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イフの花園:04

“自分はネット上に構築された擬似存在で、物理的には存在しないのではないか”

SecAIユーザーの3割以上が一度はそう考える。

確かに擬似体験プログラムはよりリアルな感覚を帯びてきたし、まるで友達と話しているかの様に自在に言葉を操るAIも出来てはいる。
だが一般的には皆それを杞憂だと言うし、そんな不安を解消すべくあらゆるバイタルサインから“あなたは人間です”と証明してくれるフリーウェアまでもが配布されている。
しかしそこまでしても人は自身の存在に不安を覚える。

そもそも、自身の存在の証明などと言うのは、たとえどれだけ技術が進んでも不可能なのではないか。
だとしたら人間の定義とは?
“我思う故に我在り”とユングが声高らかに叫んだとしても、人類は未だ、そこに魂があるという盲信だけで自身を定義しているのだ。

アタムラもそう悩んだ時期があった。
それはSecAIの根幹に携わる前職の影響によるもので、彼は深刻なノイローゼを患っていた。
24時間体制の監視下で休暇をとり、彼は3日間の演出された自由を楽しんだ。
その次の日には彼は退職届を提出し“SecAI機能の一部の喪失”を条件に、彼は前職を辞めてしまった。

だがそれは同時に、悟りを開いた仏陀の如きカタルシスを彼にもたらす結果になった訳だが。

彼は今、SecAIの全覚没入を禁じられている。
アタムラがアクセスを許されている領域というのはそれこそ前時代のインターネットそのものと言うべき情報までしかなく、それはSecAI全体から見ても凡そ塵に等しい情報量でしかない。

だが膨大すぎる擬似感覚が元で一時精神を病んでしまった彼には、かえってその方が良かったのかもしれない。

毎度のごとく彼は軽めの昼食を終えると、デスク上の立体映像に手を触れた。
今現在、SecAIの優れた疑似体験能力によって間接的な入出力装置……所謂モニターだとかキーボードといったものは全て脳の視聴下部に全て投影されている。
流石にSecAIへの全覚没入を禁じられているとは言え、社会活動に支障が出ない範囲でアタムラはこういった機能を利用することは出来た。
とはいえ、本来ならば美麗な立体映像が浮かびあがる筈の街中の看板などは、彼にはただの白い板としか知覚できないのであるが。

>>enfield:やぁアターソン、元気かい?

アクティブになったエンフィールドは定型文でアタムラに挨拶した。
全覚没入できないアタムラは必然的に情報弱者となる。
彼が得られない情報のほとんどは一般生活する上でそれほど必要ではないものなのではあるが、彼のもつ“趣味”の上でそれは大きな痛手だった。

エンフィールドの本体は“趣味”の為にアタムラが組み上げた情報収集ボットだ。
SecAIのバックヤードの隙間に潜むエンフィールドは、保安AIを装ってあらゆる場所からアタムラが入力した事柄に関連した情報を片っ端から収集する。
持ち帰った情報は重複したり明らかに古いものを削って要約され、アタムラの下にレポートとして届けられる。
言わば非常に優秀な検索エンジンだ。

肝心の“趣味”であるが、アタムラの捜査はすでに行き詰まっていた。
結局のところアングラなネット内での論争も徐々に収束し始めていき、

「例えば、被験者を死亡したように(不正処理により関連人物の脳へその様な擬似記憶を与えて)見せかけ、拉致することは不可能ではないわけだが、はたして企業側にメリットは存在するのだろうか」

という結論からあくまでも都市伝説であるとの見解で纏まってしまったのだ。
あとは陰謀論の狂信者たちがその回答にひたすら否と叫び続けているだけで、事態は何一つ進歩していない。

>>enfield:今日のレポート数は 0件
>>enfield:警告、イリーガルアクセス、予想危険度100、各種防壁展開中

「んっ」

エンフィールドが突然悲鳴を上げた。
外部からの不正アクセスだ。
アタムラはこの時、バックヤードに潜むエンフィールドの本体が保安AIに関知され、管理局がアドレスを逆探知、アタムラの個人所有サーバへハッキングを仕掛けてきたのだと即座に判断した。

「エンフィールド、状況を報告」

>>enfield:防壁第3層まで貫通、第4層攻性防壁機能障害、第6層到達まで予測時間30秒

「くそっ、なんて奴だ」

アタムラは未知の敵からの攻撃に、立体映像のキーボードにあらゆるコードを打ち込んで応戦する。
敵の探知を別サーバにある防壁迷路に誘い込み、各種ウィルスを仕掛けて返り討ちにする。
今となっては天然記念物と言うべき電脳戦の基本中の基本だったのだが。

>>enfield:防壁第5層突破、武装アレイ破損

「なんだ、AIにしても速すぎる!!」

すでに頑丈な6重の防壁の内、5層目までが敵に制圧され、各種ウィルスも封じられた。
エンフィールド本体は、ほぼ敵に無防備なその姿をさらけ出しているに等しかった。

>>enfield:すまないアターソン、有用な情報は無かったよ

エンフィールドが突如緊急対応モードから通常モードに移行する。
次の瞬間、エンフィールドが吐き出した各種レポートの文字列が破裂するように砕け散った。

「なっ……」

バラバラになった文字列は次第に意志があるかのようにフラフラと集まりだし、
次第に細い紐のような形態に落ち着くと、アタムラのデスクの上でくるりと環を描いた。

「……」

アタムラはそれをただ呆然と見つめていた。

一体何が起きたのか。

アタムラが施した防壁はそんな柔なものではなかったはずだ。
だが敵はそれを僅か1分足らずで攻略し、まんまとエンフィールドに到達したのだ。
エンフィールドの物理サーバはアタムラ個人の所有物であり、攻撃の対象は本社ではない。

一体なぜ?

「……っ!?」

デスクに浮かぶ文字列の環から、幾つかの文字が剥がれ落ち、再びフラフラと宙を舞うと、それらは環の中央に集まり別の文字列を作り上げた。

“GoOD ByE mr.seek”

「……」

アタムラは開いた口が閉じなかった。
この敵は、明らかに自分を誘っている。

何の為に?

アタムラが異変に気づいたのは、その約2分後のことだった。
彼がかき集めたアンドロメダ症候群関連の資料が、何の痕跡もなく跡形もなく消え去っていたのだ。

「……ミスターハイドを探せ、ってか」

アタムラは何故か、数年振りに意識が高揚し、脳がアドレナリンを分泌しているのを確かに、間接的ながら感じていた。そして、臨戦体制のアタムラの脳は、テーブルに浮かぶ“敵”からのメッセージに隠された“署名”を確かに捉えていた。
回転する文字列の環に埋もれた、唯一判読可能な二つの単語……それは

“jOhNny”“ANgel”

<to be continued...>
最終更新:2010年06月16日 02:30