アットウィキロゴ

小さな白騎士の旅立ち

クガネの港に嵐が近づいていた。
叩きつける雨のなか、ウルダハ行きの商船に数々の荷が慌ただしく積み込まれていく。
裁縫師ギルドのシュシュス・シュスは、ギルドの監督責任者としてこの船に同乗していた。
シュシュスは同ギルドの中堅役職であったが、それは数年前に事故で他界した夫の役職を引き継いだものであり、責任者の同乗を求めるほどの取引は経験のないものだった。

「無事に出港できれば良いのだけれど」

不安に押し潰されないように、シュシュスは自らに向けてそう呟いた。
ウルダハではまだ幼い一人娘が、同じような心細さで帰りを待っているに違いない。
優しいギルドの面々が不在の間面倒を見てくれてはいるだろうが、それでも親なし子にするわけにはいかないのだ。

「――そら、大人しく乗り込めィ!」

……一方で、勝手に乗り込んできた鋼刃団の男たちの怒号に怯えながら、行きの船では見なかったような人々が船へと乗り込んでいく。
わそのすべてが女性であり、ミコッテ族のようにも思えたが頭の耳はそれよりも長く、そして誰もが長身で美しかった。
その扱いになにかを察したシュシュスは、彼女たちの処遇に思い当たって生理的な忌避感を抱いた。

「ダルマスカとかいう国の難民だそうですよ」

偶然通り掛かった船員が、釘付けのシュシュスに語る。

「どうも、“さる高貴な御方”が、何かの思惑で難民を集めているらしいじゃないですか」

「それがあの人たちと関係がありますの?」

「さぁて、鋼刃団の連中は詳しくは言いませんが、それを掘り返したら此方の命も危ないんでね」

船員が苦々しく語る。
どうやら自分は、その高貴な御方とやらの策略に利用された様だ。
砂蝎衆の台頭から、このようにギルドの商売を隠れ蓑に何らかの悪巧みに知らず加担させられる事が増えているとは聞いていた。
それをまさか、自分が目の当たりにすることになろうとは。

「荷が積み終わりましたらすぐ出港だそうです、ご準備を」

「ありがとう」

そう声をかけ、積み荷を取りに駆けていった船員に会釈すると、シュシュスは外套のフードを正して船に足を向ける。

――その時、船倉に駆け込む人影を確かに認めた。

「……ちょっと!」

驚いたシュシュスはつい思わず声を上げ、人影を追った。
まるでルガディン族の如き巨体だった。
自分のようなララフェル族の女手でどうにか出来る相手でないことはわかっていた筈なのに、肩にのしかかる監督者としての責任が思わず彼女を突き動かした。

短い手足を懸命に振り上げ、自らも薄暗い船倉へと飛び込んだ。
歳に似合わぬ激しい運動と緊張で、心臓が張り裂けそうだった。
肩を上下させなから、異様に冴える視野のなかで闖入者の影を追う。

探すまでもなくの姿は見つかった。
それは、闇に浮かび上がる“獣”の顔貌をしていた。

「――ッ!!」

「待って、待ってくれッ……!!」

“獣”はそう吼えた。
――シュシュスは一瞬その声に身を強ばらせるも、徐々に冷静さを取り戻し、改めて声の主を観察した。

「驚かせてすまない……! だがどうか、話だけでも聴いてはくれまいか……!」

“獣”は、衣服を纏っていた。
何処の様式のものであるかは、裁縫師の知識を以ても闇に紛れて定かではない。
左目に傷を負っているのか、顔には不衛生なぼろ布を巻いて片目を隠していた。
そして何より、その胸には――シュシュスであればこそ察せられた、“男には不似合いなもの”がくくりつけられている。

――それだけで、シュシュスは思わず態度を軟化させた。

「い、一体あなたは誰……? 私はウルダハの裁縫師、この船の積み荷を監督するものです」

「ウルダハ……ではこの船はエオルゼアへ……!?」

“男”はシュシュスの言葉に声を上げる。

「失礼した、私の名はティトレイ・アロマ――いや、今はロマシュか――」

「……?」

「イルサバートの南、ボズヤ王国のロスガル族だ……とは言っても、帝国の侵略を受け一族は離散し、オサードに流れついたのだが……」

つまりは、帝国の支配から逃れてきた難民というわけだ。
シュシュスはウルダハに流れ込んだアラミゴ人たちを連想する。

「……ごめんなさい、エオルゼアでは、ロスガルという種族をあまり見かけないものですから」

「この顔では獣と思われても仕方があるまい……だが危害を与えるつもりはない、ただ……」

ティトレイを名乗る男は言葉を濁したが、胸に抱く“もの”を見て、意を決して口を開く。

「頼む、“私たち”を見逃してはくれまいか……! エオルゼアへ……帝国に未だ屈していない国へ行きたいんだ!」

悲痛な言葉の圧に、シュシュスは後退る。

「……で、できないわ」

そして、背負う監督者としての責務に逃れようとした。

「……っ」

無論、ティトレイもその返答は当然であると理解していた。
だが他に選び得る手段がない。

「……わかっているとも……だが、お願いだ、せめて……」

ティトレイは言葉を絞り出す。

「……せめて……“この子”だけは……!!」

――その言葉は当然、シュシュスの胸を締め付けた。
自分が同じ立場であるなら、同じ思いを抱いてすがるに違いないからだ。

「……“その子”は……」

「息子だ……もう何ヵ月もまともな飯にありつけていない。酷く衰弱しているし、微熱もある」

それはこの問答の最中にも目を覚まさないことから、シュシュスにも察することはできた。
背負い紐のなかで、微かに呼吸だけは出来ているような状況だ。
もちろん、シュシュスはそれを見過ごすことができない。

「……お願いだ……もう、あなたしか頼れない……!」

「……ああ、ナル・ザル神よ……わたしはどうすれば……!!」

その選択は、ただひとりの女に委ねるにあまりにも重すぎる。
シュシュスは、それこそ双子神の天秤にこそ委ねられるべきものとして悲痛な祈りの声を挙げる。
しかし、神の裁定を待たずして、選択の時は訪れた。

「――今の声はなんだ、おい!」

鋼刃団のランタンが、闇に匿われていた二人の邂逅を無慈悲に照らし出す。

「誰だ貴様は、難民か――!!」

そしてその光は、抜かれた刀剣を切っ先をもぎらりと見せつけた。
ティトレイはその先に待つ運命を認めるまいと、無意識に残る右目を強く閉ざす。

「――お待ちになって!!」

鋼刃団の目が、ぎらりと女の姿を捉えた。

「こっ、こ……この人を乗せてあげてください……!!」

「……!?」

「なんだァ、慈善事業じゃねえ、“正規の手続きの無い難民”なぞ載せられるか!」

ティトレイを庇う様に立つシュシュスは初め、自分の発した言葉に自分で驚いている様子だったが、鋼刃団の言葉に自らの行為の正当性を見いだした。

隠れて人買いをまかり通す連中か何を言う。
頭に血が上り行くのが自分でもわかったが、暴力で敵う相手でないのは当然だった。
ならば理性で戦わねばなるまい。
ウルダハのいち商人として、その戦い方は幼い頃から染み付いているはずだ。

「その――“正規の手続き”があったと言っても、例えば黒渦団の巴術師ギルドから臨検でも受けたとして、綺麗な女の人ばかりを乗せているのを疑われたらどう言い逃れるのです?」

「はぁ!?」

「お噂は耳にしていますわ。“さる高貴な御方”が、難民を集めていらっしゃるのね?」

シュシュスの言葉に、鋼刃団はぎょっと顔を見合わせる。

「わ……わたしにはどなたかこれっぽっちも察しはつきませんけど、きっととても聡明で慈悲深い方でしょうから、難民の方々を“労働者として”ウルダハにお招きなのでしょうね」

「そそそ、それがなんだ」

「けれど……先ほど窺わせていただいた限り、どの方も大変美しい“女性ばかり”……疑り深い巴術師がご覧になって、なにか邪推されでもしたら……“さる御方”のお名前に傷でもつかないかと心配ですの」

鋼刃団の動揺を見て、シュシュスは掌の汗を隠しながら畳み掛ける。

「例えばその中に、屈強な殿方がひとりでも居れば、なにも文句は無いかと思いますけれど……」

「えぇい回りくどいぞババアっ、何が言いたいッ」

「――“この人を乗せましょう”ッ!」

シュシュスは叫んだ。
ティトレイは、その言葉を受けて目を見開く。

「どのみち裁縫師ギルドを隠れ蓑に“人買い”をまかり通すのでしょう、それが明るみに出れば、命が無いのはわたしもあなたがたも同じこと!」

「……ッ!!」

「わたしは裁縫師ギルドの監督責任者ですよ、“共犯”とすればよりあなた方には都合が良いのではなくて!?」

鋼刃団は凄むシュシュスに刃を向けるも、その先の言葉を紡げずに押し黙る。
ここでこの女を斬り捨てれば、奴隷売買の事実が明るみに出かねない。
そして、その結果として起こることは――。

「――おい、もう船を出すぞ、閉めますからねッ」

船員たちの声に驚き、鋼刃団は我に返る。

「……ウルダハに着いたら、そいつらの面倒は見ないからな、今のこと、僅かにでも口にしてみろ……命は無いぞ」

「……口にできるものですか……これより先、今の会話は互いに無かったことに」

密約を交わし、鋼刃団は刀剣を納めて船倉を去る。
それとほぼ同じくして、船が大きく揺れた。
シュシュスは魔力の切れたマメットのように、全身の力が抜けて倒れ込む。

「おい、大丈夫かッ……!」

差し出された大きな手が、か弱いララフェルの小さな身体を支える。

「ああ……ナル・ザル神よ……」

……果たして己の選択は正しかったのか。
一組の親子を助けるために、幾人もの若き娘たちの運命を定めてしまった。
正義感故に成したこととは言え、それは本当に正しかったのか。

「……ありがとう、ありがとう……!!」

善悪と呵責の渦の中に、男の嗚咽が聞こえてきた。
そして、厳めしい獣の眼窪から、雨のように零れる涙がシュシュスの頬に降り注ぐ。

全身の力が抜け、正しく定まらぬ意識のまま、シュシュスはふと尋ねる。

「……お子さんのお名前は……?」

せめて、自身が救った未来の名を知ることで、シュシュスは自らの行いを正しいものとして認めたかったのかもしれない。
甲板を叩く激しい雨の音すらも、きっとこのあわれな逃亡者たちを優しく匿うナル神の慈悲なのだと、シュシュスは疲労の中でそう祈っていた。



「頭が高いっ、わらわは“ナナモ・ウル・ナモ”であるぞっ!」

「ははーっ、ナナモさまーっ……ウフフ」

――ウルダハ、ナナモ新門。
ララフェル族の女児がふたり、いつものようにじゃれ合っている。

「さあ“ラウバーン局長”、下々のものに挨拶しにいくぞよ」

「あ、うん……」

「転ばないように気をつけてね、フフ」

共に居る大柄の少年は、肩に幼い少女を載せている。
傍らの眼鏡をかけた少女は少し大人びていて、微笑みを浮かべながら大柄な少年を見守っている。

その少年と言えば、腰からはミコッテ族のような尻尾が垂れ下がってはいるものの、その体格は幼いながらルガディン族の子供かと見まがうほど頑強そうな印象を与える。
一方でその頭には大人用のターバンが無理やり巻かれたような大きな帽子が目深に被せてあり、表情を伺い知ることは難しい。

「ピ、ピピリちゃん、あまり動かないで……」」

「――どけよ木偶の坊っ!」

「うわっ!?」

大柄の少年を、駆けてきた別の子供が突き飛ばす。
肩車された少女が慌てて両手を振ってバランスを保ったためか、幸いにも転倒は免れた。

「へん、何がラウバーン局長だ、お荷物女王の乗り物のくせにっ」

「なによっ、ラウバーン局長はとても強いのよっ」

「うるせえっ、あんな女王の顔立てのために砂蠍衆入りしたアラミゴ糞野郎の名前なんて上げて恥ずかしくないのかよっ」

やってきた少し年上らしい少年が口汚く罵った。

「……あたし、帰る……」

責められた少女は少年の肩から飛び降りると、涙声でそう呟いて走り去った。

「そこの木偶の坊だって、どっかの難民なんだろ。その図体で何がミコッテ族だ、どうせどっかの獣人族なんだろっ」

「う、ウルダハ、じゃ、獣人族は暮らしちゃ、いけないんだぞーっ」

取り巻きらしき少年たちも現れて、少年を罵る。

「……」

「……いきましょ、“ファニドレイ”……」

眼鏡の少女に促されるまま、大柄の少年はその場を去る。

「獣人族は出てけーっ……」

「……」

去り行くその背中に、子供たちの罵声が飛んでくる。

「気にしちゃダメよ、ファニドレイも、“お父さん”も、ウルダハで暮らしていいってローズ様も言っていたもの」

「……うん」

「ふふ、“ラウバーン局長”はそんな顔しないわよ。さ、今度は私を乗せて頂戴」

促されるまま少年は跪き、その肩に“姉”を乗せた。

「ほら、こんなにも力持ちなんだから気を落とさないで。さあ胸張って、おうちまで帰りましょう」

そう言いながら眼鏡の少女、シシル・シル・ロマシュは弟のターバンから漏れた白銀の鬣を撫でる。
こうするとふわりと漂う、伐りたての樹木のような香油の香りが好きだった。
肩に乗る“姉”に慰められなから、ファニドレイ・ロマシュは翳る陽に伸びるウルダハ城壁の影に隠れるように歩みを進める。

「……おねえちゃん、また“白騎士セシル”のお話して」

「もちろんいいわよ、おうちに帰って、お布団に入ってからね」

――白騎士セシルは、空想好きの姉が眠る前に話してくれる出任せの寝物語の主人公だ。
セシルは身に起こるでたらめな困難に、知恵と勇気で立ち向かう白鎧の戦士なのだ。

ファニドレイ・ロマシュにとって、セシルは憧れそのものだ。
こういう時にこそ、セシルの冒険は彼を勇気づけてくれる。

やがて、ナル回廊の先、パールレーンに続く道へとファニドレイは足を踏み入れた。
路地に座り込むアラミゴ難民たちの視線にも、ファニドレイはセシルの勇気で対抗できる。

ファニドレイはいつか白騎士セシルになりたいと、常に願い続けていた。



「……こうして白騎士セシルは、村を守る霧のドラゴンと仲直りをし……」

「……すう……すう……」

弟が寝息を立て初めたの確かめると、シシル・シル・ロマシュはそっと弟の額を撫でてからベッドを離れた。
その手には、自分の身体の半分が隠れてしまいそうな自作の本が抱えられている。

「さて、と……」

シシルは本を開き、大きな眼鏡を正すと、弟に読み聞かせていた寝物語の続きを書き込み始める。
口から出任せの寝物語をこうして書き残すことが、今日を締めくくるシシルの日課なのだ。

「ほら、あなたももう寝なさい」

「これだけ書かせて、日記より大変なんだから」

母親が優しく注意するも、筆を走らせるシシルは眼を爛々とさせながらそう言い訳をする。
仕方の無い子、と、母親は呟き微笑むも、未だ伴侶が帰りつかぬことにすぐ表情を曇らせた。

「……ただいま」

「お父さんだ!」

シシルは扉の音に、筆を置いて玄関へと走る。
そして、自分の身体の何倍もの背丈の父親が、身を屈めたところに飛び付いた。

「シシル、まだ起きていたのかい……?」

「お父さんにおやすみなさいしたら、すぐに寝るわ」

「――あなた、何かありましたの?」

少し遅れて母親が駆け寄った。

「帰りに、少し因縁をつけられてしまってね……私は構わなかったんだが、一緒だったレドレントさんが、相手に大層腹を立ててしまって……」

「まぁ……明日お詫びしなければね……さぁ、お父さんもお帰りなったから、あなたもお休みなさい」

母親に促され、シシルは渋々、弟の待つ部屋へ帰っていった。

「……因縁って、何がありましたの」

「“ウルダハは獣人を受け入れない”――とね、獣人排斥令があるんだと言いがかりをつけられてしまって」

父親は少し疲れた様子で、テーブルに着いて頭を抱える。

「ミコッテ族と同じく、ロスガル族も“人”であって“獣人”の範疇ではないことは証明してもらっているが……ウルダハの人々が皆それをわかってはくれないからな」

顔に巻く眼帯を正して、ティトレイは優しく微笑みかける。
しかし、その瞳は悲し気だった。

「……何年共に働いても、わかってくれない人はいらっしゃるのね……」

「シュシュス、あなたが悲しい思いをしなくていいんだ……」

ティトレイの大きな手が、シュシュスの背を支える。

「元よりあなたに救われた命だ、シシルと共に家族に迎えてくれた――家族を悲しませたくはない」

「わたしたちだって……元より女手だけで生きていくことは難しかったのです。あなたとの出会いは、ナル神のお導きか……ザル神の御下で“あの人”が下さった御縁だと思いますから……」

シュシュスは不安そうに視線を落とす。

「この家を出て行く、なんてことは考えないでくださいまし……あの子たちの為にも」

「ああ、勿論だ……あなたへの恩も返せていない。ザル神の御下へ行くまで、辛い思いはさせないとも……」

ティトレイは跪き、シュシュスの小さな身体を抱き締めた。
互いに生きて行く為に、という現実的な選択で家族となった二人ではあるが、深い信頼と、命を救われたことへの忠誠とが、深い愛を産んでいたのも確かだった。

――寝室の戸の隙間から、シシルはその様子を眺めていた。
ファニドレイより五つ年上の彼女には、すでに大人の事情を理解するだけの分別が身に付いていた。

数年前のあの日、実父が帰ってくることの無かった夜も。
それから数年が過ぎたあの日、実母が見知らぬ獣の顔の大男を連れて帰った夜も。
シシルは母への愛を示すため、自分なりに身に起こる全てを受け入れてきた。
さらには、新たに家にやってきた山のように大きな義父と、同じく片親を喪ったという義弟に、母と同じだけの愛をそそいでやりたいと考えていた。
それは、彼女が愛したあらゆる物語に、そうすることこそ美徳であると暗に示されていたからだ。

シシルは、手狭になってきたベッドのなかに潜り込み、寝息を立てる義弟に改めておやすみと囁いた。
彼女は、母親に似て強かで、前向きなのだ。
まだ幼かった時分ですら弟が突然出来たことに戸惑いがあるだろうと訪ねられても、彼女はこう答えている。

――だって、白くてふわふわの弟が突然やってきたのよ。
こんな素敵なこと、そうあることじゃないんだから!



「……」

その日の朝は妙に慌ただしかった。
ファニドレイと父とって大切な朝の儀式も無いまま両親は家を飛び出してしまったし、なおかつ弁当まですっかり忘れてしまっていた。

「……おねえちゃん、遅いな……」

それに気づいた聡明な姉はファニドレイに留守番を命じ、弁当を届けに行ったまま帰ってこない。
幼いファニドレイにとっては独りの時間はひどく長いものに感じられた。

もし、両親や姉に何か危機が迫っているのだとしたら。
心に宿した白騎士セシルの正義感は、ファニドレイに大切な家族を守りたいという強い決意を促した。

「……あった」

両親の寝室、父の物置の中に仕舞われていた小さな小瓶の中には、姉が好きだと言った香油が入っている。
ファニドレイは詳しく知らなかったが、これはアロマ族に伝わる貴重な香油で、災難避けのまじないと、家族が遠く離れた時に匂いで行方がわかるようにとの願いを込めて、出かける前に額に付けるという風習の名残だった。

ロスガル族の故郷と言われるシタデル・ボズヤなる街が跡形もなく蒸発し、アロマ族が女王を喪って離散した後も、ティトレイ・ロマシュは唯一の家族となったファニドレイに対してこの風習を続けてきた。
それは女王を喪ってロマシュ姓を名乗るようになった今でも、何処かで生き延びた同胞に見つけて欲しいという願いでもあるのかもしれない。

無論、ファニドレイはそのような願いがあることを知らない。
むしろ、自分がボズヤで暮らしていた時代のことなど覚えてすらも居なかった。
だが、それでもアロマ族が家族の無事を祈って額に施すこの香油のまじないだけは、自分に害成すものを退ける力があると教わっていた。

「……ほとんど残ってないや」

しかしその香油も最早瓶の底に僅かに溜まっている程度にしか残っては居なかった。
辛うじて指先に付着した香油を額に刷り込んで、その上を覆うようにターバンを巻きつける。
そして、準備を済ませたファニドレイは姉の言いつけを破って家の外へと飛び出した。

「……えっ、と……」

しかし、この小さな冒険者は自分の目的地を知らなかった。
“ざるかいろう”の先に両親の職場があることまでは記憶にあったが、それが何処かはわからなかった。

「あぅ……」

パールレーンの日陰に蹲るアラミゴ難民の視線が突き刺さる。
職にあぶれ、こうして住宅街に吹き溜まり物乞いかぶれの生活に落ちぶれた難民は、日々着々と増えつつある。
それ故に、分別のつく歳頃となった姉か両親が一緒の時を除いて、ファニドレイは街の人々に無闇に話しかけてはならないて言いつけられていた。
まだウルダハに数少ないロスガルという種族への風当たりは、未だ父の努力にも関わらず強く冷たいままと言うのも両親の懸念だった。

その心配も知らぬまま、ファニドレイは家の外へと飛び出した。
白騎士セシルであるならば、家族の帰りが遅ければ助けるはずだと考えた故の行動だった。

アラミゴ難民の視線から逃れるように、ファニドレイは人の声のする側へと走り出す。
人気のない通りに出るよりも、誰かの声のする方が安全だし、両親もそこに居るかもしれない。
だが、その考えは浅はかだった。

――喧騒、喧騒、喧騒。
サファイアアベニュー国際市場は、ウルダハの街で最も人が集まる場所だった。
そこは、幼いファニドレイを脅かす危険が最も集まる場所であるということでもある。

「あ、あ……」

最早、誰が何を話しているのも解らない言葉の洪水が、ファニドレイの聴覚を溺れさせた。

「――おい、お前シュシュスのとこの坊だろ?」

そして、その聞き慣れぬ男が発した義母の名は、洪水に投げ出されたファニドレイにとって縋る藁にも等しかった。


「う、うん」

「お前、いつもの姉貴はどうした、独りで買い物かぁ?」

「あ、あの……」

知らない人間との会話は避ける。
母は何時もそう繰り返していた。
しかし、確かに目の前の商人らしき男は、母の知り合いのようなのだ。

「あの……おとうさんも、おかあさんも……おねえちゃんも、帰ってこないんだ……」

「なにィ……ふうん、そうさな……」

商人はわざとらしく首を傾げて思慮する素振りを見せた。

「もしかしたら街の外に出てるかも知んねぇなあ。坊、俺がチョコボに乗せて連れて行ってやろうか」

「……お、おねがい、します……!」

その返答に商人はにたりと笑った。

「よぅし、坊ついてこい、俺のチョコボに乗っけてやるゾォ」

ファニドレイはやや乱暴に手を引かれ、商人らしき男に着いてゆく。
その様子に目を向けても、気にする者は誰も居なかった。



ファニドレイが商人のチョコボの背に揺られ、ナル大門を出た時には既に陽は沈みきり、山の端が微かに赤く染まっているだけだった。
薄闇が徐々に辺りを包み込む中を、チョコボはただひたすら真っ直ぐに駆けてゆく。

「――ところで坊よ、お前、“キキルン族”って知ってるか」

ファニドレイの背で手綱をとる商人が、徐に口を開く。

「あいつらときたらとんでもねぇ悪食で、腹を空かせたら人間でも構わず襲って食っちまうんだぜ」

「……?」

「まったく……“獣人”って奴らは本当にしょうもねえ。そのくせ、“けだもの”のクセにいっちょまえ商いの真似事までしていやがる」

――なぜ今、その話を?
聡明な姉であればそう尋ねたかもしれないが、ファニドレイにそれは出来なかった。

「……俺のお袋はよぉ、行商の最中にキキルンの盗賊どもに喰われっちまったのよ」

男の低い声と語り口に、ファニドレイは恐怖を覚えていたからだ。

「チョコボの背に乗って一緒についてきた俺は、こいつがビビって逃げ出してくれたお陰で命拾いした……俺に残ったのはこの老いぼれチョコボと酒乱の親父だけだったわけよ」

「ぁ……ぅ……」

「お袋はよぉ、キキルンの爪で喉を真っ先にかっ斬られて悲鳴も上げられず、生きたままあいつらに喰われちまった……どんどん遠ざかってる俺の目には、その様が何故かくっきりと見えるのよ」

まるで問わず語りのように、男は抑揚なく言葉を続ける。
ファニドレイは恐怖に身体を固めたまま、真っ直ぐに近づく大樹の影に釘付けになっていた。

「そんな“けだもの”がよ、次の日には我が物顔で国際市場で商いの真似事をしていやがるのさ……そんな滑稽な話、ないだろう?」

「……っ」

「“獣人排斥令”ってやつはあって然るべき法なんだよ。人間様と“けだもの”の線引きはしっかりしてもらわんといかんのだよ」

突如、男の手がファニドレイのターバンを乱暴にむしり取った。
月光が、そのまだ伸び始めたばかりの“鬣”を白銀に輝かす。
漸く怯えた視線を男に向けたその顔は――

「なぁ、坊よ」

――“獣”の顔貌をしていた。

「ぅあ、あ……っ……!?」

ファニドレイはどうすれば良いのかわからなくなった。
今すぐにでも、この男から逃げ出したい。
しかし疾走するチョコボから、飛び降りることなど出来はしない。
抵抗するにも何が出来るのか、どんな言葉を発すれば良いのか。
幼いファニドレイにはどうすることも出来ず、ただ言葉にならない声が荒くなる呼吸と共に漏れるだけだった。

「知ってるか、今、砂蠍衆がここ最近増えてきた獣面の連中を“獣人排斥令に含めるか”を協議してンだよ」

「はあ、あぅ……!?」

「グリダニアから来るミコッテ連中はまだしも……どっかの難民にまぎれてやって来る猫面のてめぇらロスガルや、ヴィエラとか言う兎耳の女どもが増えたら、ただでさえアラミゴの糞で肥溜めになりそうなウルダハは溢れっちまう」

暴れようとするファニドレイの腕を男は力づくで掴みあげた。
他の子供より大柄なロスガルの子であれど、たかだか十歳の子供が敵う相手ではなかった。

「それに……てめえらが腹を空かせて、ウルダハで人喰いをしないなんて保証は無ぇもんなぁッ!!」

「――ッ!!」

――ファニドレイの身体が宙を舞った。

まだ陽に炙られた熱の冷めやらぬザナラーンの砂の上を、子供の身体が二、三転する。

「――“獣人”は“けだもの”らしくッ、外で喰いあって死ねーッ!!」

男はそう吐き捨てて、チョコボを駆って逃げ去った。

「――!!」

全身を襲う痛み、何か起きたのか解らぬ衝撃に、ファニドレイは目を見開いたまま辺りを見渡した。

しかし、辛うじて見えたのは月光に浮かび上がるササガン大王樹の不気味な影だけだ。
それ以外の全ては皆、夜闇に呑まれて消えてしまった。

「……ぅあぁぁーっ……」

漸くファニドレイの幼い肉体は、自分の身体に収まりきらない痛みを、恐怖を、理不尽を、慟哭の涙として溢れさせた。
最早そうする他にどうしようもできない。
ファニドレイには今、白騎士の鎧も、剣も、縋るものも勇気もなにも無いのだ。
悲鳴にも似た少年の慟哭は、ササガン大王樹の伸ばす枝すら揺らすこともなく、ただただザナラーンの夜闇に融けて消えるばかりだった。 



――いて。

――じて。

――えて。



何処か遠くから、そう語りかける声がした――気がした。

やがて、暗闇の空を割って、無数の火が雨のように降り注ぐのを見た。

それは、ひとつひとつが赤く燃える星だったのだ。



――ファニドレイは、ふと我に返った。
どれだけの時間、慟哭を挙げていたのか――或いは途中で力尽き、意識を失っていたのか。
彼は痛む身体を辛うじて起こし、再びザナラーンの地に立ち上がる。
しかし、事態は好転していなかった。
目前のササガン大王樹を除き、辺りの景色は何も見えない。
強い不安が再び胸中に湧き上がり、それが涙となって込み上げた。

白騎士セシルなら、こんな目に遭っても泣きはしない。

――だが、ファニドレイは白騎士セシルではなかったのだ。

「……おねえちゃん……おとうさん、おかぁさぁん……ッ」

遙か遠くに、ウルダハの街の灯が見えた気がした。
しかし、それも涙に潤んでよく見えない。

「……ぅう……う……!」

どうしようもなく、ファニドレイはただ嗚咽を漏らしていた。

そして、重くのしかかる絶望に足を止めた。



――聞いて。

――感じて。

――考えて。



誰かの声がした、気がした。

ファニドレイは、遠くから聞こえたようなその声の主を求めて、夜闇の中を見渡した。

――聞こえた。
それは、何かが風を斬る音だった。
何かが細かく空気を震わせ、ゆらり、ゆらりとファニドレイの周囲を廻っている。

――感じた。
それは、当然の如く恐怖だった。
何か、得体の知れないものが、ファニドレイに付き纏っている。
ファニドレイは嗚咽を止めることが出来ないまま、その不気味な音から逃れようと右往左往する。

やがて、ササガン大王樹の枝葉の隙間から挿し込んだ月光が、追跡者の姿を明らかにした。

「――ッ!!」

それはまだらの装甲を纏う、肉食性の巨蜂だった。
柔らかな子供の肉であれば容易に噛み切れるだろう顎を動かしながら、しかしもどかしそうにファニドレイの周囲を周回している。

蟲はファニドレイが纏う精油の香気を嫌っていた。
植物が蟲からの食害を避けるために身に着けた天然の香気そのものが、ファニドレイをこの巨蜂から守っているのだ。
だか巨蜂も目前の獲物を諦めてはいない。
人の頭ほどあるその腹から鋭い毒針をちらつかせながら、マーモットよりも喰らい甲斐のある獲物にいつ飛び掛かるかを図っているようだった。

恐怖に塗りつぶされそうなファニドレイの脳裏に、あの言葉が残響する。
その言葉の意味さえ解りはしないが、危機を知らせるかのように囁くあの言葉を、幼いファニドレイは反芻する。

聞いて、感じて――考えて。

今の状況に、欠けている一片。
ファニドレイは、考えた。
如何にしてこの状況を打破し、愛する家族の下に帰るか。
その思考こそが、彼に勇気をもたらした。
恐怖に溺れるその寸前に、彼が抗うために与えられた武器。
ファニドレイは、考えた。
如何にして、生き残るかを……。

「ぅう……ッ、うぅーッ……!!」

ファニドレイは、耐えた。
恐怖に負けて泣き叫べば、巨蜂を刺激して襲われかねない。
だからと言って抗えば、それこそ興奮した巨蜂には逆効果だ。
武器もない自分に倒せる相手ではない。
白騎士セシルならば、己の勇気を武器にするだろう。
勇気という盾を掲げ、目前の敵に相対することこそが、ファニドレイの闘いだった。

「ッ……!!」

小さな白いロスガルの騎士と、巨蜂の間に緊張した空気が流れる。
巨蜂はこの油断ならぬ空気に戸惑っているようだった。
これがか弱いマーモットの子供であれば、羽音に怯えて逃げ去る瞬間に一突きでことが済むはずなのに。
目前の獲物は何か策を隠し持っているかもしれない。
ただでさえ不快な香気が漂い息苦しい中で、巨蜂は仕掛ける間を失っていた。

「――ファニドレイッ!!」

拮抗を破った男の声と共に、飛来した鉄の盾が巨蜂に直撃した。
そして、次の一瞬、月光にぎらりと輝く切っ先が、巨蜂の身体を真っ二つに叩き割る。

ティトレイ・ロマシュは刹那の残心の後、刀剣を放り捨てて小さな我が子の身体を強く抱き留めた。

「――おとうさん――ッ!!」

自分が纏うのと同じ香気が、安堵と共に堪えていた涙を溢れさせた。

「ファーファちゃんっ、あぁよかった、無事なのね!」

裁縫師ギルド長レドレント・ローズが感嘆の声を挙げると共に、シュシュスとシシルも駆け出した。

一つの家族の感涙を、幼き白騎士の勝利を、ササガン大王樹はただ静かに見つめていた。



――以降、あの商人の行方は定かではない。
噂では、ブラックブッシュ停留所の西側にて血に汚れたチョコボの羽が舞っていたとも言われているが、それが男の結末に結びつくものであるかはわからなかった。

だが、男が嘯いた“獣人排斥令の強化についての協議”が行われていることは事実だった。
それを察知した裁縫師ギルド長レドレント・ローズはそれをシュシュスに伝え、家族を守るために取り得る手を模索する必要を訴えたのだ。

レドレントはここ最近、裁縫師ギルドにいくつかの装備を発注してきたある組織を覚えていた。
“十二跡調査会”なるその組織はベスパーベイに本部を構え、冒険者ギルドにも働きかけながら何らかの調査を行っているらしい。
ウルダハに冒険者が集まる、そこに夫妻は光明を見出した。

夫妻があの朝、慌ただしく出かけたのは、冒険者ギルドで愛する息子を預かってくれる冒険者を探すためだった。
無理な依頼であることは解っていたが、ロスガル族を獣人として排斥しようとするこの流れのなかに幼いファニドレイを巻き込むわけにはいかなかった。
父ティトレイはウルダハに残り、息子の為にロスガル族の居場所を護る必要があったが、その間にファニドレイに危害が及ぶことだけは避けたかったのだ。

――事実、ファニドレイの命は脅かされた。
激動のウルダハの中で息子を護りきるためには、一時の別離がどうしても必要なのだと自身に言い聞かせるには十分すぎる事実だった。

「――ファニドレイ」

シシルは寂しそうに、弟の大きな身体を抱きしめた。
ナナモ新門に吹く風が、ファニドレイの額に微かに残る香気を攫っていった。

「……おねえちゃん、またセシルのお話、聞かせてくれる……?」

「もちろんよ、ファニドレイが帰ってくるまでに、ちゃんと本に買いておくからね」

「……そら、ファニドレイ」

ティトレイは屈み、ファニドレイの額にいつものように、出かける前のまじないを施した。
そして、自身の額にも、そしてシシルの額にも、家族の証たる香油を刷り込んで、その香油瓶を仕込んだロケットをファニドレイの首に下げさせた。

「錬金術ギルドで、なるべく似た香りの香油を作ってもらったんだ……ほら、シシルにも」

「……お父さん」

同じくシシルにもロケットを下げさせて、ティトレイは二人の我が子を優しく抱きしめた。

「ファニドレイ、こっちへ」

「……?」

シュシュスは屈むファニドレイの額に、絹織物のすべらかな額当てを巻いてやった。

「レドレントさんが貴方に用意して下すったのよ」

「ファーファちゃん、もう鬣が帽子に収まらなさそうなんだもの。これで許してちょうだいね」

「ローズさん、ファーファじゃないわ、ファニドレイよ」

「だって覚えられないんだもの……」

そう談笑する一団の前に、立派なチョコボを引き連れた老齢の冒険者が歩み寄る。

「……」

「さぁ……いってらっしゃい」

両目に涙を浮かべて、シュシュスが息子の背中を推した。

「……私の子を、どうか宜しくお願いします」

「うむ、儂が確かに承りましたぞ」

老齢のロスガルは、夫妻に深々と東方風の礼で応えた。

「さぁ、参ろうか。ザナラーンの外に出るのは初めてだろう」

「……うん」

父親以外のロスガル族を見るのは初めてだった。
ファニドレイは戸惑いの中で、老ロスガルの手を取って歩き出す。

「大丈夫じゃよ、暫くは冒険の毎日じゃが、絶対に帰ってこれるさ」

「うん」

チョコボの鞍に載せられる時も、ファニドレイは何度も何度も家族を顧みる、
父は、胸を張って大手を振り、息子の門出を祝福していた。


「さぁ往くぞ、まずはベスパーベイ……その後は船でリムサ・ロミンサじゃあ」

老ロスガルが合図すると、チョコボはササモの八十階段を軽やかに駆け下りる。

「――ファニドレイ――!!」

そう呼びかけた姉の姿は一瞬で見えなくなり、呼び声だけが空へと呑まれていった。



「……ねえ、おじいちゃん」

チョコボに揺られながら、ファニドレイはふと口を開く。

「ん、どうした?」

「……ぼくも、冒険者になりたい」

「おぉう、急にどうした?」

唐突な宣言に、老ロスガルは尋ね返す。

「……ぼくが強かったら……みんなと離れ離れにならなくて済むから……」

「……成る程な、そう考えたのか」 

老ロスガルは、小さな冒険者の頭を撫でる。

「優しい子じゃのう、お主は」

「……強くなりたいんだ。セシルみたいに……」

最後の言葉は風に紛れて届かなかった。
しかし、それは、ファニドレイ自身の誓いの言葉として、確かに己の胸に刻まれたのだ。

――その後、獣人排斥令の強化については、砂蠍衆王党派よりの説得と、各ギルドからの反発によって成就しなかった。
しかし、ウルダハは流入する難民への対策として、これ以上のロスガル・ヴィエラ両族の住民受け入れは困難であるとの姿勢を崩さなかった。
その代わりとして、不滅隊は戦力となる冒険者であればと冒険者居住区――後のゴブレットビュートの開発を進言、冒険者であるならロスガル・ヴィエラを受け入れるという妥協案を提出し、迫る帝国からの脅威に国勢が荒れるのを食い止めようと画策したのだった。

結果として、ロマシュ親子からウルダハの居住権は奪われずに済んだ。
しかし、それとは別の事情にて、ファニドレイはそれから五年ほど、ウルダハに帰ることはなかったのだ……。



「――興味深い話をありがとう。思っていた以上に波乱万丈な人生だったね」

「波乱万丈だなんて……それが冒険者を目指したきっかけってだけだよ」

モードゥナ、レヴナンツトール。
ロウェナ記念会館のカフェテリアで、スラブボーンとアルフィノとの会談を執成したファニドレイは、その後ふとアルフィノの好奇心から昔話をすることになった。

「御両親との仲は良好なのかい?」

「うーん……いろいろ後ろめたいことがあって、まだ顔が合わせられなくてさ。モモディさんのことだから、ローズさんを通して伝えてるかもしれないけどね」

“白鎧のロマシュ”――こと、ファニドレイ・ロマシュは、照れくさそうに鼻の頭を搔く。

「姉さんからは時々、手紙が来るよ。今はグリダニアで童話作家をしてるんだ」

「グリダニアで?」

「うん、第七霊災のあと、助けてもらった双蛇党の隊員さんと結婚して……だからグラントカンパニーを通して、僕の行く先が分かるらしくてさぁ」

困ったようにファニドレイは肩を竦める。
その様子に、アルフィノは思わず笑みを零した。

「さて、そろそろ“石の家”に戻って今後の方針を相談するとしよう」

二人は席を発ち、記念会館前の市場に差し掛かる。

「あ、ロマシュさん!」

ふと、市場の本屋が声をかけた。

「行商に頼んでいた本、入荷しましたよ。“白騎士セシルのぼうけん”の一巻でしたよね?」

「うわぁ、早かったね、ありがとう!」

少年のままの笑顔を浮かべて、ファニドレイは対価を支払い、書籍を受け取った。

「フフ、暁の英雄が読むには、随分かわいい本ですね」

「うん、僕の姉さんが書いた本がやっと出版されたんだ!」

邪気の無い答えに、本屋は気まずそうに笑顔を引きつらせる。
その様子を、アルフィノは笑いを堪えながら眺めていた。

「――あ、ファニドレイさん! ちょうど探しにいくところでっした!」

そう声をかけたのはタタルだった。

「ついさっき、ファニドレイさん宛にお荷物が届いたでっす」

タタルが差し出した小包の宛名を見て、ファニドレイは驚愕する。

「げっ、姉さんっ……まさか!」

慌てて包みを開けば、そこにはつい今買ったばかりの本と同じものが入っていた。

「あっはははは……凄いタイミングだね、ファニドレイ」

「ど、どうしよう……せっかく取り寄せたのに……!」

困惑するファニドレイの様子に、タタルは首を傾げる。

「なら、君が取り寄せたほうの本は僕に譲ってくれるかい、君を育てた姉上の寝物語には興味があるからね」

アルフィノの笑顔に、ファニドレイも釣られて微笑む。

――包みの中の書物からは、ファニドレイと同じ匂いがした。



―了―




最終更新:2020年12月06日 22:31