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TOKYO DYSTOPIA 03:-結婚指輪-

婚約を交わす随分前から、私は彼女がある身体の問題を抱えてることを理解していた。
経済と共に進んでいく環境の悪化に伴って、今や健康な人間の方が少なくなってしまった以上、別に大きな問題とは思ってすらいなかった。
結婚を控え、彼女が二人の行く先に嘆くようになるまでは。

彼女は、子供が産めない身体になっていたのだ。



「当たってたよ」

仕事が終わり帰宅した私に、彼女は満面の笑みを浮かべて一枚の葉書を見せた。
数ヶ月前にある研究所が打ち出した“とある実験”のモニターに、私たちが選ばれたと言うのだ。

「有休、とれるよね」

彼女はまるで翌日の旅行を楽しみにする子供のように、屈託のない笑みを浮かべていた。
この時期に有休を取るのは流石に会社もいい顔はしないだろうが、事情が事情ならわかってはくれるだろう。
私はその日の内に必要な書類を纏めてしまうと、申請受理の自動メールが届くのを待った。



モニターの抽選は相当の倍率になっていたそうだが、やはりあらゆる想定下でのデータを必要とする以上、彼女のような身体状況の女性が母親になりたいとする需要もある程度は汲まれたようだ。
不妊治療の画期的な解決策となるこの実験は、まさに神様が我々に与えてくれたチャンスとなるだろう。



それはクローニング技術の応用だった。
研究所から送られてきたパンフレットには、そのプロセスが非常にわかりやすく噛み砕かれて書かれていた。

まず、人間が行う有性生殖というのは、ふたつの生殖細胞の接合によって両者の遺伝子が組み替えられ、新たな遺伝子の組み合わせを持つ個体が生じるといったものだ。
本来人間の体内では、精子と卵子という2つの生殖細胞を作り出しこの有性生殖を行うのだが、彼女は卵巣はおろか子宮すらも病気によって摘出してしまったために、卵子を生み育てることが出来ない。

今回の実験では、生殖とは全く無関係の細胞にある二人の遺伝子を半分に引き裂いて無理やり配偶子を作り出し、その二つを結合させて受精卵を作り出すという内容だった。

最もより複雑なプロセスが存在するのであろうが、パンフレットには単純にそのように書かれていた。
事実、ある生物の細胞核を人工卵子に移植し一個体として成長させる技術は既に商用技術として完成されているし、二人の子供は間違いなく生を受けることだろう。

愛する彼女と、未だ見ぬ我が子との生活をどれほど夢見たことか。来るかも解らぬ未来のために、生まれるかも解らぬ我が子の養育費まで積み立ててきた苦労が、やっと報われるのだ。



国際展示場駅で待つ私たちを迎えに来たのは物々しい走行車両だった。

「物騒な世の中ですから」

係員はそう言って微笑んだ。
なるほど、研究所に近づくにつれて、プラカードを掲げた抗議団体が人だかりを作っていた。
退屈な日々に飽き飽きした人々が、メディアに踊らされて見よう見真似の抗議活動を行うのは今では何処でも見られる光景だった。



「赤ちゃん、ほしいな」

いつしか彼女の口癖になっていた。
まるで我が子のように枕を抱きながら、彼女はいつも夢見がちな瞳で遠くを見つめていた。

「二人でも幸せじゃないか」

私がそう言うと

「だって、やっぱり好きな人の子供は欲しいじゃない」

と、いつも彼女は暖かな笑みを浮かべて答えた。

優しげな笑みに、私は女性の強さを見た。
子供を産み、育てるというのがどれほど大変なことか。
それでも彼女は優しそうに笑みを浮かべられるのだ。
私はそのとき、彼女に母親の強さを見た。



デモ団体を押しのけて、装甲車両は研究施設へと入っていった。
途中何度か何かをぶつけられたような音がしたが、お構いなしに車両はゲートの奥へと進んでいった。

「大変お待たせ致しました」

装甲車両の扉が開け放たれると、美術館のような静かで美しいエントランスが見えた。

「中のホールでご説明がありますので」

係員は屈託のない笑顔で会釈した。



おおよそパンフレットをなぞる形で簡単な説明の後、各カップル毎に採血の時間を待った。
途中彼女が自分の身体の事をスタッフに話そうとしたが、全ての医療記録は既に
モニター選定の時点で確認していると言われ、その後は特別なにも聞かれなかった。

「ねぇ、あれ」

彼女が視線を送る先に、不安気な表情で順番を待つ一組のカップルがあった。
お互いに寄り添い合い、気持ちを宥め合うその姿は他のカップルと大差なかった。
彼らが見るからに同性愛者のカップルであること以外は。

「さっき先生も言ってたろう、二人の遺伝子から新しい遺伝子を作るんだって……それなら、彼らだって子供が作れるんじゃないかな」

「そっか……でもなんか、気持ち悪い」

彼女は小さく呟くと、彼らと目を合わせぬよう即座に目配せした。

見れば周りには訳のありそうなカップルばかりが並んでいた。

彼らのような同性カップルは他に見あたらなかったが、それほど問題の無さそうなカップルの他にも老人やなんらかの遺伝的疾患を持つらしき人など、年齢もバラバラの人々がこの天国の神殿のような場所に集っていた。
別に何の神も崇拝などしていないが、まるで救世主の到来を待ちわびるかのような、そんな神話めいた光景にも見えた。



採血を済ませると、各カップルは綺麗に装飾された柱状のカプセルの立ち並ぶ部屋に案内された。

「こちらが皆様のお子様を出産の日までお預かりする人工子宮になります」

人工受精卵は自然着床が困難であるらしく、生育には人工子宮を使わざるを得ない状況であると言う。
ここで子供が産まれるまでの間は、予約さえすればいつでも職員同伴でのみ見学が可能であると伝えられた。

二人の名前と、予め用意された日付より自由に選べた出産予定日が刻印されたプレートを填められた人工子宮は、まるで昔テレビで見た今は無きパルテノン神殿の柱のようだった。

「はやく産まれておいでね、あかちゃん」

幸せそうに、彼女は透明な筒に額を当てて瞼を閉じた。



それから半年ほど経って、私たちは施設からの緊急の電話で呼び出された。
今朝のニュースで研究所で爆発騒ぎがあったと聞いてから、間髪入れずの連絡だった。

警察の車両が何台も行き交う中、二人を乗せたタクシーは大急ぎで国際展示場近くの研究施設に向かった。
あれほど多かったデモ団体も流石に警察の前には現れなかった。
何も苦もなく研究施設に辿り着くと、エントランスでは真っ青な顔の職員が私たちを待ち構えていた。



爆発は不正な情報でモニター抽選に応募し、最終選考にて不正が明らかになった為に取り消しとなった壮年の女の犯行だった。

女は自分の愛犬との子供を欲しがっていた。
しかし異種交配を研究施設が想定していた筈もなく、愛犬をまるで夫であるかのように書類に記載した女はあと一歩のところで嘘がばれ、モニター登録を抹消されたのだと言う。
愛犬との子供が欲しかった。
なのに他人はそれを認めない。
爆破はその腹癒せのつもりだった。

女がおそらくインターネット上の悪意あるサイトを参考に作り上げたのだろう簡素な爆弾は、主要な電気系統に小さいが多大なダメージを与えていた。
寸断された回路の先には子供達の臍の緒を通じて新鮮な酸素を送り込む大型の人工心肺が存在していた。
女の爆弾が与えた深刻なダメージにより、各回路上では過電流によるショートと爆発が連鎖し、新しい命を繋ぐ人工心肺もその災厄に巻き込まれた。

私たちが先日観たばかりの愛する子供のピンク色の肌は、酸欠で青黒く変色していた。



「……」

彼女はカプセルを前に呆然と立ち尽くしていた。

見回せば、あの同性カップルも同じように死の色に染まった胎児を目にして大声で泣き崩れていた。
彼等も愛し合っているのだ。
だから二人が愛し合った証を、その命を育てあげたかったに違いない。

「……残念だったね」

突然彼女が口を開いた。

「でもまた作ればいいよね」

彼女はそう言って微笑んだ。

「……何を言っている?」

私は思わずそう口にした。

「だって、また作ればいいじゃない。もう技術は出来たんだから」

「……そうじゃない、お前、子供が死んだんだぞ!?」

「そうだけど、これって流産と同じことでしょ、じゃあまた作ればいいじゃない」

あっけらかんとした彼女の言葉に無性に腹が立った。
怒りの矛先は迷う事なく彼女の左頬を捉えていた。

「……なんでよ」

床に伏し、真っ赤に腫れた頬を抑えながら、彼女は修羅の形相で私を見た。

「あんただって、子供が欲しいんじゃなかったの!?」

「ああ欲しかったとも!! だがその子は死んでしまったッ!!」

「だからまた作ればいいんじゃないの!? 違うのッ!?」

「よくもまぁそんな結婚指輪を作るような言い振りで言えるなッ!!」



「だって、そうでしょうッ!?」



彼女の言葉に私を含めその場の空気が凍りついた。

「あたしのこと……好きなんでしょ? だからあたしの子供が欲しいんでしょ?」

彼女は一変、子供のように泣きじゃくりながらそう言った。

「あたしだって……あんたが好きだから……だからあんたの子供が欲しかったのに……」

「……じゃあ、産まれてくる子は、この子の未来は、考えたのか?」

「知らないよ、別に……だって、結婚して、子供ができるのが、幸せなんでしょ……? みんな、それが普通なんでしょ?」

「……」

「だから、また作ればいいんじゃない。今度は多分、うまくいくよ」

彼女はまた微笑みを浮かべた。
その微笑みの薄気味悪さからくる恐怖と怒りが、横たわる彼女の横腹に爪先から放たれる暴力として溢れ出た。



子供の養育費として貯め続けた金を手切れ金として、私たちは婚約を解消した。
その残りで私は去勢手術を受け、もう子供を授かることの無い体となった。

まるで結婚指輪を作るような気持ちで生を受ける子供達の未来を思えば、あの子は産まれて来ない方が幸せだったのかもしれない。
そう考えると、文化として形骸化したこの人間と言ういきものは、なるだけ早く滅びた方が良いかもしれないと、そう思うようになった。



TOKYO DYSTOPIA 03:結婚指輪 -END-
最終更新:2011年01月03日 02:03