アットウィキロゴ

ピグマリオン

兄ちゃんが好きだ。

そう思い始めたのは、中学に入ってすぐのことだ。
10も歳が離れた兄ちゃんは、今25歳のフリーター。
背は僕よりも高く、ご飯も僕の倍は食べる。
そのせいでむっちりして体格は良くはないけど、力持ちで優しい兄ちゃんだ。
口下手で寡黙だけど、そこがなんだか男らしく思う。
僕の歯車は、その兄ちゃんの男らしさが発端となって狂い始めたんだと思う。



始まりは兄ちゃんの夢を見た朝の夢精からだった。
自分自身は同性愛にそれ程嫌悪感のようなものは抱かなかったし、好きになってしまったものは仕方ないと思っていた。
しかし、いざその相手が兄ちゃんともなると、事は難しくなった。

兄ちゃんと手が繋ぎたくなった。
小さいころ繋いでくれた手の大きさを思い出したからだ。

兄ちゃんに抱きしめて貰いたくなった。
イジメられっ子だった昔はよく兄ちゃんの腕の中で慰めて貰えたからだ。

兄ちゃんに愛されたくなった。
気がつけば一緒に遊ぶこともなくなってしまったことに気づいたからだ。

でも、それが全部叶わないことだと、僕はわかっていた。



兄ちゃんは、僕とはまったく正反対で、兄ちゃんが持っているたくさんの「僕に無い要素」に憧れていたのかもしれない。
僕にとって「男」とは「兄ちゃん」であり、他のヒトなど考えられなかった。



バイトが繁忙期に入って兄ちゃんの帰りが遅くなった最近、兄ちゃんの部屋に忍び込むのが日課になった。
別に普段から出入りを禁じられてた訳じゃないけど、兄ちゃんが居ない間にもっと兄ちゃんのことを知りたくなって、日常的にいろんなものを探るようになった。

これじゃまるでストーカーだな。

そう内心思いながらも止めることはできなかった。

兄ちゃんは本当に性に疎かった。
そういったビデオや本すら部屋には無い。
携帯電話にはなんらかのオカズが入っているのかもしれないが、流石になにも無いとなると変に心配な気持ちになる。
それとももっと秀逸な隠し場所でもあるのだろうか。
兄ちゃんには悪いけど、僕はそう思えない。

兄ちゃんの枕に顔を埋めるのが好きだ。
この男臭さがたまらなく好きだ。

ああ、端から見たら完璧に変態だな。

そう思いながらも、やっぱり止めることはできなかった。

「ただいま」

兄ちゃんが帰ってきた。
いつもなら撤退して普段通りに振る舞っていたところなのだが。

「ん」

その日は兄ちゃんのベッドでそのまま狸寝入りしたまま動かなかった。
内心どこかで叱られたい気持ちがあったのかもしれない。

むしろ構ってほしかった。

兄ちゃんを困らせたかった。

あわよくば一緒に寝てほしかった。

その気持ちの現れとして、僕はわざとベッドの奥に身を横たえていた。

「おい……」

兄ちゃんは戸惑ったように僕の肩を揺すってみたりしたが、僕は頑なにそこを動かなかった。

「んー……」

しばらくすると兄ちゃんは諦めたかのように服を脱ぐと、電気を消し、下着姿のままベッドに潜り込んだ。

……ほんとに?

期待に胸踊る僕の「うずうず」は、どうやら兄ちゃんに伝わってしまったらしい。

「お前、起きてるだろ」

「……バレた?」

「……ったく、兄ちゃん疲れてんだぞ」

そう言って兄ちゃんは僕に背を向けた。

「ごめんね」

「ん」

僕は兄ちゃんの大きな背中に額を着けながらそう呟いた。

一緒に寝たかったけど、もうちょっとかまって欲しい。
そんな思いが渦巻く中、僕は兄ちゃんの肩に手を触れた。

「なんだよ」

兄ちゃんは少し嫌そうに肩を回して僕の手を振り払った。

「どうした? お前、なんか今日、変だぞ」

「……うん」

自分でもそう思う。

「なんかあったのか……? 学校で」

「……そんなとこ」

嘘。

「……そうか」

兄ちゃんはそう呟いて、僕の方に向きかえった。
僕は縋る様に、兄ちゃんの丸いラインを描く胸に頬を寄せた。

あれ、兄ちゃんの胸板、こんな堅かったっけ。

「汗くさいぞ」

「ううん、へいき」

むしろ兄ちゃんの臭いが好きだから、僕はそれで構わなかった。

「……腕枕、してやろうか」

「えっ……うん」

耳を疑った。

そんなこと、してくれる訳がない。

「ほら、早く頭上げろよ」

ほんとだった。

「……ありが、と」

僕は兄ちゃんの声に甘んじて、太い腕に体を預けた。

「兄ちゃん、こんなに筋肉あったっけ」

「肉体労働してるからな」

「そっか……」

「……」

無言。

それからも会話が続くことはなく、兄ちゃんも寝息を立て始めた。

嫌だ。
せっかく兄ちゃんがこんなにもそばにいるのに。

もっと構ってくれなきゃ、嫌だ。

「ねぇ……」

「……ん」

「なんで今日、そんなに優しいの……?」

本当は話題などなんでもよかった。
兄ちゃんの優しい声が聞きたかったからだ。
でも僕の口から自然とこぼれ出たのは、僕の心に浮かぶ最大の疑問だった。

「なんでって、いけないかよ」

「……いけなくないけど」

「こうしてほしかったんだろ?」

「……うん」

答えになってない。
でも深く詮索すると、僕の気持ちを悟られてしまいそうで、怖くて止めた。

思春期の弟に愛してると言われて、うれしいと思う兄はこの世にいないだろう。
大抵は気持ち悪いと思うか、口にしなくても不快感は示すに違いない。

兄ちゃんに嫌われるのは、怖い。

嫌われるのが怖いならやらなけりゃいいのにと自分でも思う。
でもやめられなかった。
兄ちゃんが好きだから。

「……なぁ」

「ん?」

「お前、俺のこと好きだろ」

一瞬、呼吸が止まったかと思った。

「まぁ、うん、いい兄ちゃんだと思うよ」

「そうじゃなくて」

今度は心臓が止まるかと思った。

「ど、どうじゃなくて?」

「俺のこと、好きなんだろ?」

ああ、たぶん僕、今死んだと思う。

「……そ、それって、恋愛対象としてみてるかどうか、ってこと?」

「ああ」

「そんなわけ、ないじゃん……きょうだいなのに」

「嘘つくなよ」

だめだ、もう僕は爆発する。

「……勃ってんの、当たってんだよ」

もう言い逃れはできなかった。
なんという誤算だったことか。
どう言い訳しても隠し切れない、オトコノコの生理的現象。
さっきまで優しかった兄ちゃんの腕の中が、まるで断頭台の固定具のように思えた。

「……ごめん」

「なんで謝るんだよ」

「だって、オトコに、好きだって、言われたんだよ……?」

「それも弟にな」

「……」

「ちくしょう、そんな事言われたら、俺、おかしくなっちゃうぞ……」

兄ちゃんの太い腕が僕の首を絞めていく。
目の前が真っ暗だった。
もうおしまいだ。
仕舞いにはもう、口で呼吸もできなかった。



あれ?



「兄ちゃんのファーストキス、弟にやっちまった」



なんか、へんだ。



「なんだよ、イヤだったのかよ」

「い、いやじゃ、ない」

「んだよ、もっとしてほしいのか……?」

……え?

「兄ちゃん溜まってんだぞ……もう知らないからな……」

兄ちゃんはその大きな手で僕の目をふさぐと、唇に舌をねじ込んできた。

「……ん、ぐぅ」

もう片方の兄ちゃんの手が、僕のシャツの中に滑り込んできた。

「ふぅ、う」

声が出せない。
むしろ抑えなければいけない。
父さんや母さんに聞かれたら大事だ。

「んぁ」

兄ちゃんの唇が離れる。
唾液が糸を引く様すらエロいと感じてしまう。

「……こうして、ほしかったんだろ?」

兄ちゃんの、タコだらけでザラザラの指が乳首からわき腹の敏感な部分まで滑っていく。

「あ、うぅ……やぁ……ッ」

その太い指がそのままパンツの中まで潜り込む。

「ひぅ、ッ、だめ……ッ」

「ん? やめるか?」

「あ、はぁ、にいちゃん……ほんとに、すきに、なっちゃうよう……ッ」

「なんだよ……本当は好きじゃなかったのか……?」

「はぅッ、や……意地悪しないで……ッ」

僕は快感に耐えながら兄ちゃんの太い首にしがみ付くしかなかった。

「ほら……もうガマンできないんだろ……?」

兄ちゃんは乱暴に、僕のパンツをズボンごとひき下ろした。

「はぅ……見ないで……ッ」

「兄ちゃんもガマンできねぇんだよ……」

そう言って兄ちゃんは布団の中に潜り込むと、僕のパンパンになったものに舌を這わせた。

「……ッ!!」

足先から脳天まで、快感が突き上げる。

「……ガマンできねぇ、ごめんな」

兄ちゃんは僕に馬乗りになると、汗臭いシャツを乱暴に脱いで僕の口に押し付けた。
兄ちゃんの臭いが、鼻腔の奥まで突き抜けてくる。
大きな体を揺らしながら、兄ちゃんは器用に自分のパンツを摺り降ろした。
いきり立つ兄ちゃんのそれは、成熟した大人の象徴として十分なほど大きく重たそうに思えた。

「ッ……がぁあっ……」

ゆっくりと、兄ちゃんはその棍棒のようなものを僕の股間に押し付けた。

「……ッ!!」

気持ちいいとかそういうこと以前に、兄ちゃんの男の象徴が僕に押し付けられているという事実が何よりうれしかった。

「ん……あぁ……がぁあ……」

獣のような唸りを上げながら、兄ちゃんはゆっくりしたリズムで腰を動かし始めた。
唾液で濡れていたせいか、それとも互いからあふれ出た粘液のせいか、二人のものが擦れあう度にグチュグチュと音が上がった。
僕も声を上げたかったが、シャツが邪魔して声にもならなかった。

「あがぁ……すっげぇイイぞ……」

耳元で囁く兄ちゃんの声は優しかったが、その真剣なまなざしはいつもの兄ちゃんのものではなかった。
そう。
いま僕の上にいるのは、兄ちゃんではなく一人の餓えたオトコなのだ。

「ああ……好きか……? 俺のことがそんなに好きか……?」

そう囁きながら、兄ちゃんはさらに僕の体を貪り続ける。
もう自分が気持ちいいかとか、そんなことはどうでも良かった。
あんなに憧れ続けた「男の兄ちゃん」が、僕のことをこんなにも愛してくれる。
そう思った瞬間に、僕の体から精液があふれ出した。

「おお……すっげぇ……やべぇ……」

兄ちゃんはそのまま、生臭い精液を潤滑油代わりに腰を振り続けた。
汗の臭い、精液の臭い、兄ちゃんの荒い吐息。
空間そのものが雄雄しいと感じた。

「あがぁ……で、出るッ……でる、うッ!!」

まるで破裂するかのように、兄ちゃんの精液は股間から顔まで吹き上げてきた。
兄ちゃんはしばらく放心すると、額までかかった自分の精液を舐め取り、そのまま僕に口づけた。
そのとき、僕はすでに二回目の射精を終えていることに気づいた。



そんな夢のような出来事も、すでに思い出になりつつある。

兄ちゃんとの関係は、その後もきょうだい同士から変わることもなく、あの夜のようなこともそれっきり起きなかった。
それも、それから一ヶ月もしないうちに兄ちゃんは都心で見事就職を勝ち取り、家を出て行ってしまったからなのだが。

兄ちゃんとはより疎遠になった。
メールも電話も、返事がくることはほとんどなかった。

結局、兄ちゃんは僕のことが好きだったのだろうか。

ただ、一日の情事にすぎなかったのだろうか。

本当は僕のことを嫌いになってしまったんじゃないだろうか。

今思えば、僕は、社会的に独立している兄ちゃんになにもしてあげることなどできないのだ。
僕はただひたすら、兄ちゃんに甘えてその愛を甘受するだけの存在にすぎなかったのだ。
そんな独りよがりの片思いにつきあわされて、兄ちゃんが幸せになれるわけがない。

でも僕は、それでも兄ちゃんが好きでたまらない。

僕が愛した兄ちゃんは、ほんとうに兄ちゃんだったのだろうか。
彫像を愛したピグマリオンの如く、僕が本当に愛していたのは、兄ちゃんを通して見た理想の兄ちゃん像でしかなかったんじゃないだろうか。

それを確かめる術すら、僕にはない。

兄ちゃんは優しすぎたのだ。
あのとき、僕を突き放してさえくれたならば。

いまごろ兄ちゃんは、どこか遠い都会の街で、誰とも知らない女か男と、あの夜のように熱い日々を送っているに違いない。

それが、ひどく、くやしい。

もう一度迫ったならば、僕の方へ向き直ってくれるだろうか。

嫌われてしまうのが怖い僕は、あれから三年経った今も、兄ちゃんへの気持ちを胸の奥にしまっている。



-END-
最終更新:2010年01月11日 00:42