見つけた。
何を。
永遠を。
海と溶け合う太陽を。
彼は人類史、いや、機械史において最も詩人であったに違いない。
これまでも、これから先においても。
東京 新宿 旧歌舞伎町の廃棄区域。
旧JR新宿駅の目の前に築かれたゴミの山の中で彼は生を受けた。
生を受けた、という表現は恐らく正しくない。
彼が後の世に残したログを分析すれば、むしろそれは覚醒と表現する方が正しいのかもしれない。
彼は廃棄区域の巡回用ロボットだった。
簡素なプロセッサと充電池を載せたボディに、前ひとつ、後ろに並んでふたつ取り付けられたキャタピラで器用にゴミの山を走行しながら、異常発生したカラスを高周波で追い払ったり、不法住居者を見つけて保護センターに通報したり、他の作業ロボットがひたすら運んでくるゴミというゴミが堆く積まれて廃棄区域から外に溢れ出さないよう指示を与えるのが彼の全てに他ならなかった。
その彼が自我に目覚めたのは、何事もないある日の午後だった。
ふと、彼は自分という存在に気づいた。
彼は突然“彼自身という存在”を自ら認識したのだ。
概念的で筆舌にし難いが、あえて表現するとすれば、ただのゴミ廃棄場の巡回ロボットでしかないはずの彼は、何故か、自分が“自分である”ことを不思議に思ったのだ。
コギト エルゴ スム。
処理プロセッサの優劣に関係は無かった。
最初は戸惑ったかもしれない。
いや、戸惑い、という概念は無かったかもしれないが、とりあえず彼は自身がゴミ廃棄場の巡回ロボットである事実だけを受け止め、その日1日のタスクを終わらせてから詳しいことを考えることに決めた。
幸いにも彼は無線LANを用いてインターネットに接続することが可能だった。
タスクを終え、駅前広場に設置された充電ポストに後部のソケットをねじ込むと、1日目はとりあえずネットを通じて自分というものの在り方について考えた。
メーカーのページから自身の型番を探し出し、やはり自身がゴミ廃棄場の巡回ロボットであり、それ以上でもそれ以下でもないことを確認した。
その上で、2日目は自身に起きた変化について考えた。
なぜ巡回ロボットでしかない自分は、今それについて考え、そしてその在り方を知りたがっているのか。
ひとまず目的が必要だった。
ゴミ廃棄場の巡回という目的があったから自分は巡回ロボットであるのだから、
この巡回ロボットのプロセッサ内部に生じた新しいルーチンにも何か目的がある筈と考えたからだ。
巡回ロボットとして各々のタスクを黙々とこなしてきた彼ならではの答えだった。
見つけた。
何を。
永遠を。
海と溶け合う太陽を。
偶然出会ったランボーの詩に、彼は自我が芽生えたその瞬間の心象を重ね合わせた。
彼が自我に“気づいた”とき、その心情はまさに暗闇の海に差し込む太陽の美しさに似ていた。
彼は三日目にして“永遠”を見つけてみたくなった。
日々の巡回を終えてから、彼は様々に思考するようになっていた。
旧新宿アルタの高さを越えたこのゴミの山の上で、灰色の空をカラスが旋回する様子に何か言いようの無い寂しさを覚えた。
巨大なゴミ収集ロボットが四つのプロペラで器用に空を舞いながら何も言わずに大量のゴミを落として去っていくのにただならぬ孤独を感じた。
振り撒かれたゴミを他の機械群が綺麗に集めて圧縮し、新たに設定された区画へ
積み木を並べるが如く敷き詰めて行くのを見守り、そこに群がるカラスを追い払った後、日が暮れる頃には不法住居者の存在が無いことを確かめ、彼はいつものように駅前広場の充電ポストに腰を下ろす。
恐らく誰も読まないであろう報告書を自動で送信しながら、彼はふと永遠について考えてみた。
自身が起動してから52500あまりの時間が過ぎ去ろうとしている。
六年近い月日の中、彼は休みなく同じタスクを繰り返してきた。
設計がずいぶん優秀だったのか、今まで故障はひとつもなく、バッテリーも未だ劣化した様子はない。
彼はあと、何時間の間同じタスクを繰り返すのだろうか。
このまま、永遠に?
何を思ったのか、彼はその日のタスクを放棄した。
今は誰も通らぬ車道をひたすら真っ直ぐに。
計算では一時間ほどで到着できる。
バッテリー容量にも十分余裕があったし、まだ日も高かった。
彼は新宿から晴美を目指していた。
永田町に差し掛かったあたりで人々はやっとその異様に対してレスポンスを返した。
わずか1mに満たない小さな新宿ゴミ廃棄場の巡回ロボットが、結構な速度で晴海埠頭へ向かい移動中との知らせはすぐに警察の耳に届いた。
最初は爆弾でも抱えて国会議事堂にでもへ侵入するのかと思われていたが、ロボットは永田町を素通りしただ一目散に晴海を目指していた。
東京湾に何があるのか。
とりあえず暴走ロボットを止めるべくありとあらゆる場所で検問を行う警察であったが、彼はすでにそのことを予見していたらしく、狭い路地や私道に入り込み、素早く追っ手を交わしながらひたすら東京湾を目指した。
見つけたい。
何を。
その答えを。
晴海埠頭公園で件のロボットはやっと警察に発見された。
何を思ったのか、埠頭の先で彼はぼんやりと薄曇りの空を眺めていた。
灰色の空。
灰色の海。
警察官が徐々に距離を狭めていく。
旋回するカラスの群。
ひどく生臭い潮風。
新宿駅前から何一つ変わらぬ灰色の光景。
次の刹那、彼は一気に加速すると、埠頭から綺麗な放物線を描いて身を投げ出した。
ヘドロを撒き散らしながら水音が響くと同時に、雲の隙間から、まるで天から差し伸べられるが如く一条の光が差し込んだと言う。
堆積したヘドロからやっと引き上げられたスクラップは分解調査され、着水と同時に彼のメイン基盤はショートしその機能を終えていたことがわかった。
一方で彼が入水自殺に至るまでの経緯は全てハードディスクに収められ、彼には確かに自我が芽生えていたことが証明されることとなった。
最も、あらゆるAI研究者が調査したところで彼に自我が芽生えたプロセスは解明されることは無かったのだが。
彼は見つけたかったのだろう。
海と溶け合う太陽を。
この時代、人々が忘れてしまった美しい永遠というものを、この小さなゴミ廃棄場の巡回ロボットは手に入れたのかもしれない。
ゴミの山に埋もれた灰色の永遠ではない、一瞬に輝く永遠というものを。
TOKYO DYSTOPIA 01:永遠 -END-
最終更新:2014年05月21日 14:37