「大ッ、問ッ、題ッ、だッ!」
0104スプートニクは、警備ドロイドに相応しいその厳めしい巨体から唸り声を上げながらボストークに言い寄った。
「いいかッ、来客数ゼロで遺失物だ、それはなあ、つまりは“侵入者”が居たという事実に他ならんッ!」
スプートニクは語気を荒げてボストークに迫ったが、ボストークは押し黙ったままだった。
もちろんそれはスプートニクの語気に恐怖しているからではなく、この口うるさい警備ドロイドをやり過ごすのに最も効率が良かったからだ。
「だァかァらッ、俺は来客数に関係なく警備巡回は強化すべきと何回も何回も言ってるんだ! ともかくッ、今日から暫くは園内の警備巡回の強化だッ!」
スプートニクな腹立たしそうにボストークに言い放つと(と言っても殆どが独り言に等しいのだが)電磁警棒片手にのっしのっしと去っていった。
「行ってしまいましたか?」
0022プログレスは、その細長い体躯を柱から覗かせてスプートニクがぷんすかと去っていくのを見送ると、音を立てないようそっとボストークの側に立った。
「しかし困ったことになりましたねぇ、ミステリーですねぇ、摩訶不思議ですねぇ」
プログレスの言い回しは全く困っているようには見えなかったが、一応はその電信柱に似た細長い体躯の先端に取り付けられた円盤型の頭部をこれまた細長い腕で抱えるようなジェスチャーをしていたのでそれなりに困っているようではあった。
「開園以来こんなケースはありませんからねぇ、スプートニクの言う通り、侵入者……と考えるのが妥当でしょうが、ワタクシはそう片付けるのは宜しくないと考えるわけですねぇ」
プログレスは園内にも僅かしか存在しないライブラリ型データベースドロイドと言う、乱暴な言い方をすれば園内で一番物知りなドロイドだった。
電子頭脳の中に園内データベースとは個別の独自の情報ライブラリを持つプログレスは富裕層のツアーのコンシェルジュを務めたり、または外国人客の通訳を本来の仕事としていたが、今現在においてそのような仕事を行ったことは無い。
「ボストーク、やはりあなたの見落としだったのではないですかねぇ、まあ、最後のお客様がいつ来店されたかももう記録の奥底で検索するほうが時間がかかってしまいそうですけどねぇ」
納得いかないボストークは不快そうなビープ音を発していた。
「……まぁ、仮に」
そんなボストークの気持ちを察したのか、プログレスは再び首を捻った。
「仮に、その拾得物が侵入者の落とし物としましょう。侵入者にどの様な目的があるのかは定かではありませんが……クマのぬいぐるみを落とすような人物とは、やはりそれ相応の年齢なのではないか、短絡かもしれませんが、ワタクシはそう考えるわけです」
プログレスには、ちょっと困った癖があった。
とは言え先程の短気なスプートニクやこの箱のようなボストークも含め、園内のドロイド達は長い長い時間の中である程度の妙な癖、あるいは個性と言えなくないものを獲得していた。
ドロイドの情緒性は人工知能開発の末期頃に証明され、要素の添加も削除も意図的に行うことが出来るようになっていたが、いずれにしても、長く稼動し多くの情報を蓄積したドロイドは多少なりの情緒を得ることは既によく知られていた。
しかしそれがあまりに長引くと、ドロイド本来の作業効率に大きく影響を及ぼす場合があった。
現にこのプログレスというライブラリ型データベースドロイドは、持ち前の膨大な情報を使って、あらゆる物事を推理、いやむしろ邪推することを己の趣味としていた。
「泥棒やテロリストがクマのぬいぐるみを抱えてわざわざ遊園地に侵入するでしょうか? もちろんそれがぬいぐるみに偽装した何か危険なものであれば、我々は容易く気付くことも出来ましょうが……それは何の変哲もない、正真正銘ただのぬいぐるみです」
プログレスは長い身体を巧みに曲げてボストークの顔(箱型の身体に顔があればの話だが)を覗きこんだ。
「では、ただのぬいぐるみを抱えてやってきた侵入者とは……つまり、園内に今、幼い少年、あるいは少女が……どこかにいるかもわからない、ということです」
ボストークはまた納得がいかなかったが、しかし不快なビープ音を出すほど納得できないという訳でもなかった。
「少年少女に冒険は必要なものです。この遊園地も、そこで働く我々も、そのお手伝いをするためにここにあります。しかしながら、この無人の遊園地は彼、あるいは彼女にはどれほど不気味な場所でしょうか。ちょっとした冒険のつもりが、肝心のパートナーすらここに忘れてしまって、今では心細くで泣いてしまっているかもしれない……早急な発見とケアが必要です」
ずずい、とプログレスが顔を近づけるのでボストークは僅かに後ずさりした。
「ここはやはり、その道のプロフェッショナルにお任せしましょうか。幸いにも今ここには十分な証拠もありますから、あの方も快くわかっていただけるでしょう」
そう言うそばから、ボストークに園内の中枢管理コンピュータから指令が送られてきた。
【緊急】セクタ0224内ドロイド格納庫にて、迷子案内ドロイド0713イープルを起動せよ▼
「ほら、言ったとおりですねぇ」
いつもの口調でプログレスが明るく応えた。
その一方で、ボストークはあの不快なビープ音を発していた。
中枢管理コンピュータが名指しで指名した迷子案内ドロイドに、納得がいかなかったからである。
格納庫の中でも一際目立つ円筒形のカプセルの一つに、0713イープルはまるで夢見る少女のような安らかな顔で安直されていた。
迷子案内ドロイドという名目上、子供達から愛され信用される必要があったイープルの体は、顔や腕部に疑似生体素子を使った高級品で出来ていた。
常に園内の監視網や管理センターとリンクする必要があるイープルの頭部に押し込まれた各種通信機器は可愛らしい帽子の様なカバーで守られており、その名前の由来となったりんごを連想させる美味しそうな赤で全体が統一されていた。
イープルは、端から見れば、10歳くらいの愛らしい少女にしか見えなかった。
イープルは迷子案内ドロイドの中でも変わり種だ。
そもそもイープルはメーカーが試供品として送り込んできたテスト機で、あえてその見た目と知能指数を保護対象になる子供達に合わせて設計されていた。
本来なら優しげなお兄さんお姉さんの姿をしているのが迷子案内ドロイドの常なのだが、果たして迷子と同じくらいの背丈や知能指数の迷子案内ドロイドが迷子に与える心理的影響はどのようなものかをメーカーは現場でテストしてみたかったらしい。
とは言ってもここしばらく来客のないこの遊園地ではろくにテストすら行えず、持ち腐れとなっていたのも事実だった。
中枢管理コンピュータとしては、この特殊状況下でイープルがどのような反応を行うかの検証も行いたかったのだろう。
園内の古株であるボストークは、どうもそれに納得がいかなった。
しかし他にドロイドの起動作業を行う者が居ない以上、納得できなくともタスクは消化しなければならない。
嫌々ながらボストークは、イープルの眠るカプセルに一連の操作を行った。
疑似生体素子を劣化から守るガスが抜かれ、中枢管理コンピューターから事のあらましが電子頭脳へ注がれる。
数分後にカプセルが開くと同時に、イープルは目を覚ました。
「素敵だわ!」
開口一番がそれだった。
「だって素敵じゃないボストーク、お客様なんてどのくらい久しぶりなのかしら、何ヶ月? ううんもう何年かぶりのお客様なのよ!」
嬉しそうにイープルはカプセルから飛び降りる。
「きっと冒険しにきたのね! プログレスならそう言うわ! その子を見つけたら園内のアトラクションぜーんぶで遊んで貰うわ、だって久しぶりのお客様なのよ、エライ人もわかってくれるわよ!」
ボストークは黙っていた。
正確には呆れていた。
この破天荒さは園内で働くドロイドには相応しくない。
堅実なボストークが納得いかない理由がここにあった。
「さあ行くわよボストーク、かくれんぼよ、絶対ぜーったいに見つけてみせるんだから!」
ボストークが納得いかない理由がもう一つあった。
このイープルという破天荒なドロイドは、とにかく他人を巻き込まないと気が済まない性質なのだ。
ボストークは今回の事件の解決にイープルを起用した中枢管理コンピューターにその不当性をアピールするレポートを既に作り始めていたのだが、この様子では提出にはかなりの時間を要するのは明白であった。
「さあ、どこに隠れたのかしら……」
てちてち、という効果音が相応しい足取りで、イープルは早速園内マップを覗き込んだ。
尤も園内で働くドロイドの頭の中には遊園地の詳細なマップが記録されているはずなのだが。
それが幼女として振る舞うイープルの一種のジェスチャーなのか、はたまたそんなこともすっかり忘れて行動が先立っているのかはボストークには伺い知れなかった。
もちろん後者だろうとは思っていたが。
「だいじょぶよォボストーク、名探偵イープルちゃんがこの難事件を解決してみせるんだからっ」
別にそんな心配はしていない。
そもそもボストークの心配はもっと漠然としたところにあったのだから。
ボストークに喋る口があれば相当の文句が羅列されていたのだろうが、不幸にもボストークは出来るだけ耳障りな合成音声で唸り続けることしかできなかった。
「……そうよ」
名探偵イープルが何かに気付いたらしい。
「きっとクマちゃんならわかるんじゃないかしら。ずっとその子と一緒にいるんだから、きっと何かわかるはずよ」
言われる前にボストークはその箱型の口を開いていた。
出来るもんならやってみろ、という投げやりな気持ちも十分こもっていた。
「まぁ、かーわーいーいー!」
イープルの表情がぱぁっと明るくなる。
ボストークの腹の中から遺失物0001番、つまりクマのぬいぐるみを引きずり出すと、イープルはクマをぎゅっと強く抱きしめた。
クリスマスに贈り物を貰った時の少女の反応でもサンプリングされているのだろうか。
もしこれが模倣でなく素の反応であるなら、ドロイドの範疇から逸脱している。
そのくらい、イープルの行動には自然な少女らしさがあった。
「……えーっ、お腹がすいた? ドーナツが食べたいィ?」
とうとう喋るはずのないクマのぬいぐるみと会話まで始めてしまった。
その自然な少女らしさはすでに自然を通り越して胡散臭さまでも感じられる。
「だめよッ、お友達を探すまでお預けなんだからっ」
メッ、とクマを叱りつけると、イープルは再び声無きクマの声に耳を傾けた。
「……あっちよッ」
イープルは突然あさっての方向を指差すと、てちてちとそのまま走り出した。
ぬいぐるみの声でも聞こえたのだろうか。
ボストークは呆れかえるという行為にすら呆れていた。
-Melody A.M.02:Eple END-
最終更新:2011年04月21日 03:50