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万華鏡皇華園_10:布拉德伯里路-Bradbury Avenue- PM08:22

■布拉德伯里路-Bradbury Avenue- PM08:22

維多利亞平台(Victorian Terrace)西側の壁面を構成する高層雑居ビルディングである布拉德伯里大厦(Bradbury Mansion)から、揺頭中心(Dope Center)方面へ伸びる大通りの灯りは、ブルータルで無愛想な建物が並ぶ薄暗い通りを虹色に彩っている。
アーケードを覆う立体ネオンの多重構造広告群のジャングルの下、濡れた道路がそれを反射してアンドロメダ銀河を創り出す。
行き交う人々の黒い影がまるで回遊魚のようだった。
高層モーテルの窓でそれを眺めているのは、退屈なカップルの片割ればかりだろう。
排煙を思わせるどこからか流れてきたスモッグが、淡い色彩を与えられて形を変えていく。
ここはネオンカラーに彩られた密林の狩場だった。



「はやく」

男は懇願した。

「はやく入れて下さい」

分厚い胸を上下させながら、ライノセラス顔の男は厳しい双眸の中の瞳を爛々と潤ませる。

男の肉体は異常に肥大化していた。
キングサイズのベッドからはみ出さんばかりの巨体は四肢を鎖で拘束され、灰色の皮膚に覆われた筋肉は鎧を思わせる。
その肌は汗でぬらりと照明を反射して、艶めかしいコントラストをモーテルの闇に浮かび上がらせる。
彫像の如きその身体には衣服と呼べるものはひとつも纏っておらず、レザーのハーネスだけが分厚い胸板に食い込んでいた。

「……」

「は、はやくっ……はやく入れて……ッ!」

懇願する男の鳩尾に、同じく巨大な拳が振り下ろされた。
痛みこそ無いが衝撃が男の肺から空気を押し出して、紡がれる言葉を断ち切らせた。

「……うるせェなぁ、モンスターがぴーぴー喚くんじゃねェよ」

闇の中から照明に照らされた二つの瞳がぎらりと輝いた。

「ぁはあッ、はぁ、すみません……ッ!」

「根性が無ェんだよ。そんな欲しがりな女々しい目ェしやがって」

サンダー・ボックスはプロテクター付きのジャケットを脱ぎ捨てて、血管の浮かび上がる自身の太い腕を確かめる様に眺めながら吐き捨てた。

「まずは身体に解らせるか。ほら、テメエの欲しいやつブチ混んでやるからよ」

「ァあっ、く、下さい……! はやく……!」

「オラ、どこに欲しいか言ってみろ」

「……しっ、心臓に直接……ッ……!」

ライノセラスは潤んだ瞳を輝かせる。
彼自身は期待と共に瞬く間に膨れ上がり、拘束された四肢に代わって高く高く反り上がった。

サンダーはその様子を鼻で笑うと、何かを手の中に隠したまま、右の拳でライノセラスの胸板を撫でる。
大胸筋の二つの隆起の間で汗の滴り落ちる谷間をなぞり、鳩尾の直上で徐に拳を押し付けた。

「っ、と」

「ごぷ、ウッ――!」

拳が鳩尾に呑み込まれる。
予め、サンダーが腕に仕込んでいたMODにより、アバター同士の当たり判定(コリジョン)に細工が施されていた。
本来は不可侵である相手の体内に無理矢理侵入した腕が、内部に再現されている内臓感覚モデルのひとつひとつの隙間をなぞった。

「ああああ、ああああああ――!!」

恐怖、異物感、それによる興奮で、ライノセラスの胸板が鳥肌立つ。
だが表情は裏腹で、過剰分泌されたアドレナリンが目を爛と見開かせたまま、その口角は釣り上がっていた。

「っと、このへんかなぁーっ、と」

サンダーの指先に、一際近く、暴れる鼓動が感じ取られた。
震える仮想心臓を指で撫で、太い血管に掌に隠した小さなMODパッケージの注射針を突き立てた。

「はぁッ、はぁッ、はぁッ、ああぁぁぁああ!!」

サンダーが腕を引き抜くと同時に、ライノセラスの心臓が燃えた。
仮想血流に乗って全身の血管が熱く燃え広がり、指先に至るまでに改竄プログラムが走っていく。
実際の、現実(ブート)に眠る肉体に何らかの違法薬物が注入されたわけではない。あくまで肉体を上手に騙すための仮想内臓感覚に不正処理が走っただけだ。
それでも、内臓感覚と言うものに脳は簡単に騙されて、あらゆる脳内物質を分泌させニューロンをバーストさせる。
あたかもまさに今、肉体が変貌を遂げている歓びに。

「くぁああ、あああ――!」

全身に怒張りした陰茎の如くグロテスクな血管が浮き上がり、ただでさえ巨大にモディファイされた肉体がさらに膨張し、レザーのハーネスがぎりぎりと悲鳴を上げた。

「おおっと、ちゃんと我慢しろよ、我慢できたらちょっとは見直してやるよ」

「ぅグゥーッ、あ、ぁが、あぁ……ッ!!」

両足先、両拳を痙攣させながら、ライノセラスは笑顔のまま膨らむ全身を強張らせる。
脂汗が全身から吹き出すのと同時に、はちきれんばかりに過剰膨張する陰茎の鈴口から、射精と見紛うほどの先走りが吐き出されている。

これも飽くまで、MODが魅せる仮想幻覚と内臓感覚による演出に過ぎないのだが、その視覚的、皮膚感覚的体験に脳は十分騙される。

「ほら、耐えろよモンスター。コントロールしてみろ。そしたらもっと強いモンスターにしてやるよ」

下腹部が張り詰め、苦しくなったサンダーはレザーパンツをも脱ぎ捨てて、隆起する自身を露わにした。
目の前で自分をも超えるモンスターに変容しようとするセックスメイトの姿、その期待に彼の陰茎もまた嬉しそうに涎を垂らしている。

「ン――ッ、ンンァ――グゥッ、ぐぅぅウウウッ!!」

ライノセラスの爛々とした眼球が、血走って淡いピンクに染まる。
今やサンダーの腕相応まで巨大化した陰茎は第二の心臓が如く激しく脈打ち、その度嗚咽のように垂らす涎の糸を辺りに撒き散らす。

「いいぞ、新記録だ、もっと粘れ、もっとだ!」

サンダーは硬直したライノセラス腹筋を愛撫すると、下腹部に思い切り掌を押し付けた。

「ごプゥっ、ぐあッ、サンダーさぁ、ン、グアァあ!?」

「ほら耐えろ耐えろ耐えろ、モンスターになりてェんだろ!?」

腸をかき回し、前立腺を玩び、サンダーは目前のモンスターにさらなる負荷を与えていく。
狂気混じりの笑顔だったライノセラスはみるみる表情を引きつらせ、情けない喘ぎを上げ始めた。

「もっとバケモンみたいになれよッ、そんで俺を滅茶苦茶にしてみろよッ、俺がやったみたいにッ、滅茶苦茶にしてみせろよぉっ!!」

「ああ、あ、あ、アアアアアアアアア――!!」

ライノセラスは全身を痙攣させると、頭上の壁に打ち付ける量の精液を吐き出した。
その脈動は数発続き、その後も煮えきらぬ活火山のようにだらしなく精液を垂れ流した。

「……」

サンダーの逸物は、その様子にみるみると萎えていき、表情も完全に白けていた。
ライノセラスの肉体も同じようにしぼんでいき、施術前の状態に戻ってしまった。

「……クソが」

サンダーは精液まみれになった拳でライノセラスの頬を思い切り殴る。
痛み無い衝撃を受けたその顔は、未だ放心していた。

「ひとりで気持ちよくなってんじゃねェぞ。鎖引きちぎって俺のことレイプするぐれえの気迫みせろよ」

「……ません……すみません……」

ライノセラスは絞り出すように謝罪する。

「……」

サンダーは腹立たしげに自身のインベントリをひらくと、何らかのオブジェクトを引き出した。
それは、クロームシルバーに輝く長大な百足だった。

「罰だ、次会う時までコイツ入れてろよ」

「――え」

サンダーは百足を握ったまま、再び下腹部に拳を突き入れた。

「ひゃああああ、あ、あぁぁああ!!」

純粋な恐怖の叫びがライノセラスの口から漏れる。
頭を体内に引きずり込まれた百足はズルズルと臍の奥底へと入っていき、末端まで潜り込んだあとはライノセラスの腹に百足のトライバル・タトゥーが浮かんでいた。
タトゥーはやがて、ライノセラスの皮膚表面でアニメーションしながら全身を這い回り、それ相応の皮膚感覚を与えた。

「ぎゃあああ、ヤダあああああッ!!」

「うるせェんだって」

サンダーは身支度を整えると、のたうつライノセラスを背にモーテルの扉へ向かっていく。

「ヤダぁ、ああ、やだ、やだ、やだぁぁぁあああ!!」

悲痛な叫びにも、一瞥たりともすることなく。

「こんなんじゃヤダァ、もっと、もっとぶって、もっといじめてぇぇええ!!」

「チッ」

サンダーは鍵の甘い扉を蹴り空けると、腹立たしげに外へと出た。

「――、――、――!」

懇願の声は安モーテルの廊下まで聞こえていたが、サンダーが対象をブロック指定すると間もなく静かになった。
比較的長く続いていた関係ではあったものの、互いのビジョンに明確な差異を感じ始めてからはこうなることは確定していたのだ。

形はどうあれ、華園のありふれた夜の終わりであった。



絶対的な力の行使に、不思議と男は惹かれるものだ。
こと、良心の咎めないエンターテイメントというフィルターを通せば、男は何かとパワーに惹かれる。
巨大ロボット、スーパーカー、あるいはヒーロー、そしてモンスター。
「惹かれる」という情報は、こと言葉通りの意味においても予期しないエンタングルを引き起こすものだ。
パワーの象徴としてのそれらに、性的なエクスタシーを見出すことは、その点において何ら不自然な発生要因とは言い切れない。

サンダー・ボックスは、モンスターでありたかった。
そこに至る経緯は割愛するが、サンダー・ボックスは典型的に男性性のパワーを求め、それに相応しい在り方を望んだ。
ただ、そこに結びつく悦びの矛先が、いささか典型的とは言い難いものであった以外はそう珍しくもない。

ヒーローのような絶対性よりも、モンスターとしての自由で理不尽で無軌道なその姿に、サンダーはひとりの男として強く惹かれた。
その彼がインターバースという現実のあらゆる束縛から自由になれる場所を得たのだから、こうなることは必然だった。

彼はひたすら理不尽に暴力を振りまき、求めるがままに貪り、息を吐くように良心を捨てては獣のごとく他人を冒した。
それは彼の憧れたモンスターそのとおりの在り方。
男性性への渇望を満たすパワーだ。

だが、いざ自分がモンスターとしての高みに至れば、その胸には空虚さが産まれた。
自分を脅かすものがなにもない。
それは確かに望んだ姿であるはずなのに、何故か空虚だ。

だから、サンダーは手頃な男の好奇心につけ込んで、自分を脅かすさらなるモンスターに作り変えた。
その目論見は、あまりうまくは行かなかった。
よってくる連中は何故かサンダーのふれあいそのものに充足を求め、ひとりよがりの絶頂を迎えてはそれをさらにサンダーに求めた。

――著しく面白みがない。

恐怖され逃げ惑う姿に興奮を覚えたのは昔の話で、鼻つまみものとして距離を置かれ、その上で恐怖を求める相手から、一種のエンターテイメントとして消費されるだけの自分はモンスターとしてあまりにも矮小に感じられた。

ならば自分がエンターテイメントとして消費する分は自給自足をしようと、建設的な発想で始めたこの破滅的交友は、残念ながら自分以上の逸材に未だ出会えていない結果が続く。

自分が求めたとおりになったはずなのに、何故こんなに虚しいのか。

関わり合いたくない、取るに足らない連中が空けるネオンの道を、モンスターは苛立たしげに歩いていく。



「……あ、っ」

その声に足を止めたのがいけなかった。

「おっ、おねがいですッ!!」

ギリシャ彫刻のようなそのアバターは、腹立たしいアルカイック・スマイルを浮かべて必死に懇願する。

「また僕を、滅茶苦茶にしてください――!!」

「……は?」

「あの時みたいにッ、意識飛ぶくらい、滅茶苦茶にしてくださいッ!」

皆目覚えていない。
そもそも、こんな小綺麗な男を自分が相手するだろうか。
サンダーは面倒くさげに小首を傾げる。

「ずっと会いたくて探してたんですッ、もう……身体があなたじゃなきゃ満足できなくてっ……」

股間に伸ばしてきた手を苛立たしさに任せて払いのけた。
こういう経験は度々ある。
どうにも何処かでインスタントに性処理した際に手近な相手を使ったときに、しっかりとブロック登録しておけば防げる問題なのだと、サンダーはこういった局面に至る度に後悔している。
だがわざわざ掃いて捨てるような相手のアカウント情報を取得する労力を裂くのも惜しかった。
大体、覚えていない相手が自分の求めるに値する相手でないのは明白なのだから、わざわざ対応するのも洒落臭い。

「――ふんっ」

サンダーはギリシャ彫刻を力任せに蹴り飛ばす。
近くのスタンドのテーブル類を巻き込みながら、ギリシャ彫刻はダミーテスト人形のようにアルカイック・スマイルを浮かべたまま吹き飛んだ。
周囲のアバターがトラブルを避けて蜘蛛の子のように散っていく。
即座にサンダーをブロックした神経質な連中も不可視になり、人混みは一瞬にして消え失せた。
ともなれば開けた視界の中でギリシャ彫刻が意中の相手を見つけるのも容易くなり、起き上がりながら彼はもの欲しそうな視線を投げかけて、乱れた髪もそのままにやはりアルカイック・スマイルを浮かべているのだ。

「めんどくせえ――」

サンダーがギリシャ彫刻のアカウント情報を取得しようとした矢先、予期せぬ衝撃が側頭部から頭蓋を走り抜けた。

「……んあ?」

よろめくままにサンダーが向き返った先に立っていたのは、タイトな警官ルックで筋肉の張り出しを誇張した、サングラスと唇の片側を釣り上げた表情が印象的なアバターだった。
見るからにサディズムを体現した典型的なそのアバターは、レザー仕立ての警棒を見せつけるがごとく、自らの肩を軽く叩いて見せている。

サンダーは相手が何を求めているかを即座に理解した。
相手は明確に自分の同類ではあるが、そのスタイルが示すとおり、自分の正当性を正義というパワーを以て体現することにエクスタシーを覚えるタイプの変態だ。
面倒なのは、正義という名目を得たこの手のタイプは自己正当性の肯定を他者に求めるという点で、痛みや生命の危機という限界を得られないインターバースにおいて、こちらが確かに正当に破れたというジェスチャーを示すまでプレイを続行する傾向があることだ。
いちいち相手の自慰行為に付き合わされるのは本当に洒落臭い。
だがこの手の正義中毒者はいちいち相手をしなければどこまでもストーキングを続けてくる。
自己肯定とサディズムの充足を己の中で完結できない幼稚な相手は、サンダーの望むものではないハズレ中のハズレだった。

「……つくづく、めんどくせえ奴しかいねえ……」

そうぼやく間もなく、警棒の2打目、3打目がうち降ろされる。
全身を走る衝撃のなか、サンダーは冷めた表情のまま、先に使った百足のMODがそれなりに高額であったのを思い出して軽く後悔を始めていた。

「……おい」

確かなら18打目が振り落とされる直前、また別の声がそれを止めた。

「流石に目に余る……やめてくれないか」

声の主は、それなりに見応えある肉体をした、牛頭鬼(ミノタウロス)のアバターだった。


最終更新:2021年09月08日 07:50