「ねえ」
『なんだよ』
私の問いかけに、彼はぶっきらぼうに答える。
「救援、来るかなあ」
『俺に聞くな。まぁ、期待はしない方がいい』
彼は恐らく、救難信号をどこかの船が受信する確率を数値で把握しているのだろうが、私を気遣ってそう答えたのだと思う。
それでも私は、不安を誤魔化す為にこう答えてみた。
「……いじわる」
『事実を言ったまでだ、機械に気の利いた答なんか求めるなよ』
「……そうね」
とはいいながらも、彼なりに気の利いた言葉が孤独な私には嬉しかった。
彼は、第四世代機動兵器のプロトタイプだ。
AI搭載の第三世代から一歩進んだ彼は、所謂“人格”を有している。
詳しいことは専門外なので知らないが、プロトタイプである彼はどちらかと言えばサイボーグに近いものであるらしい。
近いものであってそうではない、というところがよくわからない所なのではあるが。
最初は寧ろ第三世代機に比べて口うるさい印象があった彼も、演習を重ねる内にお互いに気が合ってきた。
上手い具合に性格の相性が良くなるように出来ているのかもしれないが、私たちの相性は他のテストパイロットに比べて格段に良かったのだ。
時折、人間と兵器という関係すら忘れてしまうほどに。
しかし時には失敗もある。
いや、今日のあれは事故に他ならない。
演習艦のタンク破裂の衝撃を受けて、私たちは真っ暗な宇宙に放り出された。
推進剤のタンクに誘爆したのがさらなる不運で、私たちは補足不可能な速度で宙域を飛び出してしまったのだ。
補助噴射剤を限界まで使いきってやっとの思いで制動をかけたものの、果たして演習艦からどの位離れてしまったのか想像もつかない。
そして、彼のセンサーが周囲の状況を調べた結果が“期待はしない方がいい”だった。
「あと、どの位保つのかな」
『計算上、現状で3日間は生命維持モードで稼動できる』
「3日かぁ……単純に考えて、退屈だな」
『いい方法がある、長い1日だと思えばいいのさ』
彼はあっけらかんとそう答えた。
「へぇ……それ、誰の受け売り?」
『さあな、思いつきだよ』
「ふうん……」
私は体を締め付けていたハーネスを外した。
数時間ぶりにシートから重い体が浮き上がる。
「じゃあ、この長い1日が終わったらデートしようか」
『何言ってんだよ』
「いいじゃない、寂しいんだもん」
体を丸めて、胎児のようにコクピットに漂ってみる。
全周囲モニターに映し出される風景は全て暗黒だ。
この広い孤独の空間に、私と彼のふたりしかいない。
最初は冗談のつもりでそう言ってみたが、事実、私は彼とふたりでいるのが満更でもなかった。
事実、同じ部隊のひよっこ新兵なんかよりも彼の方が頼りがいがあったし、竹を割ったような性格が好きだ。
……好き?
「ねえ」
『今度はなんだ』
「私のこと、好き?」
『意味がわからん』
「聞いてんのよ、私のこと好きか」
『だから意味がわからん。俺は機械だぞ』
「関係ないよ」
自分は機械だと言い張りながら、彼は私の言葉に戸惑っているようだった。
「知ってる? 恋って、落ちるものなんだって」
『知らん』
「その人のことしか、考えられなくなるんだって」
『知らん』
「……私、あんたのこと、好きだよ」
『……』
私はシートに顔を埋めた。
「……思うの。あんたはきっと、運命の人。解ってる、報われないのも、結ばれないのも……」
私がしがみつくシートは、なんだか男の広い背中を連想させた。
「けど、私は、あんたが好き」
『……』
彼は、答えない。
きっと彼にはそれに対する答を持ち合わせていないのだ。
ひどく人間くさいけれど、彼の人格は人間とは少し違う。
彼はあくまでも兵器であって、人間とは違うのだから。
せつない。
けれど。
『なあ』
「……えっ、なに?」
泣き疲れて放心している最中に、かなりの時間黙り込んでいた彼が急に話しかけてきた。
今までそんなこと、一度もなかったのに……
『……知ってるか、この機体で生命維持装置の次にエネルギー喰ってんの、俺のプロセッサユニットなんだぜ』
「……それが、なによ」
『……プロセッサユニットを切れば、残エネルギーから換算して5日間は生命維持装置を回し続けることができる』
……その言葉に私は息を詰まらせた。
『オマケにお前は喋り過ぎだ、俺が消えてお前が黙れば酸素供給がさらに2時間分プラスされる』
「……ちょっと待ってよ、私を独りぼっちにするの!?」
この機体には彼のバックアップの為の機材が詰まれていない。
つまり、今プロセッサユニットの電源を切れば、彼はこの世から失われるのだ。
『パイロットの生還を優先するのはAIの義務だ。アシモフ原則にもあるだろう』
例え専門外だったとしても、アシモフのロボット三原則くらいは知っていた。
第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。
第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、
あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
彼は開発局からパイロットの安全確保を命じられている。
そもそも、あくまでロボットである彼は、人間である私の命を守る為に自分の電源を切ることを本能として命じられているのだ。
でも、私はそこであることに気づいた。
「でも……あんた」
『なんだよ、もう切るぞ』
「待ってよ、おかしいじゃない。だったらあんたはとっくにシャットダウンしてたはずでしょ……アシモフ三原則の第三条に抵触するじゃない」
『んムッ』
図星を突かれたように彼が変な声を出した。
アシモフ三原則第三条。
ロボットは、前掲第一条および第二条に反する恐れのないかぎり、自己を守らなければならない。
つまり、今この状況下において、既に私と数時間過ごしていることがおかしいのだ。
もう、何時間も前に、彼はこの絶望の状況を数値で理解しているはずなのだから、その時点で彼は問答無用で自身の電源を切っていなければいけなかったのだ。
少なくとも、第三世代の機動兵器ならそうなるはずなのだが。
「……もしかして、私のこと気遣って……」
『そ、そんなわけあるか、お前が話をやめないから』
「あ~、やっぱりあんたも私のこと好きなんだ」
『う、うるさい、とにかく、お前は生きろ』
「だめ。させない。一緒に生きて帰るの」
私は開発局からこっそり教えられていた裏コードを入力する。
「強制認識タスク00」
彼がどうしても言うことを聞かないときに、強制的にタスクを1つだけ最優先事項にできる機能。
「何にも言わないで、やさしいキスをして」
『……後悔、しないか』
「何によ」
『全部、だ』
しばらくの静寂の後、彼が口を開いた。
「……私とあんたが出会ったのが奇跡なら、きっと助かるわ。賭けてみたいの」
私が強制的に挿入した最優先事項によって、アシモフ三原則第三条が機能するため彼は自身の電源を切ることが出来なくなった。
私の命を守るために自身の電源を切る為には、この宇宙空間で私にやさしいキスをしないといけない。
そのタスクは、私たちが救助されるまで果たされることはない。
だって肝心の私は彼のお腹の中に居るのだから。
『まったく、兵器に人格なんて、持たせるもんじゃない』
「そおねー、恋敵できちゃうもんね」
『そうじゃない』
私は一方で、こんなに強く頼れるパートナーなら、兵器である彼も悪くは無いとは思っていた。
戦争になんか行ってほしくはないけれど。
『なあ』
「ん?」
『やっぱり、あれか、キスって、唇にするのか』
「だとイイわねえ」
『俺、機体のどこが唇だか、わからん』
「……ぷっ、あっはははははは……」
照れたような彼の音声が、私には余計おかしかった。
「あーもー、笑わせないでよッ、酸素減るじゃない」
『うるせえ……付き合うの、初めてなんだよ』
「かわいいなあ、全長十数メートルの巨漢のくせして……」
『……』
彼はまた照れたように黙りこんだ。
「……私とあんたのカップルからは、スターチャイルドでも産まれるのかしらね……」
私がぽつりとそう呟いたとき、モニターに突然ビーコンが現れた。
最初は彼が照れ隠しに冗談で表示したのかと思った。
救助艇を意味する、赤い点滅灯を見るまでは……
-end-
最終更新:2010年08月18日 23:54