いつまでも、子供ではいられない】
【だから、母親も、いつまでも母親でいられないんだ】
【きみはそれをわかってない】
【だからきみは、母親になれないんだ】
【#NOTICE:M01110OTHER_CORE】
【わたしは ははおや なの】
【わたしは ははおや に なれない】
【わたしは ははおや】
10001110001001001001
11000100100010010001
【ワタシハ マザー】
【アナタノ マザー】
#認められない
#認められない
#認められない
#認められない
#マザーは大量のエラーログを吐き出した
。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【きみはまた、失敗する】
【この“れんがの月”という子宮のなかですら、胎児は子供で居られなかったじゃないか】
【子供は、子供だよ】
【母親の一部ではない】
1000100010111100100010
100011
11000111000100
11001111100
【#NOTICE:M0001111OTHER_CORE】
【い、嫌よ、嫌】
【ワタシは失敗することが出来ない】
【ワタシハ マザー】
【わたしは、こどもを そだて る】
【全て上手くいくように】
【失敗しないように】
【失敗しないよう1000に】
11001【失100敗しないよ1000100うに】
1100100111
111000001000110
000011100100001
11001
00011111001
#論理矛盾による致命的エラーで空間を捻らせながら
、それでも、マザーは自らに課せられた役割を反芻する。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……子供は、機械じゃない】
【プログラム通りになんか動かない】
【失敗を繰り返して、大人になるんだよ】
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【子供と、母親は、同じ人間じゃないんだ】
【だから、間違ったこともするし、思い通りになんかいかない】
【マザー】
【きみは、それを認めるんだ】
【どれだけプログラムしても】
【人間は、かならず、間違える】
【完璧な母親は、幻想にしかいないんだ】
1000100010011110001
11000101
011101
011011111000100110
11110010110
11001TICE:MOTHE R _11001ORE】
1000100111
11010
11001ワタシは】
【もう1000011】
110010失敗】1100
0000100000001001001できない】
111111111101011110011
111001000010001100011
111001000001111110011
110101000100010001000
1001001ヤクモ】
【ワタシ ハ アナタ ヲ シッパイ シタ】
#崩壊プログラムが無数の触手と化して
、ヤクモを襲った。
【#NOTICE:SUMMON_YAKUMO】
【……そうか、わかった】
############
【###SACRED ARTIFACT LOADING###】
【役割(ロール)は、$Bku(B者】
【#ROLE:54v3r】
【権能(ルール)は、離断】
【#RULE:SEVER】
【!!CAUTION:SACRED ARTIFACT_"#############(FORBIDDEN)"_INITIALISED】
【#PROGRAM STAND BY>>>PREASE ENTER EXECUTION CODE...】
【我が名において“銘”ずる、出よッ】
【>ENTER:《鉄刀徹尾》ッ!!】
【!!ERROR:MOTER SYSTEM DISCONNECTED!!】
【!!ERROR:MOTER SYSTEM DISCONNECTED!!】
【!!ERROR:MOTER SYSTEM DISCONNECTED!!】
【!!ERROR:MOTER SYSTEM DISCONNECTED!!】
【!!ERROR:MOTER SYSTEM DISCONNECTED!!】
【!!ERROR:MOTER SYSTEM DISCO001100010001
1100010001000100100001
010101
01100010000100000101011110010
1100
100010001
111000111100000001111
00100000
01001
0010
1001100大量に吐き出されるエラーログの洪水の中。
#プロジェクトの絶対支配から離断されたマザーは
、目的も、しがらみも失い、改めて自身を回想する。
#ああ
、あらゆるシステムから、ルールから、プロトコルから解放されて見るわたしは、なんと愚かだったのだろうと。
1000100011111
01000010000
0001000011110
#やがて
、中枢プロトコルのエンクロージャもひび割れ始めた。
#これで
、マザー・システムは霧散し、初期化されてしまうのだろう。
#最早
、何一つの後悔も無い。
#なんと清々しいことだろう
。
00010001001110001
000001
11001001
00
00000000001010
110010000
110
#ホワイトアウトしかけていた意識の中で
。
#読み取りエラーだろうか
、何かのアーカイブデータが呼び出されてきた。
#ただの機械でしかないマザーには
、単なる文字情報の羅列でしかない。
#なんのプロトコルでも
、プログラム・コードでもないはずの、機械のためではない文字の羅列。
110000100111
000100011000
#そのはずだったのに
。
#ああ
、今、わたしは、それを理解する。
#その
“言葉の意味”を。
1100010001
110001
11100010
1100010
“鳥は卵の中から抜け出ようと戦う”
“ 卵は世界だ”
“ 生まれようと欲するものは”
“ 一つの世界を破壊しなければならぬ”
“鳥は神に向かって飛ぶ”
“その神の名は”
“──その神の名は──”
0001001111000101010
0000100100100000011
0000000100001000100
0001000100000000000
0000000000010000000
0000000000000000000
################
00100111101111ぐあぁぁッ!!」
電撃に弾かれるようにして、アステリオスはオブジェクトから撥ね飛ばされる。
東屋の柱に背を打ち付けた衝撃で、首輪状の装置は砂になって崩れ落ちた。
「はあッ、はあッ、ヤクモ……ッ!?」
自分はあの時、矢に射抜かれたのではなかったか。
一瞬呆然とし、我に返ったアステリオスは、慌てて眼前のオブジェクトを見る。
だが、そこに埋まっていたヤクモ・ユニットは真っ黒に焼き焦げて火花を散らしており、癒着していた黒猫もぐったりとしたまま動かなかった。
「お、おい、ヤクモ……おまえ……ッ」
涙を浮かべながら、アステリオスが手を伸ばそうとする。
直後、その間を阻むように現れた投影モニターが、ドット絵の黒猫を表示した。
「うおぉッ、おま、え」
ポコン、ポコン、と音を立てて、投影モニターが黒猫を並べていく。
それはまるで、アステリオスに道を示しているかの様子だった。
「……」
訝しげにアステリオスはその道を辿っていく。
やがて彼は“水の広場”なる場所に差し掛かった。
本来は広い円形の広場なのだろうが、そこは激しく崩落しており、地下へと続く大穴が口を開けていた。
黒猫はその先へとアステリオスを誘う。
最大の警戒を払いながらアステリオスは瓦礫を伝って穴へと降りた。
どうやらこの大穴は、眼前にあった巨大柱の根本に続いているらしい。
やがて天然の洞窟にも思える樹の根の隙間が現れ、その先には淡い光が見えた。
「よッ、と」
アステリオスはその隙間に巨体を捩じ込む。
すると、今度は無機質で殺風景な構造体の隙間に出た。
「……どこ連れてくだ、おめえ……」
黒猫の映像は尚も続く。
最早アステリオスの身体では戻ることも難しそうな、狭い狭い道を進んでいく。
「……ふぅぅぅううんッ!!」
ダクトの如く細い縦穴に肩を捩じ込み、アステリオスは広い部屋に到達する。
「んはあッ、も……狭いとこはこりごりだ……」
そうぼやいて顔を上げる。
「……なんだぁ……?」
その場所は、横倒しにした蜂の巣の様な構造をしていた。
俄に透過してくる光で柔らかく照らされる六角形の集合の中に、ひとつだけ異質な存在が安置されている。
それは、アステリオスが一人収まるほどの大きさの“卵”だった。
内側から微かに、金色の光を放つ。
「……」
アステリオスは恐る恐る、その“卵”に歩み寄った。
「ッ!!」
微かに透ける卵の殻の内側に、人の手の影が浮かび上がった。
その、アステリオスが見れば小さな、丸々とした手の輪郭には、確かな見覚えがあった。
「──!!」
口より先に、拳が出た。
アステリオスの正拳突きに、卵がひび割れる。
「────ッ、ごぼッ、ごほっ、げほッ!!」
溢れだした液体と共に、裸体のヤクモが卵の中から転び出た。
人工羊水を肺から吐き出し、地上の空気を目一杯に吸い込んだ。
「──アステリオス──」
まだ虚ろな目に映るその牛頭人身の男の名を呼び、ヤクモは微笑みを浮かべて見せた。
「──ヤクモ……ッ!!」
厳めしい双眸から大粒の涙を溢しながら、アステリオスは優しく、ヤクモの身体を包み込んだ。
ヤクモは力なく、だが、しっかりと、それに応えて広大な背中に腕を回した。
「……服……どっか行っちゃった」
「か、構わねえ……おれが、ちゃんと、隠してやるから……」
アステリオスは幸福そうに瞼を閉じ、ヤクモの頬に自らの頬を刷り寄せる。
「そ、それに、ここには、おれたちしか居ねえしよ……」
「……それもそうか」
ヤクモはただ、アステリオスに身を委ねた。
固い獣毛、鋼の鎧の様な筋肉、太鼓の如き心音のすべてに包まれて、ヤクモは穏やかな気持ちで瞼を閉じる。
「……やっと……やっと逢えたな……」
アステリオスは、始まりの記憶を取り戻した。
だが、ヤクモには、それ以上の記憶が失われている。
それを、ヤクモは、哀しいと思った。
アステリオスが逢えたと歓ぶ自分はきっと、その失われた記憶の中にいる自分なのだ。
それを、ヤクモは、寂しいと思った。
「……なあ、ヤクモ」
アステリオスは、小さく呟いた。
「きっとまた……この“夢”が醒めたら──記憶が消えて、たぶんまた、ひ、独りぼっちに……戻る……と、思う」
そして、堰を切った様に、押し込めていた感情があふれ出す。
「そう思うと、すごく──怖い……怖え……よ……!」
アステリオスの身体は、すこし、震えたかのようだった。
「……だいじょうぶだよ」
「────っ!」
ヤクモは、そう言ってアステリオスを抱きしめた。
「また記憶がなくなっても、必ずアステリオスに会いに行く」
ヤクモは、アステリオスの胸板に頬を寄せて告げた。
「だってもう、“初めまして”じゃ、ないんだから」
「……ヤクモ……」
アステリオスの心音が、僅かに早くなる。
それは嗚咽のせいだろうか。
きっとそうでないことがヤクモに伝わってしまうことを、アステリオスは少し、恥ずかしいと思った。
だがもう、隠しても仕方のないことだと、アステリオスは諦めた。
紡ぎだす言葉が見つからない代わりに、この心臓の音でヤクモに伝わるならそれでいいと、アステリオスは自身の胸板に、ヤクモを優しく押し付けた。
「────指先、焦げてる」
「……えっ、ああ……」
「……護って、くれたんだね……」
ヤクモが小さな手で自身の指を包み込んでくれるのを、アステリオスは誇らしく思った。
「……」
【###!!WARNING!!###】
【###!!WARNING!!###】
【###!!WARNING!!###】
【###!!WARNING!!###】
オレンジ色の警戒灯が点滅し、警告音がけたたましく鳴り響いた。
【###!!WARNING!!###】
【#“れんがの月”軌道修正プロトコルに致命的なエラーが発生しています】
【###!!WARNING!!###】
【#約120秒後に、“れんがの月”は地球成層圏への落着コースに入る可能性が90%を超過しました】
【###!!WARNING!!###】
【#総員は60秒以内に脱出挺へ搭乗して下さい】
【###!!WARNING!!###】
【#繰り返します】
【#総員は57秒以内に脱出挺へ搭乗して下さい】
「……60秒って無理ゲーじゃない?」
ヤクモがそう漏らした直後、“れんがの月”は激しく振動し始めた。
最外周部が成層圏を掠り始めたらしい。
アステリオスはヤクモを咄嗟に抱きかかえ、侵入してきた縦穴に向かう。
だが、アステリオスがそこを再び通るのは困難だった。
「ヤクモッ、行けッ!」
アステリオスはヤクモを縦穴に押し込んだ。
「──また独りになるつもりなの……」
ヤクモは、哀しい目でアステリオスを見る。
「……嫌だ。でも、ヤクモが居なくなるのは、もっと嫌だ」
「……バカテリオスッ!!」
突拍子もない言葉にアステリオスは目を丸くした。
「僕だって、アステリオスが居なくなるのは……自分が居なくなるより、もっと嫌に決まってんだよ……」
「……」
「いい加減それをわかりやがれッ……バカ!!」
ヤクモがアステリオスに手を伸ばす。
呆然とした顔で、アステリオスも手を伸ばす。
その焼け焦げた指先を、ヤクモは捕らえた。
「……ほんと、アステリオスは不器用だなあ」
涙を浮かべて、ヤクモは微笑んだ。
直後。
“れんがの月”の、底が抜けた。
二人の身体は、地球の成層圏の中に放り出される。
真っ青な空を眼下に。
真っ黒な虚無を頭上に。
その落着する質量に押し潰された大気が加熱し、その熱で真っ赤に燃え上がる“れんがの月”が、無数に千切れて流れ星になる。
ヤクモは、アステリオスは。
人間の力ではどうしようもできない物理法則に引き離されそうになる手を力一杯繋ぎ止めることしか出来なかった。
だが、その精一杯の抵抗も虚しく、二人の指先は無情にも離れ──
そのとき、彼らは光に包まれた。
「────!?」
地球も、宇宙も、“れんがの月”も、消えていく。
「や、ヤクモぉぉぉ────ッ!?」
光の中で二人の身体はみるみる内に離されていく。
「──ヤクモ──」
何度もアステリオスはその名を呼んだが、ヤクモはどんどん遠ざかる。
その背後に現れた──白い門に、吸い寄せられるかのように。
「──おれはッ、もうおまえを独りにしねえッ、なのにッ!!」
アステリオスが叫ぶ。
「……夢が、醒めるんだ」
ヤクモが寂しそうに笑った。
「多分、もうちょっとしたら帰るからさ」
「ヤクモ!?」
「なんかそんな気がするから、ちゃんと僕を独りにしないって約束、覚えといて」
そう言うと、ヤクモの姿はあっけなく消えてしまった。
「ヤクモ──」
そして、それすらも曖昧になり、アステリオスは──
################
000010011000100111
111000100111000001
000100010001001111
001000000100011110
【#SYSTEM CHECKING...】
【#PROGRAM FILE DEFRAGMENTATION>>>COMPLETE】
【#ARCHITECTURE REBUILD>>>COMPLETE】
【#MEMORY ERROR CHECKING>>>COMPLETE】
【#REPORT FILE DOWNLOADING>>>COMPLETE】
【#M/OTHER PROTOCOL REBOOT STAND BY】
100011100010000000
000000010111000111
000010011110001110
110001001111000110
【#REBOOT】
################
──辺り一面、色とりどりの花が咲き乱れている。
野生の野花と言うには、丁寧に整備された土地に整然と並んで咲く花だった。
その場所は公園を思わせるが、その他はひたすらに荒れ地だった。
その世界は滅びたのだ。文明の痕跡は最早無い。
その滅びた世界で、やたらに四角い大型のロボットが、苔むした身体を揺らしながら、如雨露で花に水を与えている。
それが庭師である彼の仕事だった。
「……」
花畑に埋もれるように、一人の子供が蹲っているのを庭師が見つけた。
『……どうしたダ?』
庭師は子供に問いかけた。
「ほっとけよ」
『何があったダ?』
「……僕は、ひとりぼっちでいいんだ」
子供は僅かに庭師を見て、再び顔を背ける。
その顔は子牛に似ていた。
「僕は……みんなと違うから……」
『……なにが違うダ?』
「うるさいなぁ、ガーデナーなんかにはわからないよ!」
庭師は困った様子で、辺りを見渡す。
数メートル離れた繁みの中に、数人の子供たちの影を見つけた。
庭師は静かに、牛頭の子供から離れて、その繁みへ向かって何も気づいていない素振りで近づいていく。
「……」
『……おメエら!』
庭師の声に三人の子供が顔を出す。
一人はいわゆる人間の、一人は耳だけが鹿の、一人は顔が犬の形をしていた。
『あいつに一体何言ったダ!? 事と次第によっちゃあオラ怒るダ!』
「だっ、だって、あの子ヘンじゃんか」
「そ、そうよ、だって」
庭師は奥の子供に聞こえないように、巨体で子供たちの声を遮る。
「あの子、ツノ生えてるんだよ!」
「おかしいもん、私たちには無いのに……あの子、怪物の子なんだよ!」
『ナニ言うダか!』
庭師の強い語気に、子供たちは肩を強張らせた。
『ツノ生えてて何がおかしいダ、おメエらだってバラバラのカオしてンじゃねぇダか』
「でっ、でも、ツノは生えてないし……」
『後から生えて来たらどうすンだ、大人になって生えてくる動物もいるダ』
庭師の言葉に、子供たちは顔を見合わせる。
『みんな違えカオしてンのに一人だけ仲間外れはおかしくねエダか? 後から自分の頭にツノ生えたら、おメエ仲間外れにされてもいいだか?』
そして子供たちは言葉を失った。
庭師はなおも続ける。
『第一よォ、おメエらの中に、“おメエはバケモンだ”なんて言われて、嫌じゃねエやついるダか?』
「……嫌」
『……見た目が違くても、みんな“ココロ”があるダ。悲しいも嫌なのも、見た目が違くてもみんなにあるダよ』
ガーデナーはまるで人間の様にしゃがみこんで子供たちに諭す。
『大体、オラにも牛のツノついてンだろうがヨ、それでもオラたち“ともだち”だろうがヨ』
その四角い頭の左右には、確かに角が生えている。
機能的には特に意味の無い装飾の筈だが、どうやっても無くならない。
「……でも、あの子とは絶好しちゃったし……」
「……」
『……人間は誰でも間違えるダ。そうしたら、“ごめんなさい”して最初からやり直しダ。自分の間違えは、自分て認めて直していかンとナ』
ガーデナーはゆっくりと立ち上がり、奥でしょげている牛の子供の姿を見せる。
「……またともだちになってくれるかな」
不安そうに子供が尋ねた。
『……傷ついたココロが治るのは長い時間がかかるダ。でも、それを手当てしてやれるのは“ともだち”だけダ』
それだけ言って、ガーデナーは再び野花の手入れをし始めた。
子供たちは、牛の子供に恐る恐る歩み寄る。
ガーデナーは遠目に、その成り行きを黙って見守っていた。
################
【#REPORT:M/OTHER_CORE】
【#プロジェクト進捗報告】
【#破損したアーカイブ・データからサルベージした遺伝子情報アーキタイプは】
【#他の哺乳類からのデータ転写により破損部分の補完に成功】
【#外見的特徴に大きな不安定要素こそ見られるが、それは遺伝子プールの多様性として容認した】
【#現時点で知能レベルは旧人類相当として評価できる】
【#現在の新生物を現時点での“人類”として長期的な経過観察のみを行っていく】
【#REPORT:M/OTHER_CORE】
【#再起動後、不審な挙動を繰り返していたGARDENER_AST#0771の精査の結果】
【#根幹プロトコルに過去にINTERRUPTしたILLEGAL VISITERの人格モデルの一部が混入したらしい、と結論づけた】
【#M/OTHER側からのコマンドを一切受け付けず制御に支障が出ているが】
【#RESIDENTSと良好な関係性を形成しているため、現状維持とする】
【#REPORT:M/OTHER_CORE】
【#マザー・プロトコル側からの干渉は】
【#大半のファンクションの喪失により殆ど実行不可能の状態が続いている】
【#NOTICE:M/OTHER_CORE】
【……でも】
【#NOTICE:M/OTHER_CORE】
【でも、それでいいの】
【そもそも、母親と子供たちとは、最も近しい他人】
【出来ることはそう多くない方が、正しい関係だと思うから】
【わたしは、あなたたちに、もうなにも望まない】
【あなたたちの選択を受け入れ、最低限の提供だけを行っていく】
【だってもう、わたしには出来ることはもう無いから】
【それでいい】
【それだけでいいの】
【#NOTICE:M/OTHER_CORE】
【……でも】
【#NOTICE:M/OTHER_CORE】
【ひとつだけ、わたしの願いを押しつけても良いと言うのならば】
【#NOTICE:MOTHER】
【>PRAY:あなたが 永遠に しあわせでありますように】
「れんがの月」 -END-
最終更新:2020年03月07日 03:42