万華鏡皇華園_07:百老匯健身房-Broadway Sports Club- AM01:58

揺頭中心(Dope Center)は、万華鏡皇華園をブートレグ・サーバ足らしめるアンダーグラウンドの入り口である。
所狭しと並ぶのは、公式サーバではBAN(禁止措置)扱いとなるモディファイド・アバターを始めとする数々のアセットだ。
公式では得られない満足を得るために人々はリスクを犯してでもブートレグ・サーバという未開の世界を求めるものだ。
それを理解しているからこそ、ここに入り浸る住人たちは来訪者を拒絶しない。
拒絶しないが、何も知らずに足を踏み入れ痛い思いをする新参者に助け舟を出すこともない。

そうでなければ人は学ばないというのを、わかっている者だけがここに残っている。



取り扱う商品はアバターに留まらないが、それ以上のものを望めば多くの者が後悔を覚えることとなる。
いわゆる“MOD”というプログラムが正にそれで、感覚データを含むありとあらゆる入出力情報を加工し改変を加えるものだ。
古い認識でなら所謂“電子ドラッグ”に相当するものだが、実情はそれよりもう少しカジュアルとされる。
例えば触感に係る入力情報の数パーセントを快感神経に送るであるとか、脳からアバターに送られている指令情報を加工して出力値を改変するとか、そういった効果のはっきりしたものが大半だ。

この場所が揺頭中心と呼ばれるのも、快楽物質に溺れて頭を振り乱して狂乱する人々がそこかしこに存在する為だ。
無論、こういった外部プログラムによる情報改変もBANの対象となっている。

――カジュアルとは言うが、リスクも相応にある。
直接的な死亡や傷害の例こそ報告されていないが、乱用により脳内分泌バランスを崩して鬱などを発症した例や、認知障害の報告も少なからず存在する。
また、MOD内に悪意あるウィルスプログラムが仕込まれることにより、個人情報に直結するバックドアを開けられる、アバター機能をロックし“身代金”を要求するランサムウェアの驚異など、豊富な知識と準備があっても避けきれぬリスクは常に隣り合わせだ。

それでもスリルを求める人間は後を絶たない。
実際のところ、MODの使用者はその効果云々よりも“禁制のものを使用している”という事実に惹かれる傾向があると言われている。



■百老匯健身房-Broadway Sports Club- AM01:58

スポーツクラブと冠しているが、このフォーラム・スペースが揺頭中心に存在している時点で健全なものでは無いと察しの良いものであれば気づくだろう。
実際、ここはスポーツクラブの内装を模したクルージング・スポットだ。
肉体派アバターの持ち主同士が、互いの欲求とナルシズムを満たすために社交する場として密やかに知られてきた。

かつては現実(Boot)にも同様の業態が存在したと言われているが、恋愛・性愛の健全化の風潮に淘汰されるように人知れず消えていった。
だがインスタントな性愛の捌け口はインターバース、それも人目に触れぬブートレグ・サーバに場所を移してしぶとく生き残っている。

こういった場所を求めるのは、世間的に健全化された性愛では味わえない野生のスリルに惹かれた人間だ。
その意味では、MODの使用と同じ理由なのかもしれない。



その青年もまた、典型的にスリルを求めてこのクルージング・スポットを訪れていた。
アバターはギリシャ彫刻のように美しく、均整の取れた筋肉に照明が光と影のコントラストを浮かび上がらせている。
青年は事前にアンダーグラウンド・ネットで華園のスポット・レビューを収集していたが、些か情報が古かったのか、記事にあるほどスポットは盛り上がっている様子はない。
静まり返る迷宮に誂えたジムのようなこの空間で、ただひとりの客であるようだった。

青年は、異様に細かく仕切られた迷路のようなクラブの内部を回遊魚の如く回り続ける。
視界の悪い空間で、もしかしたら誰かがやってきたのを見落としているかもしれない。
ただでさえ、こういうフォーラ厶は異様に広く造られるものだ、可能性が潰えた訳ではない。

ブートレグ・サーバ接続用の改造ファームウェアにも、理想の肉体(アバター)にも少なくない出資となった。
しかし、この人気の無さは想定外だ。
モトが取れなければ意味がない。

次々と無人のブースを覗く足並も、そんな焦りと苛立ちからか徐々に足早になってゆく。
一糸まとわぬ姿のまま、ひとりの回遊魚が最奥のブースにたどり着いた時に、その光景はあった。

「……んー……んんー……」

その獣は、虎の頭をしていた。
複数人でのプレイを想定しているであろう広いブースを占有する巨体は、ブートレグ・サーバと言えど明らかに規格を外れている。
虎面の獣は鼻歌混じりに、自分の腕へシリンジの針を突き立てていた。
MODをインストールしているのだ。

「……あ?」

その姿に唖然となる青年に、獣は気づいた。

「ちょっと待ってろ、すぐ効いてくっから……オッオ……」

シリンジの針が抜けると共に、獣が微かに身を震わせる。
すると、股の間で即座に一物が鎌首を上げた。
変容、と表現すべき異様な速度で、第三の腕のようなそれがそそり勃ったのだ。

「あ、あ」

突然の遭遇、更にはその威容に、青年は声すらまともに出せなかった。

「最近は誰も居ねえからよお、こいつを試す相手に困ってたんだよな」

照明を受けてよりその姿を鮮明にしたそれは、幹に大粒の真珠でも埋め込まれているかのような幾つもの突起が規則的に並び、東洋の鬼(オーガ)が持つメイスの如く改造されているようだ。
獣はニヤリと嗤うと、勃ち上がったそれを乱暴に掴んで上下に振ってみせた。
既に鈴口は粘性の涎を溢れさせて、銀色の糸を数本飛び散らせた。

「ほら、ケツ突き出せよ。お望みのがココにあンだろが」

身震いする青年の肩を掴んで無理やり背中を向かせ、獣はその身を壁に押し付ける。
そして、その凶悪なメイスが青年の腰を突き上げた。

「――――――!!」

痛み、と言う感覚はカットされていた。
だがそれでも、急激に体内に侵入したものの巨大な異物感が内臓を押し上げる感覚は、とても耐えられたものでは無い。
その上で幾つもの突起が侵入口を捲る感覚に、思わず青年は悲鳴を上げた。

「んオッ、締まるッ……へへ、ゴリゴリしてたまんねェなあ」

「ッ、ン、おごォ――、――!!」

「もっと力抜けっての、奥まで入ンねェだろ」

獣は青年の更に奥深くへ侵入を試みる。
最早、青年の呻きは声にならない。
そのつま先が床から離れた所で、青年の意識は無くなっていた。

「――あ? なンだよ、もうトんじゃったのかよ。しょうがねえなあ」

それを確認すると獣は遠慮無しに自らの腰を激しく前後に打ち付ける。
意識を無くした相手など、獣は既に人間扱いはしなかった。
使い捨ての性具と何ら変わらない扱いで、獣は自らの欲望の処理のことだけを考えている。

「ん、ゴッ、んゴァ、っ」

そして一度大きく身震いさせたあと、暫くの静止を経て青年の身体を開放した。
糸の切れたマリオネットそのものの挙動で床に崩れた青年の身体から、まだ衰える様子のないものが引き抜かれると同時に、大量の白濁液がグロテスクな音を立てて溢れ出す。

「つまんねぇの。まだ効果時間残ってンのによォ」

ダラダラと、涎ともつかぬ粘液が糸を引く一物を振り回しながら、獣が次の獲物を求めてブースから這い出して行く。
後には、未だ意識の戻らぬ痙攣した肉体が打ち捨てられていた。



サンダー・ボックス。

ウィルス・プログラムの脅威も意に介さずMODを常用するその姿に、誰かがコンピュータのサンドボックスを捩ってつけたその渾名を気に入って名乗るようになったその名前は、やがてすぐ揺頭中心で忌み語として広まった。
MODの濫用そのものの代名詞と言える揺頭中心の中ですら“度を超えている”として男は忌避されているのだ。

いくつかのクルージング・スポットを根城とするこの獣のような男によって、実際にそれらのフォーラムは殆ど機能しなくなってしまった。
身勝手すぎる態度に加え、この男と関係を持てば望まないMODを導入されたり、何かしらの悪意あるソフトウェア二感染するに違いないと誰しもが考えているためだ。

サンダー自身、自らが忌み嫌われていることは承知している様子である。
むしろ、それを目的にあらゆる態度を決定している素振りすらある。
彼にとって忌み嫌われることはステータスのようであり、自らの威容を相手にどれだけ大きく刻みつけるかに執着しているきらいすらある。

自傷めいたMODの濫用もあるいは、そこに帰結するのかもしれない。

彼は、モンスターでありたいのだ。


最終更新:2021年02月10日 06:24