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イフの花園:01

白亜の庭園にひとり、女が立っている。
漆黒の羽衣を纏い、それを風に遊ばせながら、その白い足は確かに大地に立っている。

女はこの白亜の世界で、唯一つのカオスであった。

彼女がひとつため息を漏らす度に庭園には春風がそよぎ、彼女の皮膚細胞のひとつが代謝する事に大地の花は枯れ幾つかの種を残していった。

この白亜の庭園は、全て彼女の代謝のデータを基に運営されていた。
彼女は自らの代謝データを漏らすことなく収録し、この白亜の庭園に反映することによって本当のカオスに成り立つかの研究を行っているのだ。
ソフトウェアこそすこし前に流行したオートヴァースをコアにしているが、彼女の理論を加えることでリアリズムに溢れた生態系を完成させていた。

「……タイムラインを30年後にスキップ、結果を表示」

彼女の言葉と共に、庭園はゆらりとした幻影に変わり、次に像を結んだ時には何一つ無い平坦な土地に変化していた。

「……だめ、か」

変化の値が大きすぎ、たったの30年で全ての植物が枯れ果て、動物も息絶えた。
変化の値が小さければ同じ結果を繰り返すだけで、カオス的な発展は何一つ得られなかった。

「操作をアンドゥ」

言葉と共に再び庭園がゆらぎ、元の通りに像を結んだ。

『警告、イリーガルアクセス、絶対危険度2%以下、防壁未作動』

領域のアクセス解析コンポジットが合成音声で何者かの侵入を告げた。

「いいわ、入れなさい」

彼女が振り向くと、そこには女性を象った漆黒のトルソーに似た構造体が浮かんでいた。

『私はセカンダリ=アドバンスド=インターネットサービス/SecAI管理運営局の代理構成体』

『利用規約第五条に抵触する可能性のあるユーザー【Nyx】への警告の為、管理局は該当する領域へ代理構成体を送信した』

些かぎこちないそのセリフは、全ての言語に於いて強制認識音声として知覚されるよう作られていた。

「ココは私が課金しているプライベート領域の筈よ、管理局に注意を受ける筋合いは無いわ」

ニュクスは、淡々と読み上げる代理構成体に対して言い放った。

『管理局はユーザーの研究に対し、秩序汚染の危険性を示唆している』

『これ以上の危険行為の継続はユーザー権の剥奪等、緊急措置に発展する可能性が非常に高い』

「御勝手に」

ニュクスは代理構成体に背を向けた。

『……セカイ上に混沌を作って、一体なんのメリットがあるの?』

代理構成体は突然、一般音声でそう問いかけた。

「出来てみなければ解らないわ」

ニュクスはそう言い切ると、再び代理構成体に向き返った。

「でもきっと、それは素敵なことよ」

代理構成体はしばしの沈黙の後、舞い散る花のごとく静かに崩れ去った。
それを見届けるとニュクスは、疲弊したようによろめき、背後に現れた安楽椅子にもたれかかる様に座り込んだ。



アタムラ=タケシの風貌はしがない「さらりまん」のそれであった。
肉付きの良い体格はしていたが、背はそれほど高くなく、顔も至って平凡な中年男性を絵に描いたような男だった。

市民全社員という都市型コングロマリットの一角で、彼は華やかさの欠片もない総務の仕事を望んで行っている。
とはいえ社員の給料の支払いから健康管理に至るまで全て自動化された企業内での彼の仕事はもっぱらたまに来るペーパーメディアに判を突く程度であり、後はデスクに座っているだけで必要最低限の衣食住は保証されていた。

アタムラにとって生活とは、生きるというルーチンそのもの以上の意味をもたなかった。
彼には婚約者もいないし、交友関係もほぼと言っていいほど無い。
そんな「さらりまん」は腐るほどいるが、アタムラの人生はそれを嘆いて高層ビルの屋上から自由な空へ羽ばたいてしまうほど退屈なものではなかったのだ。

彼は早めの昼食を終えると、デスク上のに立体映像に触れてSecAIアカウントの認証を行った。
アタムラの人生をそれなりに豊かにするもの。
それは他人から見たらずいぶんと変わった「趣味」であった。

>>enfield:やぁアターソン、元気かい?

【enfiled】は、アカウント名【atason】すなわちアタムラのAIコンシェルジュだ。
アタムラは自分のアカウント名も含めて気に入っていた古典小説の登場人物から引用した名前を好んだ。

>>enfield:掲示板群の書き込みから抽出・要約したレポートが 21件 あるよ

アタムラはAIが保存した記事をフォルダから取り出し、読み始めた。

ネットの裏で、まことしやかに囁かれる一つの噂。
アタムラが事務員として勤める大企業「ono」が、インプラント手術に伴う大規模な人体実験を行っているのではという、根も葉もない割にやたらと広まった噂の真相究明が、今のアタムラのトレンドだった。
もちろんその内容が真実ならアタムラは生活を奪われる恐れもあったが、彼はそんな明日のことよりも今の知的好奇心を満たすことだけを考えていた。

そもそも事の発端は、正規でない医療機関でのノイロンネットワーク接続クライアント端末インプラント手術の失敗による死亡事故が、ある期間中に急増したと言うニュースだった。
現在流通しているインプラントは全てono社の製品であり、その内のある商品……開発コードから「Andromeda」の愛称で呼ばれる製品に致命的な欠陥が指摘され、流通前に全商品が回収されたと「公式には」発表されているが、どうも非公式に安価なインプラント手術を行っている医療機関にこのAndromedaが流出しているらしいと噂されているのだ。
このAndromeda型インプラントは、着床後に不正な処理を行い脳神経に多大な負荷をかけるバグが認められている。
そのため投与後に自律神経系が破壊され、突然の呼吸困難と心停止状態からやがて死に至るという「アンドロメダ症候群」と呼ばれる事故が多発している呪われた商品である。

ところがネット上では「Andromeda」なるインプラントはそもそも存在せず、onoが開発中の新型インプラントを意図的に流出し、被験者をモニタリングしているのではとの噂がささやかれていた。
死亡したとされる患者は全て人体実験のためにonoに拉致されてしまったとか、廃人になってしまった被験者をonoが殺害しているとか、様々な憶測が世間に飛び交っている。

アタムラはAIが集めた記事を眺めながら、どこか子供めいた「ワクワク」に心ときめかせていた。

この事件の真相を暴きたい、と。

<to be continued...>
最終更新:2010年06月16日 02:29