水車四辻で待ち合わせ

「――ねえ、ファニドレイは居る?」

石の家の扉を開くなり、フ・ラミンはそう尋ねた。

「ファニドレイなら、さっき誰かに呼び出されたって言って慌てて出ていったわよ」

「あら……それでバタバタしていたの」

アリゼーの応えに困った様子で、フ・ラミンは手に持つ封筒を眺める。

「なによそれ」

「彼がさっきカフェテラスに忘れて行ったのよ。大事な手紙じゃないといいんだけど……」

「ふぅん……」

アリゼーはそれとなくフ・ラミンから封筒を受け取ると、それとなく徐に中身を検めた。

「ちょ、ちょっとアリゼー!?」

「暁の間で隠し事とか水臭いじゃない」

フ・ラミンが咎める間もなく、アリゼーは便箋を開く。

「それにああ見えて、あの人は有名人だもの、脅迫とか――ん、んん?」

そして数行読み進めたあたりで目を逸らした。

「うげーっ、オンナの字」

「あ、あらー……?」

「えーっ、ちょっと待……ええ……?」

怖いもの見たさが勝ったのか、アリゼーは再び便箋を覗き込む。

「――“大好きなファニドレイ”――ッアァーッ!?」

「えっ待ってどういう事、それ“恋文”じゃないの?」

「待ってもう私これ読めない、多分笑っちゃうもん、ファニドレイに悪いわよコレ」

自分から覗き込んでおきながら、アリゼーは片手で笑い顔を隠しつつ便箋をフ・ラミンに突き返す。

「あらどうして? 確かに中身を検めるのは悪いとは思うけど、彼だって年頃でしょ」

「アイツがぁ、年頃ぉ? ラミンはアイツを買いかぶりすぎよ」

大袈裟な身振りでアリゼーが否定する。

「アイツに比べたらまだアルフィノの方が色恋沙汰に敏感よ、あの冒険バカに……ねぇ、ぶふっ」

「あれ……でも待って」

「え、なに、フフッ、まだナンかあるの?」

フ・ラミンはふと気づいたように、封筒を鼻に近づける。

「……やっぱり、この封筒を留めてる蝋、彼と同じ匂いがする」

「え、あいついつも鎧着込んでるから、蒸れてその臭いが移っただけじゃ……ほんとだ」

仄かに香る芳香は、確かにファニドレイが都度額につけている香油と同じものだった。
以前、アリゼーはその行為をマセていると茶化したことがあったのだが、彼曰くこれは“大事な御守りの儀式”なのだという答が返ってきた。

「……これはホンモノだわ、絶対カノジョから貰った香油に違いないわよ」

「そうかしら……でも私、彼と出会ったときからこの香りには覚えがあるわよ」

「じゃあアイツから贈ったものってワケ!? うわ重ッ、アイツ何考えてんの!?」

「――おい、さっきから何話してるんだよ」

怪訝な顔を浮かべたまま、赤毛のミコッテが割り込んだ。

「ラハも読む? ファニドレイのカノジョからの手紙」

「かかかかかかかかカノジョ!?」

グ・ラハ・ティアは動揺した。

「ま、待ってくれよ、ファニドレイはまだ若いんだろ、そんな……」

「やっぱり英雄サマはモテんじゃないの? 先越されちゃってるわよ、ラハ」

「アリゼーだってさっき信じてない素振りしてたじゃないかよ! オレだってまだ信じらんないよ……」

「うーん……ファニドレイさんにそんな色気があるようには思えないでっすねえ……」

桃色ララフェルは二人の影でじっくりと手紙を読みながら呟いた。

「ここだけの話でっすが、ファニドレイさんはそういうのにバリバリ疎いタイプでっす」

「タタルっ、そこんとこ詳しく!」

「ファニドレイさんはそういう駆け引きとか何もわかってないでっす、実際、ウリエンジェさんとムーンブリダさんの事を“仲良し”としか認知してないのをタタルは知っていまっす」

「……」

――フ・ラミンは知っている。
タタルが最近、手隙の合間にどこぞの貴族の色恋沙汰をネタにしたオトナ向け小説を読みふけっており、暁のカウンターにそっと蔵書していることを。

「そんなファニドレイさんが色恋沙汰というのは、ちょっと考えにくいでっす……コレはなにかの罠かもしれないでっすねぇ……」

「うぅ、まぁでも、彼くらいの歳にもなれば、そういうことに興味が出てもおかしくない頃ではなくて?」

「そこが危ないんじゃないの! 前、イシュガルドで気を抜いた時に眠り薬か何か盛られたんじゃなかった? アイツ、お人好し過ぎてそういうのに弱いんだって」

「……」

四人が一斉に押し黙る。

「……オ、オレは……罠だとるするなら、オレたちには英雄を守る義務があると思う……第八霊災のこともあった訳だし!?」

「そ、そうよね、ラハはそういう最悪の状況を回避するために頑張ってきたんだもの、同じ暁の血盟として、看過はできないわッ」

「なかなか都合の良い落としどころを見つけたわね……」

頭を抱えるラミンに、アリゼーとラハは引きつった笑みで応えた。

「ああっ、皆さん、ファニドレイさんは手紙の主から呼び出しを受けてるでっす!」

「どこどこどこ!?」

「えーっと、グリダニア新市街の――水車四辻でっす!」

「よし行くわよラハ、陰謀は芽のうちに摘むんだから!」

アリゼーとグ・ラハ・ティアは、そう言って石の家を飛び出していった――。

「……そういう所が若さなのかしらねえ……」

隣でクスクス笑いを噛み殺すタタルを横目に、フ・ラミンは一つ溜息を吐いた。



―― QUEST ACCEPTED ――



――グリダニア新市街、木工師ギルド横、どんぐり遊園の一角で、アリゼーとグ・ラハは身を潜めている。

「げっ、オトナだ……」

「ああいうのが怪しいオトナって言うんだぜ、関わるなよ」

グリダニアの子どもたち、オニィーとニコリオーの冷たい視線にも気づかず、二人は熱心に水車の向こうを注視している。

「――怪しいオンナの姿は無いようね」

「っても、双蛇党本部の目と鼻の先だぞ、そんな怪しい格好で彷徨くかな」

「……そうか、双蛇党員の目を誤魔化して、どこかに連れ出した方が何かと悪さしやすいわけだものね……アンタも冴えてきたじゃない」

アリゼーはそう笑うと、ウリエンジェの私物らしき双眼鏡を改めて覗き込む。

「……おっ、アリゼー、あっち……!」

グ・ラハが指差した先、エーテライト・プラザの一角の空間が歪み、大柄の影が姿を表す。
それは、白鎧のファニドレイ・ロマシュ当人だった。

「アイツ、鎧姿のまま……あぁ、もう見てらんないわね!」

「肝心の相手は? まだ来てないみたいだけど……」

白鎧をグリダニアの日に輝かせながら、ファニドレイは落ち着かない様子で辺りを見渡している。
やがて重々しく鎧を鳴らしながら、水車四辻に差し掛かったあたりで何かに気づいた。

「こっちに来――」

「……シッ、静かに!」

アリゼーとグ・ラハがより姿勢を低くする。
その間に、ファニドレイは木工師ギルド前の橋に向けて小走りした。

「……誰かと話してる……けど……」

その相手は二人には見えない。

「アイツにしか見えない相手……まさか、アシエン……!?」

「待て待て待て待て、もう少し様子を見てから……!」

しばらくの談笑の後、ファニドレイは踵を返す。
そして、水車の影から現れたその背中を追う、小さな影がもう一つあった。

「……ララフェル族! 欄干の影に隠れて見えなかったのか!」

「ララフェルの女のコ引っ掛けたの!? 殆ど犯罪じゃない、見てよあの体格差!」

「落ち着けっての! とにかく、カーラインカフェの方に向かったみたいだ、追いかけようぜ」

子どもたちの冷たい視線にも気づかず、アリゼーとグ・ラハは低い姿勢のまま、どんぐり遊園から駆け出した。



―― v 指定場所で待機 ――



「――デートの場所に冒険者ギルドなんて、やっぱりアイツ、センスなさ過ぎよ」

「そうかぁ、ここは割と品がいい方だとは思うけど……」

カーラインカフェの裏口から、アリゼーとグ・ラハは中のファニドレイの様子を窺っている。

対談の相手は小柄なララフェル族の女性だった。
ララフェル族の常で相手の年齢こそ分からないが、着ているものの質から年上であろうとアリゼーは推測する。
その割には、やたらと大きな眼鏡をかけているのが特徴的だった。

「ほうら、あのわざとらしい眼鏡……ファニドレイはああ言う文芸少女ですぅ、守ってくださぃぃみたいなのに弱いワケよ」

「アリゼーとは真逆なワケだ」

「何言っちゃってんのよ、アイツみたいな冒険バカはこちらから願い下げよ。丈夫そうなとこは評価するけどね」

そう言いながらも、アリゼーは真剣にファニドレイの様子を眺めている。

「……あの人がもうちょいオトナになってくれたら、こんな心配しなくて済むんだけどねぇ」

「……ふぅん」

そう口を尖らせるアリゼーの横顔に落ちる影に、グ・ラハはようやく気がついた。

「……ここでナニをしているのかな?」



「失礼、ミューヌさんはいらっしゃいますか?」

凛々しいルガディン女性と、高帽子に半ば顔が隠れてしまいそうなララフェルの双蛇党員ふたりが、カーラインカフェの入り口に入ってくる。

「僕はここだけれど、一体何か?」

カーラインカフェの女主人、ミューヌが独特の口調で応える声に、思わずカフェの客たちも視線を移す。

「――店の裏に不審者を確認しました、お心辺りは?」

ララフェルの党員が目配せした先、別の党員の槍で拘束された二人が突き出される。

「あ、あははは……ご、誤解なんですぅ……」

「そ、そう、あはははは……」

その二人の姿にミューヌが口を開く前に、カフェのとある客が声を上げた。

「――アリゼーちゃんッ、それとラハくん!?」



―― v 指定場所で監視 ――



「ああ、あなた達が、ファニドレイの言っていた暁の方々ですのね」

大きな丸眼鏡を掛けたララフェル女性は、開放された二人に一礼する。

「始めまして、私はシシル・シル・“ロマシュ”。ファニドレイの義姉です」

「ファニドレイの――」

「お義姉さん――!?」

アリゼーとグ・ラハは驚愕した。

「あれ、アルフィノくんから聞いてなかった? グリダニアに義姉さんが居るって……」

「あ、アルフィノと最近会ってなかったから……」

「ウェルリトの件も落ち着いてる内に、久々に会っておこうかなって、前々から連絡してたんだよ」

そう話すファニドレイの隣で笑みを浮かべるシシルを、ファニドレイと同じ香気が包んでいる。
これは父方の風習、邪気から身を守る伝統の香油で、わざわざウルダハの錬金術師ギルドに掛け合ってまで復元した“家族の証”なのだそうだ。

「私、このグリダニアで童話作家をしているの。ファニドレイの体験談から着想を得て、今は子ども向けの冒険譚を連載しているのよ」

「ほら、彼女が例の“双子の天才魔法使い”、こっちが“赤い瞳をした水晶城の主”のモデルだよ」

「一目でわかったわ! 本当にお会いできて嬉しい限りよ!」

輝くばかりのシシルの視線に、二人は気まずそうに顔を見合わせる。

「いつかは第二集の“竜の騎士”たちにもお会いしたいわ……最近はイシュガルドとの国交も戻りつつあるから、いつかはファニドレイに夫婦旅行の案内をしてもらうつもりなのよ」

そう言ってシシルは、先程のララフェルの党員に微笑みかけた。

第七霊災の折、ファニドレイの家族が暮らしていたウルダハでは暴徒が発生していた。
それに巻き込まれたシシルを助けたのが、当時不滅隊に所属していたララフェルの弓術士である。
その縁からシシルとの交際が始まり、弓術士が事情で双蛇党に移籍した後にも熱烈な文通の果てに結ばれた。

ウルダハ王宮で起きたナナモ女王暗殺事件の際、ロマシュ一家は関係深い裁縫士ギルドの機転とグリダニアに嫁いでいたシシル夫妻によって、ラベンダーベッドへと居を移していた。
今はシシル夫妻に支えられながら、両親はグリダニアで裁縫師ギルドの使者として交易を続けているのだと言う。

「いい加減、お義父さんたちにも顔を見せたらいいじゃない」

「うーん、やっぱりあのまま帰らず仕舞いなのも後ろめたくてさ」

「そうは言っても、もう隠し通せないくらいに貴方の名前は知れ渡っちゃってるんだから。もう少し落ち着いたら、ちゃんとお義父さんお母さんにも顔を見せてね」

照れくさそうに顔を掻くファニドレイを、アリゼーはなんとも言い難そうな表情で見つめていた。



―― QUEST COMPLETE! ――



――レヴナンツトール、石の家。

「……家族、か」

アリゼーは小さくそう呟く。

「救世の英雄の原動力は家族だった――か」

「綺麗事に纏めようとしてんじゃないわよ」

石の家のテーブルで遠い目をするグ・ラハを、アリゼーは爪先で小突いた。

「ま、あのお姉さんあってあの人アリ、って感じだったわね」

「――ただいま、あ、二人とも戻ってたんだ」

なにも知らないままのファニドレイが、鎧を鳴らしながら歩み寄る。

「あ、ファニドレイさんっ」

アリゼーたちが声をかけるより先に、タタルが駆け寄った。

「これ、フ・ラミンさんが忘れ物って届けてくれまっした!」

「ああ、義姉さんの手紙! そう言えば忘れてた!」

「……タタルぅ……」

アリゼーの視線から目を逸らし、何事もなかったかのようにタタルは手紙を手渡した。

「――もう少しお姉さんとゆっくりしてくれば良かったのに」

「いやぁ、もう散々ネタを絞られてきたからね……イシュガルドの時も、ドマとアラミゴの時も、下手に話したら機密が漏れちゃうから大変なんだよ……」

「……機密が漏れるのは大変よね……」

“双子の天才魔導師”の件など問いただしたいことは山々だったが、そこからうっかり自分たちの悪行に言及されることをアリゼーは恐れていた。

「ところで、二人はなんで――」

「あー、そう言えば、さっき何を慌てて出ていったのよ、すぐグリダニアに向かった訳じゃないでしょ?」

「ああ、それなんだけど――」

ファニドレイは道具袋から何かを取り出した。

「第一世界のフェオちゃんから、届け物があるからって呼び出されちゃったんだ」

「えっ、第一世界からとんぼ返りしてきたの!?」

「これ、リーンとガイアが焼いたコーヒークッキー。みんなでどうぞって」

そう言って、ファニドレイは机にどっさりとクッキーを広げた。

「サンクレッドどウリエンジェが居ないけど――早めに食べちゃわないと湿気っちゃうよね……?」

「……アンタはそういうトコよ、まったく……」

頭を抱えるアリゼーに、ファニドレイは小首を傾げた。



―了―


最終更新:2021年11月05日 01:10