たとえば、これがありきたりなボーイ・ミーツ・ガールだったとしよう。
トンネルを抜ければ海岸線だ。
波の音にサンセット、オレンジ色の海がマーマレードみたいで、まるで絵に描いたみたいだ。
自転車を漕ぐ僕のうしろで、セーラー服姿の君の髪が風に遊んでいる。
「ねえ、どうして急に海に行こうなんて言い出したの?」
緩くアールを描く車道が長く長く続いていく。
どうして僕は君を海に連れてきたんだろう。
そう君が言い出すまで、僕はなにも考えずただペダルを踏んでいた。
「どうしてかな、僕にもわからない」
そんなことに理由付けは必要だろうか。
僕は、ただ、君を海に連れてきたかったんだ。
「青春だね、こういうの」
風に遊ぶ髪をかき上げながら、君がそう言って笑う。
「まったく、汗水垂らしてチャリ漕いでる僕の身にもなってくれよ」
そう口を尖らせると君はさらに笑い出す。
「だって、こんなの、古典的」
「そう、じゃあこの古典的な青春を君はどう演出するんだい?」
僕の問いかけに、彼女はクスクス笑いを殺しながらこう語りだす。
じゃあね、この自転車に、青春の1ページを燃料に空を飛ぶエンジンをつけようか。
大丈夫、いまは光子波も夕暮れ時で穏やかだから、うまく波に乗れば成層圏も越えられるよ。
その頃には月も上ってくる頃だから、ちゃんとスイングバイ軌道に乗り換えてね。
そしたらもう慣性飛行に移行するから、君が望めばどこにだって飛んでいけるよ。
「なんだいそりゃ、まるで古典SFみたいな幼稚さじゃないか」
「そのくらいバカバカしいほうが青春してるみたいでいいじゃない」
僕が口を尖らせるほど、君はまた笑い出す。
「そんな事行って、ほら、もうすぐラグランジュ点だよ。ちゃんと月のスイングバイ軌道に乗らないと」
気づけば、僕らは成層圏を越えて青く光る地球を見下ろして真っ直ぐ月へと進んでいた。
さっきまでのオレンジ色はどこへやら、太陽光は青いんだと宇宙に出ると思い出す。
「軌道に乗るのはいいけれど、その後はどこに行こうか」
「さあ、わたしにもわからない」
昔ボイジャーは木星の万有引力を使ってスイングバイを行い、増速することで太陽系を脱出したという。
月の質量でそれだけのスイングバイを行うことは可能だろうか。
いや、もうそんなことはどうでもいい。
この自転車は僕らの青春で空を飛ぶのだ。
「でもね」
君は僕の背中に寄りかかってこう呟いた。
「君といけるところなら、きっと、どこでもすてきなところだよ」
ちょうど木星に差し掛かり、再度のスイングバイに向けてペダルを漕ぎ始めたころだった。
「ねぇ、わたしがもし宇宙人だったりしたら、どうする?」
突然の言葉に僕は思わず噴き出した。
「ははは、さぁ、わからないな」
照れ隠しに木星の大赤斑を望みながら、僕はこう答えた。
「たぶん僕も、宇宙人だから」
ジュブナイルは小恥ずかしいくらいがちょうどいい。
これが青春というものなら。
【END】
最終更新:2012年06月21日 05:08